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のちの三日は、あっという間に過ぎ去った。
その間も、高峯も琳も、真の前に姿をあらわすことはなかった。
六合の皆元も。
ただ、合成人間たちが真のそばにいてくれた。
それだけで、救われた思いになる。
さみしいとは思わなくなったことも。
観世水の屋敷の前に、リムジンがとまっている。
真は、みずからの部屋に別れを告げ、両手で持てるだけの荷物をもう一度、にぎりしめた。
合成人間の三人は、それを見守っている。
「お時間です」
すこし年のいったお手伝いの女性が、頭を深く下げる。彼女は、なにも知らされていない。真が伊勢に行くという以外は。
なんのために行くのか、いつ帰ってくるのかさえ、知らされていない。
彼女は真に何の関心もないようだった。
暗い廊下を歩き、玄関につくと、10人ほどの女性や庭師の男性が並んでいた。
そこにはやはり、父の姿も兄の姿もない。
10人ほどのお手伝いのひとたちに最後に頭を下げたあと、リムジンの前に立っているまるねを見据えた。
となりには、枝柊がいる。
「真どの」
彼女は頭をさげてから、真をふたたび見つめた。その表情は、とてもやわらかかったが、どこか確信をしている、確固たる意思をもっているようにも見える。
「こちらへ。合成人間の方々も、どうぞ」
絵に描いたような黒塗りの車。そこに真に続いて、三人がのりこむ。
窓から見る観世水の屋敷は、真を拒絶するように建っていた。
もうおまえはこの屋敷の人間ではないと、そう言っているような気がした。それも、真の想像にしかならないのだけれど。
「発車いたします。よろしいですか」
運転手の、壮年の男性がおごそかに呟く。
「はい」
真の声は、車の中で響いた。エ霞がなにかを言いたそうに見たが、すぐに視線をはずす。
やがてゆっくりと、車が動いた。
もう、戻ってはこれない――。まだ、なにも分からないのにそう思う。
自分はなにをすればいいのか、なにをしたらいいのか。どれが正解なのか。それさえ、分からない。
六合の皆元という団体がどういうものなのかも、分かっていない。
分からない事ばかりだが、真は決めたのだ。いや、決めざるを得なかった。
約束だったのだから。
その結果がたとえ、修羅の道でも。
「まるねさん」
「私のことは、まるね、とお呼びください。みな、そうしています」
「じゃあ、……まるね。おれは、なにをすればいいの?」
「……。まず、儀式をさせて頂きます」
車が発車しておよそ30分たったころ、真が問うたことに、まるねは答えづらそうに口を開く。
「まえに言っていたな。儀式とは何のことだ?」
「エ霞どの、と仰いましたね。儀式といっても、なにかをしなければならない、と言うわけではありません。すべては私どもにお任せください」
「答えになってねぇな」
「エ霞。きっと、言いにくいことなんだと思う。だから、大丈夫」
すこしだけいらだった様子のエ霞を制して、笑ってみせる。
まるねという少女。
うつくしいオリエンタルブルーの瞳をした少女は、顔をふせて、「申し訳ございません」と囁いた。
それから誰も、口を開くものはいなかった。
伊勢に入ったころ、今までとまったく違う景色を見つめた。
緑が多い場所もあれば、ビル街もある。
真が育った場所と似たような場所だが、目に映る景色はまったく違う。
どういうわけか、そう思った。
それが伊勢という場所だからなのか、違うのかも分からない。
リムジンはやがて濃い緑のにおいがする場所へ入った。
真の表情がこわばるのを、まるねが見た。
「お分かりになりますか。真どの」
「なに……これ……」
呆然と、林がつづく砂利道を見つめる。
そこには、黒い「なにか」がいた。
ヒトのかたちをしたものや、何の形か分からないくらいの、幾何学的なかたちをしたものが、ゆらゆらとゆれていた。
「これらが、古きもの。ヒトに仇なす、あなたがたの言う遺物。私どもは神、と呼んでおります」
「神様? 神様がこんなかたちなの?」
「あなたがたの神という概念から申し上げますと、まったく違うものです。神社に祀られている神々とはまったく異質なるもの。ヒトの精神と命を食らうだけ。それらを私どもは畏怖を込めて、神と呼んでおります」
「……」
真は、それらを「神」などと呼べなかった。
それほど、おぞましいものだ。ヒトの命や心を狙っているのだと聞いたとき、納得した。これらは人類の敵なのだと。
「そろそろ到着いたします。ご準備を」
運転手に告げられ、足もとに置いた荷物を膝のうえに載せた。
リムジンが、朱色にぬられた鳥居をくぐる。今までいた「神々」の姿はまったくなくなっている。
鳥居が境界線だったように。
リムジンがとまった先には、先刻通り過ぎた鳥居よりも、もっと巨大な鳥居が望めた。
まるで、結界だ。
扉が開かれ、降りるようにうながされる。
荷物を持ち、砂利道に足をふみいれた。
風が、白い髪をゆらす。
清らかな風だった。
神聖な場所なのだと、直感的に理解する。
大きな鳥居を、まるねを先頭にくぐった。
長い階段をのぼり、ついたのは大きな神殿と、低い景色だった。
木で出来た神殿。
木組みの、うつくしい社。
「こちらが、われら六合の皆元の本拠地でございます」
まるねが静かなまなざしで、真を見た。
そして、ゆっくりと頭を下げる。
「ようこそ、いらせられませ。真どの。合成人間の方々」
きっちりと詰められた黒い髪の毛の、後れ毛がかすかにゆれた。




