4 ミラーノ市(3)
魔法には、多くの種類がある。
火炎魔法、水魔法、風魔法、土魔法、氷雪魔法、光魔法、闇魔法、などなど。それらから派生した鍛治魔法や精神魔法など、派生系も含めれば多岐に渡る。
また、時魔法などの失われた魔法も存在する。いや、存在すると言う表現はおかしいか。失われているのだから。
――リムイズ・グルーベット著『魔法とは』より
◇
現実逃避に公園のベンチで本をパラパラめくる。
何故公園のベンチにいるのか?
ハリーの姿を使えなくした為、宿屋に戻れなくなったからだ。
馬鹿だろって?あの時は全く考えずにその場のノリで行動してました、すいません。
さて、解決策も思い付いたし、帰りますか。
そう、俺は気付いてしまった。
「ハリーは死んだ」と取れる様な発言はしたが、直球では言っていないのだ。なので、ボルセン関係の人物に遭遇しても、「重傷を負っていたので……」と言い訳する事が出来る。まあ遭遇せずに街を出るのが一番だが。
「『変幻自在』」
スキルを使い、ハリーの姿に戻る。
今後は、何か目立つ行動をする必要性に迫られた時のみアリスの姿を使うとしよう。
さ、宿に戻って寝ましょう。
◇
翌朝。
さっさと街を出てしまいたかったが、十日分の宿を先払いしていた事に気付き、貧乏性が発動してしまった為、冒険者ギルドに向かっている。
幸い昨日の様に騎士達が街中に跋扈している事は無く、普通に冒険者ギルドに辿り着いた。
酒場とかでよく見るカラカラなる鈴は、特に扉に付いていなかった。あの音ちょっと好きなのに。
誰かに絡まれる前に登録して適当な依頼を受けよう、と思っていると、早速絡まれてしまった。
「ハリー、昨日ぶりだな!」
「ああ、アール。お二人も、おはようございます」
「おはようございます」「おは〜」
アール、メリーさん、シロの三人である。
席で食事を摂っている最中だった様で、机の上には料理が並んでいる。どうやら、冒険者ギルドは料亭も兼ねているみたいだ。
これから登録する旨を伝えると、アールは手を振って食事を再開した。
朝食を摂る前だったら少し話して行っても良かったんだけどね。
「登録をお願いします」
「承りました。こちらの紙に記録をお願いします」
差し出された紙とペンを受け取り、代筆を断る。この都市に入った時にも言われたけど、もしかしてこの世界って識字率が低いのだろうか?
まあ、異世界なんてそんなものか……と考えながら、スラスラ書いていく。
「これ、レベルやスキルは書かなくてもいいんですか?」
「はい、大丈夫ですよ。特殊なスキルなどを持っていて、秘匿を希望される方もいますから」
なるほど、配慮か。
道理で、書く内容が名前や年齢、性別ぐらいしかないわけだ。
流石に、剣士とか魔法使いとかを聞く欄はあったので、取り敢えず剣士と書いておく。魔法を使ってみたい気もしたけど、今は出来なさそうなので書かない。
「少々お待ち下さい」
受付嬢は後ろに下がって、衛兵詰め所にもあった水晶玉を操作する。うーん、貴重品かと思ってたけど、意外とポピュラーなのかも?
数秒後、水晶玉が淡い光を発して、受付嬢がこちらに戻って来る。
「こちら、冒険者カードです。身分証明証としても扱えます」
まじか。それを先に知りたかった。
「ありがとうございます」
「新人向けの説明は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です」
馬車での移動の時にアールからあれこれ聞いたので、大体は分かるだろう。分からなかった時は、先輩冒険者に聞けばいい。
「分かりました。それでは、幸運をお祈りしています」
「ありがとうございます」
受付嬢の丁寧なお辞儀にこちらもお辞儀を返し、冒険者カードを鞄にしまって掲示板を見に行く。
掲示板は三つあり、一つ目は依頼掲示板。文字通り、発行された依頼を確認する事が出来る。二つ目は、募集掲示板。パーティーを募集する為の掲示板だ。三つ目は、買取掲示板。通常よりも高く買取されている品目を見る事が出来る。
