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梟雄憐憫 三話

廃墟に息を潜めている生活は、今日で三日に及んでいた。

あれ以来、毎日のように食料を運んでくる少年。

何度も拒否し、そして罵声すら浴びせかけた事もあるにも関わらず、少年はめげずに通い続けた。

それは中々懐かない小動物に餌を与えているといった様子だった。

次第に馬鹿らしくなり、少年の存在を容認するようになってしまっていた。

躰が動かない為、この穴倉から脱出する方法がないのも確か。

この方が効率良いというのも一つの要因だった。

別に施しが厭で、拒否をしている訳ではない。

そもそも、人という存在に構われるのが厭なのだ。

少年が構ってくるのは、恐らく自分より弱いものを守っているという優越感から来るものだろう。

だが、それは純真なる善なのだ。

道徳の観念から見て、一つの命を守ろうとする尊い行為。

初めてそれを実行する無垢な存在に、偽善が当て嵌まるだろうか?

瞳に宿っている真摯なものを見てしまうと、その拒否が(なり)を潜めてしまう。

食料を運び、此方が食事する光景を嬉しそうに眺めている。

食事を終えるとオズオズとなにかを捜し求めて、虚空にグルグルと視線を彷徨わせる。

そして決意が固まると言葉、というより単語を組み合わせで会話を試みようとしてくる。

取り合う事はなかったが、それでも少年は一生懸命に意思疎通を計ろうと努力していた。

一方的な喋り。

受け応えもせず、少年は手探りで使い慣れていない言葉で話をしてくる。

そこから取り出した情報によれば、少年に名らしいものはなく、これまで一人で生きてきた事。

言葉は人里で会話しているのを観察して、覚えたらしい。

だから片言な上に、用途の間違った単語が多々あった。

どうやら、これが少年にとって初めての人との意思疎通行為だったらしい。

少年の会話は実に短い。

人と話という行為事態が初めてなのだ。

話題のストックが皆無だった。

話すことが尽きると、直ぐに虚空に視線を彷徨わせる。

どうやら、これが少年の思考方らしい。

余りに一生懸命に話しかけてくるので、うっかり、あぁ、等と受け応えをしてしまっていた。

その際の少年に貌は、はちきれんばかりの満面の笑みを浮かべていた。

正直失敗したと想った。

(躰が動かぬとはいえ、厄介な輩に拾われたものだ)

愚痴りつつ、回復した躰を確認していく。

殆ど細胞が壊死寸前まで破壊されており、最早新しく細胞を生み出すしか躰を作り直す方法はなかった。

自分の躰の中に流れている神酒、ソーマを使い、過去、正常だった頃の自分の細胞を新生させる。

ソーマとはそもそも永遠の命や、長寿の源などいろんな名を持つ。

実の処は生命の鏡という真名があった。

ソーマ事態は水鏡。

そこに映し出されるのは全盛期だった頃の自分で、そこから命を差し替える事により、新生させるのだった。

一細胞につき、膨大なエネルギーを消費する為、それ程頻繁に活用できないが、死すら覆せる、まさに生命の元と言える万能薬だった。

何とか回復した神氣でソーマ使い、新たな細胞を移植する。

後は細胞分裂させて、壊れた細胞を破棄していき、全盛期の状態に戻した。

軽く立ち上がる。

昨日までは立つ事すら困難だったが、どうやら躰は完全に回復したらしい。

(だが、戦さに赴ける程、神氣は戻ってきていないな)

それでも動けるようになった今、此処に残っている意味はない。

一方的に構われただけに過ぎない。

別に恩を感じている部分はない。

だが、何故か引っ掛かりを覚えた。

だから、このまま少年が現われる前に、此処から去ろうとしたのだが、座り込み、いつも来る時間まで待った。

だが、その日に限って少年は遣っては来なかった。

朝、昼、晩の食事を欠かさずに運んできていた少年は、朝食の時間を過ぎ、そして昼食の時間が来ても現われる事は無かった。

(何をしておるのだ、あやつは)

