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8 メリーさん(2)

「へえ、勇者様にしては質素な宿に泊まってるんですね」


「倹約家なのでね。悪いですか?」


「いえ、そんな事はありませんよ」


 勇者だからと言って、金持ちとは限らないと思う。

 まあ別に倹約家という訳でも無いが、訂正が面倒なので黙っておく。


 メリーさんは早速ベッドに腰掛け始めた。


「……椅子がそこにあるんですけど?」


「あら?乙女を固い椅子に座らせるんですか?」


 ……この人、やりづらいな。

 はぁ、とこれみよがしに溜め息を吐いて、椅子に座った。

 メリーさんは何故かそれが気に入らなかったみたいで、頬を膨らませている。


「それで、どうして俺の正体が分かったんですか?」


 早めにこの人を帰してしまいたいので、本題に入る。


「どうして、って……今は差してないですけど、同じ剣を使っていたらバレバレですよ」


「……あ」


「ふふっ、意外と可愛らしいところもあるんですね」


 そりゃそうだ。

 エクスカリバーを見せた事があるのはごく少数なので気にしていなかったが、確かにバレバレだ。反省。


「それよりも、私は何故あなたが正体を隠すのかが気になるのですが?」


「だって、面倒じゃ無いですか?勇者様勇者様って祭り上げられて、魔王を倒せとか言われて……」


「……え?」


 当たり前の事なのに、何故かメリーさんは驚いた顔をしている。

 そんなに変な事言ったかな?


「だって、望めば爵位とか……」


「貴族なんて面倒なだけでしょう。「高貴な(ノブレス・)る者の義務(オブリージュ)」とか、持たないに越した事は無いですよ」


「美酒なんかも……」


「生憎と、俺はそこまで酒好きな訳じゃ無いので」


「美女も……」


「別に女性は、好きな人が一人側に居てくれればそれでいいですね。何人も侍らせたところで、楽しくなさそうです」


「名声も得られますよ……?」


「それこそ要らないでしょう。名声なんて、メリットは称賛されるだけで、嫉妬されたり狙われたりするデメリットの方が大きいですよ」


 メリーさんの言った事を、全てバッサリと切り捨てる。

 真ん中二つは人によっては欲しがりそうだが、爵位と名声は別に欲しがらないだろう。称賛されたりして気持ち良くなりたい奴ならともかく、現実を見れる力のある奴は絶対に欲しがらないと思う。


「そうですか……なんか、勇者というものが分かった気がします」


「勇者じゃ無くても、同じ考え方の人は結構いると思いますけどね」


 納得した様な顔をするメリーさん。

 一般的な物の考え方だと思うんだけどなぁ……。


「メリーさんは、どうしてそこまでして勇者である事を公表させたがるんですか?」


 食い下がって来るメリーさんが気になり、思い浮かんだ疑問をそのまま訊いてみた。


「……あんなに頑張って悪魔を討伐したのに、褒美も称賛も何も無いなんて、おかしいと思うんです」


「別に称賛ならされましたけどね?」


「直接じゃ無いじゃないですか!」


 なんでそんなにそこが気になるんだろう?

 自分の事ならともかく、他人の事でそんな感情的になる事は無いと思うんだが……。


「俺は、楽しく観光して暮らせればそれで良いですね」


「……ふふ……」


「どうしました?」


 俺の言葉を聞いて、何故か肩を震わせるメリーさん。

 おかしいところがあっただろうか?


