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白ノ修羅  作者: イヲ
第三章・花の芽
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「なんですって?」


 蝶子が、眉根を寄せた。

 蝶子――彼女は、睡蓮を製造したグループの主任だ。

 そして、となりにはひょろりとした背の高い、道成寺(どうじょうじ)という、蝶子の部下が立っている。


「それ、ほんとうなの、百合子」


 百合子もおなじく、籬を製造したグループの主任であった。


「ほんとうよ」


 白い机の上には、コーヒーが入っている白いマグカップが置かれているが、とうに冷めてしまった。

 百合子は、亜麻色の髪の毛をかきあげて、ため息をついた。


「第五室――いえ、政府から、新ナンバーの合成人間を造ることを許可した、と、琳さんが言っていたわ」

「……勝手なことね。むこうが先に新ナンバーの製造を中止させたというのに。馬鹿みたい」

「まあまあ、蝶子さん。いいじゃないすか、睡蓮さんたちに新しい兄弟ができると思えば、そうそう悪いことじゃないっすよ」

「道成寺。あんたは黙ってなさい。ことは、そう簡単なことじゃないんだから」

「は、はい……」

「ねえ、百合子。近江(おうみ)ってどこにいったの」


 近江とはおなじく、エ霞を造ったグループの主任であったが、ここにはいない。

 

「五室に行ったみたいだけど。なんか、気にくわないみたいよ」

「百合子。自分の男なんだから、ちゃんと首に縄つけとかないとだめじゃない」

「縄ってね……。まあいいわ、私もそろそろ行かなくちゃいけないみたいだし。狭霧会長と出かけなければいけないのよ……」


 百合子は二度目のため息をついて、椅子から立ち上がった。

 

 合成人間の製造には、時間と金、そして人材がいる。

 その全てを、第五室や、政府が補助するということも聞いた。それがなぜなのか――裏があるに違いない、と疑っているのは百合子だけではないだろう。

 先に行った近江もおそらく、そう考えたから乗り込んだのだろう。


「じゃあ、私行ってくるから。何かあったらまた連絡するわ」

「気をつけてね、百合子」

「はいはい」


 いつも適当でいい加減な蝶子が、神妙な表情をして百合子を送り出す。

 以前は、五室と葵重工は対立していた。

 おそらく今も、蝶子は完全に信用していないのだろう。

 百合子とて、せなかを完全に預けられるかと尋ねられたら、否と答える。

 なにを考えているのか、今も分かっていない。

 琳も、なにかを隠しているようにも見える。

 部屋から出た百合子は、葵重工の社長兼会長である狭霧を迎えに行くために、階段を上った。






「……」


 防音加工が完璧にされた部屋に、琳と近江はいた。

 眼鏡のヘッドを押し上げた近江は、難しい表情をしたまま、琳を睨んだ。


「六合の皆元……か。聞いたことがない名前だな」

「それはそうでしょう。五室にいる私でさえ、正確に把握し切れていなかった団体ですから……」

「五室をも動かすことができる団体だと見受ける。それと別にしても、葵重工に禁止していたお前たちが、手の裏を返したように承諾するとはな……。思ってもみなかった」


 そなえつけのエスプレッソ・マシーンから淹れたコーヒーは、ふたりとも手をつけてはいない。

 琳は目をふせ、自嘲するようにくちびるをゆがませた。

 どこか疲れを見せている琳は、顔も青白い。黒いサングラスをかけているからか、余計顔色が悪く見える。


「高峯は、六合の皆元に全面的に協力すると言っています」

「お前は違うのか?」

「……私は……信用していませんから。その団体を」

「そうか。まあ、そうだろうな。俺も信用ならん」

「……」


 そこでようやく、コーヒーを飲んだのは近江だった。

 とっくに冷めてしまったコーヒーはとても苦い。


「しかし、合成人間の製造はもう始まっている」

「そうですか……」

「このところ、遺物も騒がしい。合成人間がいなくとも今のところは大きな騒ぎにはならないが――これからはもっと増えるだろう」

「なぜそう思うのですか?」

「データをとっている。あの爆破事件のときから、徐々に増え始めている。なぜかは分からないがな」


 真が東京からでていった直後、大きな事件があった。

 報道はされていない。

 五室が秘密裏に処理したのだから、当然だろう。

 しかし、実際は悲惨なものだった。

 政府機関のひとつである、防衛省遺物強制執行部隊の議席を持つ議員が遺物に殺害されたのだ。

 それも、今までの遺物の被害者とは違い、まるで遺物が人間の構造を学ぶように、――解剖(・・)されていた。


「なにかが変わってきている。それだけは言えるな。もっとも、俺の憶測にしかならんが」

「……おそらく、ですが」


 琳も、白いカップをその手で持ち上げた。ひとくち、口をつける。


「紅葉賀が関わっているのでしょう。紅葉賀と、アヤナシは繋がっている。紅葉賀が何らかの信号を出し、探させている――のかもしれません」


 アヤナシ。

 それは、暗殺部隊の俗称である。

 金を積めば、どんな人物をも暗殺することができると言われているが、その本部がどこにあるかも、どんな人物が存在しているのかも、一切が闇に包まれている。

 

「探させている? なにをだ」

「これも、憶測にしか過ぎないのですが、“心臓”です」

「心臓!?」

「ええ。ある政府の上層部には、心臓に何らかの――紅葉賀にとって優位になるものが隠されている、と言われています」

「心臓にそんなものを隠しているとは……イカレてるな」

「……。紅葉賀が探しているもののひとつ、と言ったところでしょう」


 近江のことばに反論も同意もせず、琳は見えぬ目をそっと開いた。

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