現世隔離 一話
[2 現世隔離]
あるものは簡素である。
この部屋を彩るものは、一組の机と椅子。
それと紙だけ。
窓もあるのだが、それは異常に積みあがった紙の束に奥にあり、昼だというのに陽光すら差し込んでこない。
電光がなければ、この部屋は闇に包まれることだろう。
此処は正義なるものを守る、人の尊厳を賭けた最後の砦にして、聖なる都。
の一室の筈なのだが、どうにもゴミゴミとして、聖ではなく、混を彷彿とさせる部屋だった。
西暦1689年。
世界の一角の小さな島国から変革が起こる。
その島国を日本と言い、徳川家の江戸幕府が治めていた。
だが、変革は国を飲み込み大きく世界の在りようをも変えていくことに成った。
これまで世界の影となり、支え、されど異端として忌み嫌われていた術者が表舞台に跋扈を始める。
当初は三体の鬼を引き連れた、一人の術者が巷で暴れていると言うものだった。
誰もが陰陽師の一団が幕府から差し向けられた時、直ぐにでも記憶の底に沈むものと想っていた。
だが、事態はそんな簡単なものでは無かった。
伝令の早馬が幕府に恐怖を運んできた。
陰陽師一団の壊滅。
鬼は尚、幕府に向かい進撃中と。
幕府は兵をかき集め、これに対抗。
いや、最早抵抗と言ったほう正しかった。
鬼達にとって万の兵も、肉の壁にしか成らなかった。
その余りに絶大な力の差は、闇に生きてきた術者の心に復讐の火を灯らせた。
次第に鬼を使役する者の下に集い始めた術者。
唯でさえ戦力差の開きが決定的なものとなった。
幕府と、当時の天皇だった東山天皇はあえなく打たれたのだった。
この時より、この島国の年号は伍馬と名を変わる。
鬼を使役した者を中心とした術者の国が誕生したのだった。
その噂は瞬く間に世界へと伝わり、魑魅魍魎、怪物、妖怪、魔術師、闇に住まうもの達が一斉に声を上げた。
互いをけん制しあい、身動きの取れなかった者どもが一致団結し世界の中核を牛耳るようになった。
世界は変革していく。
不確かな術や超能力、言霊が世界に当たり前に存在するようになった。
その中で世界のパワーバランスを担う、三大術士がいた。
八掛方陣をメインに仙術を使う、カイ セイラン。
四元元素を自在に操る大魔術師、マイセル リカラ。
最後に五行を極め、三体の鬼を操るもの、新宮司 静。
そんな理不尽な力に対抗する為、生まれた教会機関。
それは、過去から連なる宗教の総称。
キリスト、カトリックを中心にして、俗なるモノに対抗するために集結した組織。
力を持たねば存在する危うくなるこの世界で、各宗教はこれに抗うために、合併を余儀なくされたのだ。
その代わり、三大術士の勢力程でないにしろ、強大な力を有した機関として君臨していた。
そんな教会の総本山、その中核に相当する一室にて、唯一の置物である椅子に腰掛ける人物がいた。
綺麗で希薄な白色の髪。
腰まで伸ばした髪は、一纏めにゴムでしているだけで、他に手を加えていない。
それなのに、その髪は幻想的で、どこかの物語に現われる妖精などが靡かせていそうな質感をしていた。
スラッとしたボディは、あらゆる女性が羨むようなボンっ、キュっ、ボンっといったフォルムとしている。
その体型に合う、切れ長で涼しげな目元と、少し皮肉げに上がっている口元。
街で見かければ、眼で追いかけぬ男はいないだろう。
「う~ん、…かったる」
だが、幻想は現実ではない。
美人という型に収まっている人格は、破綻的に気だるそうで、欠片の覇気もない。
雰囲気が完全にだらけており、四十代の疲れきった親父を彷彿とさせる。
背凭れで背筋を伸ばしながら、やる気のない声をあげる。
