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片想いの憂鬱  作者: 藜ヶ原
幼少編
1/6

優しさに包まれた嘘は……

 私、天ヶ瀬(あまがせ)綺羅(きら)には小さい頃からの幼馴染みがいる。

 名前は城元(しろもと)悠李(ゆうり)。私はユウって呼んでいる。

 私たちが出会ったのはまだ幼稚園に通っていた頃だから、四歳か五歳ぐらいだったと思う。八月の半ば、夏真っ盛りの日に隣の家に私のお母さんの同級生が引っ越してきた。そしてうちに挨拶にきた城本のおばさんに手を引かれていたのがユウだった。その時のユウはおばさんにベッタリ張り付いてて「ほら悠李。ご挨拶して」とおばさんに促されても、一言も喋らずに辛うじて分かるぐらい小さく頭を下げるだけで、私ははじめ可愛いげのない子だと思った。

 挨拶もそこそこに、私の両親とユウの両親は、昼間だというのにビールを飲みながら思出話に花をさかせはじめ、私はユウと遊ぶように命じられた。

 あまり気は進まなかったけど、私は仕方なくユウを海へと連れ出した。


 私の住んでいるこの島は『ど』が付くほどの田舎(いなか)で、人口一万人程度しかいない。

 私の家から浜辺までは、白線もひいてない狭い道路を一本はさんですぐの距離だ。お母さん達が話している場所の窓からは浜辺が一望できるので万が一何かあってもすぐに分かるから、お母さんかお父さんがうちに居れば一人でも来ていいことになっていた。ただ、今はお喋りに夢中になっているため私たちが浜にいることすら気付いてるか(はなは)だ疑問だったけど……。


「何して遊ぶ?」


 浜へ来たはいいが何するかをさっぱり考えていなかった。


「…………」


 だからユウにも考えてもらおうと思って声をかけたんだけど……。完璧に無視された。挙げ句の果てには一人で離れた場所へ歩いていく。

 私はますますユウを可愛くないと思った。

 結局私は一人砂で山を作っていた。時折ユウの様子が気になってそっちへ視線を向けるとユウは浅瀬で下を向いてきょろきょろしていた。ナマコやヤドカリでも探しているのだろう。

 私がユウを見たとき、一瞬ユウもこっちを見てたように感じたけど、多分気のせいだと思う。


 数時間経って空が赤みを帯はじめた頃、家からお母さんが「ご飯にするから帰ってらっしゃい」と言いながら手を振ってるのが見えた。

 後半は私も浅瀬でカニを追いかけて遊んでいた。ユウとは話せなかったし遊べなかったしだったので、ようやく解放されると思うとほっとした。

 それが間違いだった。

 気を抜いた瞬間、一際大きい波が私を飲み込んだ。幼い私は突然の事になすすべもなく足の届かない場所まで流された。

 大丈夫、私は慣れている。そうたかを(くく)っていた。しかし、ばた足をしようとしたら足をつってしまった。もともと泳ぐつもりは無かったからと、準備運動をしなかったのが(たた)ったようだ。

 私は溺れた。洋服が水を吸って重たくなり身体は沈み、沈まないように足を動かすが痛みで止めてまた沈む。

 苦しい。呼吸しようとすると水が入り込んで()せ、逆に吐き出してしまう。

 もう……ダメかも……。そう思ったらピタリと身体が動かなくなり、私はゆっくり沈んでいく。

 気を失う直前、最後に視界に入ったのは必死の形相でこちらに泳いでくるユウの姿だった。


………………。

…………。

……。


「……。………しろっ。おい! 目を開けろって!」


 その声で私は目が覚めた。


「ったく。心配させるなよ!」


 浜に横たわる私を、覗き込むようにしてユウの顔があった。


「……げほっげほっ!」


 私はユウに支えられてゆっくり起き上がった。

 何度か咳き込み、ぼんやりしていた意識が覚醒(かくせい)してくると、今更になって恐怖がふつふつとわき上がってきた。


「う、ううっ……ふぇえええええぇっ」


 私はたまらずユウにすがり付いて泣いていた。可愛くないとか、もうどうでもよかった。ただ誰かに触れていないと心細くて、震えを止めてほしくて、なにも考えずにユウを抱き締めていた。

 ユウは何も言わず、優しく私の頭を撫でてくれていた。


 嗚咽(おえつ)がおさまってくるまでユウは待っていてくれた。そして立ち上がり、私の手をとって家へ歩き始める。

 窓からの私たちの様子がおかしかったようで、お母さんとおばさんが私たちのところへ走ってきた。


「どうしたのっ? 何があったの?」


 お母さんを前にすると安心感でまた涙が零れてきて、私はお母さんに抱きついてまた泣きじゃくった。


「何があったの?」


 おばさんがユウにたずねると、ユウは――


「石に躓いてうつ伏せに転んだんだ。砂浜だったから怪我はしてない」


 ――と、そんな嘘をついた。

 お母さんたちは驚いたように顔を見合わせて、それから「そうだったの。怪我がなくてよかったわ」とお母さんは私の、おばさんはユウの頭を撫でた。

 けどお母さんたちはそれが嘘だと分かっていたと思う。だって私もユウも全身ずぶ濡れで、砂浜でうつ伏せに転んだ事にされたわたしは、背中にしか砂がついていなかったから。


 そんな、皆の優しさに包まれた嘘は、私を心から助けてくれた。


 そしてその日から私の、城本悠李という幼馴染みに対する初恋は始まったのだった。

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