不法侵入の少女、目的は――
ate: 2012/01/04 00:38
一先ずストライク・イーグルと少女を拘束し、テレジアはそれらを両脇に抱えてアルヴェルラと抱えられている華月の元に戻ってくる。
「さて、どうする――」
「華月! あんたどうして――」
「黙りなさい」
テレジアにギュッと絞められ、少女が声を詰まらせる。
「陛下、一旦城へ戻りましょう。このままでは話をすることも難しいでしょう」
「そうだな。テレジア、一応気遣ってやれ。私とカヅキは一足先に戻っているからな」
「はい」
アルヴェルラは華月を抱えたまま飛び去った。
「さて、私も城へ戻ります。一応速度は緩めますが、辛いようでしたら声を掛けなさい。カヅキの姉と言う事らしいので、待遇はそれなりのものとさせて頂きます」
「……」
テレジアもアルヴェルラを追って飛ぶ。
(何よ……何なのよ……!!)
連れられるまま、少女は内心毒づく。
(こいつ等、華月華月って気安く呼んじゃってさ!)
但し、暴れたりしない。暴れたところで拘束から抜けられるはずも無い上に、ストライク・イーグルに乗っていなければ単独飛行も出来ない。どのみち手詰まりなのだ。
グツグツと自分の中で毒言を煮詰め、練り上げていく。
ノーブル・ダルクにおいて、あまり使われる事無い謁見の間。
最奥の三段ほど高い位置にある玉座に優雅に座るアルヴェルラ。
その真横に直立不動で控える華月。
丁度謁見の間の中央辺りで縛られたまま跪かされている少女と、その脇に転がされているストライク・イーグル。
それらの背後に立ち、無言無表情で威圧するように佇むテレジア。
重苦しい空気の中、アルヴェルラの声が響いた。
「さて、正体と名には見当が付いているが――。まぁ、自分で名乗ってくれるか?」
「……」
「…………沈黙を貫くというのであれば、こちらも相応の手段を持って対応させてもらうぞ。
カヅキ」
「ああ」
アルヴェルラが横に立つ華月に顔を向ける。
「取り敢えず、あの小娘の前に行け」
言われた通り、華月は少女の眼前に移動し、立つ。少女は無表情の華月を睨むように見つめる。が、華月と何かが通じる事は無かった。
アルヴェルラは頬杖をつきながら気だるそうに訊ねる。
「さて、まだ名乗る気にならないか?」
「……」
「…………仕方ない。
カヅキ、その小娘の横っ面を引っ叩け。ああ、頭が千切れない様に加減してやれよ」
「今の俺には難しい事を言うな」
溜息を吐きながら華月は最大限に加減した状態で少女の横っ面を、何の躊躇いも無く軽快な音を立てさせて引っ叩いた。
少女が信じられないと言わんばかりの顔になる。
華月に変化は無い。
「喋らないのであれば、これから段階的に手を出す。実行するのはカヅキだがな」
「まぁ、構わないが」
「っ!? 華月! あんたこれ以上私に手を出すの!?」
少女が怒鳴る。華月は表情一つ変えず、淡々と答えた。
「主の命ならな。何か、断らないといけない理由でもあるのか?」
「私を忘れたの!?」
「いいや。俺の記憶には二卵性双生児の姉だと記憶されているが……間違っているか?」
実に軽く華月が答えた。
「――ぁっ!? だぁ……っくっ、だったら! 何で!?」
言葉を詰まらせながら、少女は華月に問いかける。それに対し、華月は本当に解らないという様子で逆に訊ねる。
「それが、『主の命』に逆らう理由になるのか?」
絶望的なセリフに貌が蒼褪める少女。絶対的な断絶がそこに横たわっていた。
俯き、小さく震える少女。
「カヅキはお前の味方はしない。理解したか? ここは言わば敵地だ。素直に答えた方が身のためだと思――」
「テメェ、このオオトカゲが! 華月に何しやがった!!」
少女の全身から魔力の奔流が視覚化して虹色に光りながら立ち昇る。
拘束用の強化荒縄を引き千切り、立ち上が――。
「動くな」
加減した華月の拳が少女の鳩尾を打った。
「か、ぎゅっ!?」
そのまま華月は少女の右手首を掴み、背後に回り込んで腕を捻り上げ、足を払って床に押し倒す。
「カヅキ、放してやれ」
「……解った」
華月は手を離してまた少女の正面に戻る。
「……っく、か、華月……?」
「……」
涙ぐみながら少女が縋る様に華月の名を呼ぶ。だが、華月は微動だにしない。
「……何で……? ねぇ、華月? なん――」
「俺はドラグ・ダルクが女皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士」
華月が起き上がらない少女に向かって自らが何で在るかを滔々と告げる。
「悠月。お前の知っている瀬木 華月は、この世界で一度、死んでいる。今の俺は、ダークネス・ドラゴンにより再生された言わば二代目の瀬木 華月だ。
今の俺には、アルヴェルラが総てだ」
慙と告げる華月。信じられないという風体の少女。
「……このっ、愚弟があっ!!」
裏切られた親愛は直様憤怒の激情へと転換し、少女の身体を突き動かし、華月へと向かう。
「私がどれだけ心配したと――」
「関係無いな」
少女の繰り出す右ストレートを避け、右腕を取り足を払い背負い投げる。
無様に床に叩きつけられる少女
「言ったろ? 俺は前の俺じゃない。見た目と記憶を引き継いだ二代目だ。悠月と姉弟だった事は知ってるが、実感は無い」
「……だとしても!」
華月に掴まれている右腕を華月から引き剥がし、身を捻りながら跳ね起きる。
「あんたは!」
少女の左、
「私!」
右回し蹴り、
「瀬木 悠月の!」
左踵回し蹴り。
「弟だって事に『変わり』は無いんだよぉっ!!」
右肘。
全て、華月によって無効化された。
「言いたい事はそれだけか?
