プロローグ
この世界で、人は生まれたときにスートを手の甲へと与えられる。
スペード。ハート。ダイヤ。クラブ。
それはただの印ではない。生まれ持った性質であり、属する役割であり、時にはその人間がどう扱われるかまで決めてしまう、最初の秩序だった。
スペードは断つ者。
戦い、決め、守るために刃を取る者。
ダイヤは量る者。
価値を数え、真実を記し、秩序を編む者。
クラブは支える者。
土に触れ、技を磨き、生きる場を作る者。
そして、ハートは結ぶ者。
痛みを受け止め、祈り、誰かを守ろうとする者。
もちろん、それがすべてではない。
スペードだから剣を持つとは限らない。
ダイヤだから帳簿に向かうとも限らない。
クラブだから土に触れるだけとも限らない。
ハートだから祈るだけで終わるとも限らない。
人はそれぞれのスートを持ちながら、記録を学ぶこともあれば、商いに進むこともある。医療に携わる者もいれば、行政に仕える者もいる。護衛や遠征に出る者もいれば、術式や古記録の研究に生涯を費やす者もいる。
けれど世界は、それほど優しくはない。
人はしばしば、その者自身より先にスートを見る。
スペードには強さを。
ダイヤには理を。
クラブには働きを。
ハートには優しさを。
勝手に期待し、勝手に役目を決める。
だからこそ、スートはただの印では終わらない。
それは力である前に、偏見の入り口でもある。
しかし、それが覆される場合が存在する。
位である。
位は生まれながらのものではない。何も持たないまま生きる者もいるし、幼いうちにその身へ刻まれる者もいる。
なぜなら位とは、その人間が何を賭けて生きると決めたかで現れる、覚悟そのものだからだ。
A。K。Q。J。10から2まで。
それぞれの位には意味がある。
Aは始まり。
自らを賭して何かを守ると決めた者に現れる。
Kは支配と責任。
Qは裁きと選別。
Jは継承と奉仕。
そうして人は、自分の決意のかたちを、その身に刻んでいく。
だが古い記録には、位は決して不変ではないとも記されている。一度現れた位が生涯そのままだとは限らない。
覚悟が変われば、その身に刻まれた意味もまた変わる。それは滅多にない。
しかし、まったく起こらないことでもない。
だからこそ、人々は位を望みながらも恐れる。
位は力であると同時に、その者がどこへ向かうかを暴く札でもあるからだ。
古い言い伝えには、さらにこうある。
別々のスートに属しながら、同じ札位を持つ四人が揃ったとき、革命が起こる。
どの位がそれに値するのかを、古い書は明確には残していない。失われたのか、隠されたのか、それとも初めから存在しなかったのか。今ではもう、誰にも分からない。
ただ、四つの異なる性質が、ひとつの札位のもとに並び立ったとき、上にあるものは下へ、下にあるものは上へ返るのだという。
定められた役目は揺らぎ、絶対だったはずの序列は覆る。
それを人は、革命と呼ぶ。
そして、もうひとつ。札には数えられない異端がある。
ジョーカー。
どのスートにも属さず、どの位にも従わず、秩序の外に立つもの。災厄の名。空白の札。世界の裏側に伏せられた禁忌。
それが本当にあるのかどうかさえ、今では定かでない。けれど昔から、年老いた者たちは子どもにこう言い聞かせてきた。
大きな覚悟は、大きな力を呼ぶ。だが、その力が人をどこへ連れていくかまでは、誰にも分からないのだと。
この世界で、強さは生まれだけでは決まらない。
何を守るのか。何を捨てるのか。何を選ぶのか。
その決意の形が、覚悟が、その人を変えていく。
だからこそ、本当に恐ろしいのは、最初から強い者ではない。
本気で何かを守ろうとした者。あるいは、定められた場所の外へ踏み出すことを選んだ者。
世界が動くのは、たいていそういう人間からだ。




