限界聖女はバカンスがしたい
「聖女様、どうにも昨日から熱が下がらんのです」
初老の男性が苦痛で顔を歪めながら、症状を訴える。
「失礼しますね」
男性のおでこに手を当てると、確かに凄い熱だ。
そのうえ首回りに魔力の澱みを感じる。
症状的にも、カロナン病で間違いないだろう。
――カロナン病はここ数年、国内で大流行している病気で、ある日突然高熱に襲われ、最悪の場合死に至ることもある、とても恐ろしい病気だ。
しかも現状これといった治療薬もなく、唯一の治療法は、私たち聖女による治癒魔法だけ。
なので、今日も今日とて我が神殿には、果てが見えないほどの多くの患者さんが訪れているのである。
「おそらくカロナン病だと思われます。今から治癒魔法をかけますね」
「あ、あぁ……! よろしくお願いいたします……!」
神に祈るように私に向かって手を組む男性に、私は両手をかざす。
「空を漂う青い雲よ
夜空に瞬く黒い星よ
水面に揺れる透明な鳥よ
真実の色を我が示さん
――【回帰する逆理の光】」
私の手のひらから放たれた白い光が男性を包み、瞬く間に首回りの魔力の澱みが消えた。
「おお! 身体が軽い! ハハッ! ありがとうございます聖女様! ありがとうございます!」
男性は涙ぐみながら、何度も私に頭を下げる。
「ふふ、お大事になさってくださいね」
「はい! 治療費はおいくらになりますでしょうか?」
「1万サクルになります」
「あ、では、これを」
男性から1万サクル紙幣を受け取る。
「ちょうどいただきます。どうぞ神のご加護がありますように」
私は腕を組んで、男性に祈りを捧げる。
男性は最後にもう一度深く頭を下げてから、去って行った。
ふう。
「それでは次の方、どうぞ」
「はい」
次に私の前に現れたのは、恰幅の良い中年女性だった。
さて、この方の症状は――。
「お先に失礼しまーす」
「――!?」
その時だった。
新人聖女のベティさんが、まだ大量の患者さんが残っているにもかかわらず、さっさと帰ろうとした。
「ベティさん!? まだ患者さんは残ってますよ!?」
「えー、でも、もう5時ですし。今日はこれから私、彼氏とデートがあるんです」
なっ!?
だ、だからって!
「じゃあ、残った患者さんはどうするんですか!?」
中には緊急を要する方もいるかもしれないのに!
昨今の激務により、次々と聖女が退職してしまった我が神殿では、今や残っている聖女は私とベティさんだけ。
つまりベティさんが帰ってしまったら、私一人だけでこれだけの患者さんを担当しなければいけなくなるのだ……!
「その辺はセシリア先輩にお任せしまーす。それではー」
「ベ、ベティさん!?」
ベティさんは鼻歌交じりに、さっさと帰ってしまった。
クッ……!
「あ、あのぉ、聖女様……?」
「……!」
目の前の患者さんが、気まずそうに私を窺う。
「あ、ああ、これは失礼いたしました。本日はどうされましたか?」
「はい、それが――」
こうしてこの日も私は夜の10時過ぎまで、ろくな休みもなく働き続けたのであった……。
「……失礼します、セシリアです」
「ん? ああ、入りたまえ」
その翌朝。
私は神殿に出勤するなり、その足で神殿長の執務室の扉をノックした。
フウと一つ息を吐いてから執務室に入ると、今日も神殿長は椅子にふんぞり返りながら、両手の十本の指に嵌めた純金の指輪を眺め、ニヤニヤした笑顔を浮かべていた。
「何かあったのかね?」
神殿長は指輪に視線を向けたまま、私に訊く。
「前々からお話ししている件、どうなったかと思いまして」
「……あぁ、聖女を増やせというやつか」
「そうです。ハッキリ申し上げて、現状の私とベティさんの二人体制では、どう考えても人手が足りていません。……私もこの数ヶ月、一日も休みを取れておりませんし。どうかせめてあと一人だけでも、聖女を増やしてはいただけませんでしょうか!」
私は神殿長に、深く頭を下げた。
「そうは言ってもねえ。君たち聖女を雇うには、決して低くない費用がかかってるんだよ。現状二人で仕事は回ってるんだし、これ以上増やす必要性を、私は感じないがね」
「……!」
こ、この人は……!!
今何とか仕事が回ってるのは、私が人生の全てを犠牲にしているからだ。
こんな生活を続けていたら、早晩私の身体はボロボロになってしまう……。
それで私が倒れたら、残る聖女は新人のベティさんだけ。
そうなったら、とてもじゃないがこの神殿は経営が立ち行かなくなってしまう……!
