表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

東月忌譚 三話

ヴリトラの中で全てのピースが繋がった。

インドラとの撃戦後、まるでこちらの消耗と状況を見透かしたように現われたラークシャサ。

そしてインドラとの戦闘を見ていたかのように語った羅刹天。

二人の間になにかした遣り取りがなければ知りえない情報を持ちえていた。

この戦いのルールを根底から無視したように。

戦いを好む羅刹天と帝釈天の両雄が、合間見えたにも関わらず闘わない理由が掴めないでいた。

だが、両雄が同じ身体を共有していたなら、話は別だった。

知り得て当たり前なのだ。

噺を前提とする神の在り方を忠実に再現したに過ぎない。

羅刹天は句を唱え、自分を供物とすることで噺を現実にしたのだ。

そして表裏一体だった帝釈天が表へと浮かび上がったのだと。

「ふむ、些か侮り過ぎたようだな羅刹天。

後半戦は兎も角、初めの失点は問題だった。

逆手、逆手に取られ、人に敗北を期すとはな。

この場合、君らを誉めるべきか。

良くぞ、人の身で神を撃ち破ったと。

偶然の寄り重ねではなく、己が能力を信じ、有益に進めた結果、勝利をもぎ取った。

称賛に値する行為だ」

雷光で光り輝く鎧。

錫杖を携えており、それはインドラが振るっていたあの金剛杵ヴァジュラだった。

雷をそのまま擬人化したような雰囲気醸し出し、在り方そのものが威圧感に満ちていた。

利天{天上三十三の神々}の長。

天上を支配する者の名に相応しい、帝の名を冠する風格がこの者にはあった。

カラカラに乾いた喉に鍔を流し込もうとするが、分泌を忘れたように口内に潤いは満ちない。

肉体すら、帝釈天に魅入られたようだった。

「インドラ、ラークシャサ、ナイルリチ。

三体もの神影を破り、協力者を得たとはいえ、神たる羅刹天をも退けた。

これは神とて異例の快挙だろう。

それを人に身を堕として成した。

正直、言葉では尽くせぬ感嘆だ。

それ故、慙愧の念に堪えない。

君のような有能なる者が位を捨ててしまった事が」

軽くヴァジュラを振るい、辺りの残骸が宙に舞う。

「我は決して、君を侮らない。

全力を尽くし、君を葬ろう」

雷を帯びた瓦礫が降り注いでくる。

それを察知したフラガが盾を振り翳し、その瓦礫を遮断した。

「来るぞっ!」

ヴリトラは杖を構えたが、戦うだけの力を残していない。

絶望だけが心中を支配していた。

対応したフラガにしても、この程度の瓦礫を塞ぐだけで千鳥足となり、とても戦闘可能なだけの余力は見受けられなかった。

ナイルも先程の制御で多大に消耗したのか、覚束ない。

唯一ソーマだけがこの中でまともに動けたが、戦闘経験は皆無、当てにならない。

羅刹天の贈り物、絶望は間違いなくヴリトラ達に届いていた。

羅刹天と同じ、いやそれ以上といっても過言ではない相手。

それを満身創痍の様で戦うとなれば、勝敗など初めから決しているようなものだった。

「ハリっ!」

天空に帝釈天は吼え、それに応えるように茶褐色の馬が戦車を牽き、天を駆けながら帝釈天の元へ疾駆してくる。

冗談のような光景だった。

舞い降りてきた馬の鬣を撫で、そして帝釈天は躊躇せずに戦車に乗り込む。

一啼きし、ハリと呼ばれた天馬は虚空を地面とし、天空を蹴る。

(ハリだとっ!

ということは、インドラを取り戻したのか、帝釈天はっ!)

帝釈天の神影であるインドラの姿がないことにヴリトラは疑問し、氷解した。

本来天馬であるハリは、半身であるインドラが駆る馬なのだ。

それを帝釈天が操ることは、半身を取り込み駒としてではなく、能力としてインドラを活用することを選んだのだと知った。

(なら、天を駆るあの力は、暴風神マルトの力かっ!)

