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白ノ修羅  作者: イヲ
第四章・悪鬼
28/52

10

 居住区につき、合成人間たちがいないさみしい廊下を歩いているときには、もう枝柊はいなかった。

 すでに自室と呼んでも違和感がない部屋にはいると、早々に枝藤は救急箱を持ってきた。

 どこから持ってきたのだろうかと思ったが、最初から自室にあったらしい。

 真自身、部屋のものに執着しなかったので、あったことに驚く。


「腕、見せろ」

「うん、ありがとう」


 素直にシャツをめくると、意外と傷は広かった。

 ヘスティアの店では頭がぼうっとしていたからか、よく見えなかったせいだろう。

 おそらく、足もおなじくらいのはずだ。


「まだまだだな。あのまつろわぬ神は大人しいほうだ。勝てたのは、当然の結果だな」

「うん。あれはたしかに攻撃的じゃなかった。もっと攻撃的だったら、おれひとりじゃ勝てなかったと思う」

「当然だ」


 手際よく消毒液にひたした脱脂綿を傷口にしみこませる。

 痛んだが、目を伏せて痛みを紛らわせた。


 金色の髪の毛がふいに揺れて、青い目が真を見据えた。


「?」

「だが、まあ、最初にしてはよくやったほうだ」


 目を合わせたのは一瞬で、すぐに彼は目をそらす。

 最初から気になっていたのだが、彼は真と目を合わすことはほとんどない。


「枝藤は……」

「なんだ」


 今度は足の傷をみてくれた。彼の手当ての手腕は相当なものだ、と真はおもう。


「おれの目の色も、肌の色も、髪の色もきらい?」


 はっとしたように、枝藤は真を見据えた。その目は、悪気がなかったことを表している。

 真はそれだけで十分だったけれど、枝藤は気まずそうに目をそらせた。

 だが、それではいけないと理解している彼はすぐに目を上げる。


「別に、嫌いなわけじゃねぇよ」

「そう……。なら、いいんだけど」


 真はそれ以上なにも言わなかった。

 枝藤のことばに安堵した反面、それはお世辞なのかもしれない、と思わざるを得なかった。

 それでも真はすぐに思い直す。そのことばを素直に受け取ろう、と思う。


 包帯を巻くまでもなかったけれど、ガーゼにはすこし血が滲んでいた。


「ありがとう。枝藤」

「これも付き人の仕事だからな。これくらだったら数日で跡も残らなくなるはずだ」

「……傷口、気になる?」

「あ、ああ?」


 傷口とは、真の父親――高峯との決闘の時につけられたものだ。

 肩から腰までばっさり斬られ、傷はふさがったが傷跡は生々しく残っている。

 それは無論、枝藤も知っているが、それほど「ひどい」ものとは思わなかった。

 えぐられたような跡。

 薙刀のような、大きな獲物のせいだ。それは、相手を殺すことをためらわないという意味なのだろう。


「枝藤も知ってるだろうけど……」

「知ってるさ。AIを持った機械(イザヤ)とおまえが接続して、人類の礎にしようとしたこともな。六合の皆元はそれを危険だと判断して、破壊した。全てを知ってるさ。おまえが知らないこともな」

「……」


 真はそれ以上なにも言わなかった。

 自分が知らないことを知っている、と言われても教えてくれないのは目に見えている。

 それほど、真を重要視しているのだ。

 脅威、と言っても過言でもない。

 なぜなら、真が五室室長の子どもだからだ。どこで漏洩されるか分かったものではない。おそらく、皇である真でさえ完全には信用していないのだろう。六合の皆元も。


「おれは、全てを知ろうなんて思わないよ。だから、大丈夫」

「……そうか。ま、それならいいけどよ。あまり詮索するなよ」

「詮索する前に、そんなことに興味をなくすとおもうよ」


 それは、心をなくすということを前提とした言葉だった。

 枝藤はばつが悪そうな表情をすると、真を見据えた。そこには真を案ずるような色が滲んでいる。

 

「おれはもう、諦めてるから。ひとの命って、大事だよね。だから、そのためにもおれは完璧な皇にならなくちゃいけない」

「犠牲になる気か」


 枝藤は、思ってもないことを言ったつもりではなかった。

 真に情が移った、と言われてしまえば決して否定はできない。

 だからだろうか、失態を犯してしまったと、枝藤は後悔をした。


「犠牲とか、そんなこと思ったことないよ。それに、犠牲というのは自分が認識するものじゃないから……。心配なのは、籬たちのこと」

「ああ――まあな。合成人間はおまえを溺愛しているからなぁ」

「……でも、まだ時間があるみたいだから」


 あのまつろわぬ神と対峙したとき、恐怖という感情がなかったことは、誰にも言わずにいよう、と固く誓う。


「怖くないか」

「怖くないよ」


 怖くない、というのはほとんど虚勢だった。

 けれど、以前より怖くはない。それも、彼女から「去勢」を受けたからなのだろうか――。


「あ、そういえば」


 真の声色はひそやかだった。

 それでも今までの話題を切り捨てるな声色だったので、枝藤はすこしだけ驚いた。


「エ霞がお風呂場の扉、壊しちゃったこと、謝ってなかったね……。ごめんね、枝藤」

「今更かよ。誰がやったのか最初分からなかったぞ。エ霞だったのか」


 あきれたように枝藤は苦い表情をした。


 ――そのときだった。


 枝藤と真は同時に、扉の先に視線をあげた。ふたりにははっきりと見えた。

 まるで色がついているように分かる、殺気。

 それは二人にとってひどく拙いものであったが、ここまでたどり着けたのは、それ相応の腕があったからであろう。


「おい、動けるか」

「大丈夫」

「いや――待て。枝橘(せんせい)が動き出したようだ。あの人が動けば相当の手だれでも殲滅できる。おまえはじっとしていろ」

「え、でも……」

「心配しなくても俺はここにいる。合成人間どもに護衛も兼ねろときつーく言われているからな」


 真が言いたかったことはそういういことじゃないんだけどな、とおもうが、口を閉ざしておくことにする。


「それともなにか。あの人の戦い方を見たいのか?」


 表情に出さなかった、と思っていたのだが、出てしまっていたらしい。

 またしても「そういうことじゃない」と思ったが、陰陽師の戦い方も見ておくことに越したことはないだろう。

 枝藤の戦い方は見たが、彼が「師匠(せんせい)」と呼ぶくらいの存在なのだ。

 やはり彼らは違うのだろう。


 真はためらいもなくうなずいた。

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