妙な苛立ちが募っていく。

今日中に去りたいが、肝心の者が来ない。

払拭できない感情があり、此処を離れる前に一度会っておこうとしたのだが、それが侭成らない。

(…よかろう、これは一種の挑戦状と受け取るぞ)

パンっと掌を合わせ、そして合掌を開くと光に印が宙に浮かんでいた。

(やはり、五行の伝導率が高いな、この空間は。

術を想念だけで構築できるとはな)

光の印は帯となり、絡まっていく。

そして別の印に切り替わると光は膨張し、一羽の鳩へと変貌する。

淡い光を称えた鳩はヴリトラの上空を一度旋回すると、導くように外へと羽ばたいていく。

毛布で躰を包み、そしてヴリトラは三日ぶりに日の元へと姿を晒す。




心音が大きく耳鳴りのようにガンガンと鳴り響いていた。

それは肩口に開いた穴からする痛みの波と同じリズムをしていた。

穴からは紅い液体が止め処なく零れ、躰から力を奪い去っていく。

息の間隔が短縮されていき、心臓が馬鹿みたいな速度で動いていた。

「あぁ、あぅあぁぁ」

持ち前の速力は、その荒い呼吸の前に奪われてしまっていた。

それを見透かしたように、背後から足音が迫ってくる。

「コッチだっ!

今度こそ逃がさんっ!」

ザッザッザッ。

土を蹴り退けて、音量を増してくるもの。

それから逃れる為に、必至に痛みから目を背けて走りるが、それも長くは続かなかった。

一瞬視界が翳み、歪んだ。

それを起点にして体からバランス感覚が抜け落ちていく。

「あっ」

気が付けば躰が傾き、地面を転げていた。

坂に成っていた道で転げてしまい、そのまま斜面に沿って転がっていく。

これは狙ってではなく、成すがままだった。

いくらか重力に乗るように、転がり停止する。

起き上がろうとするが、上半身が鉛のように重く、引き摺るようにして引き起こそうとするが、地面に広がった血で滑り、虚しくも再転倒してしまう。

「あぅ、あぁ、うぅぅ」

呼吸が定まらなくなり、自分がどうなっているか把握する思考力がなくなっていく。

「コッチだっ!

見つけたっ!」

血痕を辿り、追いついてきた追撃者達。

先程よりも近いということだけ、声の大きさで判断できる程度で、最早他の事に気を回せる余裕はない。

気が遠くなりかけ、でもそれを肩の穴からする痛みで引き戻される。

脳を占めるのはこの痛みのシグナルだけで、逃げるというものは既に失ってしまっていた。

「このガキっ!

散々手こずらせおってっ!」

怒声を吐き、少年の傷口を容赦なく踏み躙った。

「ああああ、うぁぁぁぁぁぁ!!」

朦朧としていた意識が覚醒した。

だが、それは断絶を促しそうな強烈な痛みからで、思考を消し去るには十分なものだった。

少年は悲鳴だけが木霊させ、身を捩る。

「貴様の所為で、これまで築きあげてきた信用が台無しだ。

わかっているのか、この闇付きが」

靴底を引き剥がし、再び踏み下ろされた。

グジャ!!

傷口から肉が食み出るような厭な音がした。

最早悲鳴にすらならない。

呼吸が途切れ、無意識に口をパクパクとさせるだけだった。

「ヒートアームさん。

アンタだけ楽しむのはどうかと想うのだが。

出資者、もとい被害者の私達にも楽しむ権利がある」

やっと追いついた男は、この容赦のない行動を咎めるのではなく、代われと訴えてきていた。

ヒートアームと呼ばれた男は渋々それを承諾し、三人男達が少年を囲う。

「貴様の所為で、どれだけ損害がでたかっ!

この闇付きっ!」

一人がうつ伏せに倒れている背中に踵を勢いよく落さした。

背骨の部分に確りと中り、何か崩れるような感触がし、少年は吐血した。

「この汚れものがっ!」

それに感化された男が肘の部分を踏み抜く。

あらぬ方向に腕が曲がり、握られていた拳が緩められていく。

「そうだっ!