天に波紋を描きながら、ハリはヴリトラ達の上空を疾走していた。

帝釈天単体でも脅威。

それにインドラという半身の力が加わり、絶望は色濃くなっていた。

帝釈天は両腕でヴァジュラを回転させてる。

それがヴァジュラに帯電していた稲妻を膨れ上がらせ、空を光の帯で飾った。

帝釈天は奏でる。

ヴリトラと違い、全てを支配し強制させるような力強い創唄が帝釈天から紡がれる。

創唄は稲妻の注ぐ栄養のように、奏でれば奏でられる程に強大に姿を膨れ上がらせていく。

「お終いね」

ナイルが確認するように、誰に言うでもなく声にした。

ヴリトラは、その絶望的な宣告を撥ね退けるだけのものを持ち合わせていなかった。

どんなに言葉で飾っても、自分にこの状況を打破するだけの案がない以上、無責任な台詞にしかならない。

だからといってナイルのように潔く状況を受け入れられるように、人間ができていない。

責めて自分だけでも最後の足掻きをするべく、万象月杖を振り上げた。

そんなヴリトラを制し、庇うようにフラガが前に出た。

そして、「臆病者が」と吐き捨てた。

ヴリトラは意味がわからず、戸惑いを浮かべた。

だが、その言葉に反応したのはナイルだった。

これまで冷静沈着を守ってきた彼女が、その言葉一つで小刻みに震えていた。

「憧憬、君は求めたのではないのか。

それなのに、場面に出くわせばそれを放棄しようとする。

結局は繕っただけなのだろう」

「……」

この叱咤に反応を閉ざしたナイルに、フラガは熾烈なる言葉を投げる。

フラガには、計り識ることなど出来ていなかった。

本人でない限りは、喩え同じ境遇に合おうともわかる筈がない心情。

だが、知りえない、そもそも分かり合えないものを起点とするナイルへ、人への渇望を求めた起点を詰める事で追いつめた。

「生き物は教えられることなく、生を渇望する。

術を持ちながら放棄へと逃げ出す君が、他を非難するなど、失笑してしまう」

「……どうしろと言うのよ」

歯軋りがしそうな堅くなった零れた声。

消えそうな呟きは、泣くのを我慢している子供に見えた。

「生き物らしく渇望しろ。

それが傷を抉り、二度と塞がらぬものになろうとも、あらん限りに生を堪能しろ」

「……頭おかしいわ。

そんなの出来るわけないじゃない」

ヴリトラに一度視線を走らせ、ナイルは俯く。

「君の場合、それは労わりではなく逃避だろう。

そんなに綺麗なまま終焉を迎えたいか。

いいかっ!

脆く、そして醜いく、吐き気がするぐらいに汚いのが人だっ!

欲望に塗れ、絶望を引き込む愚かな生き物だっ!

救いようがないなっ!

だが、それでも君みたいに最低限のものまで逃げたりしないっ!

君が渇望し、羨ましいと言ったものとは、もっと生に溢れている!

微かにでも望みを持ちながら、それを放棄する輩などに到底到達など出来るものかっ!

聞いてみろ!

チャンスがありながら、それを放棄するのかと、答えを求めてみろ!

