閑話 カップル作り
本日20時にもう1話投稿します!
――何でこんな事をしてるんだっけ?
今現在、俺は姿をチンピラ風の男にして、並んで歩くアールとシロの近くに待機している。
その理由は……記憶を振り返れば分かる事だろう。
◇
メリーと共に目覚めて、朝食を摂ってからの事だ。
「どうせなら、ミラーノを発つ前にあの二人をくっつけちゃわない?」
メリーのその一言により、急遽カップル作り大作戦が始まった。
当初は俺も乗り気だったものの、それはあくまで計画段階の話。何事も、机上で出来るかどうかを考えたり、物事のシミュレートをするのは楽しいけど、実際にやるのは面倒だし難しい。戦争物のシミュレーションゲームを、実際にやりたいかと言われたら否と答えるのと同じだと思う。
しかし、メリーは実行段階に至っても乗り気であり、計画に最後まで関わってしまった身としては、大変断りづらかったのである。
なので、今俺は、シロを襲うチンピラの真似事をさせられているという訳だ。
同じく物陰から二人を観察しているメリーから、ゴーサインが出た。
はぁ……と漏れ出そうになる溜め息を押し殺し、二人の目の前に歩み寄る。
「……何用だ?」
アールはこちらを警戒しながら、シロを後ろに下がらせていつでも剣を引き抜ける様に柄に手を当てている。
うーん、もうこの人完璧じゃないですか?むしろ、なんで君ら付き合ってないの?
「そっちの女に用がある、邪魔だ。退け」
「シロ、知り合いか?」
「ううん」
極力ガラの悪い口調と声を出す。
アールは後ろを振り返る事無くシロに確認を取ったが、シロはふるふると首を振るっている。メリーからの話ではシロは魔法使いという事だったので、この状況は怖いだろう。
申し訳無さを感じながら、アールに向かって拳を振り上げる。
「退けぇ!」
「断る!」
拳相手で剣を抜くような真似はしないのか、アールは素手で応戦してきた。
レベル42とかいう馬鹿げたステータスならば余裕で勝つ事も出来るだろうが、今やるべきはアールを叩きのめす事ではない。
「回避」スキルと「弾き防御」スキルの補助を借りつつ、近間の殴り合いからスルッと抜け出す。
「くっ!」
「疎かだな!」
苦悶の表情を浮かべるアールに、それらしい煽りのセリフを浴びせてみる。なんだか、少し楽しくなってきた。
アールの背後で縮こまっていたシロの腕を、極力怪我させない様に、かつ乱暴に引っ掴む。
「きゃっ!」
「シロ!!お前、シロを離せ!」
「ふん、嫌だな」
シロを奪い取られた事で、アールは憤怒の形相だ。
シロは近接戦が出来ないからか、暴れる事無く大人しく捕まっている。演技がしやすくて非常に助かる。
後は、アールをいい感じに煽って俺を殴り飛ばしてもらおう。それで果たしてくっついてくれるのかは分からないが、立案者であるメリーを信じよう。
「ほら、いいのか?愛しの女が盗られちまうぞ?」
チンピラっぽい口調を意識しながら煽ると、「愛しの女」という部分が引っ掛かったのか、アールとシロは二人とも顔を真っ赤にしている。
「ち、違うっ!俺達は、そんな関係じゃ……」
「……違うの?」
「ち、違わないが……」
唐突に展開されたラブコメ空間。
俺は思わず呆然としてしまった。
その様子を隙有りと見たか、アールは顔が真っ赤のまま素早く動き、剣を引き抜いて俺の首に押し当てた。
「シロを離せ。さもなくば、お前の首が飛ぶぞ」
うーん、まずった。これ、どうしよう?
シロを離したとしても、不自然にならない様に済ませられる自信がないし、かといって離さなければ俺の首が飛んでしまう。
時間稼ぎ的に舌打ちをするが、状況は一向に好転しない。
もう正体を打ち明けちまうか……?と悩み始めていたところ、メリーの詠唱が聴こえてきた。
「チッ、巫女か!」
それを良い事に、シロをアールに向かって突き飛ばし、俺は全力疾走で場を離れた。
走る時に一瞬ちらっと背後を見たが、自然と抱き合う形になった二人は耳まで真っ赤にしていた。メリーは空気を読んで詠唱をやめ、物陰からこっそりとその様子を観察している。
――これで、役目は終わりかな?
