表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

東月忌譚 二話

「未だ、腕があったと記憶しているか。

中々図太い神経をしているな」

想いの外ヴリトラが放った一撃は重く、そして芯が篭っていた。

術者として名を馳せている月天であるヴリトラが、猛者である羅刹天をたじろがすだけの攻撃をしてきた。

動揺を隠す為に、羅刹天は減らず口を叩いていた。

「貴様のように見下すだけの脆弱の精神では、持ち得ぬものだろうがな」

死滅された片腕は、本来ならその存在そのものが消えうせ、無かったものとされている。

だがヴリトラは、そのギリギリの線でその認識を繋ぎ止めていた。

「何より、不自然だろう。

自分だけが片腕が無いならまだしも、人には片腕がないと認識し直すなど。

両腕を持つ者が視界にいるというのに。

噺である我らが神の基本像、人の型から外れているなど可笑しな話であろう。

おいそれと認識から除外するなどそう出来るものでもなかろう」

最もな意見だった。

ヴリトラが片腕に認識を失わなかった理由として、それも挙げられた。

「どうして逃げなかったの?」

不可解だといわんばかりに、ナイルの声が後方からしてくる。

ヴリトラは油断なく羅刹天に構えを取る。

「朕は下がるとは言ったが、逃げるとは言ってなかろう」

「…言葉って難しいわね」

「それに自分に問うてみた。

それで後悔せぬかとな」

「本当に後悔するわよ。

どうせ、あの子も戻ってきてるんでしょう」

それを肯定するように、ソーマが不承不承とした顔でナイルの前に立ち塞がっていた。

「さて、そいつは朕の理想だからな。

加勢したいと言ったら、賛同してくれたぞ。

お主を守るに対しては不満だそうだが」

「貴方の気概を買ったってこと。

そんな殊勝な考え、この子が持ってる訳ないじゃない」

「だろうな。

只、これは朕の生き方を通すなら避けて通れぬからな。

それをソーマは許容してくれた。

それだけだ」

ソーマはさも当然そうに頷いていた。

だが、本当のところわかってはいないだろう。

ヴリトラの身勝手な解釈に、ナイルはものも言えなくなっていた。

「勝率八十。

なら、朕が加われば勝ったも同然だろ。

後悔なんてしないさ」

「ものは言いようよね」

ナイルは、これ程呆れたのは初めてだ。

呆れ過ぎて、笑いが顔についた。

こんな馬鹿げた理論を真顔で言う奴なんて、見たこと無かったからだ。

だからこそ、その馬鹿な理論を実現させる為に、ナイルはその意見に乗ろうと思った。

ヴリトラはどこかしら、融通の利かない部下を彷彿とさせた。

ヴリトラは自然と、奥にある展望台を視界に納めた。

そして、そこがナイルの目的地であることを確認するように、任せろと合図を送る。

それを受け取ったナイルは首肯し、フラガとヴリトラに呼びかける。

「遣るわよ」

「「オウッ!!」」

ナイルの号令に反応した二つは、残像を残し神たる者に速攻を仕掛けた。

フラガが前方に出、その背後からヴリトラがと波状攻撃の陣形を取った。

羅刹天の圧倒的な速力で放たれる攻撃を先読みし、フラガがシャットアウトする。

その後ろから創唄が響き、形を創り、術と成した。

この刹那の戦闘で、遅れを見せない素早い術の展開。

月詠(つくよ)みと賛美を浴びた、月天の美しき創唄が敵を撃つ刃を創作する。

創唄のより具現化されたのは、無数の風の刃。

高密度に圧縮された空気は、ダイアモンドすら切り裂く刃と化して、羅刹天の正面から打ち据えに飛ぶ。

フラガは浄眼により、羅刹天の退路を断つ攻勢に出ていた。

狙って後ろから迫る刃をギリギリで躱し、退路を断たれていた羅刹天は、刃の群に飲み込まれた。

これまで受けてきたナイルの攻撃とは比較にならない。

鋼鉄以上の硬度を誇る羅刹天の身体。

そして烈火の如き彩で飾り立てられた鎧、闘衣は、この地上に存在するどんな物質よりも高い硬度によって構成されていた。

ナイルの攻撃は一度として、この闘衣を通過することは無かった。

高熱を浴びせかけても、爆発に煽らせても、この鎧には傷一つ負わせられていなかった。

だが、その闘衣すら断つ一陣の風。

篭手が割れ、兜の飾りが刎ね、鎧が半ばから切断された。

ナイフでダンボールを断つかの如く、闘衣がヴリトラの生み出した風の刃に切断されていく。

(これが伊舎那天に次ぐ、月天の術かっ!)

