7 メリーさん(1)
――足が速い。
煙幕に紛れて建物の陰に猛ダッシュしている時に、違和感に気付いた。普段よりも走る速度が格段に速い。もしや、悪魔を倒してレベルアップをしたのだろうか?
充分距離を取れただろう、と判断したところで、目を閉じてステータスを見る。
うーん、レベル42?夢かな?
あの悪魔は確かレベル56だったので、まあレベルアップ自体はおかしく無いのだが、いくらなんでも上がり過ぎでは?
普通の兵士やC級冒険者が10〜15レベルぐらい、騎士やB級冒険者が15〜30レベルぐらいと聞いた事があるので、これは噂に聞くA級冒険者レベルになってしまったのではなかろうか?
……そんな事よりも重大な事実に気が付いてしまった。
称号欄に、『悪魔殺し』と『勇者』の二つがあった。
悪魔殺しの方は、まあいい。実際に悪魔を殺したし、別に不思議がる事はない。だが、勇者、お前はどこから湧いてきた。観衆に勇者勇者言われ過ぎて、本当に勇者になってしまったとか?
考えていても仕方が無いな。
スキルポイント96とかいう現実味の無い数字を見て更に吐き気がしてきたが、強引に瞼を開く。
「『変幻自在』」
スキルを発動してハリーの姿に戻る。
うーん、このチート装備達はどうしたものか……。これらがあれば、たとえ姿を変えても意味がない。
取り敢えず、デカい鞄でも作ってそれに入れよう。勝手に中身を見るような不躾な奴はいない筈だ。盗賊?そんなものは知らない。
今日何度目か分からない「万物創造」のお世話になり、巨大な鞄に4つの装備を仕舞い込む。乱用は良くないって言ってたけど、意外と数使えるんだよね。
さて、この姿でさっきの場所に戻りますか。
◇
悪魔の死体を取り囲む甲冑姿の人達を見てから、俺は気が付いた。
メリーさんからしたら、時間稼ぎをすると言ったのに突然逃げたクソ野郎じゃないか?と。
ええい、考えても仕方が無い。罵声を浴びせられたらその時はその時だ。宿屋に一週間ぐらい籠るとしよう。
意を決して建物の陰から出ようとした時、俺の心臓が跳ねた。
「えい」
「うわあぁああ!?」
驚きのあまり、後ろを振り向きながら尻餅をついた。
「メリーさん?」
視界の先では、メリーさんが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
噂をすればなんとやらとは言うが、それにしても早過ぎやしませんか?
「何してるんですか?早く行きますよ、勇者様」
――は?
「大丈夫ですよ、秘密にしておきたいんですよね?言いふらしませんから」
くすっ、と美しい微笑みをするメリーさん。
うーん……どっかで「変幻自在」が見られていたか。
何故か俺の腕を抱くメリーさんに連れられ、悪魔の魔法によって小さな広場の様になってしまった戦いの跡地に足を踏み入れる。
「早く勇者様を捜索するのだ!」
悪魔の死体を取り囲む者達の中から、叫び声が聞こえた。本当に勘弁して欲しいものだ。隣のメリーさんは「勇者様」がどこにいるのか分かっているので、くすくす笑いながらこちらを見ている。怖いです、やめてください。
この人からどう逃れようか……と思案していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お、ハリーにメリー!」
パッと声の方を振り向くと、シロに腕を抱かれたアール。比較的小ぶりな胸だが、アールは幸せそうだ。リア充、爆ぜろ。
「ねえねえ、これ何の騒ぎ?」
「悪魔が現れたんですよ。すぐに勇者様が討伐されましたけどね」
興味津々といった様子で訊いてくるシロに、メリーさんは微笑んでこちらを見ながらそう言う。「ねー」と言いながら向けられる視線の圧が怖いので、目を逸らしながら「ソウデスネ」と答えておく。
「二人とも、仲良いんだね〜」
「ええ、とっても」
無邪気に感想を述べるシロ、聖母の様な笑みで頷くメリーさん。
アール、シロ、俺を助けてくれ!ああ、行かないでくれ……!
