11
侵略者はアヤナシだろうと、枝藤が呟いた。
銃撃戦の音がする。
枝藤がおそらく音によると武器はアサルトライフルで、人数は10人ほどいるとのことだった。
「そんな、一人で大丈夫なの!?」
「あの人を舐めるなよ。人間が相手なら、どうとでもなる。準備はいいか」
「うん」
真は左手を扉にあて、枝藤の合図で開けるように力をこめた。
アサルトライフルの音が少しの間やんだタイミングを計る。
「行け!」
枝藤の鋭い声に応じて真は左腕に力を込めて飛び出した。
思った通り、枝橘がこちらに背をむけて応戦していた。
シニヨンに結った金色の髪の毛は、一本も後れ毛がはみ出てはいない。
それほど、彼女は動いていなかったのだ。
ちら、とこちらを見て、青い瞳をわずかに見開いたが、すぐに侵略者に視線を戻した。
彼女は札を手にして、アサルトライフルを構える侵略者――アヤナシが叫ぶ。
「やはり、この部屋にいたか! 捕らえろ! 他は殺しても構わん」
隊長であろう男が、真を見つけて走り出した。
「あとは殺しても構わん? それは、貴様らの命をなげうっても構わないということか」
引き金を引く直前に、彼女は呟いた。それは真たちにやっと聞こえるほどの小さな声で、独り言なのだと知る。
それは彼らへの忠告ではないということだ。
枝橘は札を突撃してきた4人に投げつける。
「斎刑」
彼女のくちびるから紡がれたのは、八将神内のひとつの神格だ。
雄々しく殺気乱れる鎧をつけた、2メートルを超える男が出現した。
手に槍をもち、アヤナシに向かってその身長よりも巨大な槍を突き出す。
血が飛び散り、胴体と首がちぎれる音がした。
しかし、飛び散ったはずの血は床に落ちる前に蒸発して消えてしまっていた。
おおお、と、斎刑と呼ばれた神格が咆哮をあげる。
びりびりと廊下がそのとどろきに震えた。
銃は殺傷力が高いとは言え、弾がなくなればただの鉄くずだ。
だが――それが弾が終わる前に、すべてが終わってしまっていた。
死体はちょうど10体。
枝藤の読みは完璧だった。
あっという間だ、と言わざるを得ない。
斎刑とよばれた神格はすでに消えていた。
「枝藤」
「どうしても見たいって言うからよ」
「……まあいい。死体を処理は黒服たちに頼む。……そろそろくるだろう」
枝橘は眉上の前髪をかきあげて、真に向き直った。
彼は、死体を見て怯えた表情をしていなかったし、ただ真摯に枝橘を見上げてくる。
「これが、陰陽師の戦い方なんですね」
「野蛮ですか?」
枝橘は少々意地悪な質問をした。
無論、真はすぐにかぶりを振る。
「野蛮だなんて。戦い方は、みんな違います。でも、敵はおなじ。それでいいと思います」
「……お優しいのですね」
彼女は、ふっとほほえんで、「黒服」と呼ばれる、六合の皆元の従業員をまとうとしていたが、すぐに黒いスーツを着た男たちが走ってきた。
「すぐに処理いたします。お目汚し、申し訳ございません」
男たちは慣れた手つきで白い布を死体にかぶせ、それを背負って廊下を去っていった。
それはたった数秒のことだ。本当に、慣れているのだろう。
「アヤナシを、どうするの」
「火葬して、埋葬いたします」
「そうなんだ……」
真は安堵するそぶりをみせて、すぐに顔をひきしめる。
「アヤナシは、なにを狙って……」
「あの者たちも言ったとおり、真様自身でしょう。あなたの血を――正確には皇の血を狙っているのです」
それ以上聞くな、という枝橘の視線。
これが「詮索するな」という意味なのだろう。
くちびるを閉じて、目を伏せる。そうだ、詮索しないということを承知したのも、自分だ。
だから、なにも言わない。
「今日はずいぶんお疲れでしょう。湯浴みをして、お休みください。お食事も、すぐにお持ちいたします」
「……ありがとう」
たしかに、今日は疲れた。
はじめてまつろわぬ神を倒したこともあったし、人間の死体を久しぶりに見たということもある。
けれど――そういう気持ちも、思いも、きっともうすぐなくなる。
真はそっとその場から去った。
豪華だけれど、栄養管理もしっかりされている食事はすぐに持ってきてくれた。
でも、やはり味気ない――。
ひとりきりで食べる食事の味気なさも、いずれは……。
そこで思考を止める。
「……」
食事を終えて、ほぼ無意識的に風呂にはいり、そして布団のなかに入る。
時間など関係なかった。
ただ、今はなにも考えずに眠りたかったのだ。
ぐっと目を閉じる。
そのせいなのか、腕や足の傷がずきりと痛んだ。
こころがなくなったら、痛みも感じなくなるのだろうか――。
急に、さみしさが心を侵した。
合成人間たちがいないからだけではない。
心がなくなるということが、とてもさみしい。
自分が生まれたころからずっと持ってきたものだ。それを手放すことが、とても哀しくて辛くて、さみしい。
「琳兄さんはどうしているんだろう……」
まるでその感情を振り切るように、自分の兄の名を呟く。
もう、どれくらい会っていないだろう。
眠る寸前の、ぼんやりとする頭で考える。
(こころも、こんなふうにぼうっとしながら消えていくのかな……。)
(そうしたら、怖くないのかもしれない。おれは、皇としか必要とされていないのかな……? そんなことを言ったら、籬たちに怒られてしまうかもしれないけど。)
自分というものがなくなれば、それは心がなくなるということそのものだ。
かなしいけれど、これは約束なのだから――。