それすらも逃げるか、ナイルっ!」

容赦のない言葉の羅列に、俯いていたナイルがキッ貌をあげた。

フラガの罵声は、ナイルが本当に失ったものの一旦を汚し、ナイルをここまで構成した全てを否定するものだった。

この世界で唯一それを知る友人が、否定を行う。

「勝手なことをっ!」

ナイル ベネッサは演技でなく、初めて怒号した。

繕いもなく、フラガが放つ言葉一つ一つが澱となり、出口を求めて噴火していた。

「貴方に何がわかるって言うのっ!」

飛び掛らんばかり、ナイルは完全に怒髪天をついていた。

ナイルの拳がフラガに奔る。

それを歯牙にもかけずフラガは確定事項を軽く躱し、ナイルの腹部に膝をめり込ませる。

ナイルは地面に転がされると、それと同時に天空に閃光が瞬いた。

膨大な光が収縮し、ナイルが居た辺りに落雷が落ち、轟音をまき散らした。

フラガは盾を大空に翳し、轟音を引き裂き吼えた。

「わかって堪るものかっ!」

それは澄んだ空の色だった。

盾から漏れ出した淡い蒼が四人を包む半円フィールドとなり、雷撃を全て外へと逸らした。

フィールドの外側は膨大なエネルギーに晒され、消し飛んでいく。

展望台の残骸、ここら一体を占めていた建物が瞬間で姿を消した。

轟音が鳴り響き、その中でフラガは訴えた。

「だが、君みたいに最低の条件まで捨てないっ!

私は最後の最後まで、象徴であるこの盾で守り、生きるっ!

持てる最大限の力を使い、方法を導き出してやるっ!」

フラガは盾を薙いだ。

「逃げないっ!」

降り注いでいた落雷が周りへと四散し、一帯を吹き飛ばした。

その中、威風堂々とした騎士が天から見下ろす神を正面から受け止めていた。

その様を、この場に居た全てのもが心引き込まれたように見ていた。

帝釈天すらも、その気高き姿に一抹の間だけ魅入られた。




光明へと続く道がある。

だが、その間には深淵よりも深き業が心を霧散させようと待ち構えている。

進むべきではない。

しかも、これは自分の力ではなんともならない。

運なんて言葉に身を傾ける程、殊勝な方法を選んできたことはない。

自分ではどうじようもない。

それでも道があるのだ。

自分にはその道へと導く手段がある。

後押しする気高き姿。

それでも決心はつかない。

だから、決断する答えが欲しかった。

自分が犯した過ち。

それを肯定するに見合うだけの答えが。




私の唇は切れていた。

どうやら地面を転がった際に、歯で切ったらしい。

顎の一筋の血が滴り、起き上がる為についていた手の甲に血の珠が描かれていた。

「…キツイことばかり並べて」

(どこがフェミニストかしら。

足蹴にするは罵声するは。

愛のある叱咤にしては、度が過ぎてるわ)

私は、どうしてこのフラガを相棒に選んだかを思い出してきた。

臆さない。

どんな恐怖が前方から押し迫っても、この男は見据えているのだ。

賢明な判断を常日頃から下そうとする割に、肝心な部分で感性に任せた行動に出る。

自分と正反対だった。

他人には優しく、手を差し伸べることを厭わない。

自分には厳しく、重課する。

それ故に、彼の発言は実行する事柄なのだ。

どんなに可能性がなかろうが、自分を偽るぐらいならと行動に移す。

偽善も良いところだ。

だから、手元に置いた。

そんな彼だからこそ、自分の過ちをいつか清算への経路を示してくれるのではと。

その期待をフラガは察し、果たしているに過ぎない。

三年。

随分と長期間、与えてくれたものだ。

その心遣いに感謝こそすれ、責めるのは埒外だと苦笑してしまう。

状況に置いていかれ、猛々しいフラガに魅入られているヴリトラ。

彼も又、自分に似た葛藤があるのだろう。

だから、あの姿には憧憬を抱く。

あれは強さを培養した、歴史の傍観者。

表舞台に立とうとも、彼の見てきた醜く栄華に満ちた世界は色褪せはしない。

常に理想を目指す姿は滑稽であり、神々しくも映る。

(マヌケだわ。

散々期間を貰っておいて、肝心な場面で結局逃げを選択するなんて。

…ゲラート、これでは貴方を笑えないわね。

傷が和らぐだけの想いは蓄えたでしょう。

フラガがチャンスを、時間をくれた。

なら、私は)

