5 ミラーノ市(4)
悪魔や魔王の中には、スキルなどで人や亜人、動物や魔物を操る種もいる。
それらによって操られた者は、たとえ術者が死亡しても、元に戻る事は無い。
ただし、なんらかのスキルなどによっては解除出来る事が、勇者と魔王との戦いで判明している。
――ダンス・アラカット著『悪魔と魔王』より
◇
ミラーノ市にやって来てから一週間が経った。宿を取れているのは明日までなので、明後日にはここを発とうと思っている。
街中では騎士や冒険者がアリスを探そうとしているが、まあ今の所は見つかっていない。エクスカリバーは布を巻いて隠しているので、そこからバレる事は無い。
さて、ここ一週間の依頼で俺のランクはD級まで上がっている。採取依頼の度に魔物を殺して帰って来るのが、高速ランクアップの一助となったのだろう。ギルド職員の方々は、魔物の数に驚いていた。
レベルは15まで上がっている。スキルポイントは32入り、「片手剣」と「危機感知」以外には使っていないので、現在は38だ。振り分けても良かったのだが、今の所はこの二つで困ったりしていないので、使っていない。
ここまでレベルが上がった事で、スキルポイントの法則性が分かってきた気がしている。最低値が1、最高値が6なので、恐らくダイス式なのだろう。尤も、俺の運が悪くて7以上を得られないだけなのかもしれないが。
「今日も騎士とか冒険者とか、たくさん走ってんな」
そこまでしてアリスを見つけたいのだろうか?
いや、市外に向かっている者も多いな。やはり、魔物が多くなって来ているのだろうか?
度重なる魔物の素材売却により金はそこそこ増えてきているので、今日ぐらいはサボったっていいだろう。
◇
二つある門の内片方で張り込み的な事をしてみたのだが、やはり帯剣している者の出入りが激しい。
とはいえ、元々の量を知らないので、これが通常なのかもしれないが。
張り込みに飽き飽きしてきたので適当な酒場で昼食を摂り、次の目的地を考える。
そういえば、メリーさんの話で神殿がちょっと気になってたんだよな。この世界では神の存在は一切疑われていないどころか、恩恵が多々あるらしいので、どんな感じか知りたいのだ。
よし、行ってみよう。
◇
「こんにちは」
「わっ!……メリーさんでしたか」
後ろから突然声を掛けられ、吃驚しながら振り向くと、そこにいたのはメリーさんだった。
「怪我ですか?」
どうやら、神殿の近くでウロウロしていたから声を掛けられたらしい。いや、やましい事があるとかじゃなくて、単純に見学の為に入っていいのか不安になっただけですよ?
「いえ、そういう訳じゃ無いのですが……神官とか巫女ってどんな仕事をしているのか気になって」
「なるほど。見学して行きますか?」
「いいんですか?」
「ええ。ついて来てください」
どうやら、実際の仕事の様子を見せてもらえるみたいだ。ワクワク。
ちなみに、メリーさんも今日は依頼を受けないらしく、暇なので神殿の手伝いに来たと言っていた。冒険者をやっていても、神殿との繋がりは残っているらしい。
メリーさんの案内で、神殿の中に入る。
「こちらは、お布施を入れてもらう箱です。お布施をして下さった方には祝福の魔法を掛けているので、何か災難があった人などがお布施をする事が多いですね」
へぇ〜。運気でも上がるのだろうか?
折角なので、大銅貨を1枚入れる。金額の制限などは特に無い様だが、少な過ぎるのも多過ぎるのも良くないと思ったので、丁度良さげな額にした。メリーさんの様子的に、問題の無い額だろう。
お賽銭箱の横に居た神官さんに祝福を掛けてもらい、案内の続きを受ける。
「あちらは、怪我人の方々が傷を癒してもらう場所です。お金を取っているのですが、我々も本意では無いのですよ?」
神殿の運営費用とか、諸々でお金が必要なので仕方なくと言う事だった。まあ無償で怪我を治すなんて虫の良い話は無いので、別に不自然だとは思わない。それに、余りにも貧乏そうな見た目をしている人からは、お金を取っていないらしい。
「ここは祈りを捧げる神聖なお部屋です。週に一度、敬虔な信徒の方々はここに集まって、我々と一緒に祈りを捧げるんですよ」
アニメとかで見る教会みたいな部屋だった。奥には肖像画が描かれているので、偶像崇拝は禁止では無さそうだ。
手を合わせて祈りを捧げるメリーさんが目を開けてから、肖像画について聞いてみた。
「ああ、あの肖像画は、魔王と戦う勇者様と、その勇者様に加護を授けるナユリエ様を模した図です。尤も、ナユリエ様が直接加護を授けた事例は、数件しか記録されていない様ですけどね」
この世界の神はナユリエ、と言うのか。他の神殿は無いみたいだし、一神なのだろう。
『悪魔と魔王』ってタイトルの本はちょっと読んだけど、話を聞いてみたい。
「今代の勇者様は召喚されているそうですけど、魔王はもういるんですか?」
「いえ、まだどこかで復活したという話は聞いていませんね。神託で魔王が復活すると聞いた地で召喚されているので、心配なさらずともすぐに討伐されると思いますよ」
メリーさん、フラグっぽくてちょっと怖いですよ。
「へ〜、神託ですか」
「ええ。魔王以外でも、重大な悪事を働く人とか、危険な災害などは神託の儀式の際に教えて下さるのです。とはいえ、そんなに数をこなせる儀式では無いので、神託が降りる前に起きる事もありますけどね」
ふむふむ。
神様の力といえども、万能では無いのか。
「そういえば、ここらで勇者が目撃されたとか噂になってましたよね。あれって誤情報なんでしょうか?」
「あ〜、一週間程前にそんな話を聞きましたね。一応、召喚された勇者様以外でも神様に認められる方はいるので、誤情報とも言えないですね。実際にその方を目にしなければ、なんとも言いづらいところです」
口振りからは、信じていない様子が伺える。良かった、無いとは思うけど、これで神殿総出で捜索しています、とか言われたら困るところだった。
◇
それから数十分程神殿内を案内してもらった後、お暇する事にした。メリーさんはまだやる事があるので、と言っていたので、神殿で別れた。
神様が身近にいる世界か、流石ファンタジー。
実は恩恵を感じられなかっただけで、地球でも神様はいたのだろうか?
