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白ノ修羅  作者: イヲ
第四章・悪鬼
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 真が門の前に行くと、すでにそこには枝橘が立っていた。


「遅れてごめんなさい」

「お気になさらず」


 彼女は相変わらず黒いスーツを着ている。

 膝丈のタイトスカートからは、すらりとした足が出ていた。


「ここに来るように言われたんですけど……」

「たしかに」


 枝橘は言葉少なく、そっとうなずいた。


「あなたの戦いを拝見させて頂きました」

「え?」

「式神を通じて見えずとも、見えるのです。私も枝藤とおなじ陰陽師ですので。正直に申し上げます。あなたは、たしかにお強い。しかし、武具を扱わないことに異を唱えます」

「なぜですか?」

「武器は、天敵を貫くだけではなく、身を守ることにも使えるものです。それを扱わないのはいかがなものかと」

「心配してくれてありがとうございます。でも、おれはおれの信念があるんです。だから、武器は使いません」


 薄化粧をしただけでも、はっきりとした顔をしているが決して嫌味を感じさせない枝橘は、青い瞳を大きく見開いた。

 まるで、なにを言っているのか分からない、という表情をしている。


「信念、とは……」

「相手が神でも何でも、相手がいるという以上、武器は使いません。命をかけているからこそです」

「……どういう意味ですか」

「命をかけるということは、相手にも敬意を払うということです。それに武器はいりません。それがおれの信念です」

「誰がそんなことを」

「おれの唯一の誇りです」


 きっぱりと言い張った真の緋色の瞳は、ひどく真摯だった。

 本気でそう思っているのだと、枝橘は理解した。

 そして、以前(ぬし)に弱い、と言ったことをすこし訂正しなければ、とも。

 

「敵であるものにも敬意を表すとは……。私どもは、敵を敵としか見なしていません。殺すべきものだと。そして、私もそれを正しいと思います。あなたのように、敬意を払うことはできないでしょう」

「いいんです。人と人はみんな違うんですから。おれはおれの考え方がある。それでいいと思います」


 ほんとうに、この子どもは16歳なのだろうか、と枝橘はふいに思った。

 彼の家のことはよく知っている。

 五室室長の息子とは言え、六合の皆元に調べられぬものはない。

 この子ども――真は、大人たちに囲まれて育った。同い年の子どもと接したことがないのだ。

 その結果なのかもしれない。


「枝橘は、おれを心配してくれたの?」

「……そうかもしれませんね。我ら――枝橘、枝藤、枝柊はそれぞれ武器は持たないものの、陰陽師です。己の体で戦うことはしません。……式神こそが我らが武具なのです」

「うん」


 彼女は自身に言い聞かせるようにつぶやいた。

 だが、どこかで後ろめたさがあったのかもしれない。

 けれどすぐに思考を切り替える。

 この少年は、ゆっくりと心をなくしてゆくのだ。

 こうして心配することなど、無駄なことなのだ、と。


「就寝前にお呼び立ていたしまして、大変申し訳ありませんでした。私はこれで失礼いたします」

「うん。おやすみなさい」


 ありがとう、と真は言った。

 そして、枝橘は真がきびすをかえした後、くちびるをそっと噛みしめた。





 枝橘は、はっとした(・・・・・)表情をし、そのまま、おのれの主の元へむかった。

 少女の部屋は、真の部屋よりもさらに厳重に警備されていた。扉の左右に巫女が立ち、槍を持っているが、彼女の姿を見るとすぐに頭をたれた。

 おもたげな音をたてて、扉が開かれた。

 部屋は、それほど広くはない。しかし、御簾がかけられているせいで、余計狭く感じる。

 枝橘はその前に膝をつくと、御簾のむこうがわにいる少女がことばを紡ぐのを待った。


「真殿と接触したようですね」


 その声色はほんのわずかだけ、憎しみが存在していた。

 枝橘は目をそっとつむり、「はい」と答えたが、それ以上主の声は聞こえない。


 次のことばを発するまでの時間は数秒だったのだが、枝橘にとっては数十分ほどにもおもえるほど、おそろしかった。


「こたびの皇に、あなたは随分深入りするのですね? 杜宇子様の時はそれほどではなかったというのに」

「滅相もございません……」

「私に、真意を打ち明けられないと?」


 その言葉は、絶対だった。

 言霊を操るような、霊妙なことばだった。


「真様が武具を使わないことに疑問を覚えまして、呼び立てした次第でございます。主様」

「たしかに、彼は武具は使いません。そのことに何の疑問があるのでしょう」

「武具は、身を守るにも使うことができます。真様は、それをご存じでした」

「それで、どうしたというのです」

「相手がいるこそ、敬意を表さなければならない、とのことでした」

「敬意、ですか」


 少女は、なにかを考えあぐねているようだった。

 それが愚かだと思っているのか、それともそれこそ敬意を表すことなのか……。


「愚かですね」


 少女が出した答えは、前者であった。

 「愚か」なのが真であるはずなのに、枝橘はびくりと肩を揺らした。


「実に愚かしい。神々に敬意を表すなど、あってはならないことです。神々は人類の天敵。それであればよいのです。たしかに畏れ(・・)はしますが、尊敬することなど、一生ないでしょうね」

「同意はいたしました」

「なにか言いたいことでも?」


 汗がにじむ。

 少女の言葉は威圧があり、まるで見えぬ思い石が枝橘の背に乗っているようだった。


「いいえ。主様」

「なにがどうであれ、私は真殿のその思いは永遠に理解出来ないでしょう。……まあ、その前に全て終わるでしょうけれど」


 それこそどういう意味なのか――。

 問おうとするが、見えぬ主に視線に制された気がして、枝橘は口をつぐんだ。

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