仲間とかは困っていないので、依頼掲示板を見に行く。コミュ障だから話しづらいとか、そう言う訳ではない、決して。
朝方という事もあり、掲示板の前にはそこそこの数の冒険者がいた。
迷惑にならない位置を探し、そこから色々と依頼を見ていく。
「げっ……」
思わずそんな声が出てしまったのは、仕方がないだろう。
何故なら、『謎の美女勇者を捜索せよ』などと言う依頼が、守護令息名義で発行されていたのだ。詳細文的に、昨日の俺の事で間違い無いだろう。
うーん、ハリーの姿だったらバレる事は無さそうだけど、エクスカリバーについて言及されそうな気もする。嗚呼、こんな事なら、スキルを貰う時にストレージ的なものを要求しておけば良かった。
後悔しつつ、F級でも受ける事が出来るE級推奨の依頼を受ける事にする。森での薬草採取なので、新人でも問題無いという事だろう。
エクスカリバーが目立たない様に意識して動き、受付で依頼を受諾してギルドを出た。
守護一家に見つからないといいな。
◇
衛兵に特に呼び止められる事もなく、無事に市外へ出る事が出来た。
「守護」とかいう名前的に、戦国時代の大名的な物をイメージしていたので、衛兵にハリーの名前を通達済みかと思っていた。いや、ボルセンはハリーが死んだと思っているから、そんな事を通達する訳が無いか。
森の方へと歩みを進めつつ、何かスキルを取得しておこうとスキルリストを開く。
●スキルリスト
○片手剣
○危機感知
○鑑定
○収納
○運搬
○詐称
○作り話
○表情管理
○尋問
○吹き矢
○射撃
○暗殺
○拉致
○誘拐
○変装
○偽装
○女装
○礼儀作法
○空泣
○冤罪
○疾走
○逃走
……多い。それに幾つか不本意なスキルが混じっている。
取得する気の無いスキルはリストから消去する事も出来る様なので、見やすさを優先して「鑑定」「暗殺」「変装」「偽装」「女装」「空泣」「冤罪」辺りを消去しておく。消去済みの欄から復活させる事も出来るので、気軽に消していった。
取り敢えず、「片手剣」と「危機感知」辺りを取得してみよう。
取得には1ポイント、レベルアップにはレベル×1ポイントみたいだ。
現在のポイントは11なので、それぞれを取得して、「片手剣」をレベル4まで上げておいた。
最大値は10なので効果があるかは分からないが、無いよりはマシだろう。
目を開けるともう森が目の前だったので、依頼用紙に描かれている絵を参考に薬草を集めていく。
十分程無心で採取していると、ガサガサ、と茂みから音が聞こえてきた。
――危険!
「危機感知」スキルによる影響か、頭の中で警鐘が鳴り響いた。それに従って反射的に横に跳ぶ。
直後、茂みから猪が現れ、先程まで俺が立っていた場所に向かって突進していった。三メートル程進んで獲物がいないことに気付くと、体の向きを変えてこちらを見る。
「怖……」
テレビで見た様な猪と違い、牙が途轍も無く長い。恐らく魔物なのだろう。
猪という生物が醸し出す、原始的な威圧感に恐怖を覚えながら、エクスカリバーを抜く。
深呼吸しながら、エクスカリバーがあれば大丈夫、と自分に言い聞かせる。
「グモオオ!」
猪は鳴き声を上げながら、空中に石を生成してこちらに飛ばしてきた。
「魔法!?」
魔物とはいえ、ただの猪が魔法を扱って来るのは驚きだ。
石飛礫を必死で避けながら、間合いを詰める。
彼我の距離が2メートルちょっとに差し掛かったところで、石飛礫の連撃が止み、猪は鼻息荒くこちらに突っ込んでくる。
「くっ!」
キン!
猪の牙を、エクスカリバーで受け止める。
エクスカリバーの事だから粉々に砕いてくれるかも、と期待していたのだが、流石に防御だけでそんな事は起きてくれないらしい。
ぐぐっ……と押し込んでいくと、牙にヒビが入り、猪が悲鳴を上げる。
数秒間の力の押し付け合いの末、勝ったのは俺だった。牙は粉々に砕け血が噴き出し、猪が更に大きな悲鳴を上げる。
――血は無視!
