魔法講師はお役御免
儀礼正装を引き取り、一先ず『着て』から竜騎士細工以外をテレジアに預けた華月。
「……何故、私が持たされているんですか?」
布包みを片手に、テレジアが半眼で華月を流し見る。
「ディーネの所に行ってくるから、持って帰ってくれ」
「……仕方ないですね。精霊石を使用しての属性魔法の実践ですか?」
「そうだ。いい加減魔法の使い方を何とかしないといけないからな。
いつまでも、分割意識体頼みで使ってるわけにもいかないからな」
そう、華月は仕方なく分割意識体を幾つか、魔法専用に使い、魔族と同等の速度で魔法を使っていた。だが、幾ら少しの割り当てとは言え、分割意識体を塞いだ状態でいるのは、納得できなかった。
何か、もっと効率的な使い方があるはずだ。と、思っていた。
テレジアは仕方ないと言わんばかり――。
「私は先に帰って陛下に報告してきます。好きにしなさい」
「ああ。頼んだ」
華月はテレジアにそう告げると、転移門を起動し、一旦ノーブル・ダルク城へ戻る。そこから転身系と流身系を使い、走ってディーネの住処へ。
「さて、起きててくれるといいんだけど」
最初の時は完全に眠っていたディーネ。後でアルヴェルラ、テレジア、フェリシアの三人に聞いた所、どうもディーネは普通のドラゴンより多くの睡眠を要するらしい。それが何故なのかは誰も教えてくれなかった。
「ディーネ? 華月だ。起きてるか?」
「……いっつも寝てるみたいに言わないでくれる? 起きてるわよ」
ディーネは椅子に座り、集中して何かを書いていたようだった。紙を通してテーブルをペン先が叩く音がする。
「邪魔したか?」
「大丈夫よ。今、終わったわ」
ディーネがペンを放り出し、一枚の紙を手にして華月の方へ歩いてくる。
「……推察から推測し、推論を展開して推定した」
「何を?」
「カヅキの持つ、もう一つの玉の『特性』よ」
「え? そんなことできるのか?」
「不可能ではないわ。確実とも言えないけど。正解確率60%ってところ。情報が少なすぎてね」
ディーネはやれやれと肩を竦める。
「……でも、なんでそんなこと気にするんだ?」
「カヅキが余計な手順を踏まずに魔法を使うためよ。ただ、凄い危険性が――」
「そんな事ができるのか!?」
ディーネの言葉に思いっきり食いついた。食らい付くような勢いだ。
「……よく聞きなさいよ、危険性があるの! カヅキの能力だと百分の一の確率で!!
個人的にはお勧めしないわ……。テレジアが言うには、あの万人殺しに教示してもらって分割意識体を使って魔法を高速使用できるようになってるらしいじゃない? それで満足しないのかしら?」
「分割意識体をソレの為に割くのが納得できない」
「……その分割意識体を使う手法も、平均的な人間の魔法使いが普通に十年ぐらい修練して習得する技術なんだけど」
「一般的な事なんてどうでもいい」
「……その技術を習得すれば、大魔法使って呼ばれるんだけど」
「あくまで人間の基準でだろう? 俺にはそれじゃ足りない」
きっぱり言い切った華月の姿を見て、ディーネが究極に深くて大きいため息をつく。
「全く、陛下もテレジアもこの子に背負わせ過ぎよ……」
華月に聞こえないぐらい小さく呟いた。
「じゃぁ教えるわ。でもね、これだけは覚えておいて。貴方が私の『弟子』なら絶対に教えなかった。この手段はそれだけの危険がある」
「承知した」
「……ちょっとぐらい迷いなさいよ。
失敗した時の被害も言って置くわ。
先ず、一回死ぬ」
その程度、華月には何ら躊躇う理由にはならない。
「次、その玉は永遠に喪失する」
「……構わない」
今までも未覚醒の玉には頼らなかった。あの時の一回を除いて。だから、無くなった所で今なら問題ない。
「最後。魂の無事は保証は出来ない」
「…………それでも、だ」
頑なな華月を論理で砕く事は出来ない。そう悟ったディーネは方向性を変えた。
「追記、失敗して魂が砕けたら陛下が号泣して塞ぎ込む」
「……それは、困る……。
が、成功させれば問題ない」
「……もういいわ。教えるから……」
ディーネが根負けして折れた。
「この方法で魔法を使えるようにになる条件は一つだけ。
玉を半覚醒状態で維持する事」
「半覚醒……?」
「そう。非常に難しい事よ。普通は未覚醒か覚醒状態のどちらかのみ。それを無理して中途半端な半覚醒状態という不安定な状態で維持する。はっきり言ってこんな事を実践するのは馬鹿のする事ね」