◇
そう思っていた時期が、俺にもありました。
「あの二人、まだ駄目そう」
一度メリーと状況を共有する為に合流したところ、第一声がそれだった。
「ええ?あんな抱き合っていい感じの雰囲気だったのに?」
「アールがヘタレて、急に私がいる事を思い出したのよ……」
アールめ。戦闘の時はあんなに勇敢そうに見えるのに、恋愛面では臆病か……これは、先が長そうだ。
「次はどうするんだっけ?」
「アールの実家が近い所でシロの服を汚して、家に上げさせましょう。実家の人達とは仲が良いから、話したら協力してくれる筈よ」
では、今度は子供の姿でべとべとした食べ物でも持って走ればいいか。
こんなしょうもないことにユニークスキルを使ったら神様に怒られそうだが、使い方の指定はされていないので、好きに使わせてもらうとしよう。
◇
俺は現在、子供の姿になってアイスクリームを握りしめている。
こちらの世界における食べ物の常識的なものがよく分からなかったので、パッと思いついたアイスクリームを「万物創造」で創り出した。
反対側の路地に立つメリーから、ゴーサインが出された。
それを見た瞬間、隠れている路地から駆け出す。真右にいたシロと激突し、手に持っていたアイスクリームはシロの腰辺りにべっとりと付着した。気付いていないフリをして、そのままメリーの立つ反対側の路地へと駆けた。
「うわぁ、べとべとだよ……子供かな?」
「シロ、早く落とそう。近くに俺の実家があるから、行こう」
そう言ってアールは、シロの手を引いて歩き出す。
家に上げる事は躊躇しないのか……ラインが謎だな。
「変幻自在」でハリーの姿に戻った後、メリーと一緒に二人の後を尾けた。
◇
●アール視点
せっかくのデートだったのに、今日は色々と問題が起き過ぎている。
昼前のチンピラの様な男然り、ついさっきの子供然り。
楽しい時間を過ごせると思っていたいのに……とんだ誤算だ。
服が汚れてしまったシロを家に上げる。不思議な事に、昼過ぎとはいえ誰も居なかった。
「買い出しにでも出てるのか?」
特に気にせず、シロにシャワーを使わせてやる。
うちの家は祖父がそれなりに裕福だったので、シャワーの魔道具があるのだ。
ついでに、妹の分の着替えを勝手に漁る。シロに使わせてやろうと思っているが、サイズなどがよく分からない為適当な物を引っ掴んだ。
服を置いて居間に戻ろう、と思い、浴室のドアの前に着替えを置いておく。振り返って戻ろうとしたところ――キィ、と浴室の扉が開いた。
「あ、アル!?」
「し、シロ!?す、すまん!!」
互いの名前を叫んだ後、俺は我に返って目を背けた。一瞬で湯気もあったとはいえ、色々と見えてしまった……。
「な、なんでいるの!?」
「き、着替えを持ってこようとして……すまん!」
目を瞑ったまま、全力で土下座をした。謝って許される問題では無いが、誠意を見せる必要があると思った。
「い、良いから!取り敢えず服着たいから、早く出て!」
「あ、ご、ごめん!」
目を瞑ったままだったので何か物に当たったりしたが、焦りながらも部屋を出た。
「はぁ……失敗した……」
一声かけてから置けばよかったのに、なぜ黙って置いて行こうとしたのだろう。数十秒前の自分を殴り倒したい気分だった。
溜め息を吐きながら頭を抱えていると、視界の端にシロの姿が見えた。その瞬間、俺は椅子から飛び降りて頭を床に擦り付けた。椅子から降りる時の衝撃で膝が痛かったが、そんな事はどうでもいい。
暫くの間、無言が場を満たした。
一分程して、ようやくシロが動き出した。
「べ、別にそんな謝らなくても……もう大丈夫だよ?」
「いや……本当にごめん」
「い、いいって別に……」
その言葉で俺はようやく顔を上げたものの、二人の間に流れた気まずい空気感は払拭されなかった。
◇
「あそこまで行って、なんで駄目なのかしら……!」
「はは……」
家の小さな窓から頑張って状況を把握しようとしていたメリーが、恨みがましげに呟いた。俺はもう、苦笑する事しか出来ない。
「はぁ……これじゃあ、もう諦めた方が良さそうね」
「そうだね……」
俺達は、溜め息を吐いてその場を離れた。
今日の奔走した分の時間は、一体なんだったのだろうか。
12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。