唇から流れていた血を甲で拭い、起き上がる。

未だ迷いがある。

だから、それを払拭する為に、私はヴリトラへと歩を進めた。




ヴリトラはナイルが近づいてくる気配で、やっとフラガの憧憬の呪縛から逃れた。

毅然とし、隙らしい隙を見せなかったナイルが何処か小さく、弱弱しい者にヴリトラは見えた。

とても、理路整然と語っていた者と同一人物とは想えない程に。

「貴方が希望を担っている」

いきなり訳にわからない話をナイルが切り出した。

それは子供が拙い言葉を使い、どうにか物事を伝えようとしているようだった。

「それはとても危険で、自分を放棄するに等しいこと」

ナイルが自分と戦っているのが、ヴリトラにはそこはかとなく理解できたからだ。

ナイルを何処か毛嫌いしているはソーマは何か言いたげだったが、ヴリトラはその口を塞ぎ、ナイルの次の言葉を待つ。

「それでもこのチャンスを手にしたいと願う?」

淡泊な言葉の綴りだった。

この言葉の重みは、ナイル自身を脆く儚いものとし、普段の強靭さを微塵にも感じさせない弱々しい存在へと転化させていた。

それがナイルにとって禁忌であり、唯一の心の傷を抉る行為に他ならなかったからだ。

閃光が瞬き、落雷が訪れる。

それをフラガが又も受け止める。

膝が揺れ、全身から血煙を上げ、今にも崩れそうな状態だった。

気迫の篭った気合と共に建て直し、帝釈天の攻撃を退ける。

ナイルが決意が固め、その想いと共に走り出す時間を稼ぐ為に、決死を決行する。

「それしか方法はないのだな」

「そう、私に識る限り、それ以外に手段はない。

自己との等価するだけの価値があるかどうか…、私にはわからない」

「それでか。

生を受けし者の最低限のもの。

朕にはフラガの主張がわかる気がする」

それは悠久ともいうべき時を見詰めてきた者達の言葉だった。

世界を全体像として捉え、そして命を計る。

ならば、億分の一にも満たない確率で生を受けし者の義務があるのだと。

産声をあげるに至らなかった者達に成り代わり、命を輝かせることこそ責務だと。

知性を持たぬものは、弱肉強食のカテゴリーを真摯に受け止め、実証している。

悩める者だけがそのカテゴリーを無視し、無碍に命を扱う。

そんな思考を差し挟むような答えではない。

生きとし生けるものとして、その最低限のカテゴリーを全うする。

選ぶか否か、それだけに過ぎない。

選ぶ事、それはヴリトラが一度捨てた答えだった。

だが、それを拾ってまで選んだものが、心配そうに下からヴリトラを見上げていた。

もう、覚悟は出来ていた。

突発的なものでなく、熟考した上での決断を下すことができた。

「生きる術があるなら、賭ける。

手段があるなら、もがくだけだ」

もがく、それが適切なのだろうとヴリトラは思わず苦笑してしまう。

神の視点から見れば、人の行動そのものがもがきで、人が蟻を眺めているのと同等でしかない。

それでも足掻くことを止めぬことが、生きるということだと。

「…それが道具として、私の軍門に下ることでも?」

定義の調律者(ルーラーアジャスター)

相手の同意さえ得られれば、その定義は魂にまでも及ぶ。

それは自らを捨て、道具に成るということ。

過去、それをしたナイルは初めて慟哭した。

過ちは、世界からナイルの一番大事なものを奪い、二度と交われぬ存在とした。

故に、生涯使わないと誓った禁忌であった。

だが、状況がその願いを許してはくれなかった。

ナイルの怯えに対し、ヴリトラはもう憧憬するのを止めた相手に、新たな憧憬をもって問い質していた。

「朕を道具として扱いたいのか?」

(意地の悪い質問になるのだろうな、これは)