「い、いえ……だって、観光なんて、金に物を言わせる貴族ぐらいしかしませんよ?それに、こんなに危険な世の中なのに、楽しく暮らそうだなんて……」


 む、やはり貴族か。

 貴族ならば、みんなが楽しく暮らせる様な世の中を作るべく邁進するべきだと思う。


「実際、俺は結構この街を楽しんでますよ?」


 ミラーノ市も、街並みからして現代日本とはかなり違うし、立ち並ぶ店や毎晩の料理も、見た事や味わった事の無い物ばかりだ。一週間程過ごしてみて、かなり楽しかった。


「そうですか……では、もしかしてこの街から離れるんですか?」


「そうですね、特に目的地は決めていませんが、もう少ししたら出ようと思っていますよ」


 本当はもう少しどころか明後日の朝には出発しようと思っている……とは言わないでおいた。


「そう、ですか……」


 メリーさんはその言葉を聞いて、悲しそうに顔を俯かせる。

 どうしたのだろう?


 だが、急に顔を上げると、真剣な表情でこちらを向いた。


「私を、あなたの従者にしてください!」


「……え?」


「優秀な後衛ですよ?それに、望めば夜だって……」


 メリーさんはそんな事を言いながら、服をはだけさせた。


「は、はあ!?」


「うふふ、冗談ですよ。可愛いですね。巫女として働いている間は、処女でなければならないんですよ?」


「は、はあ……」


 やっぱりこの人、怖いかもしれない。

 ていうか、処女オンリーとか厳しいな巫女。


 後で聞いたところによれば、神官は別に童貞である必要は無いらしい。巫女だけとか、酷いな。

 とはいえ、別に非処女でも神聖魔法とやらは使えるらしい。あくまで、神殿で働けないというだけだそうだ。それにしても酷い事に変わりはないけど。


「でも、アール達がいるんじゃ?」


 もっともな理由を挙げてみせたが、メリーさんは華麗にかわしてみせた。


「どうせ、シロと二人で仲睦まじく暮らしますよ、あの人は。さっさとくっついちゃえば良いんです」


 少しだけ頬をぷくりと膨らませながら言うメリーさん。

 もしかしたら、彼女はずっとあの二人を側で見守っているのかもしれない……。そう思うと、少しだけ同情出来た。


「それに……良いんですか?断ったら、勇者様の秘密がバレるかもしれませんよ……?」


 普通の方法では無理かと諦めたメリーさんは、脅迫の方向性で攻めてきた。目が怖い。


「わ、分かりましたよ、そこまで言うなら……」


「ふふっ、嬉しいです!ありがとうございます!!」


 その圧に屈して、了承してしまった。

 年頃の女の子らしく喜ぶ姿は、普通に可愛いんだよなあ……。


 少しだけ、複雑な気分にさせられてしまった。



「そういえば、やっぱりハリーさんも異世界からやって来られたのですか?」


 ああ、そういえば、他の勇者は基本的に異世界人だったっけか。現地勇者の場合もあるけど、その事例は少ないと言う話だった筈だ。


 どうせ旅の道連れとなるなら、秘密を作ってもしょうがないだろう。少し考えてから、メリーさんには打ち明ける事にした。


「そうですよ。メリーさん達と出会ったあの日に、こちらの世界にやってきたんです」


「意外と最近なんですね……勇者としてやってきたんですか?」


「いえ。正式に勇者になったのは、ついさっきですね」


 メリーさんに、悪魔と戦い終わってステータスを確認したら勇者の称号があった、という話をした。

 その際にステータスにメリーさんが興味を持ち、自分のをみてくれと言われてしまった。聞くに、ステータスを見れるアイテム的な物に触れる機会は滅多に無いそうで、自分のレベルも分からないそうだ。


「『万能鑑定(すべてをみとおす)』」


●メリー 年齢17 レベル14 MP 348/348

○スキル

・神聖魔法

・短杖

・詠唱

○称号

『ナユリエの信徒』『ナユリエの巫女』

○情報

 ナユリエ教の敬虔な信徒。こちらの正体を看破している。バストサイズ――


「うわっ!」


 慌てて目を閉じて顔を逸らした。危ない危ない。危うく、殺されてしまうところだった。


「どうしたんですか?」


 俺の瞳を見ていたらしいメリーさんが、訝しげに尋ねてきた。ちなみに、「万物鑑定(すべてをみとおす)」を使っている間の俺は、瞳が金色になっているそうだ。人前で使う時は、少し気を使った方がいいだろう。


