52 派閥とは
公爵邸の前で馬車は止まる。
これは茶会の後に国王に訊いた事なのだが、俺を今回誘った公爵はラムディーノ公爵と言うらしい。
ラムディーノ公爵邸はかなり大きかった。俺達に新しく与えられた屋敷の数倍の規模だ。
「ありがとう」
「いえ、仕事ですので」
ここまで御者を務めてくれた者に礼を言い、馬車から降りる。
正直言って、これから何を言われるのかと少し緊張してきている。
獣人であるリーニャを連れている事に苦言を呈されたりでもするのだろうか?いやでもそれなら茶会の時に言っただろうし……じゃあなんだ?分からん……縁談でも結ばされるのだろうか?茶会の時にはやけに縁談を進めようとしてくるおっさん貴族が多かったしな、有り得る……。
そんな風にしてああでもないこうでもないと考えている内に、開かれた巨大な門の向こう側からラムディーノ公爵がやってくる。
俺はここに立っていただけなので、恐らく門衛が呼んだのだろう。
「フェッルム卿、来てくれたのだな」
「え、ええ……まあ……」
挨拶もそこそこにハグを求めるように両手を広げられたので、戸惑いつつもハグを受け入れる。
こういうのって仲が良い人達同士でやるもんじゃないのか?別に俺らって茶会で話したのが最初だよな?まだ二日ぐらいしか経ってないぞ?
とはいえ、そんな事を口に出さない程度の分別は俺にもある。
たっぷり5秒程もすると、ラムディーノ公爵はハグを解いた。
「さあ、遠慮無く入ってくれ。今日は私と君だけだ。邪魔をする者は誰もおらぬ」
「こ、光栄です」
何故二人っきりである事を強調した……!
まさかコイツ、男色家なのか……!?俺は今からこの公爵とそういう事をしなければならないのか……!?
やや的外れな事を考えながら、俺は公爵について歩く。
やがて、高級そうなドアの前に行きついた。
「ここだ。ここは私の特別な友人しか入れない所でね……」
ラムディーノ公爵はそう言いながら、部屋の扉を開く。
調度品や壁紙からして見るからに高級な部屋だ。ただ金銭的な価値の高い物を集めた訳では無く、美術的な価値の高い物を見極めて集めているようだ。
貴族が好みそうで、かつ目の肥えた芸術家でも満足しそう……そんな部屋だった。
当然、それは俺も例外では無い。
あまりの美しさに呆気に取られ、すぐには声が出せなかった。
「これは……凄いですね」
数秒経ってそんな声を絞り出すのがやっとだった。
ラムディーノ公爵はそんな反応をされるのに慣れているのか、微笑を浮かべた。
「そうだろう。初めてこの部屋を訪れた者は、みんな君のような反応をする。私の自慢の部屋さ」
ラムディーノ公爵が部屋の中に入っていったのに続き、俺も中に入りドアを閉める。
なんというか……緊張する部屋だ。壁に掛かっている絵画を見て、「これだけでいくらするんだろう」と思ってしまう。
「さあ、掛けてくれ。茶を淹れよう」
「あ、私が――」
「良いんだ。今日は、私が君を招いたんだ。ならば、客人に茶を淹れさせる訳にはいかないだろう?」
ならば使用人を呼んでくれば――と思ったが、この完璧な部屋には入れたくないのだろう。
仕方無く引き下がり、これまた高級そうな椅子に恐縮しながら腰掛ける。
――値段が気になるけど、聞いたら卒倒しそうだなぁ……。
そんな事を考えている内に、芳醇な香りが鼻腔を刺激する。
丁度ラムディーノ公爵がテーブルの上にあるソーサーにティーカップを置くところだった。
「これは……」
「気付いたかね?先日の茶会で出た品と同じ物だ。とはいえ、少し淹れ方を工夫しているがね」
確かに言われてみれば、先日嗅いだ香りよりも僅かに上な気がする。語彙力が乏しくて申し訳無いが、なんとなく「上」な事は分かった。
