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片想いの憂鬱  作者: 藜ヶ原
幼少編
2/6

一日違いの誕生日

 夕御飯の最中、お母さんたちの話題は仕事の話をしていた。

 私のお母さんは都会の方で働いていた。だから今の夏休みぐらいの時期にしか帰ってこられない。それもたった一週間だけの話だ。一週間たてばお母さんはまた都会へ戻ってしまう。それはユウのお父さんも同じだったが、帰ってくる頻度が違うらしい。お母さんは定期的に一週間。ユウのお父さんは何時かは分からないし、期間も二日間と短かった。その話を聞いたユウは泣きそうになるのを堪えつつも、その手はおじさんの袖をしっかりと握りしめていた。

 夕飯が終わると、ユウの家族は隣へ帰っていった。


「綺羅~。お父さんとお風呂に入っておいで~」


「はーい」


 台所で食器を洗うお母さんへ元気よく返事をして、私はお父さんをぐいぐい引っ張ってお風呂へ向かった。

 頭も体も洗い終わりお湯に浸かっていると、唐突にお父さんが言った。


「悠李君とは仲良くなれたのか?」


「……ううん……まだ」


「そうか。まぁ、これから長い付き合いになるんだから仲良くしなきゃな」


「うん。わかった」


「よしよし。綺羅はいいこだな」


「えへへっ」


 そういって撫でてくれるお父さん。


「よーし。十まで数えてあがるか」


「うん! い~ち、に~い――」


 お風呂をあがると、もう寝る時間だった。私はお父さんとお母さんにお休みと言って、二階にある自分の部屋へと上っていった。


 部屋は夏場の熱気でいい感じに蒸されていた。お風呂上がりも相まって更に暑く感じる。

 私はたまらず、カーテンと一緒に窓を開けた。


「あ……」


「…………」


 窓を開けると、目の前にはユウがいた。その距離一メートル程度。どうやらユウと同じタイミングで窓を開けたらしい。

 夏の()の涼しい風が私たちの間を吹き抜けた。


「こ、こんばんは」


「……こんばんは」


 少し不機嫌そうに挨拶するユウ。それだけで、さっさと部屋へと引っ込んでしまう。私はしょんぼりして窓から離れようとすると――


「……食べるか?」


「え?」


 ――ユウに声をかけられた。

 振り返ると、チュウチュウを凍らせたものを半分に折って、片方をくわえて片方をこちらへ差し出していた。


「いい……の?」


「ん」


「ありがとう」


 私はお礼を言って受け取り口にくわえた。ピンク色のそれは冷たくて甘い、イチゴ味だった。

 互いに会話はなかった。

 ユウは窓から月を見上げ、その横顔を私が見つめる。その時間はとてもゆっくりのように思った。話してはいないのに、不思議と嫌な空気じゃない。

 聞こえるのは海のさざ波の音と、鈴虫や蟋蟀(こおろぎ)などの合唱だけ。

 どのくらいか時間がたってチュウチュウがなくなり、ユウにゴミを渡せと言われて再びお礼を言って渡した。


「お前、名前は? まだ聞いてなかったよな」


 いきなり話掛けられて驚いたけど、なんとか返事をした。


「き、綺羅。天ヶ瀬綺羅」


「ふーん……。僕は城本悠李。よろしく」


「よ、よろしく」


 私は少し警戒しつつも返す。


「お前っていくつ?」


「五歳……」


「誕生日は?」


「八月三日」


「そうか。なら僕の方がお兄ちゃんだな」


「じゃあ君はいくつなの?」


「五歳」


「一緒だよ?」


「一緒じゃない。僕は八月二日だから」


 めちゃくちゃだった。一日しか変わらないのにお兄ちゃん(づら)をされて、私はムッとして言い返していた。


「一日しか違わない! そんなの関係ない!」


「なんだよ! 一日でも年上なんだから僕の言うことを聞くこと! いいな?」


「いいわけない! 君の言うことなんか聞かないよ!」


「聞けよ!」


「聞かない!」


「聞け!」


「いーやーだー!」


 夜だと言うのに大声で張り合う私たち。叫びすぎてお互い肩で息をしていた。


「ふん!」


「ふん!」


 結果、私たちは同時に窓を閉め、同時にあかんべーをして、同時にカーテンを閉めた。


「なによ! お兄ちゃんぶっちゃって! あんなのがお兄ちゃんなんて!」


 やけになって布団に潜り込みそう言ったとき、頭のなかにふと、溺れた私を助けに来てくれたあの必死な表情が浮かんでくる。


「お、お兄ちゃんなんて……っ」


 頭まで布団に埋もった私の顔は、自分でも分かるほど熱かった。鏡で見たら真っ赤になっていることだろう。


「…………」


 数分だけそうして、頭を布団から出してさっき閉めた窓を見た。


「………………………………暑い」

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