だったら、不法侵入を詫びて此処から去れ。此処が俺の居場所だ」
冷たくも凄然と言い放つ華月。
「~~っ! こ、この――」
「そこまでだ」
華月と悠月のやり取りに、少し辟易したのか若干の疲労を滲ませたアルヴェルラが横槍を入れる。
「お互い、それでは平行線だろう?
小娘、しばらくこの城に滞在する事を許可する。自分で納得するまでカヅキを説得してみるといい。
テレジア、誰か適当につけてやれ」
「承知しました」
「おい、ヴェルラ。正気――」
「私は『小娘から話を聞く』つもりでお前を連れて出迎えに行ったんだぞ? 招いていない客だが、無碍に帰す言われも無い。変な遺恨を持たれると面倒そうだしな、訓練の合間にでも相手をしてやれ。
私は執務室に戻る。後は好きにしろ」
アルヴェルラはそれだけ言うと謁見の間を後にしようとする。
「ま、待って!」
「ん? 何だ、小娘。何か文句でもあるのか?」
「……私は瀬木 悠月よ! 小娘じゃないわ!」
「そうか。それは失礼した、ユヅキ。
ならば、私もオオトカゲではなく、アルヴェルラ=ダ=ダルクと言う。見知っておけ」
ひらひらと左手を振りながらアルヴェルラは去って行った。
「やれやれ、寿命が縮むかと思いました」
「嘘付け、涼しい顔してるじゃないか」
アルヴェルラを見送ったテレジアと華月は溜息をつく。
「さて、俺もディーネとこれからの訓練について打ち合わせしてくる。後は任せるぞ」
「仕方ありませんね。
お嬢さん、私はテレジア=アンバーライドです。貴女の世話を任せる者の所に案内します。付いて来なさい」
「華月! 待って!!」
「……後で、話には付き合う。少しぐらい待て」
華月はさっさと謁見の間から出て行った。
「しばらくの滞在を許可されたのです、カヅキと話す機会はそれこそ無数に在ります。慌てずとも良いでしょう。
私もそれなりに忙しい身です。貴女を任せる者の所へ連れますから、今は大人しく付いて来なさい」
テレジアは転がされっ放しだったストライク・イーグルを拾うと、歩き出した。
「……う~……」
納得がいかない悠月だったが、従うしかない事は理解できているので、素直にテレジアの後を追った。
テレジアは悠月を連れ、城の最上階から屋根に出た。
「フェリシア様、出てきてください」
「……ん~? 何、テレジア」
端の方で補修作業をしていたフェリシアが軽い足取りで歩いてきた。
「フェリシア様、何も言わずしばらくこのユヅキの監視をお願いします」
「……は?」
「監視って、少しは隠そうよ」
一発で事情を呑み込んだフェリシアは苦笑し、悠月は憤慨する。
「ちょっと、何よそれ。私が何かするって事?」
「失礼、そちらは保険です。フェリシア様、こちらはカヅキの姉、ユヅキです。しばらく滞在するという事ですので、その間の世話をお願いします」
「総纒役にそう言われちゃ断れないね。
あたしはフェリシア、フェリシア=リステンス。宜しくね?」
「……瀬木 悠月よ」
自分よりも頭一つ以上小さい少女にニコニコ笑顔で挨拶され、悠月は少しだけ気後れしながら名乗り返した。
「で、何? 私はこの子を引き廻していいの?」
「お好きにどうぞ。
フェリシア様、後はお任せします。規約の範囲ならある程度は私の権限で好きになさってください。
ああ、この鷲は食べない様に」
「了解~。
鷲って肉が硬くて不味いから食べないよ~」
フェリシアに悠月を任せると、テレジアは壁の影に入ると消えた。
「影隠しとか使わなくてもいいのに……。
さ、ユヅキ。どうする?」
「え? いや、どうするって言われても……」
「ん~……。あんまりこの国については興味無いみたいだね。じゃぁ解説は省こうか。
ドラゴンにも……興味無いね」
「ちょ、ちょっと!? 何でそんな事が――」
「こう見えてもそれなりの歳だからね。カヅキより上だからユヅキよりも上だよ」