答えを知っていながら、ヴリトラは質問を投げかけていた。

「…誰もしたくない」

ヴリトラは新たなる憧憬を確信とし、ナイルの慟哭を喜んでいた。

「なら、安心して託そう。

君に、ナイル ベネッサにヴリトラという人格を」

「っ!」

予想外の受け応えに、ナイルは言葉を呑んだ。

「そう、そうよね。

…私は何を勘違いしていたのかしら。

フラガが望んだのは、彼女が願ったものはそんなことじゃなくて…。

私が人として決断した、その願いが必要だったのに」

(元々私には、心なんて調律できない。

所詮は紛い物で、本物でない私には。

只、あの出来事が尾を引いて、壊すことしか生み出さないと。

それなら、私が望まなければいいこと。

私は定義の調律者(ルーラーアジャスター)

なら、出来る筈。

私さえ見誤らなければ!)

「ミナシス、そうよね」

久しく口にしていなかった名。

それを口にすることで、シコリとなっていたものが氷解していくのを感じた。

「貴女がくれた心。

それを無碍になんて出来ないものね」

(壊して堪るものか。

これはミナシスがくれた、私の宝モノ)

空が再び、閃光を撒き散らし、次々に稲妻が飛来してくる。

フラガは羅刹天との戦闘で失われかけていた顕現を無理を利かせ、騎士としての本分を全うしていた。

最後の最後まで足掻くその姿勢は、生き物の生存本能、そしてフラガの信念をそのものだった。

「フラガ、後二発耐えなさい」

吹っ切れたように、いつもの命令口調でナイルが告げた。

「二発程度で良いなら、幾らでも」

それにフラガが軽口で応えた。

本当は後一撃でも困難だった。

それをおくびにも出さず、フラガは自分の言葉を曲げないように、毅然と帝釈天に向かい合う。

「……」

帝釈天は手加減などしていない。

だが、これまで五度ほど放った雷光を尽くフラガの盾によって塞がれていた。

街は殆ど跡形もない。

フラガが張ったフィールドの目下だけが元の姿を残しており、血に塗れていた街は灰燼に帰していた。

「何者だ、貴様」

これだけ帝釈天の攻撃を防げる者など、世界に一人二人といないだろう。

それが同じ十二天だとしてもだ。

それを位の劣る精霊に属するものが、遣って退けている。

「何者でもない。

時代の埋もれてしまった、悲しき落とし子。

もし私を表現するなら、そんなところだ」

口を開くのも辛いほど消費していた。

(どうもナイルと共同生活を共にしていた所為で、軽口ばかりが上達したようだ…)