「で、ですが……、私かベティさんの身に何かがあってからでは、手遅れになり兼ねません。ですからどうか……! どうかお願いいたします……!」
私は再度、神殿長に頭を下げる。
「……ハァ、わかったわかった。何とかするから、君は仕事の準備をしたまえ。今日もたくさんの患者さんが、君のことを待っているのだからな」
「……はい。失礼いたします」
本当にわかってもらえたのか一抹の不安は残るものの、今はこれ以上何か言うのは得策ではないだろう。
私は奥歯をグッと噛みしめながら、執務室を後にした――。
「セシリア君、ちょっと」
「? はい」
その翌週。
私が神殿に出勤すると、神殿長が私を手招きした。
神殿長はいつになく真剣な顔をしている。
い、いったい何の話かしら。
やっと新しい聖女を雇う気になってくれたのかな?
僅かな期待を抱きながら、私は神殿長について行った。
「どうもー、お疲れ様でーす」
「っ! お、お疲れ様……」
神殿長と一緒に執務室に入ると、そこにはベティさんがいた。
そしてベティさんの隣には――聖女の制服を着た、若い女性が佇んでいた……!
「はじめまして。わたくしはアーリーンと申します」
「あ、はじめまして。セシリアと申します」
アーリーンと名乗った若い女性に、私も軽く頭を下げる。
「セシリア君、君がずっと願っていた、新しい聖女だよ」
神殿長がドヤ顔でそう言う。
嗚呼、神殿長……!!
やっと私の思いが通じたのですね……!
「ハハ、何を隠そう、アーリーンは私の娘でね。前々から聖女の仕事に興味があったと言うから、ちょうどいいから聖女として雇うことにしたんだよ」
「まあ、そうだったのですね」
なるほど、神殿長の娘さんでしたか。
言われてみれば、目元がよく似ている。
……ただ。
「アーリーンさん、失礼ですが、アーリーンさんの魔力量は、おいくつくらいですか?」
「魔力量ですか? 確か6500くらいだったと思いますが」
「そ、そうですか……」
アーリーンさんはおっとりとした笑みを浮かべながら、そう言う。
6500、か……。
一般的に、聖女になるのに必要な最低魔力量は、約1万と言われている(ちなみに私の魔力量は53万だ)。
正直今のアーリーンさんでは、あまり戦力にはならないだろう。
でも、魔力量は訓練次第で増やせるし、最初のうちは雑用を代わりにやってもらえるだけでも、随分仕事は楽になる。
これは何としてでも、大事に育てていかなくては……!
「わかりました。最初はいろいろと覚えることが多くて大変かもしれませんが、私もなるべくわかりやすくお教えしますので、どうぞこれからよろしくお願いいたします」
「ああ、セシリア君、君がアーリーンに仕事を教える必要はないよ」
「……え?」
神殿長……?
「君は今日限りで聖女をクビだ。今までよく頑張ってくれたね。どうか君の次の職場での活躍を祈っているよ」
「――!!?」
なっ!?
「ど、どういうことですか神殿長ッ!? 私がいなくなったら、聖女はベティさんとアーリーンさんしかいなくなってしまうのですよ!?」
新人のベティさんと、聖女にすら満たないアーリーンさんの二人だけでは、とても仕事が回るとは思えない……!
「だったら何だというんだい? 今までも君とベティ君の二人だけでやっていけてたんだから、ベティ君とアーリーンでも問題はないはずだろう?」
そ、そんな……!
この人は、どの聖女もみんな同じだと思ってるの……!?
――完全に、聖女を物扱いしてるじゃない……!!
……大方私がたびたび業務改善要望を出していたのが気に食わなかったから、私の代わりに自分の娘を聖女にしようという魂胆なのね?
「ベティ君、アーリーンの教育は君に任せた。これからは君が、ここで一番の先輩聖女だからな。よろしく頼むよ」
「はい、お任せください神殿長! アーリーンちゃん、これから二人で頑張ろーね」
「はい、よろしくお願いいたします、ベティ先輩」
「くううぅぅ~! 先輩って呼ばれるの、ずっと憧れてたんだよね~!」
「ハハハハハ」
和気あいあいとしている三人を、私は色のない瞳で見ていた。
あぁ、そうか……。
私はもう部外者なのか……。
「……失礼いたします。今までお世話になりました」
溢れそうになる涙をグッと堪えながら、私は執務室を後にした。
背中から神殿長の、「おう、達者でな」という乾いた声が響いた――。
「……ハァ」
あれから一週間。
にわかに無職になってしまった私は今、国内有数のリゾート地として有名な、エクーフラ島に一人で来ていた。
聖女になってからのこの数年は、ほとんど休みもなく働き詰めだったので、こうしてゆっくり旅行をするのは、実に久しぶりだ。
エクーフラは南国の小さな島で、ギラギラと照りつける陽射しが眩しく、王都と違って高い建物もほとんどないが、この緑豊かな景色と潮の匂いが、長年の激務で私の身体にこびりついた錆びを、徐々に剝がしていってくれているような感覚がする。
私はエクーフラの空気を堪能しながら、当てもなく海辺をぶらぶらと散歩していた。
「う、うおおおお!!」
「――!」
その時だった。
防波堤に座って釣りをしていた男性が、どうやら大物がかかったらしく、慌てて立ち上がり暴れる釣り竿を必死に握り締めた。
なっ!?
