心象世界に潜む影
ドラグ・ダルクのノーブル・ダルクその謁見の間。日課の清掃を仲間と共に行っていたヴァーナティスは、玉座の後ろ、影の部分から不穏な気配を感じ取った。
(何か、来る!?)
身体が勝手に臨戦態勢を取る。他の侍従たちも一拍遅れでそれぞれ迎撃態勢に入る。
そして、玉座の影が波打った。
ぬ゛る゛ん゛
と、形容するような奇妙な音を立て、華月を抱いたアルヴェルラ、何時もと変わらないように見えるテレジアが滑り出てきた。
現れたのが三人だと気付いたヴァーナティスは、右手を左胸に添え、一礼。
「ご帰還を心待ちにしておりました」
「……ああ、今戻った」
ヴァーナティスにそう答え、アルヴェルラは歩き出す。
「陛下――」
「全員、己の職務を全うしなさい。必要とあれば、陛下は全員に応えます」
ヴァーナティスを始め、怪訝そうな侍従たちにそう告げ、テレジアはアルヴェルラの後を追う。
この行動が許されるのも、テレジアだけだ。
アルヴェルラは謁見の間からそこまで離れていない自室に戻る。
「テレジア、待て」
「はい、陛下」
部屋の前でテレジアに待機するよう言い付け、アルヴェルラは華月を抱えて自室に籠る。
一人残されたテレジアは部屋の扉の前に立ち、周囲を多少警戒する。その傍ら、思考の海に没入する。
(今回、フレイムの警戒の仕方が異様でしたね。無意識の内に力を望みながら、自らが欲する高みに至れない事に気付いているようですね。
アクアは宣託の件と言い、何か掴んでいるようでしたし……。下手をすると我々より踏み込んでいるかもしれませんね。
フォレストとグランドは読めません。が、警戒するほどの『力』があるとも思えません。基軸たる二属性より派生する四属性は、どう足掻いても基軸を脅かすだけの力を備える事が出来ない。だからこそ、それぞれがこんな種族的性格をしているわけですが。
逸れましたね、戻しましょう。
シャイニングは……思考するだけ無駄ですね。ファルアネイラ陛下はシャイニングでも飛び抜けて享楽主義。恐らく、こちらの状勢が落ち着けば、仕掛けてくるでしょう。それまでは無害と考えて差し支えありません。裏でこそこそ動かれると面倒ですが、そこはアクアに期待しましょう。牽制程度はするでしょうし。
そうなれば、我々が目下取り組むべきは……?)
仮面はそのまま、油断無く二つを並行する。
警戒はする必要が無いと言えば、無い。強大無比な外敵がこの国の近くに居るわけでもない。根本的にダークネス・ドラゴンに離反者は在り得ない。
『純竜種はそういう風に創られている』
大原則が存在する。
では、テレジアが何を警戒しているのかと言えば?
(カヅキにまつわる諸々を解かないと――!?)
テレジアがそこまで思考した時、アルヴェルラの部屋から純竜種すら圧倒する気配が唐突に現れた。
「陛下!」
何も考える事無く、テレジアは叫びながら扉に体当たりする。何時もなら簡単に吹き飛ぶ筈の扉が、テレジアを弾き飛ばした。
「なっ!?」
テレジアは慌てず、次の瞬間には自身の眼を竜眼に切り替え、魔力の流れを観る。
(部屋全体に虹の魔力光……。属性に染まっていない純魔力? と、言う事は、これはカヅキの玉の魔力!)
魔力は属性によって色が付く。あらゆる属性に染まる可能性のある、属性を持たない純粋な魔力は虹色に輝く。そして、純粋な魔力、純魔力を生み出せるのは異界人の玉と、それを模倣した疑似玉。最後に、『運悪く』属性を持たずに生まれ、成長してしまったハグレ者達だ。
(暴走したとでもいうのですか! ――考えるのは後!!
貫けろ!)
