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片想いの憂鬱  作者: 藜ヶ原
学生編
5/6

片想い歴十三年

 七月二十日の朝。夏休みまであと一週間となった。


「……暑い」


 時計を見ると朝の五時。目覚ましが鳴るには一時間ほどある。余りの蒸し暑さで目が覚めてしまったようだ。


「……まぁいっか。起きようっと」


 ベッドからおりて制服に着替える。

 私とユウは高校三年生となった。十三年経っても私とユウの関係は変わっていなかった。まあ個人では変わったところはある。

 ユウの一人称が生意気にも! 『僕』から『俺』に変わったことと、私を呼ぶときに生意気にも! 『お前』ではなく『綺羅』になったこと。あ、でもこれはちょっとだけ嬉しいかも……。

 私が変わったところは……自覚はないけどひょっとしたら変わってるかもしれない。


「まだ時間はあるけど……たまには早くいこっかな。そうと決まれば」


「おう綺羅。今日は早いんだな」


 私が朝御飯の準備を終えると同時、リビングの扉が開いてお父さんが入ってきた。

 私のお父さんは朝が早いため、五時半になると起きてくる。


「あ、お父さんおはよう」


「おはよう。ん~味噌汁のいい匂いだ」


 お父さんは優しげに微笑むと自分の席へと座った。

 私はお気に入りの菜の花の描かれたエプロンを脱ぎながらお父さんに言った。


「お父さん。ちょっとユウを起こしてくるね」


「分かった。頑張れよ」


 頑張れよ。勿論ユウを起こすことを、だ。


「はぁ……。なんで毎朝、朝から頑張らないといけないんだろ……」


「はは。そのわりには楽しそうじゃないか」


 い、いきなり何を仰いますかこの父親は!

 


「た、楽しいわけないでしょ! もうっ、変なこと言うお父さんに朝御飯はあげません!」


 私はお父さんの前にあったご飯茶碗を取り上げる。


「ちょ、ちょっとそれは勘弁してくれ! そんなことされたら昼までもたないから!」


「全くっ。それじゃあ行ってくるから」


「助かった……あ、うん。お父さんも先に行ってるからな」


「お弁当は自分で包んでね」


「ああ分かったよ」


 私はお父さんとそんなやりとりをして隣へと向かった。

 まだ朝も早いというのに、島の夏は相変わらず容赦ない暑さだった。玄関を開いたときに入り込んでくる蒸し暑い熱気は十数年暮らしていても慣れることができない。


「おはようございま~す!」


 ユウんちの玄関を開けて大声で挨拶をした。この時点でユウを起こすという難題は始まっている。挨拶で起きてくれれば申し分無いのだが、残念ながら挨拶で起きたことは一度もない。

 かわりにおばさんがリビングからひょいと顔を出しす。


「綺羅ちゃんおはよう。今日も元気ねぇ」


「ありがとうおばさん。でもこれぐらいないとあの『バカ』は起こせないしね」


「いつもいつもうちの『バカ』がごめんなさい」


「いいのよおばさんが謝らなくても。全部あの『バカ』が悪いんだから」


「そう? 綺羅ちゃんはしっかりしてるわねぇ。あの『バカ』に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいよ」


「全くですね」


 他の友達の両親では叩けないような軽口も、長い付き合いのおばさんだからできるのであって、間違っても私が誰彼かまわず言うわけではないということを知っていてほしい。私のイメージのためにも。


「さ、あがってちょうだい。ユウを宜しく頼むわね」


「任せてください」


 私は気合いをいれて、二階のユウの部屋へと向かった。

 ユウの部屋に着くなり、ノックもなしに扉を開けて入り込む。長い付き合いだ。今更ノックなんて必要ないだろう。


「うわ……」


 まぁこういったところって変わらないんだよねぇ。

 ユウの部屋はまさにゴミの山。勉強机の上は教科書がぐちゃぐちゃに置かれ、その机のしたに通学鞄がほっぽりだされ、テレビゲームのコードがこんがらかって床を蛇のように這いずっている。


「もう……先週片付けたばっかりなのになんでこうまで完璧に散らかせれんのよコイツは」


 そう愚痴って、ベッドで憎らしいほど清々しい顔で眠っているユウを睨む。

 ため息をひとつして時計を見ると、現在六時十七分。家を出るまでは一時間ほどあるので、少しだけ片付けることにした。


………………。

…………。

……。


「ふぅ~。こんなものかなぁ」


 結構本気で片付けてしまった。


「時間は………………………………って!?」


 時計の長針がカチリと動いた。現在の時刻。七時三十分ちょうど。


「ユウーーーーーー!! 起きろーーー!?」


 ユウのやつ目覚ましセットし忘れてるしー!

 今からじゃあ朝御飯を食べてる暇はない。即急にユウを叩き起こして準備をして、学校まで全速力で走って間に合うかどうかだ。


「ん、あぁ……ねみぃ……あと五分」


「阿呆! そんな悠長なこといってられないの! 今すぐ起きろー! 遅刻するぞ~っ!」


「うるせーなー……時間はまだ……」


 寝ぼけ眼で目覚ましを確認し、フリーズするユウ。そしてガバッと起き上がって一言。


「ねえじゃん?!」


「だから無いってば!!」


 私は別に漫才がしたいわけではないっ、断じて!!


「私は荷物持ってくるからユウも準備しなさいよ!?」


「わーってるって!」


 どたばたと階段を降りると、心配したのかおばさんが二階に来ようとしているところだった。


「あら綺羅ちゃん。そろそろ時間じゃ?」


「ごめんおばさんっ! 片付けに夢中になっちゃってつい!」


「それなら悠李の準備を手伝っておくわね」


「ほんとにごめんねおばさんっ」


 私はそう言いながら自宅へ向かった。


「あーもうっ、なにやってんだろ私はーっ」


 自分の部屋の扉をぶち破る勢いで開けて、鞄に教科書を詰め込んで家の鍵を持ち、走り抜けようとして鏡の前で急ブレーキ。髪型、制服と身だしなみをもう一度確認する。


「よしっ。行ってきまーす!」


 誰もいない家にそう叫んで、私とユウは揃って走り出した。

 真夏の()だるような暑さのなかを、全力疾走しながら会話をする。


「なんで起こさなかったんだよ!」


「掃除に夢中になっててつい。ってかあんたも目覚ましセットしてなかったでしょ!」


「あ、忘れてた。けど時間見ろよ! なんで掃除してんだよ」


「ユウが散らすからでしょうが! それ以前に自分で起きればいい話じゃない!」


「起きれねぇ!」


「威張って言うこと!?」


「ああちくしょうっ! 喋ると疲れるだけだ。もっと急げ綺羅!」


「い、言われなくても!!」


 ほんとになにやってるんだろうなー私たちは……。

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