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白ノ修羅  作者: イヲ
第二章・藤波
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「私にとってはどうでもいいことだけどね。真を守れれば、私はそれでいい」


 睡蓮は吐き捨てるように呟くと、すっと音を立てずに立ち上がった。

 ポニーテイルがゆれて、睨むように真四角にはめ込まれたガラス戸をみすえる。


「おかしいわね。私たち、どうしてこんなに真のことが大事で大切なのかしら」


 ずっと、不思議だった。

 睡蓮たち現存する合成人間は、みな真のことがほんとうに大切だ。大切で、いとおしい。

 それが何故なのか。今までは、人間とは護衛する対象としか見ていなかった。しかし、真は違う。感情がある。実際には、感情に似たようなものだが。


「俺も考えてみたんだが。不思議なんだよな。なんでこんなに――」

「エ霞? どうした」

「いや、何でもない。まあ、考えたって仕方がねぇこともあるってことだ。ちっと真の手伝いしてくるわ」


 思考をきりかえて、エ霞は部屋を出ていく。睡蓮も籬も、止めることはなかった。



「真」


 いつきても暗い部屋だ。窓がなく、光がはいってこない。明かりは、電気にたよるしかなかった。

 まるで、座敷牢だ。


「あ、エ霞! どうしたの」

「おう、ちっと手伝おうと思ってな」

「ありがとう。でも、よく考えたら持って行くものなんてもう、ほとんどなにも残ってないんだ」

「そうなのか? これは?」


 エ霞がもったのは、畳の上においてあった古いフィルムカメラ。

 ところどころ傷がついているが、動くのだろうか。黒く、今のデジタルカメラよりもはるかに重たい。


「カメラは、持っていかない。持って行くものは、このペンとノートと、着るものだけって決めたから」

「そうか……。ま、おまえがそう決めたってんなら、俺はなにも言わねぇよ」

「うん。だから、今は整頓してるだけ」


 カメラを文机の引き出しにしまい込んだ真の横顔は、どこか寂しそうにも見えた。白い髪の後れ毛がくびすじにはらりと落ちる。

 主がいなかったというのに、異様にきれいになっている部屋。

 この屋敷の人間が掃除しているのだろうが、生活感がない。

 もとから整理されているところを、真はみずからの手でつくりあげたかったのかもしれない。

 自分がいたというあかしに。


 そんなことをしなければ、真がいたあかしにはならないというわけではないと思う。

 エ霞は、そう考えている。

 たとえそれが人工的につくられただけの思考だとしても、かまわなかった。

 いま、たしかに感じているのだから。


「ねえ、エ霞」

「ん?」

「杜宇子って人、しってる?」

「トウコ? 誰だ、それ」

「やっぱ知らないよね。おれに似てるって、枝柊ってひとが言ってたから」

「そりゃ……」


 似ているというのなら、肉親なのだろう。だがエ霞はそれを伝えることはなかった。

 それは真が気づかなければならないことだろうから。

 だが、真は興味がなくなったのか、部屋のなかを見渡すように顔をあげた。


「……なんか、ほかのひとの部屋みたい」


 ただ、広いだけの部屋。

 この部屋の主がそう言うことは、それが真実なのだろう。


 すみれの色にも似た、その声。

 あわい声色は、すぐにきえてしまった。


「けど、おまえが暮らしてきた部屋だ。これは変わらねぇよ」

「うん……」


 細い首筋だ。

 すぐに手折ることが出来るような。


「あと三日……」

「そうだな。あと三日だ」

「おれ、ちゃんとできるかな」

「おまえ次第だ」

「うん、そうだよね」


 エ霞のことばに強くうなずいて、そっとあごを上げた。

 部屋のなかを見渡す。数え切れないほど、この部屋で過ごした。

 真の部屋は、鳥かごだ。

 外に飛びたてる日を夢みることさえ許されなかった日々。

 それでも今は違う。

 今は自由に飛びたてるのだから。


「さて。今日はもう遅いから、明日にしようぜ。持ってくもんは一応、まとめておいたんだろ?」

「うん。そうする……」


 真の白い髪が、ふっとゆれる。

 細い身体のどこに、あんな「決意」を飲みこめる力があるのだろう。

 死ぬまで戦い続けなければならないという呪い。

 世界を守るという呪い。

 それを受けてなお、今、立っている。

 だが、それは合成人間とておなじだった。壊れるまで、人間を守るために戦い続けねばならないのだから。

 いや――壊れてからも、その次のナンバーで造られるだろう。

 今のエ霞はすでに壱拾号まで出ている。

 初号機のエ霞が破壊されてから、10番目のエ霞が、いまの彼だった。

 今のエ霞が破壊されても、また11番目のエ霞が製造されるだけだ。

 おわりがない。

 遺物という存在が消滅しないかぎり。

 

 そう、思っていた。

 けれど、今は――。

 この子どもを、守りたいと思った。

 使命だからではない。命令というだけではないのだ。

 合成人間に「こころ」というものがないことは知っている。

 そうインプットされ、そう計算するようにしているだけなのだ。

 性格というものも、個性というものも。

 なにもない。

 人間ではないのだから。







「……なんだと?」


 五室本部のなかで、真の父である高峯が眉を寄せる。

 書類には、政府公認の「印」が押されていた。

 そして、内容は――「合成人間新規製造を認可する」というものだった。

 琳の報告に、高峯は目尻のしわを深くさせ、渡された書類をみおろす。 


「どういうことだ。誰の許可だ、これは」

「見てのとおり、六合の皆元からです」

「……それは分かっている。六合の皆元の、誰だと聞いている」

「名前は分かりません。書いていないのですから。その意味は分かるでしょう。――室長」


 実の父親に、冷めた声で伝える。

 琳は高峯を「父親」として見たことがなかった。

 あまりにも、冷めていた。家族へむけるべきことばも、態度も、なにもかも。


「真の護衛に現存するすべての合成人間を費やすのですから、当たり前です。五室の兵力では、遺物の処理に間に合いませんから」

「……」

「いくら五室室長とはいえ、六合の皆元からの要請には逆らえないはずです。でなければ、何のために真を……」


 憎らしかった。高峯が。

 息子であるはずの真は「道具」であり、琳は「跡継ぎ」である。

 それ以上でもないし、それ以下でもない。

 ただ、二人はそれだけの存在だった。


「何のために真を、生贄に出したというのですか……っ」

「人類のために必要な犠牲だ」


 表情を変えずに、男は吐き捨てた。

 

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