「竜爪・一指」
右半身を引き、左半身を前に。右手を後ろに引き絞りながら小指から握り込む。指と指が擦れ合い、ギリギリと軋んだ音が擂る。
「剛・」
まずは握り込んだ右手に竜爪・一指を作り、出来た『爪』を纏身系で魔力強化。
「撃・」
流身系による自己内部強化。ぐっと力が溜められる。
「破!!」
全てのタイミングが揃った瞬間、テレジアの一撃は放たれた。準備から三拍程度。テレジアにしてはやけに慎重に打った。
(一撃で、穿ち抜く!!)
普通ではここまで強化しない。テレジアの半分程度は本気の一撃が扉に炸裂した。魔力同士がぶつかり合う火花すら散らさず、扉は耐え切れず吹き飛び、大穴が空いた。
「……やり過ぎました、か?」
そう呟いたが、身体はその穴から部屋へと侵入していた。
テレジアを部屋の前で待機させ、アルヴェルラは華月を自分のベッドに降ろし、額に左手を当てる。
「本当に、こんな結末は望んでいなかったんだ……」
アルヴェルラの声に乗るのは、後悔と落胆。
「あぁ、カヅキ……何処へ行った……?」
華月に触れる左手を介し、華月の裡へと潜る。
一面の暗闇。輝く無数の星のように見える何か。
その原風景の中で、華月の意識体が一つ、浮かんで居るのが見つかった。
「カヅキ!」
「……」
アルヴェルラの呼びかけに、その華月は反応しない。
「……カヅキ?」
アルヴェルラが、その華月に触れようとした時、強烈な違和感がアルヴェルラを襲い、アルヴェルラは不意に周囲を見渡し、そして絶句する。
『――』
アルヴェルラが見たのは、上下左右四方六方八方、見る限りに明後日の方向を向いて、重力の概念を完全無視して浮かぶ、これこそ無数と表現するべき数の『華月』だった。
「カ、カヅ、キ……?」
アルヴェルラから漏れる、困惑が色濃い声音。
その声に反応したのか、周囲周辺の華月が、完全同時に顔を動かし、その視線にアルヴェルラを捉える。
「――失敗した」
「――敗北した」
「――守れなかった」
「――護れなかった」
「――見殺した」
「――見送った」
口々に呟く。果てしないほどのネガティブな感情がそのままアルヴェルラに向けられる。その負の圧力はとても強く大きく、心の底、魂の根幹から出ていると理解できる。出来てしまう。
それはとても悲しい事だと、アルヴェルラは思うが、自分の芯まで響く声ではなかった。どこか、この声の群れは、『アルヴェルラ』を向いているが、『自分』に向けられていないと、そう感じていた。
(この中に、私の『カヅキ』が居る。これが何で、どんな状態なのか、そんなことは後回しだ。先ずは、カヅキを起こしてやらないと、何も進まないし始まれない!)
アルヴェルラは自分と『繋がっている』華月を探す。そして、それはそんなに難しい事では無い。
(……見つけた!)