神殿を出てぶらぶらしよう、と思い歩き始めたところ、後ろから慌ただしげな足音がする。
「ん?」
振り返ると、神官さんや巫女さん達が駆け出してきていた。急患だろうか?
「ハリーさん!来てください!」
へ?
メリーさんに腕を引っ張られる様にして、走らされてしまった。なんだろうか?
後、気付いていないのかもしれないけど、胸が当たってますよ、メリーさん。
◇
「さあ、敬虔な信徒達よ!祈りを捧げよ!」
「「「「「祈りを!!!」」」」」
メリーさんに連れられてやって来た先では、謎の集会が行われていた。
祈りを、とか言っている割に、着ている服は聖職者らしさの欠片も無い、真っ黒なローブだ。
「……間に合わなかった……!」
隣のメリーさんが声を上げる。……どういう事?
良く目を凝らすと、円形に集まっている黒ローブ達の中央から、紫色の光が漏れ出ている。何かの儀式?
突然横から謎の歌が聞こえてきて、思わず視線を逸らす。見ると、神官さんや巫女さん達が、独特のリズムとハミングを刻みながら杖を振っている。杖と言っても、指揮棒程の長さしかない、所謂短杖と言われるやつだろう。つまり、これは詠唱か?
詠唱をするメリーさん達をぼーっと眺めていると、黒ローブ達の方から歓声が上がった。
その声に釣られて視線を戻すと、黒ローブ達の中央に、4メートルの程のサイズの黒い体をした何かがいた。禍々しい角を生やし、腕は四本、尻尾も生えていて、恐ろしい見た目をしている。
「悪魔……?」
悪魔らしき存在は、雄叫びを上げた後、その四本の腕を振るって黒ローブ達を薙ぎ倒した。仲間じゃ無いのか?
どうすれば良いんだろう、とオロオロしている内に、黒ローブ達は全滅してしまった。だが直後、横から聞こえる詠唱が途切れた。
「「「「「――♪、聖なる矢」」」」」
空中に美しい光の矢が神官さん達と同じ数だけ生成され、それらが一斉に悪魔に放たれる。全て悪魔に突き刺さっていったが、悪魔は痛みに悶える様子も無い。
「フン。人族ノ魔法ハ、相変ワラズ惰弱デスネ」
聞きにくい発音をするのはやめてくれ。
「効かない……!」
メリーさんが憎々しげに悪魔らしきものを見ている。
「メリーさん、あれはなんですか!?」
「悪魔です。悪魔崇拝者達が集会を開いていると聞いて、急いでやって来たのですが……間に合いませんでした」
おいおい、本当に悪魔か。唐突過ぎる展開はやめてくれ。
悪魔崇拝者といえば、捕まえたベリルにその称号が付いていたな。あの時に、不自然に思っていれば良かった。
再び詠唱を始めるメリーさん達を見て、悪魔のヘイトがこちらに向いた。効かないとはいえ、煩わしいと言う事だろう。
(『万物鑑定』)
ここ最近ご無沙汰になっていたスキルを使い、悪魔の情報を覗き見る。
●中級悪魔 レベル56 MP 2214/2214
○スキル
・火炎魔法
・破壊魔法
・瞬足
・複腕
・怪力
・詠唱
・人間語
○称号
『中級悪魔』『魔王の配下』
○情報
悪魔崇拝者達によって召喚された、中級悪魔。魔王の配下で、この街を襲おうとしている。神官の魔法を止めるべく、こちらに向かって来ている。
破壊魔法って厨二病みたいな名前、やめてくれないかな〜?
状況の馬鹿馬鹿しさに現実逃避しそうになった思考を引き戻す。
レベル高いし、MP多いな!!
勝てる気がしないけど、メリーさん達は戦おうとしている。見捨てる訳には行かないだろう。
「注意を引いてきます」
詠唱中のメリーさんに短くそう伝え、物陰から飛び出す。
「ナンデスカ、貴様ハ?愚カナ神ヲ崇拝スル輩デハナイ様デスネ」
(『万物創造』:強力煙幕)
悪魔の言葉を無視し、煙幕を作り出してぶん投げる。
プシュー、と凄い勢いで煙幕は拡散していき、たちまち悪魔と俺の姿を消した。
「煙幕トハ、面白クナイ物ヲ使イマスネ。盗賊デスカ?」
悪魔が数秒掛けながら、四本の腕をブンブン振るって、煙幕を晴らしていく。
取り戻された視界に……俺の姿は無かった。
11/20 >神官達の魔法の名称を変更
12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。




