第27話 敵襲
……赤く染まる世界の夢を見ていた。
夢はいつも悪夢だ。
それは時にあの殺戮のシーンだったり、あるいは暗い森で狼を屠る時の光景だったり……また、あるいは暗い部屋で、男を殺す場面だったりした。
そして、時にはクライスさんが血にまみれて地に伏す、そんな夢すら見た。
そんな赤い悪夢から、私を現実に帰すのは軽い動悸だ。
その時ばかりは動悸に感謝しながら、私は浅い眠りから目覚め……そして慣れた動作で深呼吸をして、動悸と吐き気を落ち着かせた。
気がつくと日課になってしまったその動作に、我ながら嫌な日課だなぁと苦い笑みが漏れた。
それから朝から暗くなっていく思考を追い払うために空を見上げる。
柔らかな太陽が昇ってくるのが遠くに見えた。
私は野営の火は消され、その側に座るクライスさんと伸びをしているメグさんを見つける。
フレッド君はまだ眠っているみたいだ。
さて、朝御飯でも作るかなぁと私も伸びをした、その瞬間だった。
トスっと軽い音がして、クライスさんの左腕を矢が掠めるのが見えた。
血の気が音をたてて引いていく。
悪夢がよみがえる……赤い血が呼び覚ます……地に伏せて血に塗れるクライスさんを。
動悸と、吐き気と、頭痛が帰ってくる。
続いていくつかの矢が地面に降りそそいだ。
なんとか倒れないように、と手放してしまいそうな意識を私は必死で引きとどめた。
そんな私の周囲にも矢が降りそそいだ。
息を飲んでそれを見た後、私はクライスさんたちの方を見る。
クライスさんは立ち上がって周囲を見渡している。
メグさんは腰の剣を抜きつつ、眠っているフレッド君を起こすために走っていた。
私はクライスさんにならって周囲を見渡す。
十数人の男女が私たちを囲んでいた。
「盗賊か。そんな情報はなかったがな」
溜め息と共にクライスさんが吐きすてるように言った。
珍しく感情があらわな、その声音に私は少しだけ首を傾げる。
クライスさんは、そんな私をちらりと心配そうな目で一瞬だけ見てから、冷たい視線を盗賊たちを射るように向ける。
その動作で、彼が怒っているのが私のためだと分かった。
ーーその事実が、こんな場面なのに、少し嬉しい。
場違いな感情を抱く自分にため息をついて、意識を切り替える。
顔を上げると、冷たいオーラをまとったクライスさんが盗賊たちを威圧していた。
「……今なら、見逃すが?」
そして数の上での圧倒的不利を思わせない、高圧的な声と視線で盗賊たちに告げる。
それに対して盗賊の一人が、失笑を漏らした。
彼らにとっては、クライスさんのその態度が強がりに思えたのだろう。
嘲笑の輪が盗賊たちの間で広がっていく。
一際大きく笑った男が、一歩クライスさんの方へと出た。
「勇ましいねぇ。有り金全部で手を打とうかと思ったが……ヤメだ。女は生け捕り、男は殺せ」
盗賊の頭なのだろう……その男が告げると同時に、盗賊達が各々(おのおの)の武器を構えた。
それに一つため息をついて、クライスさんが盗賊たちに手を向ける。
いつの間にかメグさんが私の側までやってきて、背後に庇うように盗賊に向き直る。
フレッド君がクライスさんと反対側の盗賊たちに両手を突き出す。
「<大地捕縛(ガイア・アレスト>」
クライスさんの低い呪文とともに盗賊たちの足元の地面が泥のように柔らかくなり、盗賊の足を包んで硬化して、動きを封じる。
動きを封じられたのは剣や短刀といった、近距離用の武器を持つ者ばかりだ。
クライスさんの観察力と、その場に応じた魔術に私は一つ息をつく。
……血を流さないようにしてくれたのは、私のためだろうか、なんてまたそんな場違いな事を思いながら、メグさんの方を見る。
メグさんは別の盗賊たちの武器を持つ手を斬りつけて、無効化していく。
こちらも極力血を流さないようにしてくれている。
その事が、やっぱり嬉しい。
フレッド君が真剣な顔で、魔術を練り上げて放つのが視界の端に見える。
……私には、何が出来る?
こんな風に私を守ってくれる、思ってくれる人に対して、どう応えられる?
自問するまでもない……私には力が、魔力がある。
今なら<風刃>と唱えるだけで成功するだろうという確信があった。
けれど……。
メグさんの剣が盗賊たちを斬りつける度に舞う、最小限の赤い血が……それでも私の記憶を呼び覚ます。
赤く咲き乱れる、命の花。
鼻につく錆びた匂い。
粘ついた液体が落ちる音。
……私はまた殺すの?
殺せるの、人間を、意識して?
喉元まで出ていた呪文が唱えられなかった。
動悸がして、吐き気がする。
口の中から血の味がした、いつの間にか唇を噛み切ってしまったらしい。
そんな風に私が躊躇している間に戦局は終わりへと移っていた。
動きを封じられ、武器を奪われ、顔から色をなくした盗賊たちに向かって、クライスさんが冷たく呪文を唱える。
「<空質変化>」
盗賊たちの周囲をクライスさんの魔力が包んで……盗賊達が、がくりと膝を着いた。
無効化した盗賊から、メグさんとフレッド君が武器を奪う。
そうして戦いは終局を迎えた。
……私が何もしなくても。
溜め息を飲み込んだ私の頭を、クライスさんが撫でる。
無理をしなくていい、とその目が語っていた。
その優しさが嬉しくて……けれど私はその瞳を見ることが出来なかった。
何もできなかった自分が、たまらなく嫌だった。
私は思わず、クライスさんから視線を逸らしてしまう。
そんな私に顔をしかめて……クライスさんが地面に膝を着いた。
脳裏に、赤い夢が、よみがえる。
私はその日2度目の、血の気が引く音を他人事のように、聞いた……。