ぱきぱきと筋を音させながら、こり固まっていたもの排出させる。
この部屋の主は嘆息しながら、机の上にある冷めたコーヒーを一口啜る。
趣味で自分独自のブレンドしたコーヒーは冷めてもそこそこの味がした。
苦めに仕立てており、それでいながら後味がスッと流れる。
この味を引き出すのに根気を要したが、それに見合うだけ満足感を得ていた。
(いい仕事するわね、私)
等と自画自賛しながら、机に積み重なっている報告書一つを手にする。
読んでいるのかと疑いたくなるスピードでページを捲りながら、右手に握られたボールペンを走らせる。
「たくっ、誰の執筆よ、これ。
纏まりがないったらありゃしないわ。
…呆けた事も書いて、そんな予算があるなら、私の給金を上げろっていうのよ」
ぼやきながらも、的確に指示を書き留めていく。
僅か三分程で、三十枚にも及ぶ報告書を纏め、企画書を作成してしまう。
それから数分して、机に乗っかっていた紙の束は全て床へと叩き落し終える。
「お仕舞いっと。
……」
終えてから、コーヒーカップに伸びた自分の指を見て、想わずため息をついてしまう。
(ペンだこって、…デスクワークなんて性に合わないとか言いつつ、こんなになるまで私は…)
(それは良い事だ。
君が動くと、事態は悪化の一途を辿る。
静謐を望む者として、君がデスクワークに勤しんでいるのは、喜ばしい限りだ)
姿無き声に揶揄され、不機嫌そうにカップに残っていた液体を胃に流し込む。
「何それ。
私が事件を拡大しているように聴こえるじゃないの」
(事実そうだろう。
君の行動原理は愉悦。
そして一番の愉悦を冒険と言い切る辺り、ワザと問題を悪化させていると考えても不思議はなかろう)
「失礼な奴。
それでも紳士なつもりかしら。
まるで小姑ね。
厭だわ、そんな被害妄想しか出来ない硬い奴は」
(何が被害妄想だ。
先日、君が提案した企画、あれは死人が出なかったのが不思議だったぞ)
「そんなヘマしないわよ。
それに実働練習になるでしょ、執行部の。
あれは一種の親心よ、親心」
空いた手でタバコを取り出しながら、姿無い相手の文句を流す。
(君も女性なのだから、タバコは控え給え)
「何?
ホンと硬い奴。
良いじゃない、仕事中は吸わないし、それにこれで私のストレスが少しでも発散されれば、貴方の言う周りの被害が軽減されるのよ。
実害だけじゃない、有益なものじゃない、この行為は」
(屁理屈ばかり捏ねて、君はいつもそうだ。
こっちは心配しているだけだというのに)
「良い迷惑よ、それは。
押し付けがましい。
フラガ、アンタ人間じゃなくて良かったわね。
絶対に女にモテナイわ、その性格。
このご時世にナイト気取りなんて、誰が望むっていうのよ。
この世界は、弱い者は蹂躙されるの。
なら、女が弱いなんて偏見なんて覆されているわ。
私みたいにね」
(君は別格だ。
君をか弱いと呼べる程、私は強者ではない。
気分的に爆弾が引火しないように見張っている、防人の気分だ。
ナイト気分も削がれる)
流れる動作で人差し指をタバコの先端に持っていくと、小さな蒼い焔が先端に宿り、そしてタバコに火が灯る。
「騎士道なんて流行らないもの翳して、酔狂な精霊よね、アンタ」
(こらっ!
話の決着も着けぬまま、タバコを吸うなっ!)
「適度によ。
私、これでも結婚願望持ってるのよ。
はぁ、こんな殺伐とした空間から抜け出し、早く子供が欲しいわ」
(…お前、年は幾つだ)
その台詞が聴こえた瞬間、タバコを左手に持ち替え、ポケットから宝石を取り出すと、容赦なく机の角に叩きつける。
(ギャッ、な、何をするっ!)