「だ、大丈夫ですか!?」
思わず私は男性に声を掛けてしまった。
「あ、はい! 申し訳ないんですけど、そこの網で、魚を捕まえてもらえませんか!?」
男性の視線を追うと、そこには取っ手のついた大きな網が置かれていた。
こ、これね!
「わかりました! お任せください!」
私は網を手に取り、暴れる水面を凝視する。
「う、うおりゃあああああああ!!!」
男性が渾身の力で釣り竿を引いた。
水面に黒い魚の影が映る――!
今だ!
「セーーーイ!!」
私は一思いに、魚を網で引き上げた。
聖女の仕事は重体の患者さんを手で運ぶこともよくあるから、普段から身体はそれなりに鍛えてるのよ!
網の中では黒い縦縞模様の大きな魚が、ビチビチと元気に暴れている。
「オオオオ!! ありがとうございます!! お陰で助かりました!」
男性が眩しい笑顔を浮かべながら、私から網を受け取る。
こうして並んでみると男性は見上げるほど背が高く、サングラスに薄手の半袖シャツにハーフパンツにサンダル、そして小麦色に日焼けした肌という、如何にも地元の方といった風貌をしていた。
ただそんな中で、キラキラと輝く金髪だけは違和感があった。
エクーフラの人は黒髪が多いと聞いたことがあったけれど、ひょっとしたら他所から移住してきた方なのかもしれないわね。
「い、いえ、お力になれたのでしたら、何よりです」
「ハハ、もしかしてご旅行の方ですか?」
「ええ、そうなんです。今さっき着いたばかりで」
「そうですか! エクーフラは初めてですか?」
「はい。ずっと王都で生活していたので、この自然豊かな景色に、心が洗われます」
「あぁ~、わかります。俺も王都で生まれ育ったんですけど、以前仕事でエクーフラに来た時、ここがあまりに居心地が良かったんで、思い切って仕事を辞めてここに移住したんです」
「そ、そうだったんですか……」
やっぱり移住してきた方だったのね。
でも、私も似たような境遇だから、この方の気持ちはよくわかる。
……まあ、私の場合は自分で仕事を辞めたわけじゃなく、単にクビになっただけなんだけど。
「ところで、今日泊まる宿って、もう決まってらっしゃいますか?」
「あ、いえ、それがまだで……」
「おお! じゃあちょうどよかった! このすぐ近くに、俺が経営してる小さい宿があるんですけど、うちに泊まってはいだだけませんか? 釣りを手伝っていただいたお礼に、格安にしときますから」
「え?」
男性はニコッと太陽みたいに微笑んだ。
こ、この方、この若さで宿のオーナーなの……!?
歳は私と同じく、20代中盤くらいなのに……。
もしかして王都では、かなりのエリートだったのでは……?
でも、これは渡りに船だわ!
ちょうどこれから、宿を探すところだったし。
「はい! 是非お願いします!」
「ハハ、承知いたしました。ではお荷物お持ちしますね」
「あ、ありがとうございます」
男性は左手で釣り竿と魚が入った網を持ち直すと、右手で私のトランクケースをヒョイと持ってくれた。
細身なのに、意外と力持ちだ。
まあ、こういう仕事をしている以上、聖女同様、筋肉は必要なのだろう。
「申し遅れました。俺の名前はジョセフといいます」
並んで歩きながら、男性がそう名乗った。
「あ、私はセシリアです」
「セシリアさん、いいお名前ですね。どうかセシリアさんのこの旅が、思い出に残るものになりますように」
「ありがとうございます」
ふふ、早速一つ、思い出が出来たわ。
これは、幸先がいいかも――。
「おおいチャーリー、お客さんだぞー」
ジョセフさんの宿は、海辺にあるこじんまりしたものだった。
看板には『ニャッポリート』と書かれているから、これが宿の名前なのだろう。
お世辞にも豪華な宿とは言えないけれど、むしろこの地元感が、エクーフラに来たという感じがして、胸が踊る。
それに、規模自体は小さいものの、建物は全体的に綺麗で装飾も今時だし、まだ建てられてから然程年数が経っていないことが窺える。
「あ、どうも、いらっしゃいませー! ニャッポリートにようこそ!」
ニャッポリートの中から、12歳くらいの元気な少年が出て来た。
タンクトップにハーフパンツにサンダルという出で立ちで、ジョセフさん同様全身が小麦色に日焼けしているが、黒髪なことからも、この子は地元民なのかもしれない。
「セシリアさん、こいつは従業員のチャーリーです」
「どうも、チャーリーです! といっても、従業員はオイラ一人なんですけどね」
「オイ、余計なこと言うなよ」
「うふふ」
仲がよろしいんですね。
同じ二人だけの仕事仲間でも、私とベティさんとは大違いだわ……。
「? セシリアさん、どうかされましたか?」
「あ、いいえ、何でもありません」
「そうですか。チャーリー、セシリアさんをお部屋にご案内してくれ。101号室な」
「あいよ! どうぞ、こちらです」
「ありがとう」
チャーリーくんはジョセフさんから私のトランクケースを受け取ると、それを片手だけで担いでトコトコ歩き出した。
まだ子どもなのに、チャーリーくんも意外と力持ちね!?
