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片想いの憂鬱  作者: 藜ヶ原
幼少編
3/6

この島へようこそ

 翌朝、八月十二日の日曜日。今日はもうユウのおじさんが都会へ帰るというので、皆で港まで見送りにきていた。

 ユウは泣きそうになるのを必死に(こら)えている。こんなことで泣くなんて情けないと思っていたが、六日後に自分のお母さんが帰るときに堪えるどころか号泣するなんて……この時は考えもしていなかった。そのあとユウにちゃかされたのは言うまでもない。


 太陽も天高く昇り、気温も順調にのぼり坂……。みんみん蝉のけたたましい鳴き声が更に暑さに拍車をかけてる気がする。

 お昼ご飯はみんな揃って(うち)で素麺を食べた。最初ユウはおじさんが帰ってしまってしょんぼりしていたが、素麺を食べているうちに徐々に元気を取り戻していった。


 ご飯も食べ終わり暇をもて余していると、お母さんが「悠李君に島を案内して来てくれないかしら?」と言ってきた。


「えー……」


 この島で犯罪はほとんど起きないため、五歳の私でも自由に出歩いていた。ただし島の南にある丘の上と、山の中にある池には行かないようにと言われていた。何でもその二つにはよくない都市伝説がある。まぁ都市伝説が無くても純粋に危ないからだろう。でもこの頃の私はまだ知らなかったために、その事とは別の意味で文句を言った。


「あら? 綺羅は悠李君が嫌いなの?」


「嫌いじゃないけど……なんか苦手なんだもん」


「うふふ。なら尚更案内してくれない? 仲良くなれるかも知れないわよ」


「…………うぅ。分かった……行ってきます」


「行ってらっしゃーい」


「遅くならないようにな」


 私はお母さんとお父さんの妙にわざとらしい笑みを受けて家を出ていった。

 あの顔はくだらないことを考えている顔だと、子供ながらに理解している私だった。


 玄関の扉を開けると夏の、湿気を大量に含んだまとわりつく様な風が吹き込んできた。


「暑いぃ……」


 被っている麦わら帽子を脱いでしまいたかったが、そうするとお母さんに怒られるので我慢する。

 ノロノロと隣へ向かい、呼び鈴を押した。そして「はーい!」というおばさんの声。正直な話、ユウが出てくるのではと思っていたので、おばさんの声を聞いて胸を撫で下ろしていた。

 がちゃりという音がして玄関の扉が開いた。


「……はい。どちら様?」


「え……」


 うん……当然というかなんというか……。

 玄関の扉を開けたのはユウだった。


「こ、こんにちは……」


「……じゃ」


 それだけ言って扉を閉めようとするユウ。私は慌てて扉をつかんでそれを阻止する。


「ちょ、ちょっと待って!」


「なんだよ!」


 お互い扉を引っ張りあったまま続ける。


「なんだ、はこっちの台詞! 何で閉めようとするのっ?」


「なんだっていいじゃんか! いいから離せよ!」


「用があるから離さない!」


「離せ!」


「いやー!」


 昨晩も似たようなやり取りをした気がする。気のせいだと思いたい。

 騒ぎを聞き付けたおばさんが何事かと出てきた。


「こいつが勝手に!」


 そう言って指を指したせいで今まで引っ張っていた手が離れ、釣り合っていた力が急に片方なくなり、私は尻餅をついた。


「もうっ、なんなの!」


 私はうったお尻を擦りながら立ち上がり、ユウを睨み付けた。おばさんも汚れを(はた)いてくれた。


「大丈夫? こら悠李。綺羅ちゃんに謝って!」


「……ご、ごめん」


 昨日今日と話していて、絶対渋ると思っていたから、以外と素直に謝ったなぁと少し驚いた。よし、今度から何かあったらおばさんに言いつけてやろう。


「ごめんね綺羅ちゃん。悠李もほんとは優しいこなのよ」


 ユウが? 優しい?