人に身を堕とし、取るに足らぬ相手と決め付けていた。

実際は、人の身においても創唄の美しき奏では健在し、そして術は冴え渡っていた。

とても、即席で汲みあげたとは想えない威力だった。

羅刹天は咄嗟に後方に跳び退いてため、切り裂かれたには闘衣だけに留まったが、もしあの美しいきメロディーに魅入られて、あの場に居たらと想像すると悪寒を覚えた。

(二度と唄わせぬわ!)

気を取り直し、ヴリトラへの間合いを詰めようとした羅刹天。

だが、肝心のヴリトラは接近をし、三日月の杖を突き放っていた。

予想外の攻撃に、羅刹天はナイルリチを前方に翳し、それを受け止めた。

予想よりも強靭な威力に、足底が地を引き摺る。

(コヤツっ、何を考えておるっ!)

術者であり、最早人であるヴリトラにとって、猛者であり、神である羅刹天に接近戦を挑むというのは自殺行為に他ならない。

ナイルが全くと言っていいほど、羅刹天の動きを捉えられなかったのがいい例だ。

ヴリトラの身体能力はナイルに比べれば格段に上だが、それでもフラガにも及ばない程度。

それが接近戦を挑む道理が羅刹天には理解できなかった。

あれだけの術を駆使出来る者が、接近戦を挑む理由。

(神氣が底を付いたままかっ!)