「何で半覚醒の状態にする必要があるんだ?」
「カヅキのもう一つの玉の特性が、恐らく通称『魔弾』と呼ばれる特殊中の特殊な特性を持っているからよ。
今もって完全覚醒しないから怪しいと思ったら……まさか、よ。面倒この上ないわ」
「どんな特性なんだ?」
「一般的に知られているのは膨大な魔力を『生成』して、弾けて大爆発する。だから通称が魔弾。上手い事やればドラゴンだってその爆発で殺せる威力ね」
ディーネがさらりと告げるが、当の華月からすれば洒落に成らない特性だ。一回限りの核爆弾でも持っているようなものだ。
「でも、その玉の特性の解釈は間違っているわ。正確には、『真価発揮』とでも言うべきね。その異界人の『真価』を『発揮』させる特性よ。その為の手段として阿呆みたいな膨大な魔力を生成して、その魔力で異界人の身体から魂から『描き換える』の。異界人から、別の何かに、ね」
ディーネが腕組みをし、左手の人差し指だけを立てながら、片目を閉じて持論を展開する。
「過去、魔弾と言われるに至った爆発事例は覚醒に失敗して制御を失った結果よ。そして、この玉の最も厄介な覚醒条件は、解っている範囲では魂の慟哭とも言うべき根底からの絶叫する意志。
これはあの万人殺しから聞いた話から推察したわ」
「さっきから万人殺しって、弓弦葉先輩の事か?」
「そうよ。万人殺しのユヅルハ。魔将軍・紅蒼刀のユヅルハ。
カヅキは知ってるわね、ユヅルハが元は異界人だって事」
「ああ。俺の学校の先輩だからな」
「そう、そして問題は、ユヅルハが魔族としてこの世界に生きている。何故だと思う?」
「……魔族になるような出来事があったぐらいにしか」
華月は弓弦葉に聞かなかった。何故魔族になってしまったのか。人間を辞めてしまったのか。
「詳しくは教えられないけど、ユヅルハには五百年前から今も進行している悲劇があってね。ユヅルハは五百年前の最初の事件のその時、カヅキと同じように真価発揮の玉を持っていた。そして、制御に成功した結果が、魔族化という状態を生み出したわ。
それからは、歴史書でも読んだ方が解るわね。
ともかく、ユヅルハは人類種の上位互換である魔族に成り――」
「人類種の上位互換? 魔族が?」
「魔族の正式な種族名は人類種魔人族っていうのよ。人類種が世界との結び付きを強固にして、あらゆる機能を拡張した結果が魔人族という形態に至っただけなの。魔族も広義には人類種よ。混血の半魔人族なんてのも存在しているわ。まぁ、その辺の話も私の禁書書架でも読んで頂戴」
ディーネは床を指さす。どうやらディーネが危険だと判断した書物は地下に隠されているらしい。
「カヅキの真価発揮の玉が覚醒したらカヅキの場合はドラゴンの因子がどう作用して何に成るか予測できないの。だから完全覚醒は避けて、半覚醒状態で根本が人間以上のモノに成りかければ、魔法は感覚で使えるようになる――筈よ」
「そこも推定か」
「仕方ないでしょう? その玉に関しては覚醒に成功させた存在を、ユヅルハ以外に知らないんだから。大体、その玉の発生率も低いし、覚醒させる条件を満たす者も少ないの。統計を立てられるほどの数が無い上に、成功した者はそんな事言いふらさないわ。ユヅルハは特殊例よ。
それに言った通り、条件が条件だから今のカヅキで覚醒させられるかどうかも怪しいわ」
条件を満たすには、一心過ぎるほどの純粋且つ本心からの叫びだ。華月にそこまでのものが、今現時点で出せるものなのか。ディーネの疑問はそこだけだった。制御はなんとかするだろう。華月の事を、そう評価していた。
「魔法が感覚で使えるようになれば、私が教える事は特になくなるわ。元々、魔法を体系化したのは人類種だしね。連中は手順を効率化するために魔法を系統分けして分類、基本を反復作業で頭に焼き付けて、応用することで使用を易くしているに過ぎない。元々意識一つで魔法を使える他の種族とは決定的に違うのよ。
あ、精霊との盟約は私たちにも有効で、魔法の威力が上がるから。多分カヅキがどうなっても有効に働くと思うわ」
ディーネがペラペラと説明してくれる。が、華月は大半を聞き流し、必要な部分だけ覚えることにしていた。
「さて、覚悟を決めたなら始めていいわよ。
私は全力で結界を張るから」
ディーネが右手の人差し指を華月に向けると、華月の周囲を複数枚の結界魔法が取り囲む。百が一の大爆発に対する防御だ。
「じゃぁ、始める」
華月は自分の内に意識を向け、心の中で絶叫し始めた。