貴様が何度も商店に現われた所為で、客足が遠のいた!」

腹部を蹴り上げ、少年体がニ回転程廻る。

呼吸が出来ない程に血が内部から吐き出され、口と鼻を塞いだ。

その後代わる代わるに暴力の嵐が降り注がせ、少年を壊していく。

「もう、良いでしょう」

ヒートアームの抑止の声で、三人の男の暴力が納まる。

暴力の跡地には、少年の体がボロ雑巾ように残されていた。

ヒューヒューと淡い呼吸音だけがあり、無事な箇所は見当たらなかった。

「さて、これで最後だ小僧。

怨むなら、闇付きに生まれた事と、時代を怨むのだな」

「そうか、そのような解釈がされるのか」

少年の頭に猟銃をセットしたヒートアームに茶々を入れる者がいた。

建物の間をすり抜けて響く声。

それに反応した男達は、そうする事が不文律であるかのように声の挙がった場所に視線を集め、硬直する。

言葉に力が篭っており、それが金縛りにさせているように。

ヒートアームだけが、その澄んだ声音の虜にならず、相手を見据える。

毛布に身を包み、浮浪者然とした姿をした者だった。

掌に光の鳩を乗せており、それは光の粒子となって霧散されていく。

「貴様、この小僧の仲間か」

(それにしては闇の匂いがしない。

それどころか、何か神聖な)

現れた者はクリーム色をした髪を無造作に掻き揚げ、無感情な瞳でヒートアームを見ていた。

「別に仲間でもなんでもない。

只、その蹂躙は、苛立つ。

一想いに殺ってやる優しさというのは持ち合わせていないのか」

「サービスですよ。

雇い主達のこれまでに鬱憤を晴らす、絶好の機会ですからね。

それに煮え湯を飲まされたままにしておくほど、温厚ではないのでな」

現れた者はその瞳は物を見るような、格下を気にも留めていなかった。

だが、その台詞を訊いて、少しばかり変化があった。

「報復行為か。

…なら、朕にもしてみるか?」

「どう意味かな?」

「なに、ソヤツが運んできた食料は、どうやら朕への献上物だったらしくな。

結果的に朕が親玉になる構図らしい」

「成程、それは頭だな」

銃口を浮浪者に向けると、宣言する。

「それを聞かされては、雇い主が容認する筈がないのでな。

安泰の為、此処で散れ」

銃声が響き、浮浪者に凶弾が放たれた。

それをあろうことか、無造作に横から掴む。

「なっ!」

「面倒くさいが、相手してやろう。

集団で、抵抗も出来ない輩を(なぶ)る、…虫唾が奔る。

それは朕が一番嫌悪する行為だ」

浮浪者は大型の弾を掌から零した。

どんな握力で握られていたのか、空中で弾は分解していき、コンクリートの床の落ちるまでに崩壊していた。

「術を行使する余裕がなくてな、肉体だけで相手をしよう。

それにそこまでしてやる相手ではない」

浮浪者はゆっくりと歩みを始めた。

此処までの距離は二十メートル。

だが、先程の簡単に弾丸を掴みあげた身体能力から、相手は並でないことは既知。

この距離が無いも同然だということを悟った。

(人に領分を越えた位置にいるな。

やはり闇付き、いや、高位の魔物そのものか。

ならば)

ヒートアームは身体の通う魔力回路、Nコードに繋ぐ。

戦闘体制(アタックグラフ)が肉体に確定させ、肉体保護と身体能力の増加を計る。

そして片手で猟銃を構え、もう片手には大型のコンバットナイフを装着する。

獣を葬る為にある猟銃を片手で操るだけの腕力。

ヒートアームの総合身体能力は、並の闇付きの遥かに凌駕した位置にいた。

(油断はできん。

転がっているガキですら、この状態と同等の能力を内在していた。

この男がそれ以下とは考えにくい)

しかも相手は手加減宣言をしていきている。

相当自信がなければ、ハンター相手にこんな宣言をできる筈がない。

ヒートアームは猟銃を無造作に発砲する。

それを確認した後に躱した敵。

動体視力、反応速度共に高級。

これまで相対してきたどの相手よりも速い。

それだけはこの前座で把握できた。

(人の形をした魔物。

まさかっ、テラングィードなのか、コイツがっ!)