「デリカシーの欠片もない性癖に、騎士なんて立派そうにのたまうな。
女性の年齢を聞くのは、犯罪行為よ」
女は右手に甲に向かって、侮蔑の言葉を投げる。
一切の感情が攻撃に向かっている、そんな声音だった。
(……わ、悪かった)
因みに謝った本人は気迫に推されただけで、何が悪いかすら理解していない。
どうして年齢を訊くと犯罪と繋がるのだろうと疑問を残すだけで、何となく自分が悪い事をしたのではないかと、恐る恐る謝罪の言葉を口にしたに過ぎない。
「ホンと、アンタは一度連れまわして、世間ってものの認識を改めさせる必要があるわね。
暇が出来たら覚悟しておきなさい」
(う、うむ)
一幕を終え、タバコを満喫しようとした矢先に、この部屋へ続く扉がノックされる。
律儀に人前ではタバコを吸わないように心掛けていたので、吸い始めて間もないタバコの揉み消し、入室許可をする。
「失礼します。
ナイル様、魔術師協会から緊急の連絡が入っております。
ナイル様及び、教皇様に繋げと」
「連絡の主は?」
「議長、レイゾナと名乗っておりますが」
ナイルはその報告を聞いて、眉を顰める。
(あの驕り屋のレイゾナが直接に通信を寄越すとは。
…これは実行部が直接に動いた方が早いわね)
「教皇には、私が直接報告に行くわ。
こっちに繋いで」
それに頷き、伝令は下がっていく。
扉が閉まるのを確認し、机の引き出しを開けると、そこから黒光りするダイヤル式の電話が現わす。
この旧式のフィルムがお気に入りで、これから発せられるジリリリッと下腹に響く音が好きななのだ。
その為、未だに改良を加えて、この形の電話を愛用していた。
その受話器を取り、少しだけ色声にして挨拶をする。
「換わらせて頂きました。
お久しぶりです、レイゾナ卿」
電波先から濁声が変換されて届けられる。
「君か。
本当なら教皇殿と直接話をしたいところだが、我慢しよう」
「で、用件は」
相手に皮肉を全く請合わず、話の先を促す。
まともに相手にすれば、この濁声を全て怒声に変えてしまいかねない。
軽くあしらうだけで、瞬間沸騰器のように喚き散らす、肝っ玉の小さい男を相手にするの楽ではない。
幾らか怒声を吐き出そうとして、留めている気配が伝わってくるが、フォローしたやる気もない。
権力の上に胡坐をかいている奴に、礼儀を弁えても、尽くす気は更々ない。
「リカラ様の行方が知れぬ。
そちらの方で何か情報は入っていないか?」
「リカラ様が?
それは誠ですか?」
「こんな嘘を言った処で、君達自称守護者達を喜ばすだけだ。
そんな嘘を吐いてなんになるっ!」
「そうですか。
私の耳に入ってきていない以上、教会にはそのような情報はありません」
「それは傲慢なのではないか。
たかが人一人の耳に入らないだけで、教会全ての情報を把握しているかのような物言い。
良く調べてみたまえ」
「お疑いなのですか、私を。
別にレイゾナ卿が今朝方、不機嫌なった理由を説明しても宜しいのですよ」
「なっ!」
「それ程までに、私の耳には情報が飛び込んでくるのですよ。
その私が言っているのですが。
未だ、信用なりませんか?」
「ならば良いわっ!」
向こうが切るよりも早く受話器を下ろし、キンッという不快音を与えてやる。
「参ったわね。
まさか僅か十日程度で、大術師の二人が消えるなんて。
混沌の巫女に続いて、大魔術師までが姿を消すか…。
どうなってるのかしら?」
(あの魔術師の事だ。
意外に隠居なんて話かもしれん。
そして時代を傍観しようとしているのかもしれんぞ)
電話を終えたナイルの脳裡に又も声がかかってくる。
西暦1988年、四月末。
あれ程強靭な力を有していた混沌の巫女、新宮司 静がこの世を去ったと、つい先日報告がなされたばかりだった。
「リアリティがないわよ、それ。
折角三すくみの一角が消えたのに、それを放棄する真似をするかしら?」
(私の見立てでは、マイセルなる人物は権力に瑣末程の興味を示していなかった)
「それ正解よ。
放浪中に一度お目見えしたことあるけど、権力に固執するような、せこしい輩ではなかったわ。
彼が表舞台に立ったのは、手足を手に入れる為。
お蔭で、世界有数の物品は彼の手元に集まった。
魔術師にとって過去からの蓄積を手にして、それを研究できるなんて、夢のような話を彼はやっていただけ。
もう用無しと権力を斬り離した…、にしてはどうも変なのよね」
(何処がだ)
「彼が次ぎに狙っているものが、この教会に聖骸布。
それはゲラートが守護しているから、おいそれと手に出せない。
まぁ、だから組織を、魔術師協会なんてもの作り、外部から教会に圧力をかけてきてた訳だけど。
まぁ、優秀な頭脳がいたお蔭で、教会は勢力増強し、簡単に手出しできない状態になったんだけどね」
(…目的のものを手に入れていないのに、組織の長から辞任するのは…、確かに奇妙な話だな)
「他の方法を考え付いたとしても、組織は未だ役には立つわ。
なら、それを手放す道理が攫めない」
(大魔術士なんて生易しい言葉で括っているから、思考が読めないのよね。
あれは魔導士だものね)
神妙に論議していたら、激しいノックがされる。
慌てている外の気配が緊急事態だと告げていた。
「入りなさい」
「失礼します。
……」
混乱しているというよりも、どう説明したらいいのかわからないという感じで、伝令は口篭っていた。
「落ち着いて、ゆっくりと説明なさい」
凛とした声が室内を満たし、それに感化された伝令は混乱していながらも、ゆっくりと事情は話し始める。
「唯今、エンブリオ様と引き継ぎで日本に向かった者達から連絡が入り……」
二拍程間を置き、伝令は異様な事態を説明した。
「日本が無くなっていると」
茫然自失な声が、ある諸島の消滅を告げた。
「っ!