それにこんな歳から働いてるなんて、感心しちゃうわ。
この辺では、当たり前の光景なのかもしれないけど。
「こちらがお客様のお部屋です」
「わあ!」
私が泊まる101号室は、窓から海が見える絶景スポットだった。
太陽光が反射して、海がエメラルド色にキラキラ輝いている。
海ってこんなに綺麗だったのね……!
王都にも一応海はあるけど、黒く濁っていて、とてもこんな感動はないから……。
この絶景が見れただけでも、エクーフラに来た甲斐があるわ!
「お荷物ここに置かせてもらいますね」
チャーリーくんがバゲージラックの上にトランクケースを置いてくれた。
「ありがとう。はい、これ」
私はチャーリーくんにチップを渡す。
「へへ、ありがとうございます! ディナーは7時からになってますので、そしたら食堂までお越しください」
「わかったわ。……チャーリーくんは、ジョセフさんとは付き合いは長いの?」
「オーナーとですか? いえ、まだ半年くらいです。孤児だったオイラを半年前にオーナーが拾ってくれて、一緒にこのニャッポリートを立ち上げたんです!」
「ああ、そうだったのね」
どうりで建物が新しいはずだわ。
でも、新築の宿をポンと建てちゃうあたり、やっぱりジョセフさん、相当なお金持ちだったのでは……?
もしくはどこかの貴族の令息だったりして……?
「お部屋の鍵はここに置いておきますね。では、オイラはこれで失礼します!」
「ええ、また後でね」
チャーリーくんはトテトテ歩いて、木製の扉をそっと閉じた。
部屋の中には、打ち寄せる波の音だけが残された。
――さて、と。
「――やっほう!」
私はふかふかのベッドにダイブした。
ピンと張られた洗いたてのシーツの匂いが、鼻孔をくすぐる。
嗚呼、こんなにのんびりした時間を過ごすのは、いつぶりかしら……。
「うふふ、うふふふふふ」
思わず気持ち悪い笑いが漏れてしまう。
私は暫し広いベッドの上でゴロゴロし、波が奏でるメロディに酔いしれた。
「どうぞ、こちらが今夜のメインディッシュの、アクアパッツァになります」
「わあ!」
そしてお楽しみのディナータイム。
ジョセフさんが私のテーブルに置いてくれたのは、ついさっき釣った黒い魚で作った、アクアパッツァだった。
大きな皿の上には、魚がそのままの姿でミニトマトやオリーブ、ニンニクと共にスープでじっくりと煮込まれており、見ているだけでお腹がキュルリと鳴った。
しかもどうやら今日の宿泊客は私だけらしく、食堂には私しかいない。
こんな贅沢な空間を独り占めしちゃうなんて、何だかお姫様にでもなった気分だわ。
「冷めないうちにお召し上がりください」
「あ、はい、いただきます!」
恐る恐るフォークで魚の身をほぐすと、そっとそれを口に運ぶ。
すると――。
「お、美味しいッ!!」
涙が出そうになるほど美味しかった。
噛めば嚙むほど魚の旨味が口いっぱいに広がる――。
嗚呼、こんなに新鮮なアクアパッツァ、とても王都じゃ食べられないわ……!
これぞ、リゾート地の醍醐味……!
「ハハ、それはよかった。よろしければこちらのパンもスープに浸してお食べください。美味しいですよ」
ジョセフさんがパンを差し出してくれる。
まだホカホカと湯気が上がっており、焼きたてなのだろう。
「ありがとうございます!」
早速パンをちぎってスープに浸して食べると、これまた唸りたくなるほど美味しかった。
「んん~~~~!!!」
「アハハハ! そんなに美味しそうに食べてくれたら、料理人冥利に尽きますね。よかったら後で残ったスープでパスタも作りますから、お申し付けくださいね」
「パスタもッ!」
そんなの絶対美味しいやつじゃない!
ここに泊まって、本当によかった……!!
私は改めて、パンと共に幸せを噛みしめた――。
「ふう、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
あの後パスタもペロリと平らげた私は、身も心もいっぱいだった。
「どういたしまして。お口に合ったようで何よりです」
「あのぉ、ジョセフさん、ずっと気になってたんですが、なんでジョセフさんは、室内でもサングラスをかけてらっしゃるんですか?」
最初に出会った時から、ジョセフさんは私の前で一度もサングラスを外していない。
何か事情があるのかしら……?
「え? ……ああ、これですか。実は目に先天的な疾患がありまして。常にサングラスが欠かせないんですよ」
「あ、そ、そうだったんですね! 申し訳ありません、失礼なことを訊いてしまいまして……」
私ったら、デリカシーに欠けてたわ……!
自分で自分が恥ずかしい……!
「いえいえ、どうかお気になさらず。今食後のコーヒーをお持ちしますね」
「あ、どうも」
「こちらお下げしまーす」
チャーリーくんが私の前から、テキパキ食器を片付ける。
ふふ、本当に働き者ね、チャーリーくんは。
「……あ、あれ? 何だこれ……?」
「「――!!?」」
その時だった。
突如チャーリーくんがふらついて、その場に倒れてしまった。
散乱した食器がガシャンと、不快な音を立てる。
――なっ!?