 ユウへちらりと視線を向ける。


「ふん」


「おばさん笑われた!? いま絶対バカにされた!!」


 これにはさすがのおばさんも苦笑いだった。


「と、ところで綺羅ちゃんはどうしたの? 用があったんじゃない?」


「誤魔化した!」


 まさかおばさんに誤魔化されるとは思ってもみなかったが、何はともあれ本題に入らないといけないだろう。


「お母さんに、悠李君に島を案内してって言われたの」


「そう。それならちょうどいいわ。悠李、行ってらっしゃい」


「やだ」


 キッと睨むと、ユウはぷいとそっぽを向いた。


「綺羅ちゃんと仲良くなれるかも知れないわよ」


 お母さんと同じようなことをいうおばさん。どうもどちらの親も私たちを仲良くさせたいらしい。私はそんな気はないし、ユウだって――


「なんだよ……」


 この(ざま)だ。私達がわかり会う日が来るには、お母さんやおばさんには悪いけどまだまだ時間がかかりそうだった。


………………。

…………。

……。


 私は、ぶつくさ文句をいうユウを引きずるように連れ出した。逃げられないようにユウの手をしっかりつかんだままで島を歩く。


「天ヶ瀬! いい加減手を離せよ!」


「離したらどうせ逃げるんでしょ?」


 東の海沿いにある私の家から、南へ向かう道を進むとTを左に傾けた形の交差点へと出る。


「そんなの当たり前だ! 僕は案内しろなんて頼んでない!」


「城本君に頼まれてなくても、おばさんに頼まれてるの!」


 そのまま真っ直ぐ南へ向かえば丘へとたどり着くが、入るなと言われているため右折する。


「しらねぇよそんなの!」


「君の目の前で頼まれたんだから知らなくないでしょ!」


 右折後歩くごとにどんどんお店が増えてくる。家から一番近いコンビニは、ここら辺に一軒しかない。ここまでで徒歩約五分、子供の速度なら約十分はかかる。だがこれはまだ近い方で、都会に比べてこの島はコンビニなんて片手の指で足りるほどしかないから、遠い人で徒歩一時間という家もあるらしい。なんとも可哀想だった。


「し、知ってるけど……知らねぇ! だから帰らせろー!」


「案内が終わったら帰らせてあげる」


 コンビニを通りすぎると、今度は十字路に差し掛かる。左を道なりに進めば丘へ合流し、さっきのT字路からでてくる。真っ直ぐ進むと、左右を菜の花畑が挟んでいる小道になっており、黄色い菜の花が綺麗に彩っている。私は右へまがり、そのまま島をぐるりと回ってきてこの菜の花畑から帰ってくる予定だ。だからまずは右の道へと歩を進めた。


「今すぐだー!!」


「はいはい。到着ー」


 うだうだと言い合っている間に最初の目的地へ着いた。

 十字路を右に曲がったあと二分ほどで着く。

 ここは商店街となっていた。都会ほど大きくはないが、この島では一番多く店が立ち並ぶ通りだった。ちょっと距離はあるが、ここへ来ればある程度のものは買い揃えることが出来るため、遠くても出向いてくる人は多かった。


「ここは商店街。お買い物によく来る場所だし、暇なときに来たりもするの」


「あっそ……」


「…………」


 コノヤロウ……人が折角気の進まない案内をしてやってるって言うのに……。


「つまらない?」


「うんつまらない。だから家に――」


「分かった。じゃあいい場所教えてあげる。ついてきて」


「ついてきてって……あぶねっ!? 急に引っ張んなって転けるから!」


 再びユウを無理矢理に引っ張りながら、私は商店街の入口付近にあった小道へと入っていった。その車も入れないような小道はほとんど、というか全然これっぽっちも使われていない。アスファルトはひび割れていて、その隙間からは雑草なんかが生い茂り、私やユウと同じかそれ以上の背丈の草も多く生えていてジャングルにいるような気分になる。


「はい、ここだよ」


「いい場所って……駄菓子屋?」


「うん。駄菓子屋さん」


 草を掻き分けて出てきたのは、駄菓子屋さんの前だった。


「お婆ちゃんこんにちはー!」


 私はユウの手を離して駄菓子屋さんへと駆け込んだ。帰り道も分からないユウが逃げることはないだろう。


「おやおや綺羅ちゃん。こんにちは」


 そういった腰が曲がったお婆ちゃんは、私のお母さんのお母さん、ようは祖母だ。


「綺羅ちゃん大きくなったねぇ」


「お婆ちゃんそれ一昨日も言ってたよ」


「おやそうだったかえ? 最近物忘れが激しくていかんね」


 そう言って笑っていたお婆ちゃんが、外でボケーっと突っ立っているユウへとおいでおいでをする。するとユウは恐る恐るこちらへ来た。


「こんにちは」


「……こ、こんにちは」


「うんうん。挨拶が出来るのはいいことだ」


 お婆ちゃんはそう言いながらユウをまじまじと見る。


「な、なんだよ」


「お前さん、最近この島に引っ越して来なすったのかい?」


「…………」


 ユウは驚きの表情でこくりと頷いた。


「なんで分かったの?」


 私がお婆ちゃんに聞くと、やんわりと微笑んで答える。


「この駄菓子屋に来る子供たちはみーんな覚えとるよ。お前さんは初めて見る顔だから、そうじゃないかと思ってねぇ。いやはや、物忘れが激しくなってもこればっかりは忘れられないよ」


「すごいよお婆ちゃん! 探偵さんみたい!」


「ほほほ。探偵さんかい。いいかも知れないね」


 一頻(ひとしき)り笑うと、お婆ちゃんはユウへと向き直って、深々と頭を下げた。


「ようこそこの島へ。わたしたち島の住人は、お前さん方を心から歓迎します」


 時間は過ぎ、夕方になってしまった。結局私の案内は商店街と駄菓子屋だけで終わってしまった。

 駄菓子屋はユウの気に召したらしい。


「くすくすっ」


「なに笑ってんだよ……」


「べっつに~」


「ふん……」


 私が笑うと、ユウは買ったソーダアイスを頬張りながら決まり悪そうに顔を背けた。

 私はユウの横顔をみていてにやつきが収まらなかった。

 ただ、こういうのも悪くはないなとそう思った。

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