結果だけ言うと、ディーネの立てた仮説は正しく、華月の努力は実った。
「……本当に成功させるとはね、驚きよ」
「……成功してよかったけど、何だ? 凄く落ち着かないんだけど」
「恐らく半覚醒状態の玉の影響ね。魔力が不安定になっているんでしょうね。普段は眠らせるか、その状態に慣れる事ね」
「慣れる方向でやるよ。いざって時にこの状態で手間取るようじゃ話にならない」
華月が結界に手を触れ、何時もの感覚で魔力を集中する。
硝子が砕けるような音が響き、華月を取り囲んでいた結界魔法が全て粉々に砕け散る。
「……その結界、一枚でも私の半分本気の魔法を二回は防ぐ強度があるのよ。よくもまぁ簡単に砕いてくれるわね」
「……魔力の量が三倍以上になってる感じがする……」
「そりゃぁそうでしょう。本当なら別の何かに変わるための魔力だもの。それでも全開じゃないって事だけ覚えておきなさい。そして、玉の状態には気を付けるように。完全覚醒させたらどうなるか本当に解らないんだから。
魔法は今までと違って『どうするか』、『どうなるか』を意識しただけで使えるようになってるわ。一瞬で使えるけど、どの程度で抑えるかも同時だから、魔力遮断室の設定を変えて一万分の一の解放度で実践しなさい」
「解った」
カヅキの返事を聞き、ディーネは両手を腰に当て、ふんす。と、鼻で大きく息を吐く。
「これで私が魔法について教える事は無いわ。何か解らない事があったら来なさい。下の書庫も私に断れば見せてあげるわ」
「ああ。
魔法の教示、ありがとうございました」
華月は右手を胸に当て、そう言った後、深く頭を下げる。
「どういたしまして。カヅキが弟子じゃなくて単なる教育対象で良かったわ。弟子だったらその頑固な頭を何とかしようとして何回か殺してるもの。
これからは女皇陛下に仕える対等の仲間ね。宜しく、竜騎士カヅキ」
ディーネはそう言って右手を華月に向かって出す。華月もその右手を出し、しっかりと握手する。
「今の実力なら、トレイアもカヅキを認めてくれるんじゃないかしら。今度、卒業試験をしてもらったら?」
「近い内に行くことにするよ。剣技にも少しだけど自信が持てるようになったし。
それじゃぁ、今日はこの辺で」
「そうね。じゃぁ、またね」
ディーネに見送られ、華月はディーネの住処を後にする。
「高性能だけど、難儀な子になっちゃったわね。さてさて、どうなる事か。ちょっとだけ怖いわね」
華月を見送ったディーネは呆れ顔で呟く。
「この国の結界、強化しといた方が良い気がするわ。近日中に取り掛かるとしますか。
……あ~、少し寝溜めしないと駄目ね。全く、自分の事だけど私も難儀な体だわ」
ディーネは寝床へ向かう。どうやら今から寝溜めするようだ。
「……そう、私みたいなのを増やさないためにも、国の結界は手を抜けないのよ」
ディーネは他人にはよく見えない顔を少しだけ顰め、寝床に潜り込む。そして、次の瞬間には寝息を立てていた。恐るべき早寝の技だった。
華月がディーネの住処から少し離れた辺りを歩いていると、人影が見えた。
近づいていくと、その姿が次第にはっきりしてきた。
「……トレイア?」
「……よう」
立っていたのはトレイアだった。
「何でこんなところに?」
「城に行ったら、お前はディーネの所だって言われたんだよ。さっきまで飛んでたんだが、お前が見えたから降りてきた」
トレイアはそういうなり、手を地面にかざすと――。
「展開、グラン・グレイヴ」
自分の愛槍を呼び出した。
「あたしんトコに来ない間、あのユヅルハに扱かれてたんだって? 随分楽しい事してたじゃねぇか」
くるくるとグラン・グレイヴを取回す。
「恐らく、いや、確実に腕が上がったはずだ。確かめさせてくれ」
「――ああ。期待に添えるかどうかは、解らないけど――」
華月も腰のファスネイト・ダルクを抜き放つ。まだ、大人しい。
「それが噂の剣か……。イイねぇ、期待しちまうねェ……!」
傍から見ても解るぐらい、トレイアは楽しそうに笑っていた。
「陛下ほどじゃないが、あたしも全力では相手になる奴が居ねぇんだ。久しぶりに楽しませてくれよ!?」
すっかりバトル・マニアの顔でトレイアが叫ぶ。余程鬱憤が溜まっているようだ。
華月は心を落ち着け、半覚醒状態の心臓の玉に注意を払いながら、戦闘状態へ移っていく。
「行くぞ、トレイア」
「ああ、始めようじゃねぇか!!」
華月が先に仕掛けた。鋭い剣線が奔る!