「ふふ……」
もう少し近くで見物してくる、と言い残して歩いて行ったアールとシロの背中を見ながら、隣に立つメリーさんは笑っている。悪魔よりこっちの方が悪魔っぽいです。こっち向かないで、やめて、怖いよ。
◇
「悪魔を討伐してくださった勇者様に、乾杯!!」
「「「「「乾杯!!!!」」」」」
ジョッキを高々と打ち付け合う男達。
乾杯の音頭に合わせて、俺もアール達三人組とジョッキを打ち付け合う。何故か隣にはメリーさんが座っており、度々向けられるその視線が非常に怖い。
勿論、俺の正体がバレたとかそう言う訳ではない。
あの場に集まっていた冒険者の一人が、「無料参加で勇者様感謝の宴会でも開いたら、フラッとやって来るんじゃね?」と言い、それに乗っかった騎士達が守護であるボルセンに上奏したと言う訳だ。まあ、冒険者も騎士も無料で酒宴が出来そうな機会を見逃さなかったという訳だ。実に目ざとい。
「メリー、勇者様ってどんな感じだったのぉ?」
「美しい女性の方でしたよ。聖剣を振るう姿はとても凛々しかったです」
「へぇ〜、見たかったなあ……」
この人、わざとじゃなかろうか?
恥ずかしさで俺の頬が若干赤くなっているのを見て、ニヤニヤしている。許せん。
「君達!もし勇者を見かけた者がいたら教えてくれ!謝礼に金貨を支払うぞ!」
酒場の中央で叫ぶボルセンの言葉に、酒を飲むメリーさんの瞳がキラキラ光り始めた。まずい。
慌てて腕を引っ掴むと、メリーさんはにまーという効果音が鳴りそうな勢いで笑みを浮かべ、一先ず立ち上がる事は無くなった。一安心だ。
ちなみに、俺達はかなり隅っこの方にいるので、ボルセンに見つかる事は無いはずだ。まあ、見つかっても何のかんの言い訳して逃げるが。
「お料理取ってくるね〜」
「俺も行くぞ」
酒を飲み干したシロが立ち上がるのに続き、アールもついて行ってたちまちテーブルは二人だけの空間になった。
はっきり言って、とても気まずい。
「後でお話がありますよ、勇者様?」
「ハイ、勿論デス」
あの悪魔みたいな口調になってしまった。
隣から向けられる悪魔よりも恐ろしい視線に耐えつつ、酒をグイッと飲む。
蜂蜜っぽい甘さだが、それほど甘ったるくなく何度でも飲めそうな口当たりだ。ファンタジー物でよく見る、蜂蜜酒というやつだろう。
とはいえ、泥酔はしたく無いので、この一杯だけにしておこう。
自分のグラスの蜂蜜酒を飲み終わったタイミングで、焼き鳥や枝豆と言った酒のつまみの定番の品を抱えたシロとアールが戻って来た。ちなみに、シロは酒のお代わりまで持っている。
「なんか、守護令息さんが凄い勢いで勇者様の話を聞こうとしてたぞ」
「へ、へぇ〜……」
「メリーも見つかったら大変そうな感じだったよ〜」
アールとシロからそんな話を聞き、頰が引き攣る。
まあ、姉を亡くした悲しみがそれで癒えているのならば、良い事だろう。
それから暫く、料理に舌鼓を打った。
前世の頃から焼き鳥は好きだったのだが、こちらの世界の焼き鳥も美味しかった。タレ系統は少なかったが、岩塩か何かの塩味が味わった事の無い味でとても美味しかった。また食べたいと思う。
枝豆もバクバク食べれた。元の世界よりも若干質が悪かったが、その分塩を多く振っているのか塩味が強く、いつの間にか皿が空になる程の勢いで食べてしまっていた。
次第に酔い潰れる者も多くなって来て、酒場からは少しずつ人が減っていった。
俺達四人も、シロがベロンベロンに酔っ払って呂律も回らなくなったところで退店した。
ちなみに俺は最初の一杯以外は飲んでいないので全然だし、アールも大して飲んでいない。メリーさんは五、六杯飲んでいた筈だが、頬が少し赤みがかっている以外は特に変わりがない。恐ろしや。
「じゃあ、またな二人とも」
「ははへ〜」
「また」
「また明日」
笑い上戸なのかずっと笑ったままで少し気味が悪いシロをアールが抱えて行き、俺とメリーさんとは反対方向に行った。
適当なところでメリーさんとも別れようと思っていたのだが……ずっとついてくる。
「あの、メリーさん?」
「なんでしょう?」
「宿屋には帰らないので?」
「後でお話があります、と言ったでしょう?」
「…………何のお話ですか?」
面倒なのでさっさと済まそう、と思って適当に返事をすると、メリーさんは恐ろしい笑みを浮かべた。
「あら、ここでしてしまっても良いのですか?どうしましょう、楽しくなって声が大きくなったら、周りの方々に聞かれてしまうかも……」
「ああもう、分かりましたよ!」
全てを諦めた俺は、半ばキレ気味にそう返して宿屋に向かって歩き始める。
メリーさんはふふッと笑ってから、上機嫌にスキップしながら追いかけて来た。
12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。