……そう」
何とか自分の挙動を押し込める。
余りにアッサリと異常事態を受け入れたこちらに対して、伝令は虚を突かれ、自分が想っている程異常な事態ではないのではないかと想ってしまう。
「日本があった位置には一面の海だけがあり、小島程度は残っていたとのことですが」
「向かった者達は?」
「琉球にて、一時待機しております」
「なら、帰還命令を出しておきなさい。
それと、エンブリオを呼んで来て欲しいのだけど」
「はっ」
伝令が急ぎ、用件をこなす為に退出していく。
(ナイル)
その声を無視し、引き出しから一枚の紙を取り出し、執筆をしていく。
書き終えると頃に、鎮まった気配がドアの前に佇むのを感じた。
ノックしようとする気配に向かい、
「開いてるわ、入って」
と先手を打つ。
それに促され、一人の青年が入室してくる。
細めの眉毛にとって付けたようにマッチした穏和な感じの藍色の瞳。
鼻は高く、軽く結んだ口元が、又魅力的な印象を受ける。
スラッとした体は、無駄な肉を一切削ぎ落としされているかのようだった。
「失礼します。
エンブリオ マシュカーゼ、ご命令により出頭致しました」
「ご苦労さま、奥に入ってきて」
それに従い、エンブリオと呼ばれた青年は扉を閉め、周りに気配が無い事を確認する。
こちらの面持ちから、この場での会話は内密にする必要があると判断したのだろう。
「気が利くようになったわね。
そういえば、報告書は貰ったけど、任務からの帰還から顔を合わせてなかったわね。
マシュカーゼの汚名、晴らせたようね、エンブリオ。
それと残念だったわね、デミタスの件」
「いぇ、アイツは、あれで満足していました。
それより、どういった用件で」
(暫く見ない内に、変わったわね。
落ち着いて見せていても剣呑さを隠しきれなかった坊やが、随分と良い男になったものね)
「そうね、実は貴方が先日まで派遣されていた日本って国。
あれが無くなったと報告がきたのよ」
「……はぃ?