最近小耳に挟んだ情報が脳裡に過ぎる。

テラングィード。

恐怖の代名詞ともいうべき、最悪の名。

人を吸血鬼へと転換するエレクシル。

その秘薬を自ら創り上げ、改良を加えて吸血鬼の欠点を克服した、究極のバンパイア。

いろんな逸話を持っており、中でもクリスマスの日、一つの街を滅ぼし血の海の沈めた聖夜の惨劇は有名だった。

そのテラングィードが日本へと渡ってきているという噂が、一ヶ月前ぐらいから流れていた。

ハンターの間では、テラングィードと事を構えてはならないという暗黙の了解がある程なのだ。

(…落ち着け。

この男からは吸血鬼独特の多重の血の匂いがしない。

この男はテラングィードではない)

確かにヒートアームの考えは正しかった。

何故ならテラングィードなる者は、二週間も前にこの世から去っていたからだ。

教会から派遣された執行者と一人の少年によって。

史上最悪の吸血鬼は二度と、人の前に現われる事はない。

警戒しつつも、それが動きを制限しない程度までに収める。

油断は大敵だが、警戒し過ぎは千載一遇のチャンスを逃す羽目に成りかねない。

大胆な行動こそが、戦いに置いて重大だという事を、これまでの経験でわかっていた。

その経験が、何度命を救った。

だからこそ積み重ねてきた経験、それをなによりもヒートアームは戦いで重要視していた。

(テラングィードでなくても尋常ではないな、この相手は)

短期決戦を望むべく、ヒートアームは地を蹴りつけた。

戦闘体制(アタックグラフ)の魔術は、銀の術師呼ばれた錬金術師が生み出した、現代の魔術師の必須魔術。

Nコードと呼ばれる補正補助の為の線を脊髄の真横に埋め込み、それは腹部の下、丹田に含まれている魔術回路(エーテル)魔力(ファウスト)を全身へと廻し、人間の肉体強化限界、3倍の身体能力を引き出すというシステムだった。

そのシステムを長時間維持することは、ヒートアームのような正式に魔術を学んでいない、はぐれ者の魔術士には難しい。

独学でこの魔術まで遣えるようになっただけでも中々のものだが、如何せん基本が確りしていない為、持続が侭らない。

だからこそ、短期決戦で型をつけなければならない。

向こうがこちらの身体能力を超えた位置に居るなら、この戦闘体制(アタックグラフ)が切れた地点で対抗手段が失われてしまう。

間合いを縮め、十歩手前まで踏み込む。

半分になった間合いから先程と同じように弾丸を叩き込む。

それを睥睨(へいげい)するように眺めていた相手は、今度は正面から弾丸を弾いた。

しかも、デコピンの要領で。

親指で中指を押さえ、外しその反動で目の前の標的を弾く。

驚愕。

そこで躰が硬直して動かなくならなかったのは、救いだった。

(化け物めがっ!)

