表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/29

武将 島津義弘 第14話 横川での戦い

永禄元年(1558)盛夏。

飫肥を発った義弘の一行は、日向南部特有の深い谷へ入った。

横川は飫肥城の南西に位置し、伊東氏が志布志・都城と結ぶ防衛線の外縁にあたる。

雨が多い土地で、赤土は水を含むと重く沈む。

谷底には湿地が残り、尾根は鋭く乾いていた。

義弘は馬を降り、谷筋の幅と傾斜を歩いて確かめた。

足裏に伝わる沈み、草の倒れ方、谷を抜ける風の弱さ。

飫肥とは違う。

横川の谷は細く、出口が異様に狭い。

兵が並べばすぐ詰まる地形だった。

「ここは動かぬ。谷が止める」

義弘は尾根の高さを測り、谷の出口を見下ろした。

尾根は乾き、足場が固い。

谷底は湿り、足が取られる。

この差が戦を決めると、義弘は踏査の段階で確信した。

斥候が戻った。

「敵、四十ほど。谷の出口に布陣しております」

伊東氏は弓足軽を多く抱え、谷の出口に兵を置くのは常道だった。

だが、湿地側に寄っているのは油断の証。

永禄期の伊東軍は鉄砲の導入が遅く、弓の射線が乱れる地形には弱かった。


義弘はすぐに尾根沿いへ兵を展開した。

弓足軽を高所に置き、谷筋へ誘導するため、

前衛を少数だけ谷側に出す。

伏兵は尾根の陰に潜ませた。

島津家は古くから“尾根の陰”を使う戦術を得意とし、

地形を盾にする戦い方を徹底していた。

「殿、敵は谷をまっすぐ来ます」

十郎太が風の流れを見ながら言った。

谷を吹き上げる風が弱いのは、湿地が広がっている証だった。

「谷が通る。ならば、ここで断つ」

 敵が谷筋を進み始めた。

湿地に入ると、足並みが乱れた。

草が倒れ、泥が跳ね、列が揺れる。

谷の出口は狭く、後列が前列を押し、隊形が歪む。

伊東方の弓足軽は射線を確保できず、矢が散った。

義弘は静かに手を上げた。

「いま」

尾根側から矢が一斉に放たれた。

高所からの射は角度が鋭く、敵の前列を正確に射抜いた。

前列が止まり、後列が押し合う。

湿地で足を取られた兵は逃げ場を失い、谷の出口で詰まった。

「押し返せ」

伏兵が動き、尾根の陰から谷へ矢を浴びせた。

敵は退こうとしたが、谷筋しか退路がない。

狭い出口に殺到し、さらに乱れた。

谷の形そのものが敵を押し返していた。

十郎太が低く言った。

「殿、谷が働いております」

義弘は谷の出口を見つめたまま、

「谷が勝っただけだ」

と答えた。


戦が終わると、義弘は再び歩いた。

湿地の沈み具合を足裏で確かめ、

尾根と谷の差を一つずつ記録する。

敵の足跡は深く沈み、列の乱れがそのまま残っていた。

湿地の匂い、倒れた草の向き、泥の跳ね方──

すべてが“地形が勝った戦”を物語っていた。

十郎太も地面に指を触れ、湿り気を確かめた。

「ここは兵が乱れます。風も抜けませぬ」

義弘は短くうなずいた。

「谷は敵を止め、尾根は兵を守る。

 この差が戦を決める」

義弘は谷の出口に立ち、

敵が退いた跡を静かに見つめた。

飫肥で芽生えた“地形の武”が、

横川で初めて大きな形を得た瞬間だった。

 その夜、陣所で地図を広げると、

谷・尾根・湿地の線が一つの形を作り始めていた。

義弘はその線を指でなぞり、

「ここで断つ。ここで動く」

と小さくつぶやいた。

翌朝、義弘は横川を離れ、飯野へ向かった。

山道を歩く足取りは迷いなく、

視線はすでに次の“地形の差”を追っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