42 王城前の騒乱(1)
――なんだ、あの兄ちゃんは。
俺はギルド前で国の役人と口論していた。
奴らは自分らの命は張らねえ癖に、人には冒険者らしく云々言ってきやがる。だから当然の如く依頼を断った。普通の冒険者の感性を持ち合わせた奴なら、誰だってそうする筈だ。
だがあの突然現れた兄ちゃんは、命を張るのがさも当然みたいな顔をして役人について行きやがった。
ああいう人間がいるって事が理解できねえ。
……ま、俺には関係の無い話だ。さっさと荷造りでもして、騒ぎが落ち着くまで近場の都市に腰を据えるとしよう。
俺が胸中でそう呟いてギルド内に入ろうとしたところ、扉に手が当たる前に何も無い空間に手が当たった。
「む、失礼」
「――ハッ!!?」
直後何も無い空間から声が聞こえ、素っ頓狂な声を上げてしまう。
なんだ、まだ今日は酒を入れてねえ筈だぞ?
再び扉に手を当てようとすると、今度はすんなりと通った。
……一体なんだったんだ?俺は疲れてるのか?
◇
「またアイツらか……」
役人を追い掛けて王城の前までやってきた俺は、そこで暴れている者を見て溜め息混じりに呟いた。
王城前で集まってきた騎士達を鎧袖一触に薙ぎ倒しているのは、他でもない黒の壱と参だった。だが、壱の方は動いている様子が無い。
「二度ある事は三度あるってか?」
誰も居ない空間に向けて呟く。
俺を案内した役人は既に現場から逃亡した――というより、他の応援を探しに行った。
俺がここに来る原因となった巫女を探してみると、神官が集まって回復魔法を使っているところに交じっていた。あ、目が合った。「早く行け」という強い思念を感じた。
俺とメリーが見つめ合っている間に、悪魔達は俺の存在に気付いたようで、参が騎士達を吹き飛ばしながらこちらに向かってきている。
――しょうがない。リナが聖剣を持ってくるまではこの姿のまま頑張るか。
できる限り目立ちたくは無かったが、仕方が無い。野次馬も居ないようだし、広まらない事を祈ろう。
腰の剣を抜き放ちながら、こちらに向かってくる参を迎え撃つべく走る。壱は未だ動く様子が無いので後回しにしておこう。
「ふん、ようやく骨のある奴が来たな!雑魚ばかりで飽き飽きしておったところだ!」
「そりゃ良かった!今からは飽きる暇も無いくらい楽しませてやるよ!」
参を挑発しながら、襲い掛かってくる腕を迎撃する。
「ぬ?貴様、お得意の聖剣と聖鎧はどうした?覇気が足りておらぬぞ?」
「お前ら相手には良いハンデだろ?」
「ぬかせ!その威勢の良い口を叩けぬまで殴ってやろう!」
確かに参の言う通り、聖剣で無ければ有効打を与えられなさそうだ。それに、アイギスの身体強化機能が無いのが地味に痛い。アイギスがあれば圧倒的優勢だったのだが、今は聖剣が無い事も相まって若干こちらが劣勢だ。
とはいえ、致命傷を与えられる程では無い。
「くっ」
少しずつ掠り傷が増えていく。
こちらも参の方に時々剣が掠めるが、悪魔は再生能力も高いのか、傷を付けた数十秒後には治ってしまっている。羨ましい限りだ。
「くははっ、どうだ!これでもまだ減らず口を叩けるか!?」
「チッ……」
やはりこの装備では厳しいか。
今の傷なら一度後方に下がれば治療してもらえる筈だが、これ以上傷が増えるのはまずい。
どうするか……。
「ぬぅっ!?」
突如、参が後ろに向けて腕を振るった。
すると、何も無い筈の空間に火花が散り、武器が衝突したような音が鳴り響く。
「ふっ、どうやら中々優れた暗殺者が居るようだな」
参がそう呟いた直後、俺の横から参に斬りかかる者が現れた。
「A級パーティー『高級馬車』リーダー、ラルク!助力する!」
ラルクと名乗った銀髪の男は、赤く光る剣――魔剣を参に向けて振るう。
……パーティー名にツッコむべきなのか?
