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白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
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 水――いや、正確には電解質溶液だが――鏡埜(かがみの)槻乃(つきの)の目の前を通り過ぎてゆく。

 結局、自己再生型の細胞、5Zeta(クイーンクェ・ゼータ)は彼らに注入するには至らなかった。

 無論テストが終わった段階で注入する予定なのだが。

 

「この子たちが、鏡埜と槻乃……」


 睡蓮が、二人を見上げている。

 彼らはおおよそ4メートル前方に、カプセルに入れられていた。


 女性型合成人間――合成人間第(ハチ)番号・壱号鏡埜。

 男性型合成人間――合成人間第捌番号・弐号槻乃。


 彼らは真によく似た緋色の瞳を開けた。髪の色は三人と同じく黒い。

 いまだプロトタイプと呼ばれても仕方のない彼らだが、「疑似脳」は完全に大人のそれと同じだ。

 ただ、精神は子供と似た所もある。経験し、学ばねば自らのものとして取り込めないのは、人間と似ている所だろう。


「まだ、テスト段階だということを忘れるな。まずは、話せ。話して、自らのことを覚えさせろ」

「はいはい、分かってるってぇの。全く、おしゃべりなら近江(おまえら)がやりゃいいのに」

「人間と話してどうする。おまえたちは合成人間だ。人間ではない」


 近江は眼鏡を押し上げると、スツールに座った。

 百合子、蝶子も後ろで控えていて、手にはPDAを持っている。


 籬、睡蓮とエ霞は2体に近づき、電解質溶液が完全に流れたその姿を見据えた。

 槻乃と鏡埜はカプセルが開いてから、おぼつかない足取りで3体へ歩き出した。


「よう。鏡埜。槻乃。気分はどうだ?」

「か、かか……かがーみの……」


 鏡埜は、自分の名前を繰り返し繰り返し、口の中で呟いている。


「おい近江。まだ自分の名前(ナンバー)も覚えさせていないのか」

「そんなことはないはずだが……」

「鏡埜。私の名は鏡埜」

「俺の名は槻乃」


 まるで、自分のことばで喜んでいるように、彼らは笑った。まだ、無垢な子供のようだ。


「まあ、座れよ。立ち話も何だろ」

「座る」


 彼らはスツールがあるのを確認して、よろめきながらも座った。


「睡蓮、なんか話せよ。こういうの、おまえ得意だろ」

「はぁ? しょうがないわね……。鏡埜、槻乃。あなたたちは私たちのきょうだいよ。困ったことがあったら何でも言って」

「うん。ありがとう。睡蓮。槻乃。睡蓮はいいお姉ちゃんよ」

「うん。鏡埜。睡蓮はいいお姉ちゃん」


 ふたりは顔を寄せ合い、くすくすと笑う。

 その様子はまるで本当にちいさな子供のようで、どこか真を思い起こさせる。


「はあ、真は何してんだろ」

「真? 真ってだぁれ? お姉ちゃん」

「真は、私たち3体が護衛してる子よ。とてもいい子なの」

「とてもいい子。私も、槻乃も覚えた。お姉ちゃんがいい子っていうなら、真はいい子」


 ふっ、と百合子が笑う声が聞こえた。

 おそらく、新鮮なのだろう。彼らの反応が。

 百合子が籬シリーズの初号機を製造したわけではない。元々、籬のAIのデータがあったのだ。

 だからか、はじめから造り出した合成人間たちの反応が新鮮だとでも思っているのだろう。


「なかなか、新鮮ね。蝶子、近江。あなたたちも、初号機に携わるのは初めてでしょう」

「ああ、まあ、そうだな。まるで小さい子供だ。あいつらも、周りを見渡すのは初めてだろう。うまく誘導しないとならん」

「堅いねえ、相変わらず近江は。それより百合子。私、ちょっとアヤナシのしっぽを掴めそうだから、あんたたちに後は任せるわ」

「ええ!? ちょっと、蝶子!」


 薄汚れた白衣をひるがえして、つたなくしゃべり続けている合成人間たちとため息をはき出す近江、そして唖然としている百合子を残し、去って行った。



 蝶子は、いつにもなく険しい表情で、自室に向かった。


「あれ、蝶子さん? どうされたんですか。槻乃と鏡埜のテストに同席したんじゃ」

「もう少しなのよ。もう少しで、アヤナシのしっぽを掴めそうなのよ……」

「あ、アヤナシ!? まだアヤナシのこと調べてるんですか?」


 道成寺に行き会った蝶子は、まるで独り言のようにつぶやいている。

 ぎょっとした彼に蝶子は今気づいたように顔を上げた。


「なによ、道成寺。あんたでっかいんだからそんなところで突っ立ってないでよ」

「蝶子さん、どうしてアヤナシにそんなに執着するんすか?」

「私は、別に正義のために調べているわけじゃないの。うやむやなのが大嫌いなだけ」

「そうっすね。蝶子さんはそういう人でした。俺、アヤナシ怖いけど調べるの手伝いますよ」


 蝶子は、こけしのような髪の毛をゆらして苦笑して見せた。

 それほど、道成寺がアヤナシのことが怖いのだと知っているからこその笑みだった。


「そう。まあ、足跡は残さないようにしているから、大丈夫だと思うけど。でも、絶対とは言わないよ。形跡を残してしまえば、殺される。確実にね」

「うっす!」

「本当に分かっているの? ……まあいいや。手伝ってくれるなら、私の研究室に来て」

「ッす!」


 どこかの球児のような言葉に、蝶子はすこし不安になったが、手が足りないのは事実だ。

 ほとんど自室と化している研究室へむかった。

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