一日違いの誕生日
夕御飯の最中、お母さんたちの話題は仕事の話をしていた。
私のお母さんは都会の方で働いていた。だから今の夏休みぐらいの時期にしか帰ってこられない。それもたった一週間だけの話だ。一週間たてばお母さんはまた都会へ戻ってしまう。それはユウのお父さんも同じだったが、帰ってくる頻度が違うらしい。お母さんは定期的に一週間。ユウのお父さんは何時かは分からないし、期間も二日間と短かった。その話を聞いたユウは泣きそうになるのを堪えつつも、その手はおじさんの袖をしっかりと握りしめていた。
夕飯が終わると、ユウの家族は隣へ帰っていった。
「綺羅~。お父さんとお風呂に入っておいで~」
「はーい」
台所で食器を洗うお母さんへ元気よく返事をして、私はお父さんをぐいぐい引っ張ってお風呂へ向かった。
頭も体も洗い終わりお湯に浸かっていると、唐突にお父さんが言った。
「悠李君とは仲良くなれたのか?」
「……ううん……まだ」
「そうか。まぁ、これから長い付き合いになるんだから仲良くしなきゃな」
「うん。わかった」
「よしよし。綺羅はいいこだな」
「えへへっ」
そういって撫でてくれるお父さん。
「よーし。十まで数えてあがるか」
「うん! い~ち、に~い――」
お風呂をあがると、もう寝る時間だった。私はお父さんとお母さんにお休みと言って、二階にある自分の部屋へと上っていった。
部屋は夏場の熱気でいい感じに蒸されていた。お風呂上がりも相まって更に暑く感じる。
私はたまらず、カーテンと一緒に窓を開けた。
「あ……」
「…………」
窓を開けると、目の前にはユウがいた。その距離一メートル程度。どうやらユウと同じタイミングで窓を開けたらしい。
夏の夜の涼しい風が私たちの間を吹き抜けた。
「こ、こんばんは」
「……こんばんは」
少し不機嫌そうに挨拶するユウ。それだけで、さっさと部屋へと引っ込んでしまう。私はしょんぼりして窓から離れようとすると――
「……食べるか?」
「え?」
――ユウに声をかけられた。
振り返ると、チュウチュウを凍らせたものを半分に折って、片方をくわえて片方をこちらへ差し出していた。
「いい……の?」
「ん」
「ありがとう」
私はお礼を言って受け取り口にくわえた。ピンク色のそれは冷たくて甘い、イチゴ味だった。
互いに会話はなかった。
ユウは窓から月を見上げ、その横顔を私が見つめる。その時間はとてもゆっくりのように思った。話してはいないのに、不思議と嫌な空気じゃない。
聞こえるのは海のさざ波の音と、鈴虫や蟋蟀などの合唱だけ。
どのくらいか時間がたってチュウチュウがなくなり、ユウにゴミを渡せと言われて再びお礼を言って渡した。
「お前、名前は? まだ聞いてなかったよな」
いきなり話掛けられて驚いたけど、なんとか返事をした。
「き、綺羅。天ヶ瀬綺羅」
「ふーん……。僕は城本悠李。よろしく」
「よ、よろしく」
私は少し警戒しつつも返す。
「お前っていくつ?」
「五歳……」
「誕生日は?」
「八月三日」
「そうか。なら僕の方がお兄ちゃんだな」
「じゃあ君はいくつなの?」
「五歳」
「一緒だよ?」
「一緒じゃない。僕は八月二日だから」
めちゃくちゃだった。一日しか変わらないのにお兄ちゃん面をされて、私はムッとして言い返していた。
「一日しか違わない! そんなの関係ない!」
「なんだよ! 一日でも年上なんだから僕の言うことを聞くこと! いいな?」
「いいわけない! 君の言うことなんか聞かないよ!」
「聞けよ!」
「聞かない!」
「聞け!」
「いーやーだー!」
夜だと言うのに大声で張り合う私たち。叫びすぎてお互い肩で息をしていた。
「ふん!」
「ふん!」
結果、私たちは同時に窓を閉め、同時にあかんべーをして、同時にカーテンを閉めた。
「なによ! お兄ちゃんぶっちゃって! あんなのがお兄ちゃんなんて!」
やけになって布団に潜り込みそう言ったとき、頭のなかにふと、溺れた私を助けに来てくれたあの必死な表情が浮かんでくる。
「お、お兄ちゃんなんて……っ」
頭まで布団に埋もった私の顔は、自分でも分かるほど熱かった。鏡で見たら真っ赤になっていることだろう。
「…………」
数分だけそうして、頭を布団から出してさっき閉めた窓を見た。
「………………………………暑い」