「ほう、魔剣使いか!!」
参は嬉しそうに叫びながらその攻撃を防ぐ。
「君はどこの誰だい?」
参への攻撃を中断したラルクは、一度後退してこちらに話しかけてきた。
そんな場合じゃないと思うんだが……。
「D級冒険者ハリーだ」
変に口論に発展してもしょうがないので、大人しく名前を告げておく。
「D級!?へぇ、なるほど……まあいい。君はさっきまでみたいに戦ってていいよ。僕とフーガがサポートする」
「……フーガってのは?」
「さっきからアイツに斬りかかってるうちのアサシンさ」
なるほど、こちらが呑気に会話しているのに参が迫ってこないのはそういう事か。
「他のメンバーはいないのか?」
「2人程いるんだけど……まだ来てないみたいだね」
「そうか……分かった」
A級というからには、目の前にいるラルクやそのパーティーメンバーはさぞかし強力な事だろう。リナが来るまでの間は頼らせてもらおう。
「じゃ、行くぞ」
「了解」
ラルクに声を掛けた後、フーガというアサシンと戦っている参の横顔に攻撃を仕掛ける。
警戒は怠っていなかったようで、即座に防御されてしまうが、その隙にラルクが鋭い突きを打ち込む。そちらまでは防御しきれなかったようで、参は軽く呻きながらバックステップで距離を取る。
「3対1か……ちとキツイな」
そういえば、壱は一体何をしているんだ?
さっきチラッと見た時は、攻撃してきた騎士に反撃するだけで動いていなかった。
これまでコイツらが俺達の前に現れた時は、俺達を殺す――というより、正確には俺達に宿る権能を奪うのが目的だった筈だ。だが、今のコイツらの目的が読めない。
時間稼ぎも兼ねて、会話を図る事にしよう。
「キツイなら、あっちで戦ってる壱を呼んでくればいいんじゃないのか?」
「そうしたいのは山々だがな。こちらにも事情があるのだよ」
「へぇ……さぞかし大事な事情なんだろうな?」
「その通りだ」
「……どんな事情か教えてくれたりは?」
「する訳なかろう」
「ですよねぇ」
駄目だ、相手から情報を探るのが下手過ぎる!これじゃまるでただの世間話じゃん!
とはいえ、この大して意味の無さそうな会話にも意味があったようだ。
参の注意がこちらに向いた一瞬の隙に、フーガの一撃が参の胸を貫く。
「ぬおっ……!」
不意の一撃に声を上げながら、フーガを殺そうと腕を振るう参。
それと同時に、ラルクが飛び出していく。一足遅れて俺も飛び出す。
参の振るった腕はフーガを捉える事無く空を切る。
「くっ……!」
ならばと刺さった短剣を引き抜こうとした参だったが、その瞬間、ラルクの攻撃が参の下半身を切断する。
「ぬおおお!!」
すかさず俺の振るった剣が、参の首を斬り飛ばした。
次の瞬間、参の3つに分かれた体がそれぞれ黒い粒子となって消滅していった。
「悪魔の死ぬ瞬間って初めて見たけど、こんな感じなんだね」
「そうらしいな」
「うおっ!」
ラルクの感想にそうだぞ、と頷こうとした瞬間、背後から声が聞こえて驚く。
「む、驚かせてすまん。俺がフーガだ」
いつの間にか背後に立っていたのは、こちらの世界では珍しい黒髪を伸ばして片目を隠した男だった。素顔が半分隠れているが、かなりの美形である事は間違い無い。
「おっと、今は自己紹介している場合じゃなさそうだ。フーガ、ハリー君、まだもう一体残ってるよ」
「そうだったな。行くか」
「了解」
確かにラルクの言う通り、未だ動かない壱を早いところ片付けなければならない。
ラルクの言葉に返事を返し一歩踏み出そうとしたところ、強烈な魔力の衝撃波が飛んできた。
「「「くっ……!」」」
必死に体を支えながら呻く俺達。
衝撃波は壱の方から飛んできているようで、付近に居た騎士達は塵のように吹き飛ばされてしまったようだ。
騎士達と同じ運命を辿ろうとした俺達を助けたのは、巨大なタワーシールドを持った大男だった。
自慢のタワーシールドで衝撃波を防ぎながら、倒れそうになっていた俺達の体を支える。
「大丈夫か?」
「助かったよ、ヴァーライン」
どうやら大男の名前はヴァーラインというらしい。
ありがとう、と礼を言っておいて、衝撃波が止むのを待つ。
もっと長く続くかと思ったのだが、案外あっさりと衝撃波は止んだ。
タワーシールドの陰から顔を出した俺達が見たのは――そこかしこの建物に無造作にぶつけられ、鎧を粉々にした騎士達の姿だった。ほぼ全員四肢がおかしい方向に曲がっている。よく見れば騎士達だけでなく、後方に居た筈の神官や巫女の姿もチラホラと見える。
「酷いね……」
ラルクのそんな呟きが耳に入る。
だが、俺を最も驚かせたのは、そんな無残な光景では無かった。
「……『魔王』」
『黒の王』『魔王』。それが壱に新たに与えられた称号だった。




