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籬たちに会えたのは、その次の日の夜だった。
睡蓮は、特に安堵していたようだ。
「あれだけ鍛錬をしていたんだもの。それでも、怪我がなくて本当によかった」
「でも、まだ足りない。もっと強くならないと……」
「真。そんなに気張らなくてもいいんだぜ。気張ってて足もと掬われることもあるんだからな」
「うん……」
真の部屋のすぐ真正面で話をしていて、廊下の向こうから歩いてきたのは枝藤だった。
すでに黒スーツは脱いでいて、ラフなシャツとジーンズを身につけている。
「枝藤。どうしたの。ここにくるなんて、珍しいね」
儀式前、儀式後にここにきたのは初めてだった。
枝藤は相変わらずむっとした表情で、じろじろと四人をみている。
「あ? 何か用事でもあんのか」
エ霞がこともなげに問うと、枝藤は眉根を余計よせた。
「俺はそいつの付き人だ。別に、近くにくるくらい、別にいいだろ」
「付き人ねぇ……。それにしてはすごく嫌そうだけど」
睡蓮がなんとなしに呟く。
たしかに、枝藤は真のことをあまりよく思っていないだろう。
それなのに付き人になれと言われて、おもしろくないのもわかる。
「こんなガキの付き人なんて、心外だってはなしだよ」
「え、ええっと……ごめんなさい……」
「じゃあ、やめれば? 真の護衛なら、私たちだけで十分だし」
「コトはそういう単純なことじゃねぇんだよ! お前らは術は使えねぇし、神どもと戦ったとしても、出現してからじゃ普通は遅いんだよ。事前に検知できなきゃ、意味がない」
「検知、ねえ……。なに、真はできんの?」
エ霞から唐突に問われ、儀式の夜にいやな風が吹き続いていた、と答える。
合成人間は、そういう「あいまいなことば」に弱い。
風というものは、「強い」「弱い」「ふつう」であり、「悪」や「良」といったものは関知出来ないのだ。
「ふうん。俺らにはよく分からねぇが、そっちが分かってんならいいんじゃねぇの? 付き人だろうが何だろうが」
「だろうよ。まあ、戦闘力は期待してるがな……」
枝藤は初めて合成人間を認めたとも言える発現発言をした。
神との戦いは、合成人間にとって初めてだったが、「物理的に」刃が通る以上、遺物と何ら変わりはない。
合成人間たちと共に戦った巫女たちの話からすると、彼らの戦闘力を非常に評価する、とのことだ。
流石というべきか、と枝橘でさえ認めていた。
だから、枝藤も認めざるを得ない。何せ、彼女は枝藤の陰陽師の師匠だからだ。
あつかうものは違うが、目的が一緒ならば、これ以上の戦力はない、とも。
「ただし、真を傷つけるようなことをしたら、許さねぇからな」
「大丈夫だよ」
真はきっぱりとエ霞へ笑いかけた。
枝藤は強い人だ。
自分の意味を見つけている人なのだから。
「……まあ、真がそう言うなら別だけどよ。だが、俺らは真の護衛で来てんだ。なにか下手な真似をしてみろ。そのときは容赦しねぇぞ」
「……分かってるよ」
枝藤は肩をすくませて、真の隣に立ち、耳打ちをするように小声でささやいた。
合成人間たちの聴力では聞こえているのだが、枝藤は気にしていないようだ。
「枝橘が呼んでる。居住区の門の前で待っているから、行ってこい」
「わかった」
居住区は、さすがに男性寮と女性寮が分かれている。
門で両脇で分かれているため、門まで行かねばならない。
もっとも真たちがいる部屋は、そのどちらでもないのだが。
「あのなにを考えているのか分からない女ね。私も行こうか? 真」
「ううん、いいよ。大丈夫」
そう言い、真は門があるほうへ歩いていった。
残されたものたちは、みな口を開かなかった。
ただ、ふてくされたような表情で、枝藤は睡蓮を見上げている。
「なによ」
「盗み聞きはたちが悪い」
「盗み聞きじゃないわよ。聞こえるだけなんだから仕方ないでしょ。それに、ここから門までの距離はおおよそ100メートル。聞こえる範囲ね。でも、仕方ないからシャットダウンしておくわよ」
「できるんじぇねぇか!」
「うるさいわね。真のことをガキってなじるんなら、あんたの方が数倍ガキね」
ぐうの音も出ない枝藤は、しぶしぶ黙った。
「枝藤といったか」
ここで初めて籬がことばを発した。
ずっと黙っていたのはなにかを思考していたからで、真をないがしろにしていたわけではない。
「主の戦いぶりはどうだった。なにかを感じたか?」
「何でんなこと答えなきゃいけねぇんだよ」
「答えたくなければ答えなくともいい」
興味が去ったように籬は自身にあてがわれた部屋に外套をひるがえして向かってしまった。
枝藤は何故か悔しく思い、「待てよ」と彼を制す。
そのことばに従い、籬は振り返った。
「初めてだよ。あんな戦い方をする奴をみたのは。神どもに身一つで――ああ、左手は義手だったか――飛び込むなんざ、考えられねぇな。相手はなにをするかまだ分からない連中だ。それなのに、武器も持たずに戦うなんて、どうかしてるぜ」
「あの子は、そういう子なのよ。相手がなにであろうと、自分の力のみで戦う。それが相手に対する敬意だから、って前に言っていたわ」
枝藤は驚いたように目を見開いた。
あんなおぞましい神に対しても、そんなものを払うというのか。
「馬鹿な。そんなことしてると、命がいくつあっても足りねぇぞ」
「だから、俺らがいるんだよ」
「……俺には理解できねぇな」
枝藤はもうすでに姿が消えてしまった真の影を追うように、呆然と廊下を見つめた。