むせ返る様な血の臭いで動きを止めそうになったが、必死に意識の外に追い出し、流れる様な動きでエクスカリバーを振るって首を落とした。剣を振るうのはまだ二度目なのに上手く扱えるのは、先程取得した「片手剣」スキルの影響か。
血溜まりから猪の死体を救出し、さてどうしたものかと頭を悩ませた。
死体を持って行きたいのは山々だが、こんな巨体を担げる程怪力ではない。「運搬」スキルがあれば行けそうな気もするが、元々の力を引き上げてくれるとは思えない。
「仕方無い、必要そうな素材だけ持って行こう」
アール曰く、魔物の牙や爪、骨などは加工すればそれなりの出来の武器になるらしい。
流石に骨を持っていくのは忌避感が芽生えたので、牙や爪を剥ぎ取り、ついでに胴体を切り開く。
「お、あったあった」
心臓らしきものの真横に、茶色の石が埋まっていた。恐らく、これが魔石というやつだろう。
魔石は、魔法使いが使う杖の素材にしたり、魔法薬を作る材料の一つだったり、魔法道具を作るのに必要だったりと用途は多岐に渡る様だ。昨日読んだ本に少しだけ書かれていた。
なるべく血などを落とした素材達を鞄に詰め、薬草を追加で何本か採取して森を出る。
ちなみに、猪を倒したお陰か、レベルは5から7に上昇していた。上がりすぎじゃない?あの猪、実はかなりの強敵だったりしたのだろうか。
スキルポイントは6になっていた。相変わらず、上がり方が意味不明だ。
その後は危機感知も特に発動する事無く、無事に森を出て市内に入る事が出来た。
日が落ちてきているが、昼食を摂っていないので早くもお腹が鳴っている。ギルドに着いたら、ご飯を食べよう。
お腹をぐーぐー鳴らしながら、ギルドの扉を開けて中に入る。
「はい、依頼の品、確かに受け取りました」
依頼の達成報告をして、ついでに受付嬢に質問をしてみる。
「すみません、依頼とは関係無いのですが、魔物の素材の買取はどこでしてもらえるのでしょうか?」
「ギルド外でも買ってくれる所はありますが、ギルドではあちらの窓口で買取を行っていますよ。ギルドで買取をすれば、お金以外にもランクアップへの目安度というか、まあそういった恩恵もあるので、ギルドでの買取をお勧めします」
「ありがとうございます」
なるほど、別に依頼外でも魔物を狩れば、ランクアップへの考慮材料に含んでくれるのか。
受付嬢に教えてもらった窓口に並び、魔物の素材を売る。何人かの冒険者は値段交渉などもしていたが、俺は相場が分からないので言い値で売った。大銅貨6枚と、宿6日分はまあまあ高いんじゃないだろうか?
宿で食事をしてもいいのだが、ギルドの食事にも興味があったので、銅貨3枚を払って定食を頂く。宿よりも安価だ。
メニューは、黒パン、猪か何かのステーキ、野菜スープの三つだった。猪肉は味わった事がなかったが、豚肉とは少し違ってまた美味しい。
ステーキに齧り付いていると、アールがお盆を持って声を掛けてきた。
「相席いいか?」
「ええ、どうぞ」
メリーさんとシロの姿が見えないので、聞いてみる。
「今は一人なんですか?」
「ああ。二人は依頼が終わった後すぐにそれぞれの用事に行っちまったからな。暇だった俺は、こうして飯食ってるって訳だ」
「なるほど」
スープを啜りながら頷く。
「そういや、聞いたか?滅茶苦茶旨い依頼があるらしいぞ」
「へえ、どんなのです?」
「守護の館付近で目撃された、勇者の捜索」
「へ、へぇ〜……」
ああ、表情管理スキルが欲しい。
「でも今代の勇者は既にどっかの国で召喚されてる筈なんだよな。この国に来る理由は無いし、見間違いとかだと思うんだが……依頼主が、勇者好きで知られてるミラーノ守護令息ってのが気になる」
「勇者好き?」
「ああ、ハリーはミラーノの人間じゃないから知らないか。勇者関連の本とかを大量に持ってるらしくてな、勇者研究者と議論できるレベルで詳しいらしい」
「へえ、若いのに凄いですね」
研究者レベルとは、かなり勉強しているのだろうな。だからエクスカリバーで怪しまれてしまった訳だが。
というかそれより、召喚っていうワードが気になる。やっぱり、勇者は俺と同じ日本人なんだろうか?
「まあ、勇者自体は一般人から出てくる事もあるから、別に不自然ではないんだが……聖剣を持ってたっていうのが気になるよなあ」
「勇者が聖剣を持っているのが何かおかしいんですか?」
召喚勇者の方を聞きたかったのだが、話が逸れてしまった。
それにしても、現地人から勇者が出る事もあるのか。勉強になるね。
「聖剣っつうのは、異世界から召喚された勇者が神様に与えられる物だからな。昔の勇者とか、神様とかが作って残されてる物もあるにはあるが、そういうのは各国が厳重に管理してるからな……そう簡単に持ち出せるとは思えない」
へえ、神授の聖剣ってやつか。
神様だけでなく、勇者も作れるとは驚きだ。いや、俺が作れたのだから、他にもそういうスキルがあってもおかしくはないか。
「ま、人の捜索なんて難しいからな。俺らは受けねえよ」
「私も、罪を犯した訳でもない人を追い立てるのは嫌なので、受けないと思います」
「それがいい」
会話をしている内に俺のお盆は空になっていたので、アールの情報提供に感謝しつつ、席を立った。
うーん、何かバレない様にする方法を考えた方がいいかもしれない。
12/02 >スキル部分に「」もしくは『』を付けるよう変更。
主人公の現在のステータス
●ハリー 年齢15 レベル7 MP 12/12
○スキル
・(変幻自在)
・(万能鑑定)
・(万物創造)
・(自己鑑定)
・(能力取得)
・片手剣Lv4
・危機感知Lv1
○称号
『盗賊狩り』
()内のスキルは、変幻自在の効果で秘匿されているスキルです。




