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次の日の朝も、いやなねっとりとした風が吹いていた。
朝早くに起き、食事をとったけれど、あまり喉をとおらなかった。
廊下からみえる外を見ると、槍や薙刀をもった巫女たちが大勢立ってる。
「……」
異様な空間だった。
「真様」
「あ……」
背後にあらわれたのは、枝橘、枝柊、枝藤の三人だった。合成人間たちはいない。
彼らはそれぞれ、昨日と同じような黒いスーツを着ていた。
枝藤はすこしだけ、こわばった顔をしている。
「籬たちは……?」
「彼らなら、すでに配置についております。真様。お覚悟はよろしいですか」
淡々と、枝橘がささやく。
枝藤とはちがい、彼女の表情はかたいものの、こわばってはいない。
ただ、ほかの巫女たちとは違い、武器になるものは持っていなかった。
「大丈夫。あれと戦う覚悟は前からついてるから」
「そのお覚悟、ご立派です。いつ神が降りるか分かりません。お覚悟がおありでしたら、早々に神殿前へ」
「わかった」
うなずき、私服のまま神殿の前へむかった。
そして、さらにその異様さを肌で感じる。
まるで酸素がないように、息苦しい。おもわず、喉をおさえる。
合成人間たちの姿が見えない。見えない場所に配置することに、真の実力を測ろうというのだろう。
――のぞむところだ。と、自身を鼓舞する。
このときのために、(目的は違えど)ずっと、幼いころから体術の稽古をしてきたのだから。
ぐっと、こぶしを握りしめる。
となりに、まるで控えているように立っている枝藤に、ふいに思ったことを問うた。
「彼女たちは、みんな戦えるの?」
「馬鹿にするんじゃねぇよ。あいつらは、主様とおまえを助け、仕える巫女だ。ちょっとやそっとじゃやられねぇ。まあ、寿命は縮むけどな。相手は神なんだから」
「枝藤も、おなじでしょう。命を削って、戦っている。どうしてそんなことをするの?」
枝藤は青い瞳を真に向けて、すこし目を細めた。
それでも、決意をこめている、力のある光がある
「別に、最初はどうでもよかったさ。俺の家はずっとこういう家系だった。決められてた道なんて、どうでもいいと思ってた」
めずらしく枝藤は饒舌だった。
まだ時間があるということだろうか。
「命をかけて戦うなんて、ダサいと思ってたし、馬鹿らしいとも思ってた。でも、ある人に言われたんだ。それこそが尊いということを。俺は別に人間を守りたいなんて思ってないし、どうでもいいと思ってる。自分のために戦えばいいと、その人は言ってくれた」
そのひとはだれなの、とは言えなかった。
風が強くなってきた。
肌にはりつくような、不穏な風が、「神」をつれてくる。
「来たぞ!!」
声を張ったのは、誰だろうか。聞いたことのない男性の声だった。
その声に、体が固まる。その光景が、異様すぎたからだ。
砂利のなかから黒い水がにじみ出るように、じわ、と何かが這い出してきた。
伊勢に入ってみたものとおなじだった。
ヒト型であったり、幾何学模様のような影がゆらゆらと炎のようにゆれている。
それが、何十も存在した。
巫女たちは雄々しく足を踏み出し、槍や薙刀を神に向かって刃を振るっている。
「おい、さっさと出ろ。それとも何だ、怖くて戦えないか」
「……そんなことない。覚悟はできてるって、言ったから」
神は、こちらに気づいたのか神殿の方へ向かってくる。その動きはとても奇妙で、決して人間の動きではなかった。
真に向かってくる神は、ヒトの形をもったものだった。
膝が曲がるべき方向に曲がらず、気味の悪い走り方でこちらに的確に向かっている。
真は目を閉じた。
すっと息を吸い、そして吐く。
もう一度、それを繰り返す。
呼吸を整えたのだ。
呼吸は大切だ。
精神を集中させるためには。
そうして――ゆっくりと目を開く。
もう、神は2メートルほどの距離まで来ていた。
小柄な体は風のように舞った。
飛んだのだった。
枝藤は目を見開く。
あのか細い少年の、どこにあんな力があるのだろうか、と。
真の技は、猛烈なものだった。
まるで空を舞う鳥のようにしなやかに動き、獣のように神々を「足と手」でなぎ倒している。
体ひとつで、だ。
枝藤は知識として分かっていたが、理解していなかった。
ここにいる誰もが、自分の「武器」がある。
合成人間は知らないが、決して左手が義手だとはいえ、身一つで戦いはしない。
なぜなら、力が足りないからだ。
だというのに――。
あの少年は、どれほどの鍛錬をしてきたのだろうか。
想像を絶する。
じゃりっ、という音がする。
砂を踏みしめた音だった。
枝藤がみていた中で、真がまわりにいる神々をなぎ倒したあと、足を地につけたのをみたのは初めてだった。
枝藤は見とれていたのかもしれない。
乱舞とはこういうことなのだ、と。
――修羅だ。
まさに、白き修羅。
枝藤は戦慄したのだった。
「枝藤?」
緋色の瞳をした修羅は、不思議そうにこちらを見据えた。
「よそ見すんじゃねえ!」
口からでたのは賞賛のことばではなく、険しい声だった。
「うん」
真はすぐに神々に向き直り、素直にうなずく。
視線のさきは、思ったよりも神々の数がおおく、巫女たちは苦戦しているようだった。
枝藤はようやくその場から動き、駆けた。




