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真は一瞬、なにが起こったのか分からなかった。
ただ、足を何かに貫かれた衝撃があった。
そして、視界の先に血しぶきがあがったことを認める。
続いて感じたのは、激痛。
それでも、悲鳴はあげなかった。くちびるを噛みしめ、そこから血を流しながら、腕の上でもがく。
――もがくが、なにかが阿修羅にぶつかった振動で、そこから転げ落ちる。
地面は、すぐだった。
血を流しながらも、真は着地する。その所為か否か、血が地面に散った。
「おい、大丈夫かよ」
精神をすり減らしながらも心配してくれる枝藤に頷いてみせる。
そして、顔をあげる。
阿修羅に立ちふさがっているのは、太白神と呼ばれる、将の姿をとった神の姿だった。
兜に大鎧、具足――六具をつけたその太白神は、黒い仮面をつけている。
そしてその手には武具――巨大な剣を持っていた。
一目で、枝柊の式神なのだと知る。
太白神は剣をふりかざし、阿修羅へと袈裟斬りを見舞う――が、相手は腕が四本あり、それぞれに武具を持っている故か――あえなくそ太白神の剣は弾かれてしまった。
しかし、枝柊には焦りの表情はない。ただ淡々と、見つめている。
「真どの。あとは枝柊にお任せください」
「大丈夫。まだ、戦える」
臑を傷つけられ、それでもなお立とうとする真の意思に気圧されたまるねは、再び手を合わせた。
まるでなにかを祈るように、目をつむり、くちびるをほんの少しだけ開ける。
なにを呟いていたのかは分からないが、足の痛みがかすかに和らいだ。
「え……?」
「私にはこれくらいしかできません。あなたが戦うと仰るのならば、私はそのお手伝いをすることしか……。ですが、十分にご注意を。これは暗示です。あなたの脳が痛みを感じることを止めさせただけ」
「十分だよ。ありがとう」
血はまだ止まらない。
けれど、痛みがないならば動ける。
真はまだ軽くなったままの体を動かし、太白神を飛び越え、そして阿修羅の肩に飛び移る。
「まるね。何故行かせた」
枝柊は血にまみれながらも飛ぶ真を認め、まるねに問うた。
「あの出血量だと、数分で貧血をおこすぞ」
「……知っています。ですが、あの方の殺気は本物。ここで待機することなど、承知しないでしょう」
「おまえがそういうのならば、俺はなにも言わないが5分たったら、強制的に下げさせるぞ」
「分かりました」
手を合わせたまま、まるねはうなずいた。
真は太白神との攻防を続けているうちに、もうひとつの一面――左の顔に思い切り左手をたたき込んだ。
ぎしっ、と音をたてて、阿修羅のふたつめの顔にヒビが入った。
そのヒビから亀裂が入り、やがて――崩れ落ちるようにばらける。
ほぼ同時に、二本の腕も武具も塵になって消えてゆく。
その後の真の動きは、素早いものだった。肩から手をついて前方に飛び、最後の一面を獰猛な獣のような瞳で睨んだ。
だが阿修羅は目は動かない。本物の銅像のようだ。
しかし真がそこにいることを認めると、残った二本のうち、一本の手で握っている小ぶりの剣が真を襲う。しかしすぐに軽いステップで避ける。そのまま足を止めずに阿修羅の最後の顔の目の前に飛び、左腕が嫌な音をさせたのも無視をして、――やがて阿修羅の直面を言葉通り、「殴りつけた」。
そして、同じくして、武器がなくなった阿修羅の腹に、太白神の剣が深々と突き刺さった。
阿修羅は、もう動かなかった。
ただ塵のように、散ってゆく。
その間、およそ4分。
真が地面に着地した直後、再び激痛が左足に襲った。
「っ」
息を呑み、土の上に無様に転がる。
血まみれのチノパンは左足の部分だけがズタズタに引き裂かれ、見る影もない。
「すこし、我慢していろ」
枝柊の声が聞こえる。だが、真にとってはなにを言っているのか分からなかった。
直後、紐か布で足を縛られた感覚を脳が覚えた。
ぐ、と喉からおかしな声が出たが、すでに真の体は動かすことさえ困難な状況にある。
枝柊はそれを知ったのか、ひょい、と真の小柄な体をかついで、車に乗り込んだ。
黒服の男性はもう、車に乗っていた。
それももう、真のかすむ視界ではそれしか見ることができずに――やがて、脳が目をつむるように、と真に命じた。
逆らうことができずに、彼はそっと目を閉じた。
「気を失ったようだ」
「そのほうがよいでしょう。痛みで苦しむよりは」
3キロメートルを黒服はゆっくりと車を動かし、振動をできるだけさせないように慎重に運転しているようだ。
「枝藤」
「……あんだよ」
疲れ切ったような声が聞こえる。前席に座っているからか、表情は分からない。
「今回で、ほぼこの少年の力量が分かった。無論、おまえの力量もな」
「――ちっ、分かってるよ。どうせまだ修行が足りねぇって言うんだろ。俺も、そいつも。だから、あんたも本気を出さなかった。何回テストすりゃいいんだ」
それ以上、枝柊も枝藤も、まるねも何も口を開けることはなかった。
真の左腕とリンクしている脳のなかで、誰かの声が聞こえてきた。
女性の声だったが、何を言っているのかまでは分からない。
そもそも何故、声が聞こえるのだろう――。
そう思っているうちに、真はふたたび再び泥のように眠りこんだ。




