最初の草むらで五千時間育成した悪役令嬢と母
学名はデタラメなので検索しても何も出ません。
「糸杉」は検索してみて下さい。
見れば「あー。ゴッホのアレね」と思うはずです。
その出来事はこんないきさつから始まった。
ファーガソン侯爵の屋敷の庭には5本の糸杉が植えられていた。
ろうそくのように枝が捻れる品種で、育つにつれ芸術的な見た目になってきた。
ある日、裏のアロン侯爵からクレームが来た。
「枝が我が家の庭まではみ出している」
と連日口うるさく言われた。
アロン侯爵は有る事無い事、クレームをつけて来る。
ファーガソン家の糸杉は上にしか伸びない種類なので枝ははみ出ない。
ファーガソン侯爵は議会派。
アロン侯爵は国王派中心人物。
敵対派閥だ。
なのでめちゃめちゃ敵視してくる。
ファーガソン侯爵はしぶしぶ王都の指定業者に伐採&抜根を頼んだ。
指定業者以外に頼むと違法なのだそうだ。
イリス・ファーガソン侯爵夫人は作業を窓からぼんやり眺めていた。
重機のない世界でどうやってあんなでかい木の根を抜根するんだろうと。
答えは簡単だった。
地面を土魔法でボコボコモコモコさせて根を地上に浮かせていた。
地上に出た根と大木は魔剣で切り刻まれ薪にされて運ばれて行った。
あまりの手際の良さにイリス夫人はあっけに取られた。
だが後日、庭に出てみると大切に育てていた芝生庭園の地面が深くえぐれていた。
魔剣で地面ごと切られていた。
ついでに東屋の屋根もはじっこが切れていた。
指定業者はアロン侯爵の関係者だ。
だからクレームは受け付けてもらえないだろうと色々諦めた。
大事に手入れをしていた芝生が無惨にえぐれて悲しかった。
夫人は派閥のお茶会で会場提供者の当番を多く引き受けていた。
派閥の御婦人方に庭を自慢したいのだ。
見栄っ張りだからではない。
園芸ガチ勢だからだ。
(普通の貴族は庭師を雇っているので、イリス夫人の理解者は滅多に見つからない)
だからイリス夫人はえぐれた部分のふちにレンガを並べかっこよく花壇にした。
えぐれた部分を囲ったら前衛芸術っぽい見た目の花壇になった。
花壇にハーブを植えたりして楽しんでいたのだが苗を植えた翌日に枯れてしまう事が続いた。
前日までイキイキしていたのが突然パタリと倒れて枯れてしまうのだ。
症状からすぐに「ネキリヨトウ虫」か「シバヨトウ虫」だろうと推察したのでベイト剤を撒いた。
だが全く効果がない。
イリス夫人は薬剤を諦めて捕殺する事にした。
そもそも植えているのが食用ハーブなので薬剤は避けたい。
イリス夫人(19歳)はレティシア(娘3歳)を道連れに夜間捕殺にいそしんだ。
夜中にランタンで足下を照らし「ヨトウ虫」をみつけたらシャベルでザクっと殺るのだ。
レティシアは無邪気に楽しんでいる。
「ヨトウ虫」を見つけると躊躇なく瞬時にザクっと殺るのだ。
情操教育に良くなかったと思ったがいまさらだ。
侯爵(32歳)も時々つき合わされた。
派閥の御婦人とご子息ご息女も数回巻き込まれて付き合わされている。
「春を彩る寄せ植え講座」だの「庭花で作る冬のリース」などという浮ついたお茶会テーマで呼び寄せられた
可哀想な派閥の御婦人方は夜中にランタンを灯し
「季節の風物詩ですのよ。風流ですわね」などというイリス夫人の口車に乗せられ
「ヨトウ虫」をプチプチザクザクさせられた。
「ヨトウ虫」被害がなくなるまでに5年掛かった。
5年つき合ってくれたレティシアはいっさい風邪を引かなくなり健康優良児だ。
夫人自身も風邪を引かなくなった。
肌の張りや化粧の乗りが良くなった。
姿勢がよくなりメリハリのある身体になった。
時々つき合わされていた侯爵も腰や肩が楽になった。
王城で書類仕事に忙殺されていたが、体力的に全く問題がなくなった。
イリス夫人は知る由もないが「ヨトウ虫」だと思っていたものは
「メガスコレシダエ・セスピトーサ」というこの世界の竜種の体毛だった。
大ミミズにボーボー毛が生えたような生き物。
成長すると直径13m体長が80mになる。
雑食で肉食性が強い。
深い岩盤の下で寿命を迎え化石になる途中だった。
