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Compression of life

作者: ことり

過去作品です。


 私の弟は変だ。

 唐突だけど、変なので仕方がない。


「おねえ、早く彼氏つくれよ」

「ほっとけ!」



 今日も朝からコレだ。やっぱり変だ。

 昔は……少なくとも1年前までは、普通の姉弟だったような気がする。


 弟は都内の大学に通う大学生で、天文工学という変な研究をしている。聞きなれない学科のくせに、なぜか難易度は高くて、弟が受験に向けて懸命に勉強していた頃、私は色々と教えてあげていたのだけど、途中からちんぷんかんぷんだった事を思い出す。


 そんな変な学科を専攻したから、弟も変になってしまったと、私は信じて疑わない。いや、それとも怪しい宗教団体にでも入ったか?


「人生は短いよ。残念だけど、おねえはこれからの人生を圧縮率91.67%で生きていかなければならないんだよ」

「わかんねーよ。何、アッシュクリツって」

「おねえが80歳のばあさんまで生きるとしたら、あと60年弱あるけど、30歳までしか……」

「ばあさんじゃねーよ!もう!」



 始まった。また弟の天文工学的説教が。


 私はね、根っからの文系少女で作家を目指してるんだから、そういった天文学的数字とか、天文台とか、てんやもんとか一切興味ないの。

 あ、うそ。てんやもんは偶にはいいわね。しょう屋のうな重が食べたいわ。


 弟の話の途中で、私は居間から出て自分の部屋へ行こうとすると、廊下でお父さんとぶつかりそうになった。


「じゃま!」


 私がイライラしながらそう呟くと


「おいおい……いくらなんでもそりゃないだろ……もし衝突したら過失割合1対9で……」

「あー!もう!うるさいなー!」



 私はお父さんの話も途中でかわし、階段を小走りに駆けあがり自分の部屋へと逃げ込んだ。


 窓のカーテンを開けると、透き通るような青い空が広がっていた。澄み切った外の空気は、窓を透過して部屋の空気まで浄化するようにも感じる。


 だけど、弟に言わせたら「そんなわけないよ。あはは」と笑い飛ばされそうだ。

 ロマンの欠片もない弟だから。





 そして、その弟には、父親の血が確実に流れているとも思う。

 お母さんは私と気の合うロマンチスト。そのお母さんと”お父さんと弟について”話し合った事がある。お母さんは、両手の平を広げ、指を揃えてピンと伸ばして顔の両側に当てた後、ゆっくりと”前を倣え”のように前方に両腕を伸ばした。

 そう、二人は何かに向かって駆けだすと周りが見えない性格なのだろう。


 それはわかっているけど、どうにも気になるのが弟の言葉だ。「短い人生を精いっぱい駆け抜けるしかない」それを、ここ最近口グセのように弟が言う。


 人生は短い。

 80年なんて、宇宙に焦がれる弟から見たら、一瞬でしかないんだろう。そういった意味では、弟もロマンチストなのかもしれないけど、私が出している答えは、ただ一つ。


「弟よ、ウザいぞ」



***



『先日、東都大学の観測チームが発見した小惑星の軌道が、地球の軌道と重なる可能性のある事が、同大学の研究結果で明らかになりました』




 こうやって、人類を脅かして、恐怖心を煽動する事の何が楽しいのかわからない。数年に1度、必ず「天変地異が起こる」とか「戦争がはじまる」とか聞くけど、一度だってそんな事が起きたためしはない。



 ソファで前かがみになり、両手を顎の下に置いたまま、じっとテレビに見入る弟。


「東都大って、あんたの大学だよね?」

「……ああ」

「また、あんたの仕業?」

「…………ああ」


 弟ならやりかねない。って思った。


「何しでかしたのよ!」

「……べつに」

「べつに……って、はっきりいいなさいよ!」


 その時はじめて弟が私の方を向いた。


「おねえ?」

「は、ハイ?」


 一瞬で、弟のペースに乗ってしまう私。情けないと思いつつも……



「四億五千万キロ離れた未来が、今、こっちに向かってるんだ」


「ハァ……」


「俺は、おねえに幸せになってもらいたい」


「ハイ。アリガトウゴザイマス……」


「何かの間違いであってほしいと、何度も計算した」


「ソウデスか」




「だけど、何度計算しても変わらなかった」

「……ってなにが言いたいの?」


 弟が再びテレビの方を振り向きながら、両手の上に今度は額を乗せた。

 長めの黒髪が、パサっと下に垂れる。その姿が神妙そうに見えて、少しだけドキドキする。……いや、変な気持ちなんかではなく。


「あと5年……おねえの寿命はそれだけ」

「……」


 沈黙が流れる。


「ふーざーけーんーなー!」


 私の顔はそれはもう恐ろしい鬼のようになっていたに違いない。

 シリアスに運んできたのに、笑えねえジョーダン言ってる場合か。何に腹立ったって、そりゃあ、弟の口車にまんまと乗せられた自分の情けなさにだけどさ。



「もう、いいかげんにしとかないと、小遣い援助打ち切るからね!」

「ああ!そ、それだけは勘弁して……って、俺冗ふざけてないよ!」

「あと5年であたしが死ぬなんて、なによ!あんた大学で天文学的星占いでも研究してんの?それとも、実は姉は癌におかされ、余命5年ですってか」



「ち、違うよ、おねえだけじゃなくて、俺も親父もお袋もみんなだって」


 再び沈黙が流れる。気がつけばダイニングのお父さんとお母さんも何事かとこっちを凝視している。

 テレビでは、いつのまにかコメディ番組が始まっていて、いつも笑えない一発芸を披露する芸人が、その一発芸を披露する一歩手前まで話を進めていた。



『せやでー!笑うておられんのも、今のうちや。みんないてまうど!』



 実は私は、その芸人が大好きなんだけど、今までずっと秘密にしていた。


「落ちてくるんだよ。星が」

『メテオアタックやー!!』



 は?