 なんでもない、と誤魔化して、レベルとMP、それにスキルの情報を伝えた。俺よりも長く冒険者をやっていそうなメリーさんが14止まりとは、非常に不思議だ。


「頑張っているつもりだったんですけどね……ハリーさんはおいくつなんですか?」


「42ですよ」


「高いですね……流石は勇者様」


 尊敬の念を向けてくるメリーさんに、慌ててさっきの悪魔戦で上がったものだと伝える。

 だが、尚もメリーさんは尊敬の目を向けてきたので、少し気恥ずかしかった。


「そういえば、それは鑑定のスキルですか?それとも、ユニークスキルというものでしょうか?」


「ユニークスキル?」


「ええ。勇者様や異世界人が持つ神授の力を、そう呼ぶそうです」


 へえ……歴代の勇者の誰かがそう言い始めたのかな?


「そうですよ。他にも、姿を変えるスキルなどがあります」


「ああ、なるほど。あの姿はそういうわけだったんですね」


 「万物創造(クリエイト)」は、他の二つと比べてもチートっぽいので伏せておこう。

 それにしても、知らない事が多すぎるな……やっぱり、メリーさんを仲間にして正解だったかもしれない。


「そうだ、ハリーさん、私には敬語を使わず、呼び捨てでいいんですよ?あなたの従者なのですから」


 突然、メリーさんがそんな事を言い始めた。


「いや……それは流石に」


 年上の女性にタメ口とか、俺にはハードルが高過ぎます。


「ですが……」


 食い下がってくるメリーさんに、俺は交換条件を突き出す事にした。


「では、メリーさんが敬語とさん付けをやめたら、俺もやめましょう」


 メリーさんはアール達にも敬語を使っているっぽいし、多分これで諦めてくれる事だろう。

 という俺の期待は、甘い物だったと思い知らされた。


「……分かったわ、ハリー」


「……っ」


 引くに引けなくなってしまった。

 交換条件を自分から突き出した手前、今更撤回も出来ない……。


「俺もやめま――やめるよ、メリー」


「ふふっ」


 少し恥ずかしかったが、なんとか呼び捨てにする事が出来た。


「じゃあ、寝ましょうか」


「え、いやいや、何当たり前の様にここで寝ようとしてるの?」


「え?だって、私の分の宿代も払ったし……」


「いや、普通帰るよね?」


 さも当然と言った顔で、人のベッドに横たわるメリー。


「あらやだ、勇者様はこんな乙女に、夜道を歩けと?恐ろしい……」


「ぐぬぬ……」


 その言葉に言い返す事が出来ず、何か反論を考えている内に、メリーは布団を掛け始めてしまった。


「はあ、仕方がない……床で寝るか」


「え?一緒に寝ないの?」


「寝る訳あるか」


「で、でもそれはちょっと申し訳ないというか……」


 自分からベッドを奪っておいて、罪悪感を感じたのか、メリーは俺の服の袖を引っ張った。

 手を振り払って床に横たわろうとしたのだが、メリーの上目遣いが俺に突き刺さった。

 次の瞬間、俺の体はベッドの上にあった。何が起こっているのか分からねえと思うが、俺にも分から――以下略。


「ふふ、嬉しい」


 メリーは可愛らしい笑みを浮かべながら、俺の腕に抱き着いてきた。柔らかい感触に意識がいきそうになり、必死で無心になる。

 数分もするとメリーは落ち着いた寝息を立てながら、眠りに落ちてしまった。

 俺も寝なければ……。


 ――いや、寝れるか!


 横で可愛らしい寝顔を晒しながら、豊満な胸を押し当ててくる美少女がいて、誰が平然と眠れるんだ。

 仕方なく俺は、閉じた瞼にステータス画面を表示させて、スキルポイントの使い方を考える事で眠気の襲来を待った。

12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。

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