「さあ、飲んでくれ」
「……では、遠慮無く頂きます」
ティーカップを持ち上げ、傾ける。
「――ッ!」
先日飲んだそれよりも、格段に美味しい。
これは本当に同じ品種の紅茶なのか?そう思える程の違いだった。
「申し訳無いが、淹れ方は秘密だ。これでもかなりの期間研究したのでね」
ラムディーノ公爵はそう言った後、俺と同じようにカップを傾けて紅茶を飲んだ。
しばらく、俺も公爵も無言で紅茶を楽しんだ。
しばし、豪華な部屋に紅茶を飲む音だけが響く。
やがてカップの中身は空になり、俺も公爵もソーサーにカップを置く。
「非常に美味しかったです。つい飲み干してしまいました」
「そうだろう、そうだろう。良ければもう一杯飲むかね?」
「……宜しいのですか?」
「ああ、遠慮は要らんよ。どれ、淹れた後に本題に入るとしよう」
本題――そうだった、ここへはただ紅茶を味わいに来た訳では無い。あまりの美味しさについ忘れていたが、きっとラムディーノ公爵は何かを企んで俺をここへ呼んできている。
少し、警戒心を強めなければ。
これは戦闘では無い。だから、「危機感知」は発動してくれない。俺自身の思考と直感が物を言う。
一つ深呼吸し、「表情管理」スキルの助けを借りつつなるべく無表情になるよう心掛ける。
そうしている内に、ラムディーノ公爵が新しい紅茶の入ったカップを持ってやってきた。
「さあ、本題に入るとしようか」
「……分かりました」
一体これから何の話が来るんだ……と、俺は少し身構えてしまう。
わざわざこうまでして俺を歓迎しているのだから、悪い話では無い筈だが……何故か悪い事が起きるような予感がする気がする。
もっとも、俺は第六感などを持っている人間では無いし、特別勘が優れている訳でも無いので、気のせいかもしれないが……。
永遠にも思える数瞬が過ぎ去り、ラムディーノ公爵が口を開く。
「見たところ貴公は腹芸は不得手だろう。なので、単刀直入に言わせてもらう――」
無意識の内に、俺の喉がゴクリと鳴る。
「第三王子派に入る気は無いかね?」
「……はい?」
なんだ?
突然知らないワードが出て来たぞ。
もっとこう、何か領地の問題を解決してくれとか、面倒くさいタイプのものが来ると思ってたんだが……派閥?
「すみません、貴族絡みの事にはあまり詳しくないので……説明して頂けるとありがたいです」
「ふむ、そうか……では順を追って説明するとしよう」
ラムディーノ公爵はそう言うと、僅かにカップの中に残っていた紅茶を飲み干す。
俺も残り少なかったので、そのタイミングで中身を飲み干し、ラムディーノ公爵を見据える。
「現在、王位継承を巡る王族の争いが起きている。大抵の貴族は、その争いにおいていずれかの陣営――派閥に加担している」
なるほど、ファンタジー小説などでもよく見かけるアレか。
「そして、私は第三王子派に加入している。他の派閥は、第一王子派と第一王女派が主だな」
「……第二王子派は居ないんですか?」
「第二王子は……言動に難があってな、付いていく者が非常に少ないのだ……今の状態では到底王位を狙える状況では無い故、派閥とは呼べない」
なんというか……うん、残念な感じの奴である事は分かった。
ともかく、三派閥ある内の一つにラムディーノ公爵は入っていて、そこに俺を入れたいと。
「他の二派閥は君達の存在を過小評価しているようだが、私は違う。魔王とは規格外の存在であり、それを倒す勇者もまた規格外の存在。君達を引き入れる事がどれだけ有利に働くか、私はよく分かっているつもりだ」
「……買い被り過ぎでは?」
そこまで言う程か?
