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白ノ修羅  作者: イヲ
第四章・悪鬼
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 懐のなかから札を取り出す。

 彼は、陰陽師の家系だった。

 古くは知らないし、自分の家のことにも興味がないので、直系なのか、それとも傍系の血を引いているのかも分からない。

 枝藤にとってはどうでもよいことなのだ。

 すべては自分のためだ。

 自分の生き方を無碍にしないために戦うのだ。

 あの人――もう名前も姿もわすれてしまったが、たしかの「あの人」は言っていた。

 自分が神と戦ったことに誇りを持てる生き方をしなさいと。


鬼魔駆逐(きまくちく)


 枝藤の呼吸音と共に、札が投げられる。

 地をゆるがすような、巨大な鬼の式神が出現した。


 本来、鬼は陰陽師が祓うべき対象だ。

 だが、枝藤の家系の式神はすべて鬼のかたちをしていた。

 その理由も、彼にとってどうでもよかった。式神を使役することが枝藤にとって唯一だったのだから。


 鬼は咆哮をあげ、神々を圧倒的な力でなぎ倒してゆく。

 鬼とともに神々を打ち倒してゆく巫女たちの姿は、真にとって異様とも言える光景だった。

 それと同時に、ひどく心をゆさぶるものでもあった。

 ここでは、悪も善もないのだと。

 神こそが天敵。それ以外のものは、ここにはない。


 影のような形をした神々は、数は減りつつある。

 しかしまだ、ゆらゆらと揺れ、驚異的なスピードで巫女たちを襲う姿があった。


 真はただ走り、足に力を入れ、巫女たちの邪魔にならぬように神々を手でなぎ払う。

 ここにいる神たちは、みな弱い。

 いちじるしく弱いというわけではないが、これは神殿にいるあの少女の結界の力によって弱められているのだろうと知る。

 それでも、けがをする巫女が続出していた。

 体をひきずって、居住区へ撤退する巫女たちも多数いる。


 神殿の前から動くなという枝藤の指示に従い、手の届く範囲でしか動けないのが悔しかった。


「ここのあたりはだいぶ片付いたでしょう。巫女さんたちの所に行って、手伝わなくちゃ……」

「動くな。神殿が落ちれば結界が滅ぶ。結界が滅べば、神どもは力を増す。そうすれば俺たちじゃ手に負えなくなる」

「でも……」

「いいから動くな! 信じろ。命を賭けて戦う巫女の姿を目に焼き付けろ。俺たちは負けない。神なんかに、負けてたまるか!」


 枝藤は、信じているのだ。

 人間が神に負けないということを。

 そして、自分を、ほかの巫女たちを強く信じている。

 真は自分を恥じた。

 信じていなかったのだ。

 巫女たちが、命を賭して戦うことを、負けてしまう戦なのだと決めつけてしまっていたのだ。


 強くうなずいて、枝藤がうみだした式神と巫女たちが戦う姿を油断なく見つめた。



「籬たち、大丈夫かな……」

「大丈夫だろ」


 枝藤は、きっぱりと言い切った。

 

「おそらくあの合成人間たちは、あまり畏れを感じていない。畏れを感じないのは良いことじゃないが、何よりAIがどう処理するのかにもよる。俺はよく知らねぇが、神に対してはただのよく分からない敵だとしか認識してねぇだろうな」

「そうかもしれない……。籬たちは、たぶん神を遺物としてとらえてる。だから、敵として認識するし、容赦はしないと思う」

「そりゃ、いいことだ」


 枝藤は、にっと笑って、札を油断なく構えながら巫女たちを見つめている。


「じき、終わるだろう。主様の結界が強まった。これくらいの弱い神どもなら、結界だけで弾かれて神上がりするだろう」

「神上がり?」

「言葉のあやだ。神が神がいるべき場所へ返す。もっとも、この神どもはどうだか知らんがな。神社で祀られているきちんとした神は、ちゃんとした手順で神降ろしをして、神上がりをする。それが正当な神だ。だが、この神どもはそんな手順など知らねぇし、どうも思っちゃいねぇ。ただヒトの命と心を喰うだけの存在だからな」

「それがどうして神と呼べるの。あなたたちは」

「まるね様から聞いてなかったのか。人間に罰を与えているのさ。人間こそが頂点であると思い上がった者たちにな。天罰ってやつだ」


 枝藤があまりにも軽々しく言うので、真はおもわず目を見開いた。

 もしもこれが天罰ならば、人間は「悪いこと」をしていることになる。

 人間が頂点だと思っている人はいるだろう。

 けれど、それを罰するならば、神こそ思い上がっている。

 人間が頂点であるとは思えない。人間は弱い。どんな兵器をもっていたとしても、それを扱うのは人間だ。

 兵器が兵器を扱うのではないのだから。

 弱いのは、こころがあるからだ。

 だが、真はそれでいいと思う。

 それこそが、心があって弱さがあることこそが人間である証なのだ。

 そんな存在を、どうして頂点だと言えるだろうか。


 弱いのは人間のほうだ。



「ろくでもねぇ」


 枝藤は、苛立ったように呟いた。


「神社に祀っている神はまだいいさ。祀られて、縛られている。それがたとえどんな形でもな。だが、こいつらは違う。ただの脳の足りない獣だ。そんな奴らに、天罰なんてもんを落とされる理由なんかねぇ」

「うん。おれも、そう思う……」

「だから、戦うんだ。己の誇りのために」


 徐々に、神たちは少なくなっていき、やがて――男の声で「殲滅完了」と号令がかかった。

 巫女たちは歓声を上げた。

 その声は、まだ幼さが残っていることに気づく。

 成人している女性のほうが少ないのではないだろうか、とも思えるほどだった。


 そして、その歓声はすぐにやんだ。


 だれかが神殿から出てきたのだ。

 巫女たちと複数人の男たちは、その場に跪き、こうべを垂れた。

 神殿から出てくることができるのは、ひとりしかいない。

 名のない少女だった。


「みなの者、こたびもご苦労でした」


 枝藤もみな、跪いている。

 立っているのは、真だけのようだ。合成人間たちの姿も見当たらない。

 けれど、立っている真を否めるものは誰もいなかった。


 後ろでひとつに髪の毛を水引で縛っている彼女は、すっと真を見据えた。

 その目は、なにも映していない、すすけたガラス玉のようだった。


「真殿も、よくやってくれました。皇に一歩近づけた、というところでしょうね。それと、あなたが心配なさっている合成人間の方々は、居住区へ戻って頂きました。損傷ひとつなく、立派に戦って頂けたようです」


 抑揚のない声が、真の耳にじかに入る。

 初めて会ったときのような、ひびのわれそうな、硝子のような微笑みはどこにもない。

 ただただ、表情がなかった。

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