「オ、オイ!? チャーリー、大丈夫かッ!?」
慌ててジョセフさんがチャーリーくんを抱き起こす。
「ハァ……、ハァ……」
チャーリーくんは肩で息をしており、虚ろな目をしている。
こ、これは――!!
「失礼します!」
「――! セシリアさん……!?」
そっとチャーリーくんのおでこに手を当てると、凄い熱が出ていた。
そのうえ首回りに魔力の澱みを感じる。
間違いない、カロナン病だわ――。
「……チャーリーくんは、カロナン病に罹っていると思われます」
「そ、そんな!? ここから最寄りの神殿までは、片道で半日はかかるんです! ああ、いったいどうしたら……!」
ジョセフさんの顔が、絶望で染まる。
カロナン病は、若い人ほど死亡率が高い。
今日はもう遅いし、明日の朝一で神殿に向かったとしても、それまでチャーリーくんの命はもたないかもしれない……。
――でも。
「大丈夫です。私は聖女ですから」
「え? セシリアさん……!?」
私はチャーリーくんに両手をかざす。
「空を漂う青い雲よ
夜空に瞬く黒い星よ
水面に揺れる透明な鳥よ
真実の色を我が示さん
――【回帰する逆理の光】」
私の手のひらから放たれた白い光がチャーリーくんを包み、瞬く間に首回りの魔力の澱みが消えた。
「あ、あれ? オイラ、いったい……?」
チャーリーくんの顔色がよくなった。
よし。
「もう大丈夫だと思います」
「嗚呼、よかった! チャーリーッ!」
「オ、オーナー!? くすぐったいよ……」
ジョセフさんが泣きながら、チャーリーくんを抱きしめた。
きっとジョセフさんにとってチャーリーくんは、家族同然の存在なのだろう。
こんな私でもお役に立てて、本当によかったわ。
「……まさか聖女様でしたとは露知らず、失礼いたしました」
涙を拭ったジョセフさんが、私に頭を下げた。
「いえ、私は当然のことをしたまでですから。……それに、実を言うと私はもう聖女ではないんです。ちょっといろいろあって、聖女の職をクビになってしまいまして……」
「そ、そんな!? 素人の俺でも今の魔法を見たらわかります! あなた様は相当な腕をお持ちだ。そんなあなた様をクビにするなんて、その上司はまったく人を見る目がないようですね!」
ジョセフさんは握った拳を震わせながら、憤慨している。
ふふ。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、私も報われます」
「セシリアさん……」
「なあオーナー、そういうことなら、セシリアさんにニャッポリートで聖女として働いてもらえばいいじゃん」
えっ!?
「オオ! それはいい考えだなチャーリー! どうでしょうかセシリアさん、幸い従業員用の部屋はまだ余ってますし、セシリアさんさえよければ、ニャッポリートで聖女として住み込みで働いてはくださいませんか? さっきも言った通りこの辺には神殿がないので、セシリアさんがいてくだされば、ここの住民も心強いと思います。申請さえ出せば、ニャッポリートを聖女の出張所として登録できたはずですし。空いた時間は俺たちの仕事を手伝っていただければ、その分給料もお出ししますんで」
「よ、よろしいんですか!?」
もし本当にそんなことが可能なら、これは神様が私に与えてくださった、千載一遇のチャンスだわ!
どの道もう王都には、私の居場所はないのだから……。
「ええ、もちろんです。どうぞこれから、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ……!」
私はジョセフさんと、固い握手を交わした。
――こうして王都で聖女をクビになった私は、王都から遠く離れたこのエクーフラ島で、聖女として働くことになったのであった。
「空を漂う青い雲よ
夜空に瞬く黒い星よ
水面に揺れる透明な鳥よ
真実の色を我が示さん
――【回帰する逆理の光】」
私の手のひらから放たれた白い光がダンカンさんを包み、瞬く間に首回りの魔力の澱みが消えた。
「オオ! 一瞬でダルさが消えた! 本当にありがとうございました聖女様! お陰で助かりました!」
ダンカンさんが満面の笑みで、私に頭を下げる。
「ダンカン、よかったなセシリアさんがいてくれて。もしいなかったら、お前カロナン病で死んでたかもしれないぞ」
ジョセフさんがダンカンさんの肩を、ポンと叩く。
「いやあ、マジで助かりましたよ! マジ感謝っす!」
「いえいえ、私は自分の仕事をしたまでですから」
ダンカンさんはこの近くで漁師をされてらっしゃる方だ。
元々は王都出身で、王都にいた頃はジョセフさんの部下だったそうだ。
それがジョセフさんがエクーフラに移り住むのと同じタイミングで、ご自分も一緒に移住されたとのことらしい。
未だに王都時代ジョセフさんがどんなお仕事をされていたのかは教えてくださらないけど、これだけ部下の方に慕われているのだから、相当のやり手だったのでしょうね。
「くうぅ! そんな謙虚なところも堪んねーっす! あ、そうだ、治療費はおいくらでしたっけ?」
「はい、3000サクルになります」
「あ、じゃあ、これで」
ダンカンさんから1000サクル紙幣を3枚受け取る。
「ちょうどいただきます。どうぞ神のご加護がありますように」
私は腕を組んで、ダンカンさんに祈りを捧げる。
「あ、あの……、聖女様……!」
「?」
ダンカンさんが顔を真っ赤にしながら、これでもかと目を泳がせている。
ダンカンさん……?