確かに俺達は戦闘力という面では強力だろう。レベル的にも敵う奴はそうそう居ないだろうし、居たとしても悪魔や魔王といった人の理から外れた存在だ。
だが、貴族的な争いに関して、俺達は完全な門外漢である。上手い交渉の仕方も知らなければ、先程公爵自身が言ったように腹芸も苦手だ。当然、派閥争いなんていう物に加担できるとは思えない。
「自分達は貴族絡みの争い事には向かない、そう言いたげだな」
「ッ……」
やはり「表情管理」スキルを貫いてこちらの考えを読んでくる。もう少しレベル上げが必要か……。
「しかしだ。君達が何の働きをしなくとも、所属してくれるだけである種のステータスとなるのだよ」
「……ステータス?」
「そう、ステータスだ。見栄を張りたい傲慢な者は、所有物や友人でさえ優れていないと気が済まないだろう?優れた婚約者が居れば威張るし、何か豪華で高級な贈り物などを貰えば、社交界ですぐに自慢する。そういう人物自体は大した事無いかもしれない。しかし、その背後に偉大な人物が居ればどうだ?その者がその偉大な人物と親密な関係にあれば?気を悪くさせてはいけない、と周囲は警戒する。君達が仮に名ばかりの所属でも、他の派閥は警戒するだろう。魔王を退けた勇者が居る、その時点で武に訴えかけるという選択肢を消せる、という点も大きいな」
ぺらぺらと長文で利点を語っていくラムディーノ公爵。
なるほど……「俺達はバックにこんな人がついているんだぜ、凄いだろう」と威嚇できる訳か。下手な真似をすれば俺達という猛獣が喰らいつく、と暗に伝える事だってできるかもしれない。
ふむ、あちら側の利点は理解できたな。
「……分かりました。では、こちらの利点は何ですか?」
「話が早くて助かるな。……しかし、残念ながら私は貴公が求める物を知らぬ。今貴公に提案できる物は、争いに勝利した後の地位と名誉、それに金銭と美女ぐらいだが……貴公はそれらに興味は無いだろう?」
「まあ、そうですね」
地位や名誉なんて物はあっても面倒事に巻き込まれるだけだ。メリットといえば他者から承認されて気持ち良くなる事ぐらいで、何の実利だってない。いや、他の権力者に顔が利くようになるというメリットはあるかもしれないな。だが、それらがあったところで幸福度が高くなるかと言われれば、必ずしもイエスではない。
金銭に関しては、俺達の力なら魔物の討伐なんかですぐに得る事ができる。もちろんそれとは比べ物にならない大金が貰えるのだろうが、そんな金を貰っても使い道に困るだけだ。前世ならば少しグラッと来たかもしれないな……。
美女は……貰ってもメリーやリナからの視線が痛くなるだけな気がする。それに、小心な俺は美女が居ても手が出せないだろう。メリーやリナからの好意を真っ向から受け取って尚、俺は躊躇しているくらいなのだから。
その辺りについても考える必要があるが……今はその時では無い。
ならば俺の欲しい物は何だ?
自分でもよく分からない……一度考えてみよう。
まず、今俺が大事にしている物。
まず間違いなく一番最初に挙がるのは、メリー達仲間の存在。そして次に友人――イリーナ嬢やラルク達、後はミラーノ市で別れたアールとシロ。
他は……平和な生活ぐらいか?
いや、あと一つあったか。ナスターニャ神に頼まれた、レベル上げ。
「俺の欲しい物は……そうですね、仲間の安全、そして効率的なレベル上げの方法、ですかね」
「ほう……なるほど、少し持ち帰って検討してみるとしよう。それでよいかな?」
「ええ、問題ありません」
俺としても事を急ぐつもりは無い。
しっかり考えて決めなければ、後悔したりするかもしれない。後からああしていれば、と言っても、それは所詮後の祭りなのだ。
「では、残りの時間は茶を楽しむという事で良いか?」
「そうしましょう」
この紅茶は何度でも飲みたくなる味わいなので、時間が許す限りここに居たいくらいだ。
――だが、そんな俺の気持ちは、すぐにかき消される事になる。
コンコン、と扉がノックされたのだ。
「なんだ、ここには誰も入れるなと言ってあった筈だが?」
ラムディーノ公爵が見るからに不機嫌そうな声を上げる。
「し、しかし……どうしても、火急でフェッルム子爵にお伝えしなければならない事が」
「ふむ……なんだ、言ってみろ」
メイドは声だけでも分かる威圧感に怯えつつ、扉を開けて言った。
「シビル子爵が王直属の兵士に囲まれ、フェッルム子爵邸から出るところが目撃されたとの事です」
「――場所はどこですか?」
メイドの言葉が終わるのも待たず、俺は席を立って訊く。
「王城です。それ以上の事は分かりかねます」
……そりゃそうだ。王直属の兵士が行くところなんぞ、王城ぐらいしか無い。
それが分からない程焦っていたようだ……少し落ち着こう。
「仕方が無い。フェッルム卿は行くのだろう?馬車を出させよう」
「ありがとうございます!」
一体どういう事か分からないが、もしメリーの命が危険に晒されるならば、俺は相手が国王だろうと容赦はしないつもりだ。
ここは素直に、ラムディーノ公爵の好意に甘えさせてもらおう。
焦る気持ちを抑えつけながら、俺はラムディーノ公爵と共に部屋を飛び出した。
少しでも面白いな、と思って頂けたら、感想・評価・ブックマーク等して下さると非常に嬉しいです!今後の活動のモチベーションになります!




