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ヘスティアに軽い手当てをしてもらったあと、店内にもどって蕎麦を食べた。
彼女は母方の実家がそば屋だったらしく、「本業」のほかに副業としてそば屋を始めたらしい。
もっとも、ここにくるのは六合の皆元の巫女の面々なのだが。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「そうですか! ありがとうございます。真様」
「あの……」
真は先ほどから「様」をつけるのを止めて欲しいと言っているのだが、彼女はかたくなに拒んだ。
彼女も一応、六合の皆元の組織に組み込まれている存在だ。
裏方だが、いなくてはならない存在だという。
赤毛をきつく結いあげているヘスティアは、うっとおしそうに横に流れた髪の毛を耳にかけた。
「私、本当はそば職人になりたかったんです。でも、家のこともあったし、副業でもできて嬉しいんですよ」
「へえ……。すごいですね。自分のゆめを叶えることができるなんて」
「そんなんじゃありません。最近はそばを打つこともできなくって。バイトの子に任せっきりです」
「遺物……神が、増えてきているからですか?」
ヘスティアはすこし肩を上げて、首をすくめた。
どこか迷っているふうの彼女は、鳶色の瞳を伏せる。かなしそうな表情に、真はまずいことを言ってしまったのだろうかと口を閉ざした。
「そうです。哀しいことに、巫女たちもかなりの数が亡くなっています。ほとんど、寿命でした……」
「寿命……。神と戦った、からですか」
「ええ。私の今の技術ではまだ……。もっと力があれば、亡くなるかたを減少させることができるのに」
「技術?」
「枝野家は、医療系の術を扱うことに長けている。戦うことはしないが、神によって減らされる寿命をすこしでも長く保てるように、力を貸してもらっている」
「もらっている、なんてそんな。私たちはすこしでも助けられればと思っているだけですから……」
枝柊にそう言われて彼女はすこし頬を赤らめ、恐縮した。
そして、「私たち」と言ったのだから、おそらく他にも枝野のひとたちはいるのだろう。
「私の家族や親戚は、みんな伊勢で副業をしています。本業だけだと、どうしても目立ってしまうので……。この髪の毛の色、やっぱり目立つでしょう?」
「赤い色もきれいだと思います。おれの髪色も相当目立つし……」
「ありがとうございます」
彼女はほっとしたように、胸に手をあてた。
それにしても、とヘスティアは真の姿をこっそりと見つめた。
彼はまだ16歳だと聞いている。
だが、顔だちはほかの男の子たちと比べると、ひどく幼い。
肌はアルビノゆえ、白く静脈が透けるほど白い。髪の色も痛みもなく、嫌味のないつややかさがあった。
赤い目が大きく見えることが、幼さを引き立てるのだろう。
「どうしたんですか?」
「あっ、いいえ。申し訳ありません。じろじろ見てしまって……」
「慣れてます。アルビノは、珍しいでしょう」
彼は、本当に気にしていないようだった。
けれど、慣れている、と言ったことばの裏にはきっと、辛いこともあっただろう。
街に出れば、みな振りかえる。嫌な顔をする。そうしたことも、ヘスティアにもあった。
金髪はそれほど珍しいと思われないのに、赤毛というだけで、じろじろと見られることもあったのだ。
「一休みしただろう。そろそろ帰るぞ」
「あ、では、いつものものをお持ちください。枝柊さん」
「ああ――。いつもすまない」
彼女は、机の上にあった紙包みを枝柊に渡した。
「それは?」
「守護札だ。我々陰陽師は、式神を使うことはできるが、命を守る手立てはない。無論、式神を俺たちの命を守ることもできるが。攻めと守りを同時に行うのは正直、難しい」
「へえ、枝野の家がそれを作ってたのか」
「知らなかったのか、枝藤」
あきれたように枝柊が呟くと、枝藤は決まり悪そうにそっぽを向いてしまった。
要約すると、式神を使わなくとも自らの体を守ることができる札らしいが、それは陰陽師にしか使えず、巫女たちには使えない。
それを変えようとヘスティアも研究を重ねているという。
「真様や、巫女たちにも使えるようにがんばりますので!」
「あ、ありがとうございます」
「いくぞ」
「あ、はい」
枝柊が黒いコートの裏地のポケットに紙包みを入れると、立ち上がった。それに倣って真も立ち上がる。
窓枠から見える景色は、すこし暗くなってきてしまっていた。
「では、また。今度は私から本拠地へ赴きましょう」
「はい。待ってます」
外に出て、深呼吸をする。腕や足に擦り傷がまだ乾ききっていないので服がすれて痛むが、それはすべて自分のせいなので我慢するしかない。
「戻ったら手当てしてやるよ。まだ痛むだろ」
「ありがとう。枝藤。でも自分でやるよ。おれが弱かったせいなんだから」
「……枝藤の仕事を取り上げてやるな」
「え?」
「付き人の仕事のことだ。君は、何でもひとりでやろうとするな。東京にいた頃の、反動か?」
図星をさされて、真は頷くことも忘れてしまった。
たしかに、そうだ。
今まではすべてほかの使用人にしてもらってきた。
上げ膳も下げ膳もすべてだ。自分の部屋の掃除も、ましてや外の草むしりも。
真自身、それが当然だと思っていなかったし(琳から教えてもらった。)、恐縮し続けなければいけなかったので、自分のことを自分ですることのほうが、楽なのかもしれない。
「君にはお役目がある。今は難しいだろうが、お役目を遂行するように考えろ。主様も、それを望んでいる」
「……分かりました……」
それを約束したのだ。
約束は守るもの。だから、それに異を唱えることは見当違いなのだろうから。