内心で苦笑をし、敵対者を揺るぎなく見上げる。

「…それで良かろう。

時代に埋もれた者なら、又埋もれるとよかろう」

帝釈天は手綱を引き、ハリを停止させた。

そして戦車の上に仁王立ちすると、ヴァジュラを高々と掲げた。

「インドラとは比べ物にならぬ、真なるヴァジュラの解放、見せてくれよう!」

真の使い手にめぐり合えたヴァジュラが呼応し、煌々と輝く。

黄金の稲光を瞬かせ、そんなヴァジュラに誘われるように晴れ渡っていた空を、一面の雷雲が覆いだす。

まさに自然を体現している、神たる者の業といえた。

それに臆することなく、フラガは自分の象徴たる盾を構えたまま、迎え撃つ。


「これから、貴方の魂を解放する。

魂にはそれぞれ意味を抱え、それに準じた力が宿っている。

神たる貴方にそれが適応するかはわからないけど、人間たる貴方ならこれに適応する。

それは私の能力、定義の調律者(ルーラーアジャスター)は物の本質を見抜き、そのポテンシャルを最大限に発揮させる。

人の身体とて例外ではない。

そして、本人さえ許せば、その魂をも干渉することができる。

この意味、わかるかしら?」

静かに頷く。

これを聞いても、ヴリトラの瞳の彩は衰えることはなかった。

つまり、許可したということだろう。

「私の能力は、所詮は物をどうこうするもの。

心までは犯せない。

でも魂を解放することは、その意味が表に出、全て支配下に置こうとする。

世界を器、水、大気。

この三つで表すなら、身体は器、水は心、大気が魂。

密度は高くないけど、魂の幅は器や心といった一部とは比較にならない。

それを表に出すということは、密度を上げるということ。

幅の広く、そして密度の高くなった大気は水を隅へと押し遣ろうとする。

器は硬いから、それ程影響はないけど、魂に心は蝕まれ、仕舞いには器の中身は大気で満たされる。

心を残したまま、調律を耐えた者はいない」

「それが道具という意味か」

「そう、意味しか残っていない心の通っていないもの、道具。

だから、心を強く持ちなさい。

後は私がカバーするわ」

「…カバー?」

「大気に負けない密度にする。

貴方が水の密度をあげ、私は出来る限り大気に触れる部分を少なく調整する。

多分、さっきの調律よりも困難を極めるでしょうね。

でも、やり遂げて見せる。

あの化け物を倒して、直ぐ密度を下げれば万事解決。

って、感じの流れよ」

「説明が終わったなら初めてくれ」

「…少しは怖気付きなさいよ」

「君はやり遂げるといった。

なら、朕は水に密度を上げることに専念するだけだ。

それが唯一で、最後の手段なら、遣るしかなかろう」

「そう、…良いのね」

「あぁ」

ナイルの最後通告にアッサリと頷くヴリトラ。

そして空が一面の光った。

眼を開けていられないほどの雷光が空を満たし、一キロに及ぶ巨大な稲妻が、こちらに向かって落ちてきた。これまでのが小銃なら、これは大砲だった。

小銃とした雷すら街は灰燼へと変えてしまったのに、この大砲は小銃の20~30倍の威力を誇っていた。

「始めるわ」

そんな力の奔流を無視し、ナイルはヴリトラに額に手を置いた。

それはフラガに対する信頼の現われだった。

いや、確信といってもいい。

フラガ ノエルという男ならば、必ずこの危機を脱せれるという。




帝釈天は眼と見張った。

そこに残っているのは街ではなくクレーターだった。

だが、中心に位置する場所には依然として、淡い蒼き光に覆われ、健在している者がいた。

「…耐えたというのか」

渾身ともいえる一撃だった。

神を滅し、全てを灰燼に帰す神の雷。

それを劣る筈の精霊が、先程の攻撃同様、凌いだのだ。

独白する帝釈天の下、フラガは枯れ枝が折れるようにカクッと膝を折った。

肩膝を付いた体制で、なんとか身まで地面につけるのを耐えていたが、その瞳には光は宿っていなかった。

抜け殻に等しく、顕現しているのが不思議なほどに消耗していた。

「…間暮(まぐれ)、ではなさそうだな。

だが、最早塞ぐ力は皆無。ならば、この一撃で世界へと帰せっ!」

又もヴァジュラの本領を発揮した神雷を墜とすべく、帝釈天はヴァジュラを天へと旋回させた。

フラガの意識は飛んでいた。

だが、その口から独語がぽつぽつと漏れていた。

「にど、にど、にど、にど…」

それは次第に弱くなり消え去っていく。

次に訪れたのは、耳が痛くなるぐらいの歯軋りだった。

パキッ!

歯が欠け、そしてフラガに黒点が戻ってくる。

(未だ、ニ度防いではいないっ!)

