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白ノ修羅  作者: イヲ
第三章・花の芽
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(ぬし)様」


 誰もが寝静まったころ、枝橘(たちばな)は名もない少女に頭を垂れた。

 緋袴と白衣を身につけた少女は、黒い瞳をそっと開く。


「真殿のことですね? 枝橘」

「はい……」

「彼は、間違いなくあのかた――皇の血を引いていることは確か」

杜宇子(とうこ)様のことですね。たしかに、面影はあります」


 それでも、あまりにも――弱い。

 こころが。

 すこし弱みをつつけば、壊れてしまいそうだ。

 それでは、「皇」はつとまらないだろう。

 皇――尊いお役目をその身に宿す子どもは、代々強い心を持っていた。

 しかし今度の皇は――。


「杜宇子様はとてもお強かったというのに……」

「……たしかに、真殿は強いとは言えないでしょう。ですが、そのほうが都合がいい(・・・・・)


 少女は、底の知れない色をした瞳を、枝橘にむけた。

 ぞっとするほどの、黒い瞳。

 枝橘は御簾の前で頭をふかく垂れ、畏れからだろうか――汗をにじませた。


「壊れてしまったほうが、楽でしょう。もっとも――そう時間はかからないでしょうね」

「は……」


 それ以降、少女がなにかを言うことはなかった。

 枝橘はそっと立ち上がり、広い部屋から出ていく。

 金色の髪の毛をきつく揺った女は、青い瞳を伏せた。

 あの少年の母であった「杜宇子」。

 杜宇子は、強くうつくしかった。

 そして――誰よりも優しかった。

 よく似ている。あの目。あの輪郭。

 あの少年はどこまでもつ(・・)のだろうか――。


「……」


 枝橘は少女の部屋の前から立ち去った。





 朝食はひとりで食べた。

 食事はとても豪華だったけれど、やはり味気なかった。

 エ霞たちは、どうしているだろう。

 扉を左手で押す。

 右手で押しても、なかからいくら力任せに押しても、ぴくりともしなかった。

 どうなっているのだろう。

 考えてもしかたない。

 

「……!」


 扉を押した先、そこには枝橘、枝藤、そして枝柊がいた。まるねはいない。

 三人は真の姿を確認すると、枝橘は一歩足を踏み出して、青い瞳をすっと細めた。


「おはようございます。真様」


 金色の髪の毛が、ぱらりと首筋をなでる。

 全員が、黒いスーツを着ていた。まるで葬儀に行くように、神妙な表情をしている。


「これから、儀式の準備をさせていただきます」


 枝藤の、有無を言わさない断定的な声色。

 背筋が凍る。


「……こちらへ」

「儀式……なにをするの?」

「座っているだけで結構です」


 突き放したようなことば。

 息をのんで、真よりも年上である少年――枝藤を見上げる。

 青い瞳。

 それが、真には氷のように見えた。


 真の背を軽く押したのは、枝柊だった。

 ぐっとくちびるを噛んで、決意したように足を踏み出した。


 やがて通されたのは、真四角な部屋。

 畳が広がっているだけで、なにもない。枝柊と枝橘は、真が部屋に入ったのを見届け、すぐに出て行ってしまった。


「ったく、このガキを様づけって、ありえねぇし!」


 出て行ったとたん、枝藤は勝手に怒り出した。


「あの……」

「儀式中は、動くな喋るな何もするな! いいな。怒られるのは俺なんだから、勝手なまねするなよ」

「う、うん」


 儀式というものがどういうものなのかさえ、教えてもらえていない。

 真自身、なにもしなくてもいいと言われてはいるものの、ほかの人はなにをするのだろう。


「儀式って、枝藤……さんたちはなにをするの?」

「別に、ただ主様が言葉をつむぐだけだ。まあ、俗に言うありがたいお言葉ってやつだな」

「……ふうん……」

「まあ、実際俺は儀式なんて見たことないけど。前の皇――杜宇子様って言ったっけ。結構前に亡くなったって話だし」


 杜宇子。彼女が、前の皇だった。

 杜宇子によく似ている真。

 それは、きっと――。

 考えることを諦めていた。

 それはきっと、真にとって当たり前のことだった。

 考えて、どうなるというのだろう。

 答えは、真のなかにあるわけではない。

 他の人のための答えなのだから。この問いも真にとって、正直どうでもいいことだった。

 母が誰であろうと、構わなかった。

 顔もなまえも知らない、女性。――他人だ。

 そう思うのは、母というものがどんなものなのか分からないからだろう。


「母さん……やっぱり」


 死んでたんだ。

 そうだろうと思っていたけれど、実際つきつけられれ、真のこころは惑う。

 うつむいて、畳をみおろす。

 

「な、なんだよ。知らなかったのか?」

「うん。でも、そうなんじゃないかって思ってた。なまえも顔も、知らなかったし」

「……悪かったよ」

「どうして謝るの?」

「どうして、って……。わかんねぇんなら、いいや」


 後ろめたそうに頭を掻き、真から顔をそらせた。

 枝藤はそのままなにもないと思っていた部屋の壁にふれ、そこを引いた。


「あっ」


 まるで魔法のように、引き出しのように箱が飛び出してきた。背伸びしてそのなかを盗み見ると、うつくしい、薄い緑いろの着物と、金色にかがやく天冠が納められている。


「これを着ろ。それから儀式だ」

「え? これ……狩衣?」

「本当は、緋袴に白衣なんだけど。おまえ、男だろ」

「う、うん。でも狩衣なんて着たことないし、着方なんてわからないよ」

「だから俺がきたんだろ。着せてやるから、とりあえず脱げ」


 枝藤の言うとおり、上半身に着ているシャツを脱ぐ。

 かすかな、息をのむ音が聞こえた。

 真の肩から腰にかけて、斬られた跡が刻まれている。父親――高峯に斬られた跡だ。

 知ってはいたが、傷口と言うには生々しい。

 枝藤はその傷口から目をそらせて、襦袢を羽織らせた。

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