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「悪かったわね。急に呼び出して」
「百合子。どうしたの、真の護衛をほっぽってまで招集をかけるなんて」
完全防音加工をされた部屋に通された三人と、それを待っていた百合子と近江は、スツールから立ち上がった。
その顔は、疲労の色がにじんでいた。
「おいおい、近江、ひでぇ顔色だぞ。寝てないのか」
「寝る暇があったら仕事をするさ」
再び疲れたようにスツールにすわると、おおきくため息を吐きだした。
いったんの静寂が流れたあと、意を決したようにくちびるを開いた。
「今まで言わなかった。でももしかすると知っていたかもしれないけど、政府から合成人間の新ナンバーの作成が許可されたの」
「……ええ?」
「もう、開発は始まっている。とりあえずは、二体。仮の名は、男性型が槻乃、女性型が鏡埜というの。ふたりのAIは底はおなじデータで作成されている」
「双子、ということか」
「籬の言うとおり。これは、急を要するからだ。別々のAIを作っている暇はないからな」
「五室は何て言っているの?」
「実際は政府が許可を出したわけではないらしいの。六合の皆元が推薦したそうよ。それで、政府もそれを許可せざるを得なくなったということ」
暗に、六合の皆元がどれほどの力を持っているのかを、合成人間たちは知ることになった。
知りたくもない情報を勝手に拾うことになり、幾分か三人とも不機嫌になる。
「そんなことどうでもいいけど。私たちのきょうだいができるってことね? 要するに」
「そういうこと」
「あるデータをとっている」
急に、近江が呟いた。
そして、鞄のなかから紙の束を机の上に放り投げた。
「これは?」
籬が問うと、近江は中を見てみろ、と視線で示す。
彼が代表してその紙を見下ろすと、驚くべき文字列が並べられていた。
真が東京から出てからこれまでの間の「遺物」の増加量がグラフになっていたのだ。
それは右肩上がりになっていることが顕著だった。
五室に在室している兵士たちの死亡率も、それと比例している。
「どういうことだ? これは。これほど顕著に表れるとは」
「さあ、分からん。だが、これは事実だ。真君が伊勢に行ってから、遺物の数は増加している。そして、観世水琳からも興味深い情報を聞いた」
「げ、すっげぇ嫌な予感がすんだけど」
「エ霞。合成人間が予感なんて言葉を使うんじゃない。真君が伊勢に行って1週間後。防衛省遺物強制執行部隊の議席を持つ議員が、遺物によって解剖されていた」
「は? 解剖?」
エ霞が呆気にとられていると、書類にぎっしりと羅列されていた文字を網膜操作で2,3分ですべての分量を読み終えた籬は、近江のかわりに答えた。
「人間の臓器を電子メスで切るように、きれいに切られている。そして、どこに何があるかを学んだそぶりをその遺物はしていたそうだ。監視カメラにそれが録画されていた」
「遺物がそんなことするかぁ?」
「アヤナシのことを覚えていないわけではあるまい。エ霞。アヤナシは遺物さえも使役できる。遺物が自立して解剖し、知識としてほかの遺物に発信することができるのだとしたら――。それは何のためだと思う」
「なにかを探しているということか」
籬が書かれている書類すべてに目を通し、理解をした上でエ霞に問うと、彼は求めていた答えにたどり着いた。
そして、そこにわざと書かなかった事実を、近江は言い放った。
「政府の官僚に、心臓に機密情報のチップを埋め込んでいるイカれた奴がいるようだ。遺物は、的確にそれを狙っている」
「機密情報? なにそれ」
「それは知らん。興味もないが、どうやら六合の皆元にも関係があるものらしい。だからこそ、早急に新たな合成人間の製造を推しているというのが観世水琳が言っていたことだ」
「結局、お偉いさんが自分の命が大事だから許可したってわけ」
「そうかもね。でも、あなたたちにきょうだいが出来るんだから、仲良くしてあげなさいね。おそらく、あと一ヶ月でテストが出来る段階になるはずだから」
「それは分かってるけどさ」
「それにしても、真がいなくなってからっつーのが気になるな」
「今、それを調べている。片手間で、だがな」
「そんなんだから寝る時間がなくなるのよ!」
百合子が一喝するも、当の本人は素知らぬ顔だ。
彼は一度熱中すると三日は寝ないで働ける。別に自慢出来ることではないのだが。
百合子と近江はつきあっているのだが、そういうところで心配をかけるのはどうなのかと、睡蓮はおもうのだが、口に出すことはなかった。
「で、俺たちが招集された理由は他にもあるんだろ」
「ああ。正直、鏡埜と槻乃の製造が間に合っていなくてな。手伝って欲しいんだ」
「……三人でなくてもよかったのでは」
籬が問うも、それはきっぱりと近江はかぶりを振った。
「おまえたちを製造するのに何年かかったと思っている。2年だ。それを、たったの数ヶ月で完成させなければならん。その最終段階のチェックをするのが、おまえたちだ」
「ふうん……。真がすっごく心配だけど、むこうも十分承知しているでしょうし。まあ、協力してあげてもいいわよ。私たちのきょうだいがどんな子たちなのかも気になるしね。真の次に」
睡蓮はやはり真がとても心配らしい。




