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白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
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「皇の子守はどうですか。枝藤」


 再び呼び出された枝藤は、おなじように頭をたれて「は」と吐息のような声を床に落とした。


「ずいぶん、眠れていないようですね。顔色がよくありません」

「ご心配、痛み入ります。ですが、俺はあの少年の付き人ですから」

「あら」


 凹凸のない声色は、いつ聞いてもすこし不気味に思える。

 そう思うことこそが、彼女にとっての不義に値すると分かっているのだが。


「どこか、そう思わざる得なくなったことがあったのですか」

「今回の阿修羅型で。得るものが大きかった戦いでした」

「なにを得たのですか? あなたは(・・・・)


 御簾の向こうには、少女がすわっている。

 まるで、親が子どもに尋ねるように問われたが、それが逆に不遜に思える。

 当たり前だと知っているのに、枝藤は――この少女がおそろしかった。


「――足を貫通するけがを負っても、戦い続けました。けど、俺は……中途半端で下がってしまいました。ふがいないと思います」

「ですが足を怪我をする時点で、すでに死んでいたでしょう。まるねがいなければ」

「いいえ。主様。彼はそのままでも戦ったでしょう。そういうことができる少年です」

「……そうですか。あなたがそう言うのならばそうなのでしょう。愚問でしたね。皇は強くなければならないのだから。もう一つ、用件があります」

「何なりと」


 御簾の向こうで、動く気配があった。おもわず枝藤の肩がふるえる。

 音もなく立った主は、枝藤の目の前に移動したようだった。


「手を上げなさい」

「は……」


 顔をそっと上げる。

 暗闇の中でぼうっと立ちすくむ主の姿は、亡霊のようだった。


「あなたも、情が移ったようですね。観世水真に」

「あなたも、とは……」

「枝橘も、どうやら手なずけられたようですね」

「……恐れながら申し上げます。あなた様は、皇をどうしようと?」

「あなたは利口な少年ですね。枝藤」


 それは、決して褒めているのではなく、どこかけなしているようにも聞こえた。

 申し訳ありません、と言葉を紡ごうとしたが、それは喉の奥に押しとどめることにした。


「私は今の皇が憎い」


 体のどこかを殴られたような感覚が枝藤を襲う。

 もう、この少女の顔が見られなかった。

 おそらく、表情などあらわしていないだろう。――だからこそ、恐ろしい。


「なぜ……」

「なぜ? そんなわかりきったことを尋ねるのですか。私はもう終わりにしたかった。身を削り、自らのことしか考えぬ愚かな人間のために結界を張り続けなければならないこの運命を、私は嘆いている。もうよい。出て行きなさい」

「……は」


 枝藤は緊張して硬くなった体を必死に動かして、そっと主の部屋を出た。

 襖をとじて、自らの付き人がいる部屋へとむかう。

 なにも考えないようにしていることに、失笑する。




 動けない真のため、枝藤はつきっきりだ。

 食事をとる時も一緒だし――そのときは真はとてもうれしそうだ――寝るときは真が寝付くまで枝藤も休まない。

 だからといって、どうということでもないが。

 

「……自分のことしか考えない、か……」


 真の部屋の前で、ひとり呟く。

 世界は広い。

 なかには、そう思う人間もいるだろう。いや、ほとんどがそうなのかもしれない。

 しかし、そうではない人間もいる。

 目の前にいるはずの、真のように。


「おい、開けろ」


 枝藤は真の声を聞いて、扉が開くのを待った。

 おおよそ1分かかって開けられた扉をくぐると、真のすこし驚いたような顔にこちらが驚く。


「……枝藤、どうしたの?」

「あ? 別に、どうもしねぇよ」

「なにか、難しい顔してる」

「俺にも色々あんだよ」

「?」

 

 深く追求しない真に、どこか不審に思いながらも畳の上に座り込んだ。

 はあ、と息をはいて、真を見据えた。


「なに?」

「――おまえは、人間を守ることに意味があるとおもうか?」

「……どうしたの? いきなり」


 不思議に思った真は、眉根を寄せて枝藤のとなりに座った。

 座布団もない場所にすわっても、真はとくべつ意に介さないようだった。


「主様は、おまえを憎んでいるようだな……」


 独り言のつもりだったが、真は真摯にそれを受け止めているようだ。それは、その事実を知っているということでもあった。


「知っていたのか」

「うん。そう言ってた。とても、辛いんだと思う……」


 本気で、そう思っているのだ。

 おのれを憎んでいる存在をも案じることができる。それが当たり前だと枝藤は思わない。

 嫌われるのならば、嫌ったほうが楽だ。

 それなのに真は、自身を苦しめている。自ら、だ。


「あのひとはきっと辛くて、逃げたいんだと思う。それこそ……死にたいとおもうまで。だから、憎まれても仕方がないと思う」

「……あのかたは、自らのことしか考えない人類を憎んでいる。憎んでいるのに、結界を張り続けている。自らの命を削って」

「まだ、絶望していない」


 はっきりと、彼は言い切った。


「死は絶望の底じゃない。ほんとうの絶望を、まだあのひとは感じていない」

「どうしてそう思う?」

「本当の絶望は、生きているからこそ感じる。死にたいと思うのは、逃げとは言わないけど――逃げる場所があるから」


 この少年は、どんなつらい経験をしてきたのだろう。

 そう言い切れるのは――絶望を垣間見たからなのだろうか。

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