「よ、よかったらこの後俺と……、デ、デデデデデー……!」
デデデデデー???
「オォイ、ダンカン、セシリアさんはまだお仕事中なんだ。お前も元気になったんだったら、さっさと仕事に戻ったほうがいいんじゃないか。んん?」
ジョセフさんがダンカンさんの肩に手を回しながら、異様な圧を放った。
ジョセフさんもどうしちゃったんですか??
「あ、そ、そうっすね……! では聖女様、また来ますんで!」
「あ、はい、お大事に」
ダンカンさんは手をブンブン振りながら、去って行った。
カロナン病は治ったのにまた来るって、何か他に悪いところでもあるのかしら?
「……まったく、油断も隙もありゃしない。――セシリアさん、そろそろランチにしましょう。今日のランチは、マンゴーのフレンチトーストにしてみました」
「マンゴーのフレンチトースト!」
私の大好きなやつ!!
エクーフラで採れた新鮮なマンゴーでジョセフさんが作ってくださるフレンチトーストは、まさに神の逸品!!
私がニャッポリートで働くようになってから三ヶ月ほどが経ったけれど、毎日ジョセフさんの手料理が食べられることも、ニャッポリートで働く大きなメリットの一つだ。
王都の神殿で働いてた時は、仕事の合間に固くて味のしないパンを齧るような食生活しかしてなかったから……。
「はい、どうぞ」
「わあ……!」
目の前に置かれたフレンチトーストを見て、思わず溜め息が漏れた。
厚めに切られたフレンチトーストの上には、薔薇の花の形にスライスされたマンゴーが鎮座しており、横にはタップリのクリームも添えられている。
な、なんて芸術的なの……!
こんなの、食べるのが勿体ないわ……!
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
「あ、はい、いただきます!」
とはいえ、食べないのはもっと勿体ない。
私はナイフでフレンチトーストを一口サイズに切り、それにマンゴーとクリームを載せて、パクリと食べた。
すると――。
「お、おいひぃ~~~~~」
ほっぺが蕩けそうになるほど美味しかった。
嗚呼、幸せ……。
毎日綺麗な海を眺めながら、こうして美味しい料理を食べる。
これこそが、私が求めていたものだったんだわ……。
「ハハ、そんなに美味しそうに食べてくださると、俺も作った甲斐があります。よかったらメープルシロップもかけてみてください」
ジョセフさんがメープルシロップが入った小瓶を差し出してくれる。
「あ、ありがとうございます! ……あ」
「……あ」
その時ふと、私とジョセフさんの手と手が触れてしまった。
「あ、あああ! すいませんすいませんッ!」
「いえ、どうかお気になさらず」
慌てて手を引っ込める。
ジョセフさんの手、凄くゴツゴツしてて、やっぱり男性の手って感じがする……。
ああもう、胸がドキドキして、顔が熱い……!
「ちょっとお二人さん、オイラもいるってことを忘れてないかい?」
「「――!!」」
チャーリーくんが呆れた顔で、私たちを眺めている。
「チャーリー、後学のために教えておいてやる。こういう時は気を利かせて、そっと裏に消えとくもんだぞ」
ジョセフさん??
それは、どういう??
「オォイ、セシリア君、いるんだろッ!?」
「「「――!!」」」
その時だった。
聞き慣れた耳障りな声が、外から聞こえてきた。
こ、この声は――!
「……神殿長」
「おお! セシリア君、久しぶりだな!」
外に出ると、そこにいたのは案の定、私の元上司である神殿長だった。
何故神殿長がここに……?
それに、どうやって私がここで働いてることを知ったの……?