自分の華月を見つけ出したアルヴェルラは、一直線に其処へ向かって走り抜ける。
「除けとは言わない、退け」
自分の華月と自分の間に居る他の華月の意識体に向かって、アルヴェルラは言い放つ。
その声、その意志に、無数の華月達はすっと道を空ける。
「――失敗したくない」
「――勝利するべきだ」
「――守り切りたい」
「――護り抜きたい」
「――見殺したくない」
「――見送りたくない」
彼らが、アルヴェルラに向けた言葉を口にする。そして、一斉に振り返り、
『――だから、瀬木 華月は最強に成らなければならない』
合唱された言葉は、アルヴェルラの華月に向けられていた。
「言われるまでもない、カヅキは最強に成る」
すいっと華月の方に向かいながら、アルヴェルラが言い切る。
「私の為に、華月は最強に成る」
そして、目を覚まさない自分の華月を抱きしめる。
「そうだろう? 私の、私だけの騎士殿」
「……そうだ。俺は、アルヴェルラの為、最も強いモノに成る」
眼を開かない華月が、アルヴェルラの言葉に答える。
「こんな処で、沈んでいられない……!」
華月が眼を見開く。すると、周囲の華月はすぅっと薄れていった。
「俺も懲りないな。またか……」
「そう言うな。今回に限っては不可抗力だ。あの方に干渉されてしまったからな。
もう、大丈夫だな」
「ああ、手間を掛けさせた。
まぁ、今回は多少収穫もあったが」
華月は自分の裡にあるナニカに明確に気付いた。
「さぁ、戻ろう。国に引き籠もる事にしたが、やる事はあるからな」
「そうだな。何をするにも取り敢えず起きないとならないな」
アルヴェルラは朗らかな笑顔で華月に手を差し出す。華月はちょっとだけ複雑な顔でその手を取る。
「……いつか、俺が手を差し出せるようにならないと、な」
「期待しているぞ」
アルヴェルラが華月の言葉を聞いて嬉しそうにする。思わず握っている華月の手を大きく上下に振ってしまうほどに。
そうしながら二人は現実に回帰する。
二人が現実に回帰すると、丁度テレジアが扉を打ち抜いて室内に入ってきたところだった。
「陛下!!」
「……ん? どうした、テレジア?」
「……少し、頭が重い……」
テレジアの剣幕にキョトンとしたアルヴェルラ。華月は頭の調子がイマイチなのか、コンコンと左手で叩いている。
「治まりましたか。ならば、問題ありません」
「何かあったのか?」
「カヅキの魔力が大々的に漏れていただけです。もう治まったようなので大丈夫だと思われます」
テレジアが華月の頭に掌を置く。
「人騒がせも程々に。
……一度殺すか、悩んだじゃありませんか」
後半を華月にだけ聞こえるように耳元で囁く。
「悪い」
「いいえ。おそらく、もうこんな事は無いのでしょうから」
テレジアが意味深に呟く。
そんな二人の様子を、やはりあんまり面白く無さそうな面持ちで見ているアルヴェルラ。
(カヅキは、私の、なんだがなぁ……)
他の者に華月を受け入れてもらえている事は、単純に嬉しいのだが、こうも親しげにされているのを見るのは、どうにも不快感が伴った。それが独占欲なのか、他の何かなのか、アルヴェルラにはイマイチ判断がつかなかった。
「しかし、これからどうしたものか。
引き籠ると宣言した手前、大っぴらに出歩くわけにもなぁ」
「そうですね。陛下はしばらく何時も通りに内政に励んでください。今までの積み重ねで、後少し進めれば、今年必要な分は終わるでしょう。
そうしたら、カヅキと二人で好きにしたらいいでしょう。国内でだらけている分には何の問題も有りません」
「……いや、そんな姿を見られたら、私の風体に在らぬ批評が起こりそうだが?」
「やる気の無い時の陛下のお姿を、わたくし以外の誰も知らないとお思いですか?」
「いや、そうは言わないが……。
まぁ、いい。解った。残っているものを片付ければいいんだろう? やってやるさ、見ていろ? 明後日までにケリを付けてやる」
ビッとテレジアを指差して、アルヴェルラが宣言する。
「カヅキ、待ってろ。直ぐに片付けて、二人でしばらく『遊び』に出るぞ」
「あ、ああ。解った」
アルヴェルラの勢いに圧されながら頷く華月。アルヴェルラは華月の答えに満足したのか、ニヘッと破顔してから首をコキコキ鳴らしたかと思ったら、華月が今まで観た事の無いほど真面目でキリッとした表情を浮かべると、
「さて、久しぶりに真面目にやるか」
一オクターブほど普段より低い声音で呟くと、カッ! と、ヒールの音を立て、歩いて行った。
そして、アルヴェルラは本当に当日夜から翌日一日で今年分の内務を大筋で仕上げてしまった。