『ワハハハ~ウソやー』

「うそでしょ?」

『うそやないで!』

「うそじゃない」

「あははは」



 お父さんが口を挟んできた。


「お前、この芸人で笑ったの初めてだな。確率的には……」


 私はお父さんに顔も向けずに”バン!”と叩きつけるようにスイッチを押してテレビを消した。するとお父さんの声も一緒に消えてくれた。




「詳しく教えなさいよ」

「さっきのニュースで言ってたけど、あの計算は俺がやったんだ。直系約50000m、その小天体が5年と2ヵ月後に地球に衝突する」

「そんなの、ミサイルで打ち落とせばいいじゃない」

「ムリだよ。世界のどこにだって、10000km/h以上で飛ぶ隕石を攻撃できるミサイルなんてない」

「そんな……じゃあ、地球壊れんの?」

「……壊れない。壊れないけど、多分人類は殆ど消える」

「うそーーっ!なんでそんなに落ち着いていられんのよ!」

「慌てたって、なにもできないから仕方ないよ」


 弟は、その後もまるで世紀の大予言のように「太平洋の真ん中に落ちたら、日本は4000mの津波に襲われる」だとか、「生き残ってもしばらくは分厚い雲に覆われて世界中が氷点下50度以下になる」だとか言っていた。


 だから、彼氏をつくれって?

 短い人生を謳歌しろって?



 ムリだよ。5年じゃ足りなすぎる。



「ちょっと!あんたの計算した結果を見せてよ!」

「え?い、いいけど、わかんの?」

「ばかにすんなよ!あんたの勉強見てやったのアタシだからね!アンタしょっちゅう計算ミスするから!」



***



 日本ではそんな隕石の事など気にも留めず、暢気に過ごしているようだ。

 私は落ち葉を眺めながら、物思いに耽る。

 枯れて落ちてゆく葉は、幸せなのだろうか。

 枯れるまで精一杯生きることができたのだから、幸せだと思いたい。葉を落とした木も来年、また新しい緑をつける。

 おじいちゃんとおばあちゃんは、桜が好きだと言っていたのを思い出した「桜の花びらは散り行くも、春夏秋冬を越へれば、必ずまた蕾をつける」というのが口癖だった。

 だけど、冬だけになってしまったらどうなるんだろう。

 


 一週間後、私はずっと想い続けていた会社の先輩に告白をした。先輩は即答せずに、家で良く考えてから返事すると言っていた。



 いきなり”結婚を前提にお付き合い下さい”と懇願した私のせいだけど、私だって焦ってるんだから仕方が無い。


「持ってきたけど……」

「おーっ!早くおねえに見せなさい」


 弟が100ページくらいの印刷物をバインダーに挟んだものを渡した。

 自信満々で開いたものの、3ページ目から始まる式の嵐に、眩暈がした。


「そ、そうよ、あんたはよく掛け算を間違えるから、それをチェックするから!」


 アルファベットや記号の並ぶ式は、絵以外の何者にも見えない。もしかして研究と称して”アスキーアート”でもやっているんじゃないかと期待したけど、どうみても絵には見えなかった。うーん……私の言っている事は矛盾している。その中に10×22とか、189-38とかが出てくるとほっとする。


「5×6=11?……!!間違えてんじゃん!!」

「え!?うそ……?あ、ありゃ?ほんとだ……ヤベぇ……」



 地球の皆さん。たった今、私があなた達を救いました。



 弟の計算間違いを見事発見したのだ!私は、この愚かな弟に踊らされた人類を今、助けようとしている。ああ……私ってすごい。



***



「合計2箇所の間違えでした」

「……マジかよ……ほんとに間違えてるなんて」

「どう?早くテレビ局に電話して『大丈夫でした。地球は姉のおかげで救われました』と伝えなさい!」

「ちょ、ちょっと待って……」

「なに?この期に及んで、認めないつもり?」

「あ、いや……そういうわけじゃ」



 所詮、弟は弟。姉を越えることは出来ないのだ。

 だけど、あんたのおかげで、私は告白ができたのも確かだから、今回だけは許してやろうと思っている。……結果次第だが。



「おねえ?」

「なによ」

「確かに、間違ってるんだけどさ……」

「当たり前よ」

「最初の間違えを、次の間違えで相殺してるっぽい」

「はぁ?意味わかんない」

「この間違いを正しくしても、結果は同じだった」

「……」

「……」



 かくして、人類の運命は残すところ5年と1ヶ月半くらいになった。

 これからの人生、圧縮して生きるしかない……でも、やっぱり……














「いやーーっ!!」


ありがとうございました。

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