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武将 島津義弘 第77話 義弘が退き口を抜ける

慶長五年九月十五日。関ヶ原南西、藤古川沿いの湿地帯。

豊久の殿が消えた直後の刻。


義弘の馬が、湿地の泥を踏みしめて前へ進んでいた。

蹄が泥の層を抜け、固い地面へ移ると、音が鈍いものから乾いたものへ変わった。

藤古川の湿地帯は後方へ細く伸び、黒い帯のように見えた。

前方には、道幅が広がる地点がわずかに高く盛り上がっていた。


義弘の馬がその広い道へ入った。

左右に余裕が生まれ、先頭の島津兵が横幅を広げて進み始めた。

馬の脚から湿地の泥が落ち、乾いた地面に黒い斑点を作った。

周囲の地形は湿地から畑地へ変わり、土の色が明るくなった。

畦道の名残が地面に細い筋を描き、踏み固められた跡が続いていた。


十郎太が馬を寄せ、後方へ視線を向けた。

湿地帯の上に火縄の煙が薄く残り、白い帯のように漂っていた。

湿気で煙が低く滞留し、地面近くに溜まっている。

十郎太はその向こうに敵兵の姿が見えるかどうかを確認した。

槍の穂先が揺れたが、追撃の列は前へ出てこない。

湿地の泥に足を取られ、黒田・細川の足軽が密度を保てずにいるのが遠目にも分かった。

十郎太は義弘へ追撃の有無を報告した。


突破線の兵が、道幅に合わせて横幅を広げた。

後列が前へ追いつき、列が一本にまとまる。

槍の角度が揃い、進行方向が安定した。

馬と足軽の歩調が揃い、前方への速度が上がった。

湿地を抜けたことで、兵の足取りが軽くなり、列の動きが滑らかになった。

畑地の固い地面が、兵の踏み込みを支えていた。


後方の鉄砲音が弱まり、間隔が広がった。

湿地帯を挟んだことで音が吸われ、響きが鈍くなった。

槍のぶつかる音が湿地の向こうで小さくなり、火縄の煙が後方に薄く残るだけになった。

島津軍の前方の音だけが強くなり、足音と馬の蹄の音が一定のリズムを刻んだ。

湿地帯が距離を取りながら遠ざかり、後方の戦音はさらに小さくなった。


義弘の馬が先頭で進み続けた。

広い道を一定の速度で進む島津軍の列は、横幅を保ちながら前へ伸びた。

後方の湿地帯は、細い帯のように遠くへ退いていく。

火縄の煙がその上に薄く残り、白い筋となって揺れた。

湿地の黒い泥が視界の端で小さくなり、畑地の乾いた土が前方へ続いていた。


退き口を抜けた線が前方へ伸びた。

島津軍の列は、戦場の外へ向かう道を進み続けた。

地面の色が乾いた土に変わり、踏み固められた道が緩やかに上り始めた。

畑地の境界が左右に広がり、道の両側に低い草が揺れていた。

湿地の重さが消え、列の動きがさらに安定した。


背後の戦音は、もう湿地の向こうでしか聞こえなかった。

島津軍の列は、前へ進む線だけが残り、後方の線は完全に消えていた。

義弘の馬がその先頭で、一定の速度を保ちながら進んだ。

藤古川沿いの湿地帯は遠くに霞み、火縄の煙が薄く漂うだけになった。


退き口の線は、戦場の外へ向かって伸び続けた。


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