間髪入れずに次々の弾丸を打ち出す。

今度は四本の指を親指の側面で全部押さえ、順番に来る弾丸を弾いていく。

悪夢だった。

手首を上に向け、外から順番に小指、薬指、中指、人差し指と凶弾を弾き、銃弾はコンクリートの地面に叩きつけられへしゃげてめり込んでいた。

その間に間合いをコンバットナイフの届く位置まで積め、正眼から突き出す。

それを軽くバックステップで躱す相手に、連続で突きを繰り出す。

速度的にそれ程差はないのだが、尽く読まれているのか、掠りもしない。

仕舞いには渾身で突き出したコンバットナイフを二本の指で挟まれ、止められてしまう。

万力で挟まれているかのように、ガッチリと固められたナイフは微動にもしない。

そこまではヒートアームも読んでいた。

そこから素早くナイフの射線に猟銃を向ける。

コンバットナイフを固定している為に、動きを止めた敵がその先にいる。

超接近からの発砲。

セットを確認する間もなく、引鉄を絞る。

爆音。

猟銃が二人の間で暴発した。

相手が無造作に猟銃の先端を掴んだのだ。

そして銃口が恐ろしい握力に握りつぶされ、弾が発射されるだけの穴を得られなくなり、暴発してしまった。

その瞬間、二人は猟銃から手を離して、離脱していた。

先に反応したヒートアームがコンバットナイフを離していた。

コンバットナイフは、相手の二本の指に挟まれたままだった。

仕切り直し想われたが、暴発による硝煙が丁度相手の視界を奪う。

(完全に上を行かれている。

なら、これはどうだっ!)

両手から武器を失ってしまったヒートアームは直ぐに間合いを戻し、硝煙に右腕を突っ込む。

目の端で、硝煙の向こうに敵の足を確認し、呪文(スペル)を口から紡ぐ。

炎煉(ガンズロウ)っ!」

その発動キーが大気に木霊すると、鉄をも焦がしそうな灼熱の炎が前方に広がる。

爆炎と称するべきだろう。

爆発的に焔は膨張し、硝煙を呑み込んで前方十メートルを焼き尽くす。

ヒートアームの奥の手、炎煉(ガンズロウ)

地獄の業火を彷彿とさせる、鮮烈なる炎の魔術。

己が魔力をを右手に収縮させ、四元素が一つ火へと変換する。

昔、自分の魔力を制御できずに負ってしまった火傷を呼び水、魔術回路(エーテル)とし、火への転換を通常に何倍にもして、爆発的な焔を生み出す。

ヒートアームの名に相応しい、奥の手と言えよう。

調子が良ければ、鉄すらも溶解させてしまうだけの熱量を得られる。

まともに喰らわせれば、どんな魔物でも跡形もなく消しさる自信がある。

「…存外にやるではないか。

お蔭で、遣わぬ予定のものまで遣ってしまったではないか」

焔の中から、世間話でもするような声がしてくる。

「…バカな」

手加減など一切していない。

それどころか、生涯でも類を見ない程の炎煉(ガンズロウ)だった。

「誉めてやろう。

咄嗟に結界を行使しなければ、人の身であるこの肉体は燃え尽きていたかもしれぬ」

焔が揺れ、裂けた。

相手が身に着けていた毛布の端すら焦げていなかった。

咄嗟などと話しているが、その実は余裕を持って結界を張った事が測れた。

余りにレベルが違う。

魔力が尽き、炎煉(ガンズロウ)は直ぐに形を縮めて、消えてしまう。

「身の程を知ったなら、朕の前から去れ。

それで刃向かった事は不問にしてやろう」

元より戦意を斯かれた状態。

この言葉は救いだったのかもしれない。

次はないぞと、視線が雄弁に語っていた。

物と命の差など、大してものと想っていない、そんな視線だった。

「それから、その小僧は朕が貰い受ける。

良いな」

「っ、了解いたしました」

どんなに納得出来ないことでも、命あってのものだね。

渋々了承すると、ヒートアームはこの場を去っていく。

「おっ、おい!」

戦いを傍観していた三人は戸惑いながら、右往左往していた。

「去ね」

少年を囲っていた者達は、その一言で底冷えした。

脊髄に氷柱でも差し込まれたように、全身から冷や汗が吹き出た。

そして目の前の相手が、次元の違う生物だと理解した途端、本能が赴くままに脱兎の如く逃げ出していく。

「下種が」

その呟きは、去った者達だけに向けられたものではなく、全てに人間に向かって吐かれた言葉だった。

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