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その日はじめて、真が六合の皆元の本拠地から出ることを許された。
そして合成人間たちは、葵重工から召集令が出て、三人は慌ただしく出て行ってしまった。
真は詳しくは知らない。
教えてはくれなかった。けれど、エ霞は心配するな、と笑ってくれたので、それを信じるしかないだろう。
外に出ることを許されたのと、合成人間たちが葵重工に戻ったのは、偶然ではない。
さきに合成人間たちが招集されたのだ。
なぜ外に出す気になったのかといえば、枝柊の提案だった。
合成人間に守られない戦いは、枝柊の真への興味をおおいに誘った。
それ故に、神と再びまみえる場所へ「わざわざ」真を連れだしたのだ。
その目で見たいがために。
巨大な鳥居をくぐったのは、枝藤と枝柊、そして真だった。
木々がトンネルのようにずっと続く道は、何もないと思ったが、ちかくにそば屋があるらしい。
本拠地を出たのが昼前だったせいか、そこで蕎麦を食べようと、枝柊が珍しく誘った。
「このところ、忙しかったからな。儀式とかで」
枝藤は独り言のように呟いた。
それが嫌味なのかどうかは真には分からなかったが、正直に「そうなんだ」と頷いてみせる。
「外食なんて、久しぶりだよ」
真が外食をしたのは、父との死闘があった夜だけだ。
その日以外は葵重工の中で食べるか、自分の家で食べるかのどちらかだった。
そうとも知らぬ枝藤は、ふうんと興味なさそうに相づちをうった。
春はもう深くなっていた。
もうじき、夏がやってくる。
まだやわらかい日差しを遮るのは、みずみずしい葉だった。
木々が多いこの場所では、どこへ行っても日を遮る。それほどこの道は狭く、木がおおかった。
真は帽子を深くかぶり、生い茂る緑を見上げた。
「なにしてんだ。置いてくぞ」
立ち止まったのは一瞬だったが、めざとく枝藤が見つける。それはただの文句ではなかったことを、真は即座に理解した。
木々の合間に、黒い影がうごめいていたのだ。
「……あれも、神なの?」
「厳密に言うと違う」
答えたのは、意外にも枝柊だった。彼らは立ち止まることなく、道をまっすぐ歩くが、不思議なことに車が一台も通らない。
「あれらは、神どもの一部だ。たとえて言うならば手足。認識する人間を探すためだ。余計な戦いをしたくないのなら、見えぬふりをしろ」
枝柊はそう言い切ったが、真のそばを離れることはなかった。
それに気づいて、ふいに彼へ疑問をなげかけた。
「まるねはどうしているの? 枝柊はまるねの付き人なんでしょう」
「心配は無用」
なぜかは分からないが、きっぱりと枝柊は言い放つ。
それ以上聞くべきではないと判断して、歩き続けた。
「真様」
「えっ、あ、はい」
外ではいくら「規則になった」とはいえ、様をつけられるのはむずがゆかった。
だから、というわけではないが、こちらも敬語を使ってしまう。
「俺は、君の戦いを見てみたい。その理由は分かるな。連れだした意味を」
「はい。この先に、神がいるんでしょう」
「そのとおり。そば屋に行くのはその後だ。動く前に食事をしたら厳しいだろう」
たしかに戦いの前に食事をしては、真にとってはまずいかもしれない。体術を使うのだから。
「ここからおおよそ10メートル先にまつろわぬ神がいる。人間を襲ってはいないが、以前結界のなかに入ってきた雑魚共と一緒にしては痛い目を見るぞ。あれはまつろわぬ神の子。まつろわぬ神ではない」
「……そうなんだ」
気を引き締めるように、真はあごを引いた。
ざわざわと、葉が重なる音が聞こえてくる。
風も、ちがう。
神の子どもとはまったく違う風が真のほおを容赦なく撫でる。
風はひどく、冷たかった。
まるで真冬の風のようだ。
「……」
空気がちがう。
晩春とは思えないほど冷え冷えした風に、空気が闇に飲まれるほどの、不安感がある。
がさ、と音がする。
いつの間にか、目の前にそれはいた。
巨大だった。
ヒトの形をしたそれは、見目影のみの存在だが、実体はあるようだ。
木々に手をかけて、白い目をこちらに向ける。
(気づかれた――。)
ごくり、と生唾を飲み込む。
「一人で戦えとは言わん。枝藤がアシストする」
「……一人でやらせてください。そうじゃなくちゃ、強くなれない……」
そのことばに、枝柊は目を細めた。
無論、真はまつろわぬ神に集中して、見てはいなかったが。
「おい、大丈夫なのかよ。枝柊。こいつは、神の子じゃないんだぞ」
「無論、危なくなったら手を貸すつもりだ」
ふたりが囁きあっている言葉も、真は気づいていなかった。
ただ、呼吸を整えている。
神は様子をうかがうように、じっと真を見下ろしている。
ほかの二人はまるで眼中にないようだった。
そして――真が目を伏せ、視線を上げたときにそれは動いた。
豪腕が真をなぎ払うように大きく振るう。
しかし、巨大なゆえか、真の素早さには負けた。
真は地をしっかりと踏みしめて飛んだ。飛来した、と言ったほうがいいのかもしれない。
まるで鷹のような獰猛な緋色の瞳で、まつろわぬ神を見下ろした。
だがそれも一瞬だ。ヒト型をした神の頸椎を、真の蹴りが襲う。どれほどの力を込めたのか――否、どれほどの力を持っていたのか分からない。その結果、神は前のめりになった――が、倒れることはなかった。
(さすがは、まつろわぬ神か――。)
枝柊は真から目を離さなかったが、さらに視界を広げた。
神の体と真の体を視界から外さず、腕を組んだ。その手のなかには札が握られている。
(これが神の子であったなら、一瞬にして消え去っただろう。)
それは確信であった。




