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白ノ修羅  作者: イヲ
第三章・花の芽
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 神殿からでると、もう薄暗かった。

 それでも、枝藤も合成人間たちも待っていてくれていた。


「おまたせ……」

「ずいぶん遅かったな。……なにを話していたのかまったく聞こえなかったぞ。どうなってんだ」

「いっただろ。ここらには結界が施されているって。終わったんなら、行くぞ」

「どこに?」

「どこにって、おまえの部屋だよ。朝から飯食ってねぇだろ」


 そういえば、朝から何も食べていない。

 意識すると、急にお腹がすいてきた。


 居住区があるほうへ、枝藤はさっさと行ってしまった。相当待っていたらしく、自分もお腹がすいているのだろう。

 真も歩き出すと、付き添うように三人も歩き出した。


「ねえ、なんかここっておかしいわ。私たちの聴力も視力もなにも役に立っていない」

「しゃくだが、あの枝藤って奴の言うとおりなんだろうよ。俺らには理解出来ないなにかがある。ま、理解しようとも思わないがな。どうせ考えたって無駄だ」


 エ霞は、もう思考することを取りやめたようだ。

 真自身、そうしてくれるとありがたいと思う。自分自身でも説明できないし、分からないことばかりだからだ。

 そして、聴力も視力も効かなくなっているということも。

 おそらく、神殿のなかから外までの距離は、それほどない。だからこそ、すぐれた聴力と視力をもつ合成人間たちにあの話を聞かれなかったことはよかったと思う。


 もしも本当に心をなくすことになったら、このやさしい合成人間たちはどう接するのだろう。

 そう思うことさえも出来なくなるのだろうか。

 それはいやだな、とかすかにおもう。


(あるじ)

「なに?」


 ずっと黙り込んできた籬が、真に問いかけた。


「あの名がないという少女……主はなにかを感じたか」

「……正直言って、すごく――こわい。心のなかが空っぽで……」


 真を憎んでいる、ということは言えなかったし、言う必要もないと思った。

 籬はすっと目をほそめて、真を見下ろす。こころの中をうかがうように。


「……主は、あの少女が苦手なのか」

「苦手とか、そういうのじゃないけど……。ただ、こわい……。目があるのに、なにもみていないような気がするんだ」

「自分には理解できないが、わずかながらあの少女に、なにかを感じる」

「籬にも、なにか分かるの?」

「正確にはなにも分からない、としか言えないな」


 籬は、現存する合成人間の一番あたらしいナンバーだ。だから、エ霞や睡蓮と違うことを感じることもあるかもしれない。

 風がでてきた。

 籬がまとうライディングスーツの上に着込んだ、外套がゆらりと揺れる。

 嫌な風だった。

 逃げるように、移住区へ向かった。




 その日の夜、布団に入ったあとも風は止まなかった。

 ガタガタと、どこかで窓をゆらす音が聞こえる。

 心が不安になるような風。

 そっと布団から出て、さらに廊下を渡って回廊に出る。回廊には赤い布が敷かれていて、その赤がぼんやりと光を発しているような錯覚に陥った。

 

 風が強い。

 だが、月は煌煌と輝いている。




「このような風は、悪鬼羅刹を運ぶ」


 すずやかな声。枝柊だった。

 黒いコートに革手袋をしたままの枝柊は、いつの間にか真のとなりに立っていた。


「感じることができるのだな。君も」


 今まで聞いたことのない、やさしい声だった。

 驚いて、真は顔をあげる。


「この結界の中では、悪鬼どもは入ってはこれまい。だが、それさえも感じることができるということは、皇に近づいているということだ」

「……」

「心をなくすことがおそろしいか」

「……はい」

「だが、君はそれをえらんだのだ。選択には、必ず責任を問われる」

「分かっていたつもりでした」


 けれど、それは分かったつもりであっただけだ。

 今更、思い知る。

 あのとき、手をとったことが本当に正解だったのか……。今考えると、自信があるとは言えない。

 それがとても情けなかった。


 枝柊は、回廊から砂利道へ降りていった。真も無意識につづく。


「やはり、来たか」


 険しげな声色に、はっと頭をあげる。

 空に、「なにか」があった。蛇のような、長い影。それが雲のようにゆっくりとうごめいている。

 だが、それはすぐに霧のように消えてしまった。

 結界のおかげだろうか、この場所には入ってはこれないようだった。


「あれは、なに……」

「あれが神だ。神殿のなかの神をみただろう。あれが本体だとしたら、あれらは本体を求める子のようなものだ。あれが見えたときは、おそらく明日頃、神がここを襲うはずだ」

「……!」

「君にも出てもらおう。お手並み拝見、というところだな」


 枝柊はそう言い、ロングコートを翻して居住区へ向かっていった。

 彼の言葉は絶対に当たるだろう、ということが何故か分かってしまった。


 風が運んでくる悪鬼羅刹。それらが、神を呼ぶのだろうか――。

 それとも、あの儀式が神を(いか)らせたのだろうか。

 わからない。

 まだ、なにも。

 分からないということは罪なのだろうか。

 その罰が、この不安な思いなのだろう。

 

(無理矢理連れてこられたのだとしても、それを選んだのはおれだ。)

(だれかのせいではない……。)


 すこしの間立ち尽くしたあと、明日のためにも体を休めなければ、と自らの部屋にむかった。

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