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白ノ修羅  作者: イヲ
第三章・花の芽
12/52

 最初に通されたのは、迷路のような屋敷だった。無垢の木で統一された屋敷。

 そこは、六合の皆元の「従業員」が住む、居住区だった。

 食堂、そしてさまざまな道場があるなか、真の部屋にあたる場所に案内される。


「ここ……?」


 扉には注連縄がほどこされ、幣が垂れ下がっていた。

 鍵こそかかっていないが、「厳重」だった。

 大きな扉の先には、何が待っているのか――。真は、かすかに恐怖をおぼえた。


左手(・・)を」

「左手? 主の左手は――」


 真の左腕は、「ない」。昔、事故で失ったのだ。今は、脳とリンクする特別製の義手で生活している。

 まるねはうなずき、もういちど「左手を」と囁いた。


「わかった」


 うなずき、左手で扉を開ける。

 扉は、おもたげな音をたてて、開いた。


「真どのの左腕は、義手だと伺っております。だからこそ、この扉も特別製にさせて頂いています。この扉は、真どののみ、開けることが可能なのです」

「……」


 エ霞は、かすかに口をひらくが、なにも言わなかった。

 それをめざとく見つけたまるねは、眉根をよせて、そっとくちびるを開いた。


「賊にこの場所を荒らされるわけにはいきません」

「ちょっと待って、賊ってなに? 今のご時世にそんなのいるの?」

「大変申し上げにくいのですが、おります。ここを六合の皆元と分かっていて、入ることができるのは――紅葉賀(モミジガ)のものたちでしょう」

「紅葉賀って……観世水の分家でしょう? どうして」

「睡蓮どの。以前の爆破事件のことを覚えておいででしょう。紅葉賀は、そういう存在なのです。裏から人を操り、自分は手を汚さずに手に入れたいものを手に入れる」


 観世水真の前で、まるねは言いづらそうに呟いた。そのつぶやきの声色は、どこか憎らしげに聞こえる。


「よくもまあ、真の目の前でそんなことを言えるなあ。まるね、って言ったか」

「も、申し訳ありません、エ霞どの」

「別に、いいけどよ。俺には関係ねぇし」


 慌てて謝るまるねに面食らったのか、エ霞は何でもないようにかぶりを振った。

 部屋のなかに入ると、そこはとても明るかった。窓はないが、ライトがそこを明るく照らしている。

 広かった。

 とても。

 だが、なにもない。

 あるのは箪笥、文机、押し入れくらいのものだ。


「なにもないわねぇ」

「これから、真どののご要望に添えるような家具をこちらでご用意します。なんなりと仰ってください」

「う、うん……」

「そして、合成人間のかたがたのお部屋は、こちらの部屋のとなりにご用意しております」


 一度部屋を出て、その隣には、ごくふつうの襖が並んでいた。

 みっつ。

 それぞれ、用意してあるのだろう。

 襖を開けると、真の部屋よりは狭いものの、きれいな色の畳が広がっていた。


「畳ねえ。私たちはいつもベッドだったから、慣れないかもね」

「ベッド、でございますか。ご希望でしたら、こちらで用意させて頂きますが……」

「いいよ、別に。そのうち慣れるし、ベッドなんか運んだら、畳が痛んじゃうでしょ」


 睡蓮がぶっきらぼうに言うと、少女はちいさく笑って、「ありがとうございます」と頭を下げた。

 なぜ感謝されたのか分からないまま、ふたたび砂利が敷き詰められた外へ戻る。

 空は晴れていたが、そろそろ暗くなりそうだった。

 風が冷たい。

 