いや、後者については、ニャッポリートを聖女の出張所として国に登録した以上、神殿長の立場だったら、容易に調べることは可能ね。
問題は前者……。
「お久しぶりです。はるばるこんなところまでお越しになって、私に何か御用でしょうか?」
「ああ、それなんだがねぇ、君ほど優秀な聖女を、こんなド田舎で埋もれさせておくのは勿体ないと思ってね。どうだい? もう一度王都の神殿で、聖女として働かないかね!?」
「……!」
なるほどね。
そういうこと。
「ですが、聖女はベティさんとアーリーンさんがいれば十分と仰ったのは、神殿長ではありませんか」
「……クッ! そ、それが、アーリーンはいざ働いてみたら、こんなに辛い仕事だとは思わなかったと言って、早々に辞めてしまったんだよ……! それで聖女はベティ君だけになってしまって……。そうしたら今度はベティ君に負担がかかりすぎて、ノイローゼ気味になってしまってねぇ……。とても働ける状態ではなくなってしまったんだ……」
嗚呼、だから私はあれだけ言ったのに……。
「そういうわけで現状、うちの神殿に聖女は一人もいないんだよ! セシリア君、お願いだ、どうか戻って来てほしい!」
神殿長は私に深く頭を下げた。
神殿長が誰かに頭を下げているところなんて、初めて見たわ。
……でも、私の答えはもう決まっている。
「――お断りいたします」
「なっ!?」
頭を上げた神殿長のお顔は、絶望一色で染まっていた。
「今の私の職場は、ニャッポリートなのです。ですから私はもう、王都に戻るつもりはありません」
「クッ! で、では、以前の給料の1.2倍出そうじゃないか!? それならどうだね!?」
「神殿長……」
このお方は何もわかっていない……。
私が戻りたくないのは、お金が理由ではないというのに……。
「お引き取り願えませんかね神殿長さん。セシリアさんはもう、うちの従業員ですんで」
「「――!」」
ジョセフさんが私を守るように、私の前に立たれた。
ジョ、ジョセフさん……!
「アァン!? 何だ貴様は!? 私は王都の神殿長だぞッ!! こんなド田舎の宿のオーナーごときが、ナメた口を利いていいと思っておるのか!?」
「それはあんたのほうだぜ、オッサン」
「「っ!!?」」
今度はダンカンさんがジョセフさんの横に立った。
いや、ダンカンさんだけじゃなく、この辺りの漁師の方々が、十人近くぞろぞろと集まってきた。
み、みなさん???
「なっ!? ど、どういうことだ……!?」
あまりの光景に、神殿長も狼狽えている。
「――こちらのお方は、我が国の第三王子殿下であらせられる、ジョセフ殿下だ」
「「――!?!?」」
ダンカンさんが高らかにそう宣言された。
えーーー!?!?!?
ジョセフさんが、ジョセフ殿下ああああああ!?!?!?
「フ、フザけたことをヌかすなッ!? ジョセフ殿下が、こんなド田舎にいらっしゃるわけがないだろうッ!?」
「いや、本当ですよ」
「「――!!」」
おもむろにジョセフさんが、サングラスを外した。
ジョセフさんがサングラスを外しているところは初めて見たけど、ジョセフさんの瞳は、金色に眩く光り輝いていた。
あ、あれは……!?
「そ、その金色の瞳は……、王族の証……!!」
「これでわかってもらえましたよね、俺が第三王子だってことが」
ジョセフさんは太陽みたいに、ニコッと微笑んだ。
そんな……。
本当にジョセフさんは、ジョセフ殿下だったんだ……。
「あ、あぁ……、なんで……、なんで殿下がこんなところに……」
神殿長は口をパクパクさせながら、ダラダラ脂汗を流している。
「以前公務でエクーフラに来た時、ここの景色に胸を打たれましてね。この景色を守るためにも、ここで働きたいって思ったんです。だから王位継承権は放棄して、ここに移住してきました。こいつらは、王都で俺の護衛を務めてくれてた連中です」
ジョセフ殿下が、ダンカンさんたち漁師のみなさんを見回す。
……なるほど、全てが繋がったわ。
若くして新築の宿のオーナーをやれている資金力があったのも、第三王子殿下だったと考えると辻褄が合う。
「それにしても、セシリアさんの前の職場が、こんな腐敗した環境だったとは」
ジョセフ殿下はフウと一つ溜め息を吐かれた。
「い、いや、これは、その……!!」
「これは早急に国王に報告して、もっとまともな人間に、神殿長を代えてもらう必要があるようですね」
「なっ!? お、お待ちくださいジョセフ殿下ッ!! それだけは、どうかご勘弁をッ!!」
「いいや、ダメです。王位継承権は放棄したとはいえ、一応俺も王族です。神殿の腐敗は見過ごせません。――どうか覚悟しておいてくださいね」
「そ、そんなあああああああああああああ」
神殿長は頭を抱えて頽れた。
……哀れね。
「ああ、それと」
「……え?」
ジョセフ殿下はしゃがんで、神殿長と目線を合わせる。
「二度とセシリアさんと俺の前に、姿を見せないでください。もしこの命令を破ったら、どうなるかわかりますよね?」
「……ヒッ!?」
ジョセフ殿下の静かな圧に、神殿長は悪夢を見た子どもみたいにガタガタ震えている。
こ、これが、王族のオーラ……!
「ヒイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
神殿長は泣きじゃくりながら、内股で逃げ去って行った。
……さようなら、どうかお元気で、神殿長。
「みんなお疲れ。もう大丈夫だから、仕事に戻ってくれ」
ジョセフ殿下がダンカンさんたちに声を掛ける。
「いや、漁師はあくまで副業で、俺たちの本業はジョセフ様の護衛なんですけどね」
ああ、そうですよね。
いくら王位継承権を放棄したとはいえ、ジョセフ殿下が王族であることは揺るぎない事実。
そりゃ常に護衛は必要ですよね。
「大丈夫だよ、俺の護衛は、チャーリー一人で十分だから」
ジョセフ殿下がチャーリーくんの肩をポンと叩く。
え!?