質問に答えなかったが、フェリシアの竜眼には相手の思考を読む能力がある。相手が無防備であったり、他者と共感しやすい体質だったりすると発露しなくても読めてしまう。
しかし、悠月はそれ以上聞く事無く、追求を諦めた。この世界の人間が何かを隠している時、絶対に正直に話さないと体感しているからだった。
「まぁいいわ。
私の関心は華月に関係している事だけだもの」
「カヅキに? だったらカヅキの立場の説明位はした方がいいね。
カヅキはこの国の女皇陛下の騎士、竜騎士になってるの。竜騎士っていうのは主人の血液を体内に享け入れ、共に在り、共に散る存在。主人が死なない限り死ねない宿命を背負った――」
「……華月は自分を二代目って言ったけど?」
「あ~……。陛下が見つけた時にはもう瀕死だったらしいよ。それで、その状態で竜騎士に成ったからじゃないかな? 詳しくは本人に聞いた方がいいと思うけど」
あたしも又聞きだからね~。と、断言は避けた。
「まぁ、早ければ今日の夕飯あたりでカヅキと話せるように手回ししておくよ。カヅキもユヅキと全く話したく無いわけじゃないと思うから」
「……割りと、便宜を図ってくれるのね」
「便宜を図るっていうか……。あ~……」
フェリシアにしては珍しく微妙な顔を見せて溜息をつく。
「……正直、あたしはこの手の説明が巧くないよ。だから、こう言うと聞こえは悪いし、印象も最悪になると思うけど、でも勘違いされたくないからそのまま話すね」
フェリシアの眼が細くなり、冷たくなる。
「『カヅキは貴女の所へ戻らない』」
容赦のない、慈悲も何もない一言。
「その自信があるから、さっさと片付けたいんだ。陛下が滞在を許可したのも、多分自信が在ったから。この滞在はユヅキが納得する為だけのモノ」
「……あんたも、結局そっち側なわけだ」
フェリシアの言葉で、悠月が敵意を見せる。
「あたしからすればそっち側もこっち側も無いよ。陛下辺りは「ここは敵地だ」とか言いそうだけどね。
続けると、主人と竜騎士は『血』を媒介に意識で、魂で繋がるの。共有された意識の繋がりは――あ~、やっぱり向いてないなぁ。ディーネ辺りなら巧く説明してくれると思うんだけど。
ともかく、今のカヅキと陛下の繋がりは、家族が持つ血の絆と同等か、場合によってはそれ以上のものになってるの」
フェリシアが苦い顔で頭を掻く。
「あたしが自分から説明できるのはこのぐらいかな。後は適当に質問してね。
……少し散歩でもしようか。頭に血が昇ってると回転が鈍るからね~」
フェリシアは転がされているストライク・イーグルの拘束を解く。
拘束を解かれたストライク・イーグルは翼を大きく広げ、体を解す様に身を捩る。
「ごめんね~、テレジアってばかなりキツく縛ってたみたいで」
「クァッ」
一鳴きすると、ストライク・イーグルは悠月の傍へ侍った。
「随分と強い信頼関係が出来てるね」
「……まぁ、ね」
「陛下とカヅキの関係も、似たようなものだと思ってくれるといいんだけど。
ま、それは後でカヅキと気の済むまで話してもらうとして、水辺にでも行こうか。森はエルフが、山はドワーフが居るからね~」
フェリシアは飛翼を展開すると、その場で浮きあがった。
「ゆっくり飛ぶから」
「気遣いは無用よ」
ストライク・イーグルの背に乗り、悠月は玉から魔力を汲み上げ、全身に行き渡らせる。
「纏身系は使えるわ」
「そう? じゃぁ、ある程度までにしとくよ」
普段の飛行速度からは大分落とした速度でフェリシアは飛び始めた。ストライク・イーグルも悠月の指示でその後を追う。
向かう先は水鏡の湖だ。
風を切って飛行する最中、悠月のは少しだけ纏身系を緩め、肌で風を感じながら頭を冷やそうと、昂ぶっている気持ちを落ちつけようとしていた。
(……に、しても、面白くないわ)
努力はしているが、どうも巧く行かない。
(何なの? このドラゴンたちからの華月に対する全幅の信頼は? 一体何があったの?
