表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白ノ修羅  作者: イヲ
第四章・悪鬼
30/52

12

「枝藤。真殿の様子はどうですか」


 (ぬし)の部屋に呼ばれたのは久しぶりだった。

 頭を低く垂れ、どう言えば正解なのか、考えを巡らせる。


「少々、疲れているようです」


 導き出した答えは、素直なものだった。彼女にはどうせ嘘は通じまい。

 少々の沈黙の後、主は「そうですか」とそっけない返事をした。


「枝野の店の近くにまつろわぬ神が出現したことは、主様もご存じですよね」

「ええ、知っております。だから、問うたのです」

「真……様には言ってはおりませんでしたが、また、まつろわぬ神の気配があります。まだ、完全には出現していませんが」

「あなたの検知能力は三家のなかで随一。あなたが言うのですから、それは早々に排除したほうがいいでしょうね」


 褒めてもらっているのだが、その声には抑揚がなく、枝藤はこうべを垂れたまま逆に表情をかたくした。

 おそらく、その口調からするに真を出撃させる気なのだ。

 半分は分かっていたが、まだ浅い傷とはいえ、完全には治ってはいない。


「失礼ながら。真様は怪我がまだ完治しておりません」

「擦り傷でしょう。たったそれだけのことで出撃を否定する皇など、いりません。無論、ひとりで行けとは言いませんよ。枝藤。あなたとまるね、枝柊をお連れなさい。これは決定事項です」

「まるね様も……ですか」

「久しく、出していませんからね。腕が鈍っては困ります」

「……かしこまりました」


 枝藤は深くこうべを垂れてから、主の部屋を出た。

 彼のこめかみには、知らずうちに汗が滲んでいる。

 暑いからではない。主と一対一で会話をするなど、久しいからだ。彼女はおそろしい、と、枝藤は思っている。

 口には出していないが、おそらく彼女も分かっているのだろう。

 無意識に汗をシャツでぬぐって、自室に戻ろうとした、が、その途中で枝柊とすれ違った。

 そのまますれ違おうとしたが、彼は枝藤の名を当たり前のように呼んだ。


「何だよ? 俺はさっさと風呂入って寝たいんだけど」

「彼のことだ」

「彼? ああ、皇のことか」

「よく、見やっていてくれ。おそらく、不安のただ中にいるはずだ」

「……へえ」


 正直、驚いた。

 枝柊がほかの者を心配することばなど、ひさしく聞いていなかった。

 

「あいつのこと、皇って認めたわけだ」

「まだ完全には認めてなどおらん。留意すべきのことをいったまで。合成人間は今、いない。情緒が不安定になるのも分かっているはずだが。枝藤。まだ、あの少年は幼い。年齢からすると、すでに自立傾向にあってもおかしくないが――。育った環境が特殊だからな。自我が幼いのは仕方のないことだろう」

「ふうん。まあ、いいけど」


 枝藤はそのまま背をむけて、自室へ戻った。

 自室は、古い本を棚にしまっている以外、ほとんど家具を置いていなかった。

 本は置いてあるものの、ほとんど読まないので埃をかぶってしまっている。

 枝藤は自室は眠るときのみに使用する場所、という意識が強いようだった。


 彼はゆるいスウェットと下着を持って、風呂場にむかった。時刻にしてすでに深夜と言っても過言ではない。

 黒服の男たちも、もう自室に戻っているようだ。風呂場には誰もいなかった。



 枝柊は、回廊に出て月を見上げている「まるね」を見つけた。


「なにをしている」

「月を見ていました。久しいですね。こうして外に出られるのは。明日のことも、姉様(あねさま)から聞いております」

「そうか」

「月はいいものですね。名を変え、形を変えられる。たったひとつの姿なのに……」


 彼女のことばには、羨望がふくまれていた。

 枝柊はなにも答えず、ただおなじく月を眺めているだけだ。


「では、また明日に」


 まるねはそれだけ囁いて、回廊を上って廊下へ出た。自室に戻るのだろう。

 枝柊はひとり残り、まるねも見ていた月を見上げていた。


 風が吹いた。

 ねっとりとした、肌をざわめかせる風だった。


 枝柊はかすかに顔をゆがめ、まるねと同じように回廊の階段をのぼり、自室へと戻った。







 次の日、真に出撃の準備をしろと伝えたのは、やはり枝藤だった。

 真は嫌な顔ひとつせずに、わかった、と頷く。


「どこにいるの?」

「ここからおおよそ三キロメートル先だ。時間がない」

「時間がない? 人を襲っているということ?」

「その通りだ。俺の読みが正しければ、の話だがな」


 真はつい5分ほど前に食事を終えたばかりだった。

 それを待っていてくれたのだろう、と真は思えた。


「車で行く。時間が惜しい。被害者が出てからでは遅いからな」

「うん」


 鳥居のちかくに、真にとって驚くべき人物が立っていた。

 まるねだ。

 少女は白い着物を身につけ、そして橙の帯を締めている。


「まるね!?」

「真どの。私も、出撃いたします。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「君が心配することはない。まるねは戦うことはできないが、守ることはできる」


 真は素直に頷いて、すぐに車に乗り込んだ。

 三キロメートル先ならば、すぐにつくだろう。枝藤が運転手の隣に座ると、すぐに車は発進した。

 運転手は、六合の皆元で呼ばれる「黒服」の男だった。

 80キロ以上のスピードを出して、車を走らせる。

 それほど、急いでいるのだ。


「民家のちかく、っていうこと? 神が現れたのは」

「実際にはまだ現れる前だ。現れてからじゃ遅い」

「人間が一度神を認識してしまうと、もう神からは逃れられませんので、気づかれる前に始末しなければなりません」


 そうも話している間に、あっという間に現地へ到着した。

 いち早く車から出たのは、名も知らぬ黒服の男性だった。男性はごくごくふつうの民家の玄関へ行き、チャイムを鳴らした。そして、年配の女性が出てきたところで黒服の男性は、当然のように家のなかに入っていった。


「おい、なにをよそ見してんだ。もうじき、出現する。体を整えておけ」

「うん、分かった」


 そうは言いながらも、まるねが心配だった。

 ちら、とうしろを見ると、まるねの前に枝柊が立っている。

 ならば大丈夫だろうと、彼の戦い方も知らないのに安堵した。

 それほど、彼の陰陽師としての腕を信じていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