閑話5 同衾
短めです。
「はい、チェックメイトよ」
「……勝てねぇ!!」
クェート伯爵城にやってきた日の晩。
俺はリナとチェスの勝負を行い、そして完膚なきまでにボコボコにされた。敗北した回数は5を突破し、勝利した回数はまだ1を超えてもいない。
「ハリーは考えずに駒を置き過ぎなのよ。もうちょっと冷静になりなさい」
「冷静になれっつってもなあ……冷静ではあるんだが」
「さっきの試合だって、ちゃんと考えればやりようはあった筈よ。あっさりクイーンを取れたし」
「うっ……」
確かにリナの言う通り、俺は駒を動かしてから悪手である事に気付く事が多い。
自分の次の手だけを考えて、駒を置いた位置の事は一切考えていないのだ。並列思考が苦手と言うか何と言うか、一つの事を考えると他の事が考えられなくなってしまう。
「……あっちは楽しそうだなぁ」
ふとした拍子にメリー達の方を見やれば、楽しそうに談笑しながらカードゲームに興じている。確かマグヌスという名前のゲームだった筈だ。
「あれ何のゲームなのかしらね……」
「見た感じ、なんかTCGっぽいけど」
「……異世界人の誰かが持ち込んだのかしらね」
「かもな」
こんなファンタジー世界でTCGなど、拍子抜けもいいところだ。
しばらく和やかにカードゲームをする2人を眺めた後、俺は溜め息を吐く。知らないからと言って食わず嫌いせずに、あっちに行っておけば良かったかもしれない……。
俺の溜め息を見届けた後、リナが捕食者の目をしながら悪魔の提案をしてくる。
「さて、もう一戦やる?」
「…………もう夜も遅いぞ。寝よう」
「今の間は何?」
「決してこれ以上負けたくないとかそう言った事はございません」
「まあいいわ」
勝てないという事は分かっていたが、あそこまでボコボコにされると流石に凹む。
そういった俺の心境を察してか、リナは深く追求せず引き下がってくれた。
もう日付も回っている筈なので、早く3人を帰らせるためにメリー達に呼び掛けを行う。
「おーい2人とも、もう遅いから、それ終わったら部屋を出てくれ」
「そうよー」
「「はーい」」
一緒になって呼び掛けるリナの脇腹を小突く。
「おい、何自分は違うみたいな顔してるんだ」
「え?だって私はここで寝るもの」
「はぁ!?」「「えぇ!?」」
何言ってるの当然でしょ、みたいな顔で宣うリナに、俺だけでなくメリー達までもが叫び声を上げる。
何故野営でもないのに同衾前提なのか、理解に苦しむ。
「ふざけた事言ってないで帰ってくれ……」
「そうですよ!抜け駆けは禁止です!」
「そうよ!何自分だけ残ろうとしてるのよ!」
俺と一緒になって止める2人のセリフが、なんだかおかしい……。
3人の抗議をものともせず、リナは腰に手を当てて胸を張りながら宣言する。
「チェスでの勝者の権利を使わせてもらうわ!あれだけ負けたのに拒否するなんて事、無いわよね?」
「うぐっ……強権過ぎるだろ!無効だ無効!」
「問答無用!」
俺の制止を振り切ったリナは、一片の迷いも見せず俺のベッドにダイブした。
「む、ズルい……」
「リナさ~ん、駄目ですよー!!」
外野の2人はさっきからセリフが少しズレている。一緒になって止めて欲しいのだが……。
そんな様子を見せる2人に対し、リナは横になりながらドヤ顔を見せつける。
「そういう訳だから、チェスのルールが分からない方々はお帰り下さい」
「帰らないわよ!こうなったら私達も一緒に寝るわ!」
「そ、そうですよ!出ていきませんからね!」
――待て、何故そうなる。
ぎゃいぎゃい姦しく言い合いをする3人を見ながら、俺は頭を抱える羽目になった。
どうしたものか……と解決策を探っていると、幸運な事に部屋の扉が開き、メイドさんが中に入ってきた。
「イリーナ様、お部屋にお戻り下さい。もう遅い時間です」
「嫌です!私はここで寝ます!」
「おやめください。旦那様がお許しになりませんので」
イリーナ嬢の我儘を聞き入れず、メイドさんは冷たい声でイリーナ嬢を引き摺っていく。
「きゃー、離して!私はここで寝るんですー!」
「なりません」
ブンブンと腕を振り回して抵抗するイリーナ嬢だったが、箱入りの彼女のレベルではメイドの力に勝てる筈も無く、無力に運ばれていった。
「……邪魔者が1人消えたわね」
「……ええ、そのようね」
閉じられた扉を見て、微笑みながら黒い発言をする2人。
ちょっと怖いですよ……目が笑ってないです。
「次はアンタよ、メリー!」
「うぐーっ!!負けないわよ……!!」
大声を上げながら押し合いを始める2人。
城の皆さんに迷惑なので、あまり大声を出さないで下さい……と言おうとしたが、ターゲットがこちらに向くのが怖くて口が動かせない。
そうこうしている間に、手押し相撲の決着は付く。
完全後衛型のメリーに対し、短剣も扱える中衛型のリナ。力の差は歴然だった。それに、盗賊戦でリナの方がレベルアップしたというのも大きかっただろう。
メリーはリナに押し勝つ事ができず、あっさりと部屋から追い出される。鍵も閉める徹底のしようだ。
「さ、これで静かになったわね」
「え、リナは帰らないの?」
「何か言ったかしら?」
「い、いえなんでも……」
にっこりと目だけ笑わずに問い掛けるリナがどんな悪魔よりも恐ろしい。
俺は抗議の声すら上げる事ができず、リナのベッドへの侵入を許してしまった。
――メリー、力で負けても、言葉で抗議できるだけ君は凄いよ。