トロールはコントロールに失敗してからはモニターできなかったし、ダイア・ウルフは華月に半分潰されるし、残りはあのテレジアってのに消されたし――。
……? そういえば華月って、あんなに戦えたっけ? いや、腕っ節はからっきしだった。喧嘩だって、小さいころから私の方が強かったのに……)
ついさっき、華月にはいいようにやられ、無様にも二度も床に転がされた。それも殆どカウンターで。
(本当に、私の知ってる華月とは違ってるってこと……?)
「そろそろ着くよ~。高度下げるからね」
前を飛ぶフェリシアの声が聞こえた。大分距離が空いているのに、緩めているとはいえ纏身系で防御を固めているのに。
だが、空耳では無かったようで、フェリシアは高度を下げ始め、湖の畔へ向け降下していった。
ストライク・イーグルに追うよう指示し、悠月も降りる。
「到着。ここなら静かでいいでしょ」
「……そうね」
ストライク・イーグルに自由行動を許し、悠月は湖の端に腰掛け、水面に映る自分の顔を見る。
(……大きくなるにつれ、私と華月は違って行ったのよね……)
小さい頃は一卵性双生児と言われても違和感がないぐらい似ていたのだが、小学に入った頃から差異が見え始め、今では言われれば似ている程度になっていた。
(ここでも、また違って行ったって事なのかな……)
華月が自分と距離を取り始めていた事は、中学の頃にははっきり感じていた。
自分と比較される事を嫌っていた事も。
(でも、華月……。私は何時だって、華月を心配していたんだよ……?)
何かある度に火消しに回り、時には先回りして問題や障害を解消したり。裏方で動いたことも多い。
(華月がプレッシャーに弱いって、解ってたから――)
そう考え出すと泣きたくなってきた。自分がしてきた事は華月にとっては余計な事だったのかもしれないと。舞台を整え、事後の面倒から華月を遠ざけていた事が、却って華月の成長を妨げていたのではないか。
何の枷も無い状態で、短期間で華月は自分以上の腕っ節の強さと、揺るがない心を手にしているように見えた。
「……はぁ」
「あらぁ、溜息は良くないわよ?」
「……え?」
水面が波打ち、盛り上がりだした。
「え? え、えぇっ!?」
「そんなに驚かれると、傷つくわぁ」
「あ、ロミニア。久しぶり~」
大人しくしていたフェリシアが盛り上がった水に挨拶した。
「あら、フェリシアちゃん? 久しぶりねぇ」
水はそのまま女性の形を取ると、深い蒼に染まった。
「な、何よコレッ!?」
「ユヅキは水の精霊って初めて?
彼女は水の中級精霊の――」
「ロミニアよ」
狼狽する悠月に非常に軽い感じで挨拶するロミニア。
「ん~? カヅキくんと同じような流れを持っている子ね?」
「……華月は私の弟よ」
「あら、そうなの? ……でも、カヅキくんと比べると、貴女……流れが淀んでるわねぇ。あの子は凄かったわよ、淀みが殆ど無い見事な流れ」
「……この世界で華月が優秀だってのは解ったわ。で、あんたは何で私の前に出てきたの?
下らない事を言いに出たんなら、精霊が本当に不滅かどうかあんたで試す事にするわよ」
「あらあら、怖い事を言う子ね。
一つ、言葉を掛けようと思っただけよ」
ロミニアは顔だけ精巧にして、神妙に告げる。
「誰かと真剣に話そうとしているなら、素直に、飾らず話す事。相手がどう返そうが、それだけで貴女の心は届くはずよ」
「……解ったような事を言うのね」
「これまでも人には関わってきたし、様々な人間の死にも、関わってきたわ。だから、声を掛けただけよ。どう受け止めて、どうするかは貴女次第。
またね、フェリシアちゃん」
「またね~」
ロミニアは相変わらず意味深な事を言うだけ言って消えた。
「そろそろ、頭も冷えたかな?」
「……後は戻って城の屋根にでも居れば十分よ」
「そう? じゃぁ戻ろうか」
悠月がストライク・イーグルを呼び戻し、背に乗るのを確認すると、フェリシアはまた行きと同じ速度で飛び始めた。悠月もそれを追う。
(……何にせよ、今までで一番真剣に、素直に、華月と正面から話さないと駄目ね)
悠月は決意した。華月と正面から話し合うと。