な、ナイル様、それは」
「この部屋いるのは、教会の頭脳。
そう受け取って頂戴」
冗談は挟まないと告げながら、エンブリオの様子を伺う。
少し呆然としながら、エンブリオは確認の言葉を紡ぐ。
「…完全に消えたのですか?」
「詳細は後で纏めさせて報告させるけど、そんな下手な情報を寄越さないでしょうね。
何か心当たりでも?」
「いぇ、…少し状況が違うのですが、少しだけ似たような事を経験した事がありまして」
「似たような?」
「消えた訳ではありませんが、空間そのものを差し替える隔離結界。
今回の場合、隔離した部分が大き過ぎて、保管出来なかったのではと」
「…それって、本来ある空間を別の場所に移動させて、その合間に違うもので埋める、ってやつかしら?」
「はい、テイヤノーラ、私のEDNAの話では。
……」
「貴方、この前の報告書をかなり報告省いたわね」
「……」
この沈黙が肯定だと告げていた。
「まぁ、そんな事はどうでもいいわ。
今は情報が欲しいの。
私だけにそれを与えて欲しいの。
それで貴方がこれからを保障してあげるわ。
取引としては、…そうね、その相棒と一緒に教会を辞められるっていうのはどうかしら?」
「!!」
エンブリオが僅かながら眉を顰めた。
その微妙な反応に、私は苦微笑を浮かべる。
(まだまだケツの青さは残っているようね)
「私はこれでも貴方を買っているの。
組織に属する者でなく、信念に生きる者としてね。
組織では貴方の信念は遜色してしまう。
ましてや、テラングィードを討ち取った今、情報力は要らなくなった。
その眼を見れば分かるわ。
貴方が此処に居る理由、それは無くなってしまったとね」
それを訊かされ、エンブリオは負けを認めるように肩を竦める。
「魅力的な提案ですね。
テイヤノーラを失う訳にはいかない。
リスクの高さを覚えて貰ってから、教会を去るつもりでしたが」
「言うわね。
確かに今の貴方の実力なら、出来ない話じゃないわね。
でも、ゲラートを派遣させたら、どうなるかしら?」
「それは無理でしょう。
昔、デミタスと一緒に訊かせて貰いましたから。
ゲラート教官は墓守で、この地から動くことはないと。
当面の問題はナイル様、貴女でしたが、それを回避して貰えるなら」
「なら交渉成立ね」
「わかりました。
…今回の件、私が出向きましょう」
「あっ、それは却下」
「…どうしてですか?」
間髪いれずに提案を却下した私に、エンブリオはいぶかしんで眉間に皺を寄せる。
「先の戦い、簡単に癒えるような生易しい傷ではなかったでしょう。
覇気はあるけど、生気が失せているわ。
今戦いに赴けば、確実に命を落すわよ。
それを貴方の相棒が許してくれるとは思えないけど」
「ですが」
「それに、もし貴方の推理通りこれが隔離結界なら、貴方にこれを打ち破り、内部に入る手段があるのかしら?」
「……いぇ」
「なら、お姉さんに任せなさい。
久々に身体を動かしたいと想っていた矢先なのよね。
で、先の提案なんだけど、条件は二つ。
一つは情報」
「二つ目は?」
「留守の間、私の職の肩代わりして欲しいの」
「…無茶言いますね。
私は実働班で、内政向きではないのですが」
「良いのよ。
私が期待しているのは、組織の矛先を固定して貰う事だけ。
教皇は懐が広すぎて、どんなものでも拾ってくるから抑止してくれる者が必要なの。
切れる輩は幾らでもいるけど、貴方ぐらい精錬な人間なんてそうは居ない。
全く、ここは教会だっていうのに、嘆かわしいわ」
(聖歌の一つも唄う事も出来ない君が、それを言うかね。
嘆かわしいのはどっちだ)
(別に構わないでしょう。
私は腕を買われて、此処で働いているだけの雇われ者なんだから。
借金が無ければ、係わり合いになる事もなかったわよ)
「私は買ってるのよ、貴方の信念ってヤツを」
「人を乗せるのが上手いですね。
そうですね、テイヤノーラもその提案に賛成してますし、此方としても嬉しい条件です。
ですが、此方も一つだけ条件を出させて貰います」
(成程、郊外も学んできたみたいね。
正直手放すのが勿体無いわね)
(私も彼のような者となら良い友になれただろうに、残念だ)
(止めてよ。
堅物が並んだら、気が滅入るわ。
少しでいいから、アンタもエンブリオを見習って、大らかに成長したら)
(それは君がズボラなだけで、私が堅いのではない)
「で、そっちの条件は?」
フラガの抗議を無視し、エンブリオを促す。
「新宮司の生き残り、仁、鼎なる人物の安否を確かめて欲しいのです。
もし、接触出来るなら、協力を仰いでみてください。
文をしたためておきますから」
「新宮司 仁。
希世の魔術師か。
噂は聞いたことあるわ。
確かに、そんな男の協力を得られれば、心強いわね。
分かったわ。
鼎っていうのは、確か娘さんだったわね」
「えぇ、長くなりますが、暫し思い出を語らせて貰います」
そしてエンブリオが日本で起こった、混沌の巫女崩御までの尊大な物語を語りだす。
それは三百年という長い年月を駆けた、一人の少女の想い。
そして、その流れに翻弄された者達の、悲しき結末と門出を。