 真は、そっと顔をあげた。

 空が広い。

 青い空がずっとずっと、繋がっている。

 琳は、この空を見てはいないだろう。

 地下にある五室にこもって、仕事をしているのだ。

 彼の真に対する態度は、六合の皆元があらわれてから、180度変わってしまったように感じた。

 よそよそしかった。

 やさしい兄。

 真と共にいることを、まるで拒絶するように離れていった。

 哀しかった。

 けれど、きっと忙しいのだろうと。そう思って、思い込んできた。

 もう、1週間顔を見ていない。

 これからずっと、彼の顔を見ることができないのだろうか。そう思うと、やはり胸が痛んだ。


「今日はもう遅いですから、お休みになってください。あ、真どのはそのままで。枝柊。あとはお願いしますね」

「――ああ」


 枝柊は、この日初めてことばを口に出した。

 まるねは、3人の合成人間たちを引き連れて、居住区のほうへむかった。


 残された真は、枝柊の顔を見上げることしかできない。

 とても背が高い枝柊の表情は、翳っていてよく見えなかった。


「では、真様。こちらへ」


 しかたなく、というように枝柊は手を神殿のほうへむける。

 彼はさっさと真に背をむけて、神殿のほうへ歩いていった。

 それを急いで追いかける。

 彼はきっと、まだ真のことを信用していない。それでいいとおもう。真自身とて、六合の皆元のことをどう思えば良いのか、分かっていないのだから。


「ここが、神殿です。どうぞなかへ」


 枝柊は神殿の入り口に立ったままだ。なかに入ろうとはしない。


「枝柊さんは、入らないんですか?」

「俺のことは枝柊で結構。真様。神殿は神聖なる場所。俺や枝藤、枝橘以降全員が、ここから先に入ることはまかりならん。入ることが許されるのは、主様、真様のみ」

「……」


 枝柊は鋭い視線で、真を見下ろしている。値踏みするように。

 あるじさま、とは、あのまるねの姉のことだろう。

 あの少女は、どこにいるのだろう。

 二週間前から、真の目の前に現れることはなかった。


 真は意を決して、神殿のなかに靴を脱いで踏み入れる。

 神殿の中はとても暗く、電気も通っていないようだった。

 ただ、広い。

 大きな注連縄の奥になにかがあることは分かったが、「それ」が何なのかは分からない。

 そして、その注連縄の前にだれかが座っていた。

 あの少女だ、と理解する。


「……あの」

「真殿ですね? どうぞ、こちらへお座りください」


 少女はこちらを見向きもせずに、手を床にそえた。その仕草に導かれるように、彼女のとなりに座った直後、息をのむ。

 注連縄のむこうに「いる」もの……。

 その正体がなんなのか、真は理解した。

 これは、「神」だ、と。


「これ、は……」

「そう。これは神。こんなおぞましいものが神なのです。人の心を、人の命を食い散らかす、まつろわぬ神」


 それ(・・)は、あまりにも巨大だった。

 こちらを観察するように、多くの目玉がこちらに向き、黒いぬるぬるとした身体は、ヒトの形をしておらず、ただ注連縄のむこうがわに収まっている。

 時折、触手のような腕が注連縄にふれると、電気が走ったように光った。

 その触手は煙をあげて、やがてぐずぐずと崩れ去り、床におちて融けた。


「真殿」

「はい」

「あなたは、このまつろわぬ神々と戦わねばならない呪いをその身に受けました。これはおそらく、死ぬまでつづくでしょう。いえ――死んでからも、おそらくその身に安息は訪れない……」

「……死ぬまで……」

「そうです。私も、おなじ。死ぬまで、死んでからも、このまつろわぬ神々を抑えるための礎にしかならない」


 そっと、少女の顔を見る。

 名前のない彼女は、ただただ凜として、おぞましい神を見上げていた。


「哀しくないの?」

「哀しい? 哀しさなど、とうの昔に捨てました。持っていたほうが、よっぽど哀しい……」


 少女はそっと立ち上がり、神殿から出る。真もならって出ると、入り口には枝柊が立っていた。


「枝柊。あとのことは頼みます」

「御意」


 黒い髪の毛をひとつに束ねた少女は、頼りない足取りで居住区の、さらに遠い場所へ歩いていった。

 真は長くそれを見届けて、枝柊に視線をうつす。


「そろそろ夕餉の時間だ」


 そう言い、少女が歩いていった場所をたどるように歩き出した。

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