だが今回、魔剣で岩盤を割られ抜根のさいに体毛が地上に上がってきてしまった。
そして毛の細胞が酸素と水分と魔素を得て命を吹き返してしまったのだ。
幸い、ファーガソン家敷地内のメガスコレシダエは完全に駆除された。
イリス夫人が意地になって駆逐したのだ。
夫人1人だったら途中で挫折しただろうけど夫や娘や派閥の御婦人方がつきあってくれたので作業を完遂できた。
そしてこれも知る由もなかったがメガスコレシダエの体毛は本体から分離してもなお、レベルが800もあった。
そんなモノを毎日何体も何体もプチプチしたファーガソン家の人々。
3人ともレベルは計測不能である。
イリス夫人は握っただけでドアノブがぶち壊れるので何か変だなとは一応思った。
だが「ヨトウ虫」をプチプチした記憶しかないので心当たりがない。
☆☆☆☆☆
娘レティシアは12歳になった。
王立学園中等科に通わせる年齢になってしまったが夫婦で話し合い領地に引きこもり家庭教師をつけて学ばせる事にした。
実は同じ学年に第三王子がいるのだが、彼は粗野で乱暴で手に負えない性格らしい。
そんな子供を大事な我が子に近づけたくないのが親心だと思う。
ましてや同学年の子供は流行病で人数が80%減になっているので、生き残っている子供はイヤでも王子の目に留まる。
(この流行病は王家が聖女召喚をするきっかけのための物語の強制力である)
イリス夫人とレティシアは急ぎ領地に引っ込んだ。
侯爵も王城事務官の職を辞し領政に集中する事にした。
いったんは状況が落ち着いたが第三王子の婚約者探しがあるからまだ油断はできない。
それまでに聖女様が現れて第三王子を引き受けて欲しいとイリス夫人は心から祈った。
流行病がいつまでも収まらないので聖女召還をする時期が早まるかもしれないなぁとも思った。
☆☆☆☆☆
イリス夫人は前世の記憶が断片的にある。
夫人が思い出した最もショッキングな記憶は我が子がギロチンされるシーンだ。
指図しているのは第三王子。
腕にピンク頭の聖女がひっついている。
だから何があってもどんな事があっても絶対の絶対に第三王子を近づけたりはしない。
そのために自身が極刑に遭ってもかまわない。
ただ自身が極刑に遭ったら夫が道連れにされるのは嫌だなと思った。
「安心感たっぷりのモブくさい見た目」というだけで選んだ夫。
淡い栗毛がふわふわしてて第一印象がウズラのヒナだった。
悪役令嬢の見た目と遠い外見。
この外見を引き継げば悪役から遠ざかるのではと思った。
だが娘はイリス夫人の見た目をしっかり引き継いで産まれてきた。
真っ黒な髪。濃いめのオレンジ色の瞳。
オレンジ色の瞳は悪役らしくはないが、魔物っぽい印象である。
なのに夫は「トパーズみたいで綺麗だ」と褒める。
夫は穏やかで賢くて可愛らしい性格だ。
好きになってしまう要素しかない。
夫人はそんな夫が当然好きだ。
だからイリス夫人は連座で夫が処刑にならないように考えに考え抜いた。
真剣に考えに考え抜いた。
結果「証拠が残らないように第三王子を始末しよう」という結論に達した。
まだ何も起きていないのに。
何段階もすっ飛ばして……。
結論に達してしまったのだった……。
そのために攻撃魔法を極めた。
極めてしまった。
夫人は制御がイマイチだ。
しかし威力は並び立つものがいないほど強大だ。
☆☆☆☆☆
攻撃魔法を実行する機会はすぐにやってきた。
お見合いの席に出席しなかった娘の家を第三王子が自ら巡回するらしいのだ。
最初にファーガソン家に来るらしい。
さて作戦は
イリス夫人とレティシアは領都の森の端、街道に掛かる橋の上で待ち伏せする。
第三王子をこっそり殺害して警護の騎士たちに忘却魔法を掛ける手順だ。
レティシアの役目は第三王子と騎士を分断させる事だ。
第三王子は急に色気付いた年頃なので、娘に森に誘い込ませる。
その隙に夫人が後ろから攻撃魔法を第三王子にそっと放つ。
その後2人で忘却魔法を広範囲に放つ。
よく晴れた当日。
昼を少し過ぎた頃、王家の紋章をつけた馬車が縦隊で森を抜けてきた。
