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白ノ修羅  作者: イヲ
第四章・悪鬼
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 神の咆哮が真の耳朶を襲った。

 まるで地鳴りのようなその声でもっても、真の集中力は途切れなかった。


 地面に降り立った彼は、唸るまつろわぬ神を見上げる。完全に、真を敵と見なしたのだ。

 殺気だっているのは神よりも、むしろ真のほうだった。

 「生き残る」ということを脳の足りない神よりも強く願っているせいだろう。


 緋色の目を鋭く細め、神の動向を見守っている。


 やがて神は牛のように頭を振って、真に飛びかかった。

 真の体術をまるでへたくそに真似たようだった。

 しかし、真は3メートルはあるであろう神よりも高く飛翔し、今度は額を蹴り上げた。

 神は咆哮をあげながら後ろに一歩、二歩足をよろめかせる。しかし、それだけだ。

 致命傷には至らない。

 

 体術の弱点はそれなのかもしれない。

 鋭利な刃物で切り裂くことこそが、致命傷になり得るのだろう。


 ずん、と、神は足踏みをした。枝藤たちがいる場所まで、足がしびれるほどのそれは、立っているのがやっとだった。

 神のそばにいた真も例外ではなかった。


 ちょうど地に足をつけていた彼は倒れたのだ。


 枝藤が一歩、足を踏み出す。しかし、枝柊はそれを制した。


 神の足踏みは、反閇(へんばい)も似た「足踏」をしている。

 反閇とは、悪鬼を清め、祓うための歩行による呪術だが、神自身はなにも考えていないだろう――。

 陰陽道を扱う枝藤はその動きに驚いたものの、枝柊は目を細めただけだった。


 それよりも――倒れた真は起き上がるまえに神に捕らえられた。

 巨大な手で真を軽々と掴み上げたのだ。


「ぅ……っ」


 真のかすかなうめきも、神には関係がなかった。

 彼を飲み込もうと、大きな口をぽっかりと広げた。だが、真のなかに生まれるはずの「恐れ」というものを感じなかった。

 それを不思議に思うひまもなく、仕方なく真は左手に力をこめた。

 ここでは死ねない、という思いのせいだろうか。

 肉を裂く、嫌な音が聞こえた。

 神は悲鳴をあげて、真を捕らえていた手をあっけなく放す。

 だが、真はうまく着地ができなかった。

 なぜか――。

 まさか、とはおもうが、反閇のせいではないかと枝藤は思考する。しかし彼は悪鬼ではない、邪鬼でもない。

 

 真は慎重に立ち上がって、神をにらみつけた。

 枝藤の、真の異変を思考することはもうなかった。


 彼は傷ついた体を引きずることなく、ただ動いた。

 よく見ると、頬や腕に血が滲んでいた。もしかすると、内蔵も傷ついているのかもしれない。


 だが彼はそれを意に介さず、反閇が脅威となったと考えたのか、真は神の足の正面――臑を掌打する。

 護身術としてつかわれる掌低打ちだが、真のそれは違った。

 護身術というよりも、相手を殺すための掌打のようだった。

 武術に疎い枝藤でも分かる。これは殺人術だ。

 殺すための武術なのだ、と。


 そのせいか――神は片足を無くした(・・・・)

 ばっさりと、まるで刃物で切られたかのように。

 消え去ったのだ。それ自身は決して珍しいものではない。

 神は、消え去るものだからだ。

 驚くべきは、やはり「右手」だけで足を消し去ったことだ。


 神は片足をなくし、立っていられなくなったのか、まるで虫のように地べたでうごめき始める。

 真はそれでも油断なく見下ろし、神の上に乗りこみ、そして――喉のあたりを、まっすぐに伸ばした指で、そこ(・・)を貫通させた。

 実際には神の首は太いので貫通させたわけではなく、突っ込んだ、と言ったほうが正しい。

 真はそのまま、なにかを探るように喉に突っ込んだ手を動かした。

 

 その光景は枝柊も目を見開く。

 「なにをしているのか」を考えることができなかった。


 真の表情は髪の毛が顔にかぶさって分からない。


「あった」


 ただ、それだけを二人は聞き取る。

 さらに真は腕を喉に突っ込んだ。神はびくり、と体を動かして、やがて――動かなくなった。


 そしてまつろわぬ神は、徐々に融けるように消えていった。


「……」


 それを見送ると、ぐらりと真の体がゆれ、倒れるその寸前で枝柊がその体を支えた。

 喉笛を穿った右手は、黒ずんでいる。これは、神の怨嗟だ。儀式をし終えた体だからこそ、その怨嗟に命を吸われることはないが、ふつうの巫女だったなら一瞬で亡骸になっていただろう。


「ずいぶん、無茶をする戦い方だな」


 枝柊はぼんやりと目を伏せる真を見下ろし、そのまま抱きかかえた。


「お、おい、どうすんだよ」

「そば屋だ」

「そば屋って、そいつどうするんだ? 怨嗟に中てられてるじゃねぇか」

「知らないのか。あのそば屋の店主は同胞(はらから)だ」


 まつろわぬ神を殺す際、慣れぬものは時折神の怨嗟に中てられる。清めればよいのだが、枝柊はそば屋の店主に頼みたいらしい。

 おそらく、顔見せをさせたかったのだろう。


「あーあ、こんなんしちまって、合成人間どもが何て言うか」

「俺が知りたかったことは知れた。あとはどうとでもなる」

「どうとでも、って、俺が全部片付けなけりゃいけないんじゃねぇか!」

「おそらく、この少年は言わんはずだ。俺の見解が正しければな」

「まあ、それならそれでいいんだけどよ」


 文句を言っても仕方ない。

 そば屋があることは知っているが、何故かそこの主人を見たことがなかった。

 アルバイトの店員ならば見たことはあるのだが。


「なあ、枝柊。そいつ、大丈夫なのか?」

「皇の儀式を行ったんだ。大丈夫だろう。すぐに気を取りもどす」

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