「チャ、チャーリーくんて、そんなに強いの?」
「そうだよ! こう見えてオイラ、喧嘩じゃ誰にも負けないんだ」
チャーリーくんは足元に転がっていた手のひらサイズの岩を拾うと、それを片手だけで握り潰して粉砕した。
なっ!!?
「そういうわけです。エクーフラでは、ごく稀にチャーリーみたいな筋力が異常に発達した人間が生まれることがあるんですよ。だからチャーリーが側にいてくれれば、俺は何の心配もないんです」
ジョセフ殿下は誇らしげに微笑む。
な、なるほど、こんなに強いボディーガードが常に一緒なら、確かに安全かもしれませんね。
「やれやれ、これじゃ商売上がったりだぜ。オォイみんな、持ち場に戻るぞー」
「「「へーい」」」
ダンカンさんたちはぞろぞろと、漁師の仕事に戻っていった。
後には私とジョセフ殿下とチャーリーくんだけが残った。
「……今まで王族だということを隠していて、すいませんでした、セシリアさん」
ジョセフ殿下は私の正面に立ち、その綺麗な金色の瞳で真っ直ぐ私を見つめる。
その途端、私の心臓がかつてないほどにドクドクと早鐘を打ち始めた。
あわわわわわ……!?
ど、どうしちゃったのかしら、私の心臓……!!
「い、いえ、そんな! 私みたいな部外者に大事な情報を漏らすわけにはいかないことは、よくわかりますから!」
「いや、そうじゃないんです」
「え?」
ジョセフ殿下……?
「セシリアさんに王族だってことを隠してたのは、変に気を遣われて、距離を取られたくなかったからなんです」
「――!?」
ジョセフ殿下は火傷しそうなくらい情熱的な瞳で、じっと私の目を見る――。
ジョ、ジョセフ殿下……!?
「なるほどね。早速さっきオーナーに教わったことを活かす時がきたね。オイラは気を利かせて裏に消えるから、後はどうぞ若いお二人で~」
チャーリーくんがニヤニヤしながら、ニャッポリートの中に入って行った。
チャーリーくん……!!
「まったく、ああいうことは口に出さず、こそっと消えろってんだよ。まだまだガキだな」
「あはははは」
でも、チャーリーくんは歳の割には十分大人びてると思いますけどね。
あの歳で王族の護衛を任されてるくらいだから、さもありなんといったところだけど。
「コホン、では改めて」
「……!」
軽く咳払いをすると、またジョセフ殿下は真剣なお顔に戻られた。
「セシリアさん、俺は――あなたのことが好きです」
「――!!」
あ、あぁ……、ジョセフ殿下……!
「初めて会ったあの日から、俺はあなたに惹かれていました。そしてこうして一緒に働いていく中で、益々その想いは強くなっていきました。あなたが俺の料理を美味しそうに食べてくれる時の眩しい笑顔。類稀な聖女としての腕と、確固たる責任感。――何より俺はあなたといると、毎日が楽しくてしょうがないんです。もう俺は、あなたなしの人生は考えられません。――どうか俺と、結婚してはもらえませんか?」
「で、殿下……!」
ジョセフ殿下は私の両肩に手を置き、太陽みたいに微笑む――。
――この瞬間、私の中で何かが弾けた。
「……本当に、私なんかで王族の妻が務まるのでしょうか?」
「大丈夫です。さっきも言った通り、俺は王位継承権は放棄してますし、実質身分は平民と大して変わりませんから、その点は心配要りません。今の俺は第三王子のジョセフではなく、ただのジョセフです。だから、あなたの俺に対する、正直な気持ちを聞かせてください。――俺のことは、どう思われてますか?」
そうよね。
ここまで真っ直ぐ気持ちを打ち明けてくださったんだもの、私も勇気を出さなきゃ――。
「……わ、私も、ジョセフ殿下……いや、ジョセフさんのことを――お慕いしております」
「――! セシリアさん……!」
「私も初めてお会いした時から、ずっと心のどこかにジョセフさんがいました。美味しい手料理を作ってくれるジョセフさん。チャーリーくんと、子どもみたいに口喧嘩をしているジョセフさん。そのどれもが私にとっては魅力的で、この人とずっと一緒にいられたら、どれだけ幸せだろうって……。だから――」
「セシリアさんッ!」
「きゃっ!?」
感極まったジョセフさんから、ギュッと抱きしめられた。
はわわわわわわ……!?
ジョセフさんの逞しい腕と胸板に包まれて、幸せすぎて溶けちゃいそう……。
「絶対に、セシリアさんのことを幸せにしますからね!」
ジョセフさん……!
「はい、私もジョセフさんのことを、必ず幸せにしてみせます」
それこそが、聖女セシリアの矜持よ――。
「やれやれ、お安くないぜ」
「「――!!」」
そんな私たちの愛の誓いを、ニャッポリートの玄関からひょっこり頭を出したチャーリーくんが、呆れ顔で見ていた。
チャーリーくん、こういう時は、気を利かせて黙って見ておくものよ!
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