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白ノ修羅  作者: イヲ
第四章・悪鬼
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 ヘスティアに軽い手当てをしてもらったあと、店内にもどって蕎麦を食べた。

 彼女は母方の実家がそば屋だったらしく、「本業」のほかに副業としてそば屋を始めたらしい。

 もっとも、ここにくるのは六合の皆元の巫女の面々なのだが。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「そうですか! ありがとうございます。真様」

「あの……」


 真は先ほどから「様」をつけるのを止めて欲しいと言っているのだが、彼女はかたくなに拒んだ。

 彼女も一応、六合の皆元の組織に組み込まれている存在だ。

 裏方だが、いなくてはならない存在だという。


 赤毛をきつく結いあげているヘスティアは、うっとおしそうに横に流れた髪の毛を耳にかけた。


「私、本当はそば職人になりたかったんです。でも、家のこともあったし、副業でもできて嬉しいんですよ」

「へえ……。すごいですね。自分のゆめを叶えることができるなんて」

「そんなんじゃありません。最近はそばを打つこともできなくって。バイトの子に任せっきりです」

「遺物……神が、増えてきているからですか?」


 ヘスティアはすこし肩を上げて、首をすくめた。

 どこか迷っているふうの彼女は、鳶色の瞳を伏せる。かなしそうな表情に、真はまずいことを言ってしまったのだろうかと口を閉ざした。


「そうです。哀しいことに、巫女たちもかなりの数が亡くなっています。ほとんど、寿命でした……」

「寿命……。神と戦った、からですか」

「ええ。私の今の技術ではまだ……。もっと力があれば、亡くなるかたを減少させることができるのに」

「技術?」

「枝野家は、医療系の術を扱うことに長けている。戦うことはしないが、神によって減らされる寿命をすこしでも長く保てるように、力を貸してもらっている」

「もらっている、なんてそんな。私たちはすこしでも助けられればと思っているだけですから……」


 枝柊にそう言われて彼女はすこし頬を赤らめ、恐縮した。

 そして、「私たち」と言ったのだから、おそらく他にも枝野のひとたちはいるのだろう。


「私の家族や親戚は、みんな伊勢で副業をしています。本業だけだと、どうしても目立ってしまうので……。この髪の毛の色、やっぱり目立つでしょう?」

「赤い色もきれいだと思います。おれの髪色も相当目立つし……」

「ありがとうございます」


 彼女はほっとしたように、胸に手をあてた。

 それにしても、とヘスティアは真の姿をこっそりと見つめた。

 

 彼はまだ16歳だと聞いている。

 だが、顔だちはほかの男の子たちと比べると、ひどく幼い。

 肌はアルビノゆえ、白く静脈が透けるほど白い。髪の色も痛みもなく、嫌味のないつややかさがあった。

 赤い目が大きく見えることが、幼さを引き立てるのだろう。

 

「どうしたんですか?」

「あっ、いいえ。申し訳ありません。じろじろ見てしまって……」

「慣れてます。アルビノは、珍しいでしょう」


 彼は、本当に気にしていないようだった。

 けれど、慣れている、と言ったことばの裏にはきっと、辛いこともあっただろう。

 街に出れば、みな振りかえる。嫌な顔をする。そうしたことも、ヘスティアにもあった。

 金髪はそれほど珍しいと思われないのに、赤毛というだけで、じろじろと見られることもあったのだ。


「一休みしただろう。そろそろ帰るぞ」

「あ、では、いつものものをお持ちください。枝柊さん」

「ああ――。いつもすまない」


 彼女は、机の上にあった紙包みを枝柊に渡した。


「それは?」

「守護札だ。我々陰陽師は、式神を使うことはできるが、命を守る手立てはない。無論、式神を俺たちの命を守ることもできるが。攻めと守りを同時に行うのは正直、難しい」

「へえ、枝野の家がそれを作ってたのか」

「知らなかったのか、枝藤」


 あきれたように枝柊が呟くと、枝藤は決まり悪そうにそっぽを向いてしまった。

 要約すると、式神を使わなくとも自らの体を守ることができる札らしいが、それは陰陽師にしか使えず、巫女たちには使えない。

 それを変えようとヘスティアも研究を重ねているという。


「真様や、巫女たちにも使えるようにがんばりますので!」

「あ、ありがとうございます」

「いくぞ」

「あ、はい」


 枝柊が黒いコートの裏地のポケットに紙包みを入れると、立ち上がった。それに倣って真も立ち上がる。

 窓枠から見える景色は、すこし暗くなってきてしまっていた。


「では、また。今度は私から本拠地へ赴きましょう」

「はい。待ってます」



 外に出て、深呼吸をする。腕や足に擦り傷がまだ乾ききっていないので服がすれて痛むが、それはすべて自分のせいなので我慢するしかない。


「戻ったら手当てしてやるよ。まだ痛むだろ」

「ありがとう。枝藤。でも自分でやるよ。おれが弱かったせいなんだから」

「……枝藤の仕事を取り上げてやるな」

「え?」

「付き人の仕事のことだ。君は、何でもひとりでやろうとするな。東京にいた頃の、反動か?」


 図星をさされて、真は頷くことも忘れてしまった。

 たしかに、そうだ。

 今まではすべてほかの使用人にしてもらってきた。

 上げ膳も下げ膳もすべてだ。自分の部屋の掃除も、ましてや外の草むしりも。

 真自身、それが当然だと思っていなかったし(琳から教えてもらった。)、恐縮し続けなければいけなかったので、自分のことを自分ですることのほうが、楽なのかもしれない。


「君にはお役目がある。今は難しいだろうが、お役目を遂行するように考えろ。主様も、それを望んでいる」

「……分かりました……」


 それを約束したのだ。

 約束は守るもの。だから、それに異を唱えることは見当違いなのだろうから。

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