神影との連戦。

消費した神氣を回復させるだけの時間と場所を確保できなかったのは、存在を元に書き換えていない、失われた腕を見てば一目瞭然だった。

それだけの神氣は回復していないのだと。

羅刹天に読みは正しかった。

ヴリトラは片手で数える程度しか術を使えない程、神氣が回復していなかった。

ましてや、腕を存在定義を書き換えれるほどの神氣など、どんなに捻っても出てこない。

精々、後四発の術を発動させるだけで枯渇してしまうだろう。

だからこそ、使う機会を慎重に選ばねばならない。

初めに術は景気付けだった。

羅刹天が後退を余儀なくされた事実。

それで十分効果を発揮したと言えた。

その勢いに乗り、ヴリトラとフラガは羅刹天に雪崩れ込む。

ナイルリチをものともしない杖と盾。

その二つの猛攻が羅刹天を襲う。

確定事項をフラガが防ぎ、その合間からヴリトラの杖が飛び込んでくる。

フラガに完全に押さえ込まれている羅刹天に、ヴリトラからの攻撃を受けるだけの間を持ち得ない。

拠って、どうしても避ける行為に転じてしまい、後退する。

勢いに乗った二人に攻勢は増し、羅刹天をジワジワと下がらせていく。

羅刹天は未だ、何処かにプライドを残していた。

ヴリトラやナイルは吐き捨てるものとして、認識していた。

ましてや、これは戦いというよりも戦争に近い。

それをプライド等と言うもので着飾り、銃の引鉄を弄ぶ。

愚の骨頂だろう。

ヴリトラ達は、そんな綺麗な戦いなどするつもりは毛頭にないし、してやるつもりもない。

歴史が語るように、戦争の正義は勝者のみに与えられる。

フラガは闘いが好みの性格だが、この戦いの結果が招く悲劇を重々理解している。

直ぐに騎士道などという外装を取り払った。

いや、これこそ騎士道かもしれない。

こちらの敗北如何では、敗戦国である人間は虫けらのように蹂躙される。

支配などと生易しいものではなく、死滅という存在すら残さぬ、無人の荒野が残るのだと。

羅刹天なる国の勝利は、人の滅びしかない。

それを識るが故に、フラガは形振り構わずに戦争を勝利に導こうとしていた。

正義を語る歴史すら消え去る、それを阻止する為に。

守る為に、最善を尽くす。

それがフラガの騎士道だった。

浄眼により導き出される確定に最も的確で、封じ込める位置に移動し塞ぐ。

どんなに強大な武器を持っていても、使えないのでは意味がない。

ミサイルの発射ボタンに手が掛かりそうになるのを、フラガが阻止し、発射を留めていく。

その隙にヴリトラが作戦指定位置に羅刹天を追いやる。

二人掛かりで紙一重。

初めの勢いがなければ、とてもではないが羅刹天を後退させるに至らなかっただろう。

ヴリトラとフラガに後退の文字はない。

背水の陣でこの攻勢を行っていた。

一度でも停滞すれば、もう押し切ることは叶わない。

最初で最後の猛攻だった。

攻められぬ腹立たしさ、蛆虫たる者の抵抗。

羅刹天に苛立ちが臨界点まで昇ろうとしていた。

「人間風情がっ!」

羅刹天の腕が膨れ上がり、膂力が倍以上に跳ね上がる。

フラガの浄眼を超え、眼に留まらぬ斬撃が飛来してきた。

だが、本能的に盾を射線上に持っておくことが出来た。

「グッ!」

ナイルリチに触れた途端、高速回転している竜巻に接触したようにフラガの身体は弾き飛ばされた。

盾越しに伝わる威力。

それは生身ならば確実に骨が粉々に砕けてしまうものだった。

声にならない悲鳴をあげながら、フラガは舞った。

フラガを吹き飛ばした斬撃はそのまま、構えたヴリトラに威力を殺すことなく進撃してきた。

ヴリトラは俯き、その凶刃の接近を許していた。

「ソワカッ!」

誰もが耳を傾けてしまう唄。

それをひた隠しにし、ヴリトラはこの瞬間を待っていた。

猛攻を加えながら、緻密に組み上げてきた術式。

これまでは表向きに術を組み上げてきたのは、奥の手を隠し通す為。

地道な伏線が、決め手となる機の呼び水となるのを、一流の術士は知っていた。

肝心な時、術式すら他の者に悟らせずに編み上げることのできることこそ、機を呼び込む糧となり、最大のチャンスを産む。

ヴリトラの掛け声に応え、万象月杖が光輝く印を纏い発露する。

印は斬撃を阻み、そして意味を展開する。

月光は、太陽の光の反射。

最大級の膂力で放たれた一撃が覆り、反射した。

最強の諸刃の剣がここに完成したのだ。

交錯する力。

それは同等。

羅刹天の膂力は、反射してきた膂力を相殺し、破裂した。

怒りに任せ、限界を超えた一撃を放ったのが災いしたのだ。

羅刹天の利き腕が吹き跳び、握っていたナイルリチも反射の影響を受け、羅刹天へと帰還していく。

人智を超えた反射速度だった。

羅刹天は咄嗟に横に身をずらし、ナイルリチの反射を躱そうとした。

だが、自分の最大の速力と威力を込めた一撃は予想を遥かに超え、縦回転しながら羅刹天の頬を削った。

頬の下あった肉を絶ちながら。

「グガガアガゲゲガガガァァァ!!」

鎖骨からゴッソリと割け、ゴトリと肩から腕までの肉体が重力に引かれて落ちていく。

ナイルリチに割かれた腕は死滅を流され、羅刹天を蝕む。

神影であった巨人ナイルリチと同じ過ちを羅刹天は犯したのだ。

わき腹まで達している斬り口を押さえ込み、羅刹天はこれまで発したことの無い絶叫を発した。

フラガは吹き飛ばされた先で、この光景を僅かに呆けて見ていた。

ヴリトラは予想以上に威力を反射した為に、反動を受け、意識を飛ばしてしまっていた。

二人が正気に戻るまで一秒。

その間に羅刹天も正気に戻る事はなかった。

そして唯一反応出来た者は、そのチャンスを粒さに手にするべく、行動を完了させていた。

この超状染みた戦いを傍観するしかなかった。

だが、ナイルは焦ることなくジッと訪れるチャンスを待っていた。

(HからQに接続)

ナイルは壁に指を這わせ、街という機材に命令を入力していく。

その様は、指揮者の指揮棒(タクト)を彷彿とさせた。

指が壁を叩く度に、光の筋が文様を換え、新たな回路となる。

準備は整った。

そして羅刹天の腕が地面に落ちると同時に、最後の入力をする。

絶叫が木霊し、一秒の空白を生む。

瞬間、羅刹天の手前の地面が爆発した。

大穴が開き、大型にケーブルが現われた。

この街全体の電力を賄っている大型の発電機、その供給ケーブルだった。

ケーブルは爆発で半ばから切れており、物凄い勢いで放電していた。

(タービン全開、全電力解放)

