第18話 過保護も嬉しいお年頃
数日して私たちは旅を再開した。
もうしばらくは体を休めた方がいい、とクライスさんもフレッド君もメグさんも言ってくれた。
けれど、その言葉に私は頷かなかった。
……一人で部屋にいると、あの日のことを思い出すのだ。
古いベッド、肌を辿る不快な手、黴びた部屋の匂い、揺れる蝋燭の灯、男のダミ声、うるさい心拍、頬の痛み。
不安、恐怖、嫌悪、諦念。
空気が薄くなったような感覚がして、息が出来なくなる。
それと一緒に吐き気が襲ってきて、頭痛がして、心拍がうるさいくらいに自己主張する。
それはたまらなく辛い時間だった。
そんな私を案じてかメグさんは、ほとんどの時間、側にいてくれた。
それでも四六時中とはいかない。
ふと一人になった時、あるいは夜の夢の中で、私はあの時を思い出して、心も体も消耗していった。
もう、それならいっそ、旅を再開したほうがいいんじゃないか?
きっと鬱々(うつうつ)と部屋に篭ってるからいけないんだ。
そうだよ、私が鬱々(うつうつ)とするのはどう考えてもこの部屋が悪い!
半ばヤケのように、そう閃いて。
理由も告げないまま、それでも頑固に部屋での休息を拒否した私に、結局クライスさん達が折れてくれた。
そうして旅を再開した私たちは南都シュドから転移の魔法陣を使って帝都ディールに来た。
この帝国を治めるディール皇家がその由来だと、転移の魔法陣の側にいた兵士の男性が親切に教えてくれる。
その人にぎこちなく感謝を述べてから、私たちは転移の魔法陣を守る建物から出た。
クライスさんとフレッド君が先導してくれ、傍らにはメグさんが付いていてくれる。
至れり尽くせりだなぁ、などと思いながら、今はその思いやりが凄く嬉しかった。
石造りの建物から出ると南都シュドと同じく石で出来た壁や家、道が見える。
街を守る壁は材質こそシュドと同じような石だが、あの街のものよりもずっと高く作られていて、見上げると首が疲れるくらいだ。
道幅もシュドのものより、さらに広く作られてる。
そんなシュドよりも立派な都……さすがは帝都であり、皇帝の居城のある街だなぁと感心する私の目を一番引いたのは、街の中央に聳え立つお城だった。
白い石で作られた綺麗なお城を思わず見上げる。
高く鮮やかな青色の屋根が目に眩しかった。
……あぁ、某ランドのお姫様のお城みたい、とかいうとネズミなキャラクターに怒られるのかなぁ?
「すみません、俺ちょっと用事があって……行ってきてもいいでしょうか?」
「あぁ、構わない。場所は……ジョシュアに聞けばわかるだろう」
ぼんやりとお城を眺めていると、フレッド君がクライスさんに何やらお願いをしていた。
クライスさんがフレッド君に頷く……なぜか冷たい目をして。
そんなクライスさんにフレッド君は瞳を陰らせて……けれど、そのまま無言でお城の方へと去って行った。
……今からお城のミステリーツアーに行くのかなぁ? 私も行きたいなぁ?
ぼんやりとフレッド君の背中を見送っていると、今度はメグさんが口を開いた。
「あたしもちょっと、家に寄ってぶらついてから行くよ」
「あぁ、なら食料を適当に頼む」
「あいよ。エリーはクライスと先に行って休んでな」
メグさんって帝都出身なのか〜、とぼんやりと思っていると、メグさんが有無を言わせぬ様子で私に言った。
私は過保護だなぁと思いつつも、彼女が心配してそう言ってくれているのは分かっていて……それが少し嬉しくて、面映くて。
微笑みながら私は素直に頷いた。
「よし」とそう言いながらメグさんが私の頭を優しく撫でて、フレッド君と同じくお城の方へと去って行った。
フレッド君とメグさんが去り、クライスさんと私が取り残された。
二人っきりになるのは久しぶりだなぁとぼんやりと思う。
……そう、あのクライスさんの家以来だ。
まだ一月も経っていないのに、妙に懐かしい。
少し思い出に浸っていると、クライスさんの声がした。
「行くか」
そう短く告げると、彼もまたお城の方へ向かって歩き出す。
人通りが多くなり、シュドの市場への道を私は思い出して眉を寄せた。
それから、奴隷市場のことを思い出して、胃が重くなる。
男の人が側を通るたび、息が苦しくなって体が緊張し、足が止まる。
そんなことを繰り返して、はぐれそうになる私の手をクライスさんが取った。
その瞬間、心拍が走る。
吐き気が襲ってくるのを予想して、私はぎくりと体を強張らせる。
……けれど、吐き気は襲ってこなかった。
割れるような頭痛も、窒息しそうな息苦しさも、ない。
私は緩く首を傾げる。
「大丈夫か?」
心配そうなクライスさんに頷くことで答えて、クライスさんに手を引かれて歩き出した。




