35 シャーマイン市
短めです。
馬車はガラガラ走る。公爵領に向かって。
「見えてきたわね」
メリーの言葉を聞いて、御者台まで身を乗り出してみる。
これまでの都市とは違う規模の城壁が見えた。アレがシャーマイン公爵領の領都シャーマインだろう。
公爵領は王都と隣接しているが、王都と反対側の領境に位置している。敵の侵攻を防ぐためだとか、王都が陥落した時に王族が避難するためだとか色々な説があるらしい。
ともかく。
メリーによって、馬車は検問の列に並ぶ。
イリーナ嬢に渡された紹介状のようなものを使えば貴族用の列からも入れるようだが、紹介状を使うのはどうしても必要に迫られた時だけにしておきたい。
そんな訳で、平民用の列に並ぶのだが、毎度の如くリナが酔いに苦しんでいるので、俺はリナと一緒に馬車を降りて横に立つ。
「クェート市の時よりも露店が多いな」
「……そうね」
まあ、人の出入りはこちらの方が激しいだろうし、商売人が集まるのは当然だろう。
この分だと、王都は更に多くの露店がありそうだ。
リナに肩を貸してやりながら、遠目に露店を眺める。
買う事はせず値段を確認するに留めたが、予想通り物価はこれまでの都市よりも少し高めだ。露店と同じ理論でいけば王都は更に物価が高い筈なので、何か買うものがあれば王都に行く前に買っておいた方がいいかもしれない。
◇
「チッ、獣臭えな。早く行け」
「…………」
検問してもらったはいいが、衛兵の態度がとても悪かった。
俺達は大人なので誰一人言い返さなかったが、こんなに多くの人がいれば誰か一人ぐらい文句を言いそうだ。
衛兵は俺達と顔を合わせたく無さそうだし、俺達も衛兵と顔を合わせたくないので、言われた通りさっさと市内に入る。
他の衛兵もこんな感じなら、さっさとこの街を出て行きたいレベルだ。
「公爵領の領都にしては、兵の質が悪いわね……」
メリーも同じような感想を抱いたらしい。
それに、「眼光炯々」で適当な衛兵のレベルを見てみても、他の都市の衛兵と比べて明らかに低い。
こんなんで大丈夫なのか、シャーマイン市……。
◇
宿屋に馬車を停め、1週間程の宿泊手続きを済ませる。
チェックインの時にも獣人嫌いの店主とひと悶着あったが、こちらは金を握らせる事で黙らせておいた。客も少なそうだったので、文句を言う相手は他にいないだろう。
金を握っても未だ不機嫌そうな店主と同じ空間にいる理由も無いので、全員で宿の外に出る。もちろん、盗まれる事を警戒して貴重品はしっかり持ち出している。馬車が盗られる可能性もあるが、その時はその時に考えればいいだろう。
4人で並んで街中を歩くが……往来での喧嘩があちこちで見られる。
「治安が悪いわね……」
「ほんと。スラム街みたいね」
「言い得て妙だな」
流石に歩いているだけで殴り掛かられるような事は無いが、スリをしようと狙ってくる視線を度々感じる。
ただ、俺やリナの持っている武器が業物であるからか、実行に移す奴は今のところいない。
「平民街でこれなら、貧民街はもっと酷そうね……」
「だな。絶対行きたくない」
これまでの街と同じように、シャーマイン市は外周付近が貧民街、その内側が平民街、簡素な壁を挟んだ更にその内側が貴族街――貴族以外でも裕福な商人や聖職者などは住んでいる――となっている。
「ここまで治安が悪いなら、紹介状を使ってもっと良い宿に泊まればよかったかな……」
「今からでも変える?」
「うーん……キャンセル料が惜しい」
そもそも、何故にここまでに治安が悪いのか。少し気になってくる。
現公爵が悪いのか、大量の盗賊が住み着いているのか、何らかの外的要因が働いているのか。
実際に調査してみたい気持ちに駆られるが、調査のしようが無い。
いや……一つだけあったか。
「治安の悪さの理由を調べてみていいか?」
「そりゃあ私も気になるけど……どうやって調べるのよ?」
「情報屋でも使おうぜ」
◇
「それは請け負えねえな」
「そうか……」
情報屋に出向いて治安の悪さの理由を調べてもらおうとしたのだが、返ってきたのは芳しくない返事だった。
「まあ、知ってる事なら話してやる」
「じゃあ、それで頼む」
情報屋に情報料として金貨一枚を支払っておく。
少し多い気がしなくもないが、こういう場面では奮発しておいた方が口が軽くなるのだ。
「結論から言っちまえば、公爵のせいってのがこの街の人間の共通認識だな。俺の調べでは盗賊が増えてきたのは、治安が悪くなってからの話だ。最初に増えたのは……悪魔崇拝者だな」
「悪魔崇拝者……もしかして、公爵が……という事か?」
「おっと兄ちゃん、それ以上は喋んない方が身のためだと思うぜ」
「そうか……分かった」
「喋れる事が少なくて悪いがよ。一つ助言しとくが、外の人間だったらさっさとこの街を出ちまった方がいいぜ。いつ身ぐるみ剝がされるか分かったもんじゃねえぞ」
「分かった。ありがとう」
情報屋の助言通り、早めに出て行った方が良いだろう。
公爵が悪魔崇拝者かもしれないという情報はかなり有益だが、確定した情報でも公の情報でも無いがために、俺ではどうする事もできない。アリスの姿で出て行ったところで、証拠が無ければ公爵を暗殺した偽勇者に過ぎない。
大人しく去るとしよう。
◇
「もったいないけど良かったの?」
「金盗られるよりかはマシだろ」
宿の主人にキャンセル料を支払った俺達は、まだ日も暮れない内に宿を引き払った。
この治安の悪さで寝ている間に荷物を奪われるよりかは、キャンセル料を支払って一刻も早く出て行った方が身のためである。
メリーに馬車を操車してもらい、王都方面の検問に向かってもらう。
馬車を走らせていたある時……突然、リーニャの体が青色に発光し硬直した。
「リーニャ!?」
そのまま倒れるリーニャを慌てて抱き留める。
意識を失っているのか、目に光が無い。
「ちょっと、どうしたの?」
「分からん……あ、消えた」
メリーの言葉に反応している内に、リーニャの体から放たれる青い光は消えた。
「一体何だったんだ……?」
リーニャの脈を測ってみるが、特に異常は無い。ただ眠っているだけのようだ。
「それはこっちが訊きたいわよ」
メリーは何事も無いのに安心したのか、すぐに前方に向き直った。
リーニャの口が『王都、魔王』と動いたのに気付いた者は、その場にはいなかった。