街の片隅にあった発電機がナイルに制御され、通常運動から最大まで一機に振り切れる。

瞬間だけ、都心を支える電力所と同等に電力を吐き出した。

発電機は電力を吐き出すと同時に暴発し、その生涯を終えた。

その電力は、元来そこまでの電力を通すように造られていないケーブルを通過していく。

ナイルに拠って物としての限界まで引き上げられたケーブルは、羅刹天へと奔る電力を伝うと、焼き切れて二度と使い物にならない状態へと破壊されていった。

そして都心を光に満たすだけの電力は千切れたケーブルの起点とし、羅刹天へと放電した。

閃光、そして爆発。

ナイルがこの街を利用して行える、最大の攻撃が羅刹天を直撃した。

インドラのヴァジュラを用いた一撃とまではいかないが、それに近いものが人間の手によって展開さていた。

圧縮された電光は、小規模な太陽だった。

羅刹天は自分の陥っている状況がわからなかった。

昏く夜気に包まれている世界に朱が差す。

これがなんなのか、そして自分が何故に空を見上げているのかを。

そこには忌まわしき月天の象徴である月があった。

そして背に衝撃が奔り、赤黒い視界がチカチカとした。

こみ上げるものに身を任せ、吐き出した。

視界に紅い飛沫が広がり、貌へと降り注いでくる。

匂い。

それは自分の血の匂い。

「フッ、フハハハハハァ!!」

(そうだっ!

これが、これが戦だっ!)

他の匂いとは違う。

その戦いの証に滾り、興奮剤として羅刹天を駆り立てる、

悠久とも言える時の中で忘れ去られていたもの。

過去から変わる事無く戦いに身を置き、流れ続けてきた血臭が羅刹天を在りし日に高揚に駆り立てていく。

正気を取り戻したヴリトラとフラガは、ナイルの攻撃により目的地の近場まで吹き飛ばされた羅刹天を追った。

人間達は、全身の悪寒を奔らせた。

狂ったような笑いが響き、それと伴い膨れあげる羅刹天の神氣。

これまでの侮りに満ちたものでなく、鋭気だけで構成されているのではと想える、攻撃的で鋭い神氣。

「ハハハハハハっ!!」

神氣は波となり、ヴリトラとフラガに襲い掛かった。

気配だというのに、暴風域からの突風を喰らっているかのようだ。

それでも二人は足を止めず、身を低くして突風に立ち向かう。

それをあざ笑うように羅刹天が哄笑し、そして膨れ上がった神氣に呼応したナイルリチが、主の下へと飛翔した。

羅刹天の残っている手にナイルリチは収まり、神氣が叩き込まれる。

そしてナイルリチのもう一つの意味、神秘が発動し、羅刹天の傷ついた肉を復元、もとい創生した。

死滅し、存在定義を失った腕すらも新たに創生され、五体を携えた羅刹天が当初と変わらぬ姿へと転化した。

「この高揚感、久しく忘れていたぞっ!」

仰向けで倒れたまま、羅刹天は視界に跳び込んで来た二人に吼えた。

背から圧倒的な神氣が噴出し、羅刹天の身が跳ねる。

羅刹天の咆哮と共にナイルリチも吼え、巨大なる刃が二人に圧しかかる。

攻撃体勢に移行していたヴリトラは、その突発的な攻撃に対処できない。

代わりに読み取っていたフラガが、庇うように盾を突き出す。

フラガを吹き飛ばしたものよりも鋭く、そして嘲りなど微塵も篭っていない、戦いを好尚した者の完膚なきまでの全力。

(拙いっ!)