橋の上で夫人とレティシアは馬車を出迎えた。
二番目の馬車から第三王子がニヤニヤしながら降りてきた。
第三王子はレティシアと夫人に視線を往復させ夫人の胸に視線を固定した。
想定にない状況に夫人はテンパった。
夫人はレティシアから「森に行け」というハンドサインをもらった。
夫人は騎士と距離を取るため森に駆け込んだ。
程良い距離で振り返ると真後ろに第三王子がいた。
第三王子が指をワキワキさせていたので夫人は悲鳴を上げない事に全意識を集中させながら指先からマッチの火程度の小さい火球を放った。
悲鳴を上げない事に意識の全リソースを割いた。
夫人の計測不能の膨大な魔力を含んだ火球は、状況を察したレティシアからの攻撃範囲の制御を受けた。
火球は手のひらから離れると色が橙から青白色に変化していった。
レティシアの精密な魔力操作を受け直径10mの円筒は夫人の魔力を余裕で包み込んだ。
殺意マシマシの魔力は円筒内で対消滅反応を起こした。
そのエネルギーは周囲に広がれない分、上空に抜けた。
第三王子に着弾した火球。
着弾したとたん、キンと空気が鳴り直径10mの火柱が大気圏を突き抜け、大気圏外で十字に光がほとばしっていった。惑星の軌道がズレたがたぶん些事だ。
火柱の中心の第三王子はきちんと滅されていた。
火柱に意識を持って行かれていたレティシアと夫人は、はたと最後の手順を思い出し忘却魔法を広範囲に放ったが初動が遅れた。
☆☆☆☆☆
現在、ファーガソン家の3人は魔封じの首輪をつけられ、鉄製の立派な護送馬車に乗っている。
夫人は心からの謝罪を夫に告げた。
夫は全てを悟った瞳で
「うん。まぁ成功するとはこれっぽっちも思ってなかったから大丈夫だよ?」
と儚い笑顔を向けてくる。
その瞳には一切の怒りも後悔もない。
娘は「楽しかった!またヤろうね」と明るい笑顔を向けてくれた。
夫人は死んで詫びたくなったが、そういえば処刑されるんだったなと思って申し訳なさでどうにかなりそうだった。
3日馬車に揺られ王都に到着した。
が、馬車は閉じられたままだ。
外で騒音がするなぁと思ったら、馬車が急な衝撃を受け急加速と自由落下と大きな衝撃を感じた。
衝撃の後、夫が脛を撫でて「痛い」と言っている。
娘はスカートの埃を払っている。
夫人は馬車の窓の鉄格子から外を眺めていたので何が起きていたかだいたい把握していた。
教会の尖塔の3倍くらいの高さへ打ち上げられ落下した。
はずなのに夫は脛を擦っているだけだ。
馬車の扉がひん曲がって開いたので外に出た。
外は王都とは思えない地獄だった。
毛の生えた巨大ミミズが地中から上空に飛び上がって上空でターンして地面に潜っていく。
それが何百体も……。何千体も……。
理由は不明だが急にメガスコレシダエの繁殖期に入ってしまったのだ。
紙容器に入ったフライドポテトのように大ミミズが上空に広がっている。
形状的には貝割れ大根の方が近いだろうか。
飛び上がった巨大ミミズの体毛がちぎれ飛んで、切れた毛が蠢くのを見たイリス夫人は「ヨトウ虫」の正体にうっすら気づいた。
全ての建物ががれきと化していて、護送馬車を囲んでいたはずの騎士たちも血痕を残して無人だ。
喰われる前に獲物は必ず天高く突き上げられるのは様式美だろう。
最初の1回きりで巨大ミミズはファーガソン家の人々に近寄ってこない。
正確に言うと避けられている。
王城も裁判所もがれきと化しているので出頭のしようがない。
人影がないので行く宛がわからない。
実際、無人である。
先日の「裁きの光」に恐れをなした王都民は外国に避難していた。
ファーガソン家の3人はそんな街並みを馬車屋を探してゆっくり歩いた。
途中、数人の人影に出会った。
議会派の婦人方だ。
数人で剣や槍を振り回して、大ミミズ討伐をしていた。
婦人方は「議会派の支持率を上げる為」と言っているが、
建前だろう。
本当はイイ人たちなのだ。
イリス夫人の「早口で捲し立てる園芸話」も遮らず聞いてくれるできた人間なのだ。
ファーガソン家の3人ももちろん合流した。
了
アップした後、ラストを少し修正しました。