落ちていた膝が地を離れ、虚ろだった瞳に光が宿り、帝釈天を睨み付けた。

「なんたる精神力よ。

とても肉体を持たず、時代に流されていたものとは想えぬ。

濁り無き純然たる意志か。

ヴリトラといい、惜しいな」

神雷による、二度目の解放が整った。

淡い蒼のフィールドは失せ、フラガは立っているのも覚束ない様子。

そして危機的に存在が薄れ、象徴としている盾すら、影となりかけていた。

薄れた肉体の奥に、心臓に当たる宝石が浮かび上がっていた。

「それが貴様の本体か。

粉々に砕き、化けて出ぬようにしてやろう!」

そして、稲光が瞬いた。

恐ろしいまでに収束された稲妻。

一都市の一日の電力を軽く賄えるだけのエネルギーが、奔流として人間達に押し寄せてきた。

「うぉぉ!」

最早フィールドは形成されなかった。

盾を振り翳すしか、フラガには許されていなかった。

責めて、自分の信念だけは曲げぬようこの雷光に立ち向かう。

突如、淡い月明かりを彷彿とさせるものが背後から湧き上がる。




彼は言葉どおりに魂を露にした。

それがどれ程勇敢で、愚かしいことか。

魂を見られ、それに干渉することを許すということは、肉体的恥部を見られたとは比べ物にならない、赤裸々な闇を見られという事。

どす黒く醜怪な、触れられれば発狂しかねない奥地を侵食されると同義。

一度でも過ちを認識した人間、恥を知るものならば、誰も踏み込ませてはならない場所。彼は、過ちを犯したと認識している側の人間の筈だった。

生まれたての人間、はたまたそれこそ聖人ぐらいしか、この干渉を許すことはない。

私は識っていた。

世界を幾重にも重ね合わせ、それを統括する根源。

だが、そこには何もないことを。

世界を構成し根源とするものは、生という鎧に隠され、散らばり世界を運営していることを。

生きとし生ける者には、必ず意味がある。

生存理由という意味ではなく、世界を構成する意味の一つとして。

そう、そこら辺を転がる石一つにも。

世界を構成する意味。

そんな膨大なエネルギーを、生きとし生けるものには与えられている。

人は本来、それに気がつく事無く、知らずに世界を支えることのみに使われ、死して解き放たれる。

そして輪廻というサイクルで生を注入され、再び世界を支える。

生死のメビウスこそが、世界を保っている大切な事象だった。

魂には意味があり、それを悠然と振るえる形が存在する。

私、ナイル ベネッサにも勿論、フラガ ノエルも意味を携えている。

そして私達は既に魂の意味に気が付き、その意味をフルに発現している。

そう、私の定義の調律者(ルーラーアジャスター)やフラガの最強の盾は、その意味を体現し形にした証なのだ。

だが、それを用いても、私達は神を斃すまで及ばなかった。

だからこそ、元神たる魂に賭けたのだ。

私が見たのは満月。

そこに存在するのは、象徴たる月だった。

私は勘違いをしていた。

彼は人という肉体を持っただけの神だった。

神とは噺。

ならば、その根底となる意味は、それに該当するもの。

魂の外装を見ただけ、私は自分がどれ程愚かな行為に及ぼうとしていたのかを知った。

彼は意味ではなく、噺だったのだ。

それも世界の支えるものではなく、自分だけを支える噺。




繋がった。

それを認識した時、小さき器に閉じ込められていた神としての本質が目覚めていく。

他の者は、神の住まう地、須弥山から自分の一部を操り、それを行使しているに過ぎない。だが、朕は違った。

此処にあるのが全て。

地上に住まわすには余りに規格が違う神たる精神が、そのままこの場にあるのだ。

水など存在しない。

只、大気と器だけが満たされた噺。

構成する要素が、元々噺だった為、人格なるものも、意味として捉えられていた。

神が背負う意味とは噺そのもの。

存在が世界を支えると同じく、存在が神を支えていたのだ。

神とは世界と同格の一人格。

神とは総合する者達の総称とも言えよう。

ナイルはそれを察し、必要なことを行った。

これこそナイルの真骨頂なのだろう。

人という音階から、神たる音階に規格を換えし、本当のメロディーを奏でられるようにしていく。




そして二度目の強烈なる閃光が瞬いた。

それは世界を魅了するような、美しき旋律だった。

唄がそのまま形となり、月明かりに似た幕を形成する。

それに触れた雷は、帰巣本能でもあるかの如く天空へと帰還していく。

咄嗟に手綱を引きハリを走らせようとしたが、反射してきた雷は帝釈天を包み込んだ。

遥か上空に雷で構成された太陽が生み出された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