最強の盾と豪語するだけあって、それだけの一撃すら罅すら奔らせない。

だが、それを着装している者は、そうはいかない。

庇い立てして所為で、正面からまともに受けてしまったフラガは、膂力任せでない、鋭利なる一撃を喰らい、急速にナイルに分け与えられた自分の中のエネルギーが消費していくのを感じた。

顕現が薄れ、肉が透過していくのを覚えた。

咄嗟に後ろにいるヴリトラに蹴りと加え、羅刹天の射線上から外した。

その直後、フラガの身体は弾丸のように飛んでいった。

抗う術はない。

建物の壁にぶつかり、それでも威力を消しきれない。

暫しそれを繰り返し、地面に投げ出された時は、空色の鎧はボコボコに凹んでおり、そして本人も立ち上げるだけの余力を残していなかった。

「死ねっ!」

邪魔者を排除した羅刹天は凶刃を振り被り、死の宣告を告げる。

油断なく構えている羅刹天。

攻撃を躱すだけの能力を持たぬヴリトラ。

この極致でヴリトラは確信し、蓄積していた創唄を奏でる。

羅刹天は身に覚えのあるその唄に、最後の一振りを出来ず、後ろにある建物の壁を破り後退していた。

「その手には乗らぬわ!」

最後に真言を加え、万象月杖が光に包まれた。

反射の意味を発露した杖は迫ることのない、攻撃に虚しく印を輝かせるだけだった。

「俺達に勝ちだ、羅刹天っ!」

杖の発動二回。

これでヴリトラに残された神氣は底をついた。

決め手となる筈だった反射を読まれ、万策尽きたというのに、ヴリトラは勝利を宣言した。

「そう、私達の勝ち」

肯定するようにナイルも勝利を口にした。

羅刹天が下がった距離は、ナイルが指定してた目的地に踏み込むだけのものだったからだ。




発展というものは、どうすれば早く過ぎるのだろう。

科学という面で見れば、恐らくそれを必要とする場面に出くわすことこそが、発展への道を指し示す。

ならば、この時代において兵器の急成長は、ごく当たり前の流れだったのかもしれない。

聖や魔、符や精霊といった術だけが発展を遂げてきたわけではない。

科学も又、余り日を浴びぬ場所で黙々と発展を遂げていた。

いつか術なる不確かなものにとって代わる日を夢みて。

それは人に生み出した業だった。

戦争によって1945年に世界に姿を現した兵器。

何十万もの人の命を軽々と奪い、そして目に見えぬ恐怖で生命を蝕んでいった。

まさに悪魔の兵器。

科学部門の最終兵器、核。

猛烈な熱により全てを焼き、爆発の熱によって出来たキノコ雲により、黒い雨を降らせる。

その雨には、あらゆる生き物の遺伝子を壊する放射能、死の灰が含まれている。

あまりに危険過ぎると判断され、不文律として兵器としての使用が禁止されていた。

現在では、大型の都市などの電気供給の為の資源として活用されているが、使用後の残る劣化ウランという放射能廃棄物を出している。

ナイルが背負っていた筒状の物体は、その廃棄物である劣化ウランが詰め込まれていた。

廃棄物とはいえ、放射能を含み、そして中性子と掛け合わせるとプロトニウムという、もっと核爆発の起こし易いものに変化する。

耳かき一杯で何万もの人を殺せる毒性を秘めているという、現代科学においてもっとも最悪な代物。

劣化ウラン自体は確かに危険な毒物をまき散らす、被爆部室だが、そく致命傷になる訳ではない。

だが、定義の調律者(ルーラーアジャスター)であるナイルが定義を調律するだけで、プロトニウムへと変貌する。

悪魔の兵器が完成するのだ。

そしてその筒は、丁度羅刹天が下がった地点、展望台に埋め込まれていた。




羅刹天が建物に入ると同時に、建物は変形を開始した。

元々用意されていたものが起動したという方が正しい。

展望台を包むように、下から這い出してきた壁。

それが瞬間で接続され、密閉空間を形成した。

どこに逃げようとも、恐らく無駄だろう。

原子炉発電所が炉心溶融すれば、炉心が地面に喰い込んで、地球を突きぬけるというチャイナシンドロームというブラックユーモアがあるくらいだ。

生半可な熱量ではない。

何処に行こうとも、その悪魔の火刑からは逃れられない。

そして火種が炉心に入った。

閃光。

そして人など影しか残さない、劣悪なる熱、それが生まれた。

だが、その熱はそして爆発は、外へと漏れてこなかった。

(フル起動)

ナイルの能力は、核分裂が起こるレベルで干渉を行い、演算していく。

この地上における、どんなスーパーコンピューターでも、今のナイルの演算能力を超えるものは存在しないだろう。

原子レベルで干渉を行い、外側への漏れをシャットアウトした。

核をも定義の調律者(ルーラーアジャスター)の前に、完全に掌握されていた。

都市をも一飲みにしてしまい、焼け野原にしてしまう熱を僅な室内に納めているのだ。

半端な労力ではない。

これまで汗一つ掻かずに、淡々と作業してきたナイルだったが、身体機能まで調律する余裕もなく額と謂わず、全身から異様なまでの汗を噴出させていた。

核の木漏れ日が外に流れ出さないように細心の注意を払い、コントロールしていく。

その様は、オーバーヒート寸前の機械を彷彿とさせた。

鬼気迫る雰囲気に近場に居たソーマは絶句し、思わずたじろいでいた。

そして爆発の近くにいるヴリトラは性も根も使い果たしたように、その場に崩れていた。

肉体疲労、そして神氣の枯渇。

遣るべきことはこなした。

後は、餅屋が餅を綺麗に焼き上げるか待つのみ。

展望台はナイルの指から伝っている光の線に彩られ、煌々と輝いていた。

目まぐるしく変化し、外から見るものには煌びやかなネオンにも想えた。

二分間の沈黙。

そして光が失せた。

誰もが言葉を噤み、展望台を凝視する。

(放射能分解完了。定義の調律者(ルーラーアジャスター)機能停止)

「……ふっ」

ナイルは軽く息を吐くと、それと同時に全身の力が抜け落ちたみたいで身体が傾いていく。

それを慌てて、ソーマが支える。

「…アリガト、僕」

まるで言うことを聞かない躰。

なのに口だけは動くのかと、ナイルは余力があるなら大笑いしてみたい気分だった。

「ナイル」

「…無事よ。

少しばかり張り詰めたみたい。

これだけ脳を酷使したの初めてかも」

身体を引き摺りながら拠って来るフラガに、唯一動く口で無事を伝える。

(もしかして、いつの間にか身体を動かすのすら、定義の調律者(ルーラーアジャスター)を使ってたのかしら?)

接続を切ってから、まるで糸の切れたマリオネットみたいな自分に、ナイルは習慣とは恐ろしいと囁いた。

「やったのか?」

「わからないわ。

制御するのでいっぱい。

放射能を汚染ゼロまで分解したまでしか把握してないわ」

ソーマに降ろしてくれるよう頼み、壁に背を預ける。

ソーマはナイルを置き去りにし、サッサとヴリトラの元へと行ってしまう。

フラガも隣まで来ると、同じようにズルズルと壁から落ちてきた。

ガシャと鎧が鳴り、フラガも座り込む。

「人間の最大の武器を投資したのよ。

これで駄目なら、神なんて代物を現代の人間に殺すなんて出来ないんじゃないの。

第一、都市殲滅兵器を個人に使用するなんて、前代未聞よ」

口は本当に良く動くなと端で想いながら、ナイルは愚痴っぽく言った。

「確かに。

可能性はあったのだろ」

「まぁね。

人の創造物で傷をつけれた事から、完全に無力化できるわけではないと判断できた。

なら、最高峰をぶつければ流石の神様も斃せるんじゃないかしら。

顕現して、肉を持った地点で人間でも殺せる生き物に成り下がったと、私は想定しているの」

「成程、顕現しない噺なら、核を抛りこもうが殺せる訳がないな。

言葉の連鎖は物質で壊せぬからな」

「物質ってものは、劣化し、朽ち果てる。

それが自然の摂理。

そしてこの世界の法則」

「郷に入れば郷に従え。

この世界に適応された地点で、神は物質となり、そして摂理が当て嵌まられたと。

皮肉な話だな」

「結論付けるのは未だよ」

ナイルは少しばかり冷却期間を置いたお蔭か、軽く定義の調律者(ルーラーアジャスター)を起動させて、肉体を動かす。

「君はもう少し人間らしく躰を動かした方がいい。

能力に頼ると、達成感が半減するぞ」

「考えておくわ。

貴方の肉体製造法と一緒にね」

肉体的には損傷はないので、制御した肉体はスムーズに動いた。

少しばかりノイズが脳内を駆け巡っているが、無視できないほどではない。

問題無いと判断すると、スタスタとソーマが走って行ってしまった方角に歩き出す。

「行くわよ」

「人使いの荒い」

座ったばかりなのにと愚痴り、フラガはナイルの後に続く為に起き上がる。

あうあうと五月蝿い声と共にヴリトラの疲れ果てた姿が拝めてくる。

「生きてる?」

「…結果としては無傷だ」

項垂れた状態でヴリトラは反応した。

貌を起こすのも億劫だという空気が漂っていた。

「疲労困憊なとこ悪いけど、勝者がどっちか確認するわよ」

ヴリトラは渋々頷き、杖を支えにして身を起こす。

心配そうなソーマに大丈夫だと相槌し、ネオンの消えた展望台に視線が集中する。

ナイルが近場の壁に手をつき、調律線が展望台の壁に向かって奔る。

そして壁に一部が砕け、中身を披露した。

「…冗談はやめてよ」

ナイルの呆然な独語に、全員が言葉を飲み込み目の前の現実を直視した。

絶え絶えの荒い息が穴から零れてくる。

闘衣は跡形も無く消し飛び、その下にあった肉はおぞましく解けて地面に滴っていた。

全身の至るところは焼け爛れ、まともな部分など存在しない。

だが、目の前の物体からは生命に息吹、呼吸を続けていた。

神氣が微かながら迸っている。

神具ナイルリチはあの熱量を物ともせずに、一片の溶解もなく健在していた。

ソーマ以外の全員が、これがどういう意味か理解した。

未だ、戦いは終わっていないと。

恐らく貌だった部分が割れ、言葉を紡ぐ。

「見・事という・・べきか。

最早・我・に戦をする・・力は一握・りしか残されて・・いない」

絶え絶えだが確りとした口調だった。

そして何を想ったのか、骨が見えている腕を動かし、ナイルリチを手放した。

「なっ!」

それは戦いの放棄だった。

残存戦力は五分五分。

ナイルリチの神秘で肉体を創生し直し神氣を使い果たしたとしても、後は身体能力のみ潰しを行えば、羅刹天に勝機はあった。

それを自ら放棄したのだ。

「どういうつもりだ」

「な・・に、神・を撃ち破った者・・・に、ささ・・やか・ながら・・贈り物を・しようとな」

贈り物というニュアンスに、ヴリトラとフラガは途轍もなく厭な予感がした。

「諸・行無・・常、是・生・滅法・・・」

羅刹天が詩の前方を唱えた。

その意図に気がついたのは、博識であったナイルだった。

ナイルは咄嗟に街と接続し、後半部分を唱えさせないように攻撃を仕掛けた。

「飛び出なさい!」

支柱が外れ、建物全体が揺れる。

数秒の内にこの建物は崩壊する。

命令を受け、フラガ、ソーマの手をとりヴリトラが展望台から脱出した。

それと同時に羅刹天に雪崩れて、建物が崩壊していく。

崩壊を尻目に、ナイルは自分の迂闊さを呪った。

「…間に合わなかった。

贈り物は届いてしまったみたい」

脱出前にナイルは確かに耳にした。

後半部分である、生滅滅巳、寂滅為楽という句を。

「どういうことだ?」

崩れ落ちた建物の中から神氣は無く、一人状況を把握しているナイルに説明を要求するフラガ。

「神は噺だと、そう言ってたわよね。

仏典の中に、これに該当する逸話があるの」

端的にいうなれば、こういう話だった。

ヒマラヤ山中にて菩薩の修行をする雪山童子。

それを羅刹が手助けするという話だった。

羅刹は詩を唱えた。

諸行無常、是生滅法と。

その続きを知りたかった童子は、自分の身体を捧げるのを条件とし、詩の全貌を授かる。

生滅滅巳、寂滅為楽と。

約束どおり羅刹に身を供養した童子。

その瞬間、羅刹の姿は変貌した。

「羅刹は帝釈天(たいしゃくてん)へと」

意味を知ったヴリトラとフラガは絶句した。

それを肯定するように、崩壊した建物から全盛の羅刹天に劣らない、膨大な神氣が迸る。

「そこに識者がいるな、月天。

いや、今はヴリトラかな」

残骸の隙間から、パチッと電光が煌いた。

そして、それに圧されるように残骸は浮き出し、雷を帯びた。

あまりの電力に狭間が生まれたように。

「……帝釈天」

搾り出すように、ヴリトラは残骸の中から露になってくる人影の正体を告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