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白ノ修羅  作者: イヲ
第一章・漣
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 人工生命体合成人間エ霞(えがすみ)は病院の屋上にいた。

 風がふいている。強く、強く。

 ちりちりとした、火花が散っている。エ霞がいる目の前のビルは火災が起きており、夜の街を赤く照らしていた。

 彼の目はひどく険しく細められ、しかしこのビル――病院から離れることはなかった。







「籬!」


 ある病室で、扉の前に立ち、真っ黒な外套をまとい、黒いライディングスーツを着用した合成人間――(まがき)が小柄な影を押さえている。

 ちいさな影は、観世水(かんぜすい)(しん)。アルビノである真は、髪も肌も真っ白で、目だけが赤く見えた。その目は生気に満ちて、真とは対照的な、真っ黒な髪をもつ籬はかぶりを振り、真の肩を押さえている。


「だめだ。主。今から5分43秒前に睡蓮が出動した。およそ1時間以内に全て消火が終わるだろう。それまで待機せよと、貴殿の父上から言付かっている」

「父さんから!? でも、あの火事は……」

「主」


 今にも病室から飛び出していきそうな真を籬は注意深く見下ろし、肩からそっと手を離した。


「主は人間だ。あの火のなかに飛び込んだとして、見えるのは死だけだ。自分は、主を守ることが第一。それ故、ここを通すことは出来ない」

「……でも、おれは……」

「貴殿の兄上も出動して、指揮を執っている。主は兄上のことを信じぬのか?」

(りん)……兄さんも?」

「そうだ。だから、ここで待機することを強く望む」


 病室の窓から見えるのは、ビルが燃えている光景。

 空を赤く染め、消防車の耳をふさぎたくなるようなサイレンが聞こえてくる。

 真は悔しくおもい、歯を軋ませた。その直後、重たい痛みが腹を襲う。銃で撃たれた場所が、いまだ完治していないのだ。


「主!!」


 背中をまるめた真の体を支え、梅紫の色の目を心配そうに細めた。

 血圧も、脳波も特に異常はない。命には別状はない症状だが、念のためベッドに座るよう、勧める。


「ごめん、籬……」

「謝るな。……ん」


 ふいにかぶりをあげ、ビルのほうへと顔を向けた。

 籬やエ霞とおなじ合成人間である睡蓮から無線での呼びかけがきたのだ。


『どうした、睡蓮』

『どうしたもこうしたも――。ひどい有様。ビル内全て爆破されてる。それにしても妙なのが、負傷者が誰もいないということね。まあ、元々ここは廃ビルだったみたいだけど』

『負傷者はいない、か。ならば、何のために爆破(・・)したのか、ということだな』

『そうね。一応なかは見たけど、手がかりはないみたい。琳から、もう戻っていいって指示がきているし、私はもう戻るけど――。真はどうしてる?』

『少々、疲労しているようだ』

『そう。私もすぐに戻る。ちゃんと真を見ていてよ』


 無線が切れ、そっと息をつく。

 やはり、分からない事だらけだ。なぜ爆破されたのかも、なぜ負傷者が誰もいないのかも。――そして、なぜ犯行予告が観世水の家にきたのかも。


「籬?」

「睡蓮から無線があった。負傷者は今のところ出ていないらしい。そもそも廃ビルだ。なぜ爆破予告および爆破されたのかさえ、今の我々には分かっていない」

「そう、なんだ……」

「心配ない」


 安心させるようにうなずいてみせるが、やはり隙あらば扉を開けてしまうような気配がある。十分に注視しながら、合成人間の熱源が近づいてくることに気づく。

 あれは睡蓮だ。彼女は扉の前に立ち止まり、丁寧にノックをした。


「はい」

「真? 私。睡蓮」

「睡蓮!」


 ベッドの上から飛び降りようとした真を籬が制し、扉を開ける。

 部屋に入った睡蓮は後ろ手で扉をしめ、ポニーテイルの髪の毛をゆらした。

 彼女は籬とおなじ体のラインが分かる、黒いボディースーツを着ている。そして、その白いほおにはすこしだけ、煤がついていた。


「ただいま。真、籬。はあ、まったく。人使いが荒いんだから」


 疲れたように髪の毛をかきあげて、真のベッドの上にすわる。


「睡蓮。兄さんは?」

「ああ、琳なら高峯さんのところにいるわ」

「おれも行く!」

「真はだめ。まだ傷、ふさがってないでしょ?」


 そう言われてしまえば、真もなにも言えない。だまりこんでいる真をいとおしむように、睡蓮は真の頭をそっと撫でた。


「大丈夫。あと一週間もすれば、退院できるって言ってるわ。そうしたら、家に帰れるから」

「家……」


 そういえば、ひさしく帰っていないような気がする。

 あの家に未練があるかと問われれば、あまりないと答えるしかない。あの死んだような家。ひっそりとしていて、ぬくもりが一切ない、ただの箱。あそこに帰るくらいなら、ずっと籬たちが造られた会社――葵重工にいたほうが何倍もましだ。

 あそこはひとがたくさんいて、とてもあたたかい。


「……そうね。真は葵重工のほうがいいかもしれない」


 睡蓮はそっとほほえんで、籬を見上げた。

 彼はうなずき、顔を壁へむけて誰かと話し始める。おそらく、無線で誰かと連絡を取っているのだろう。


 窓の外を見ると、すでに鎮火されているようだった。

 月の光に、灰色の煙がかかっていてとても不気味だ。


「真。今日はもう遅いから眠らないと」

「わかった」


 睡蓮はカーテンをひき、部屋のなかの電気を消す。合成人間は暗闇だろうか明るい場所だろうが、関係ない。

 真がベッドのなかにもぐりこんだのを確認すると、籬とともに部屋から出て行った。


 病院の廊下は不気味なほどに静まりかえっている。

 

「あら」


 睡蓮が顔をあげた。廊下のむこうには、闇と同化している真の父親――観世水高峯が歩いていた。




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