第5話 ここは異世界
「この部屋を好きに使っていい」
クライスさんに伴われて、私はさっき横になっていた部屋に戻ってきていた。
彼の声にのろのろと頷き、私はベッドに腰掛ける。
日が暮れているにも関わらず部屋は予想に反して明るかった……天井で光っている球体は、ダイニングの明かりと同じで、きっと魔法で作られているんだろう。
それは、現代日本の電球と比べても劣ることがない明るさを部屋にもたらしていた。
心配そうな光を瞳に湛えてクライスさんが私を見つめている。
そして、私が目覚めた時と同じようにベッドの側の椅子へと座った。
キシっと木の椅子が小さく音をたてた。
「……お前は、随分と冷静なんだな」
「というか実感が湧かないんです」
先ほどと同じ問いかけをするクライスさんに、おどけたように肩をすくめて返す。
そして、彼の気遣うような視線から目をそらした。
彼が他人事ではないくらいに私を心配してくれているのは伝わってきていた。
……そんな彼になんでもないと伝えて、少しでも心を軽くしたかったのに、今の私はそんな事も上手くできないようだった。
道化を演じることさえ出来ない。
重い沈黙が、しばらく部屋を支配する。
その空気に、先に根負けしたのはクライスさんだった。
重い溜息をついて、彼は口を開く。
私はうつむいたまま、彼の低い声を聞いていた。
「お前は……帰りたいとは思わないのか?」
「帰る方法があるんですか?」
私の答えは思った以上に冷たく、突き放したような響きをもっていた。
そんな風に彼を責めたい訳じゃなかった。
けれど、今の私は上手く感情をコントロール出来なかった。
こんなのただの八つ当たりだ……そんな自分が嫌になって、ますます視線を下へと落とした。
「……分から、ない」
夕食の時よりも重々しくクライスさんが答えた。
ここで嘘を付かない彼に、私は尊敬の念すら覚えた。
嘆息が零れる。
私は意識してゆっくりと視線を上げた。
クライスさんは相変わらず心配そうに私を見ていた。
そんな彼の心配を取り除きたいと、ぎこちなく笑みを浮かべてみる。
……私はちゃんと笑えているだろうか?
「ごめんなさい……今のはただの八つ当たり、です」
するりと謝罪の言葉が出た。
ぎこちない笑みすら保てなくなる。
クライスさんの瞳が心配そうな色を濃くする。
その優しさに泣きそうになって、私は誤魔化すようにうつむいた。
……こんなによくしてくれる彼に八つ当たりなんて、罰が当たるかもしれない。
「構わない……誰かを責めて楽になれるなら、そうすればいい。泣きたいなら泣けばいい、喚けばいい。……私には、今の君が壊れそうに見える」
「泣いても、喚いても……現実は変わらない、でしょう?」
「それでも、だ。時には感情を整理するために、あるいは心を壊さないために、感情を外に出すことも必要だろう」
クライスさんの言葉は妙に胸に沁み込んだ。
私は、視線を合わせないまま無言で頷く。
瞳が熱い……みっともなく、泣き喚きそうになるのを、ぎりぎりの所で自制する。
これ以上、彼に迷惑をかけたくなかった。
「少し……一人にしてくれますか?」
「あぁ」
湿った声でお願いした私に頷いて、クライスさんが立ち上がった。
……その夜